N-056 商船が曳いて来た白い船
シメノン漁は2日で100匹を超える漁獲高だ。確かに大漁だな。神亀の恩寵はトウハ氏族全体に及んでいるって事だろう。
保冷庫は一夜干しのシメノンで溢れるばかりだ。
こんな大漁がいつでも続くなら、皆が大型船を持てるだろう。リードル漁が出来ない男達も、こんな漁ならそれなりに生計を維持できるはずだ。
「全く、こんな仕掛けを考案するんだからな。どの氏族でも歓迎されたろう。カイトが俺達トウハ氏族の一員になってくれて良かったぞ」
「いずれ誰かが考えたと思いますよ。シメノンは小魚を獲りますからね」
甲板後部のベンチにゴリアスさんと並んで座り、2人でパイプを楽しむ。
氏族の島には今夕には着くだろう。後、3時間ってとこだろうな。俺の嫁さん連中は小屋の中で双子に夢中になって遊んでる。
現在の操船はサディさんなんだが、最初は戸惑っていたけど、今では慣れたみたいだな。「小屋越しに前が良く見えるにゃ!」なんて言って喜んでた。
「やはり一回り大きいとだいぶ違うな。子育てにはこれ位が良いのかも知れない」
「子育てに合わせて船を替えるって事ですか?」
「そうだな。最初は俺達が今乗っている船で十分だ。だけど子供がある程度大きくなったら次の船を買わねばならんだろうな。最後はエラルドさんが前に乗っていた大型船だ。あれはこの船より更に大きいからな」
そうやって船が新しくなり、古い船はトウハ氏族のリードル漁が困難な連中に払い下げられていくのだろう。少しは船が増えるのだろうが、中古船の需要もかなりあるらしい。その辺りの分配は不平が出ないように長老会議で決められるようだが、見るにみかねての譲りあいも多いようだ。
そう言えば、エラルドさんが前の船を子だくさんの家族に譲るような話をしていたな。
いくら、生活費がそれ程掛からないと言っても、育ち盛りの子供がたくさんいると漁で稼ぐのは大変なんだろうな。
俺だってこの先どんな生活が待っているか分からないから、無駄使いは出来ないだろう。まあ、その辺りはサリー達が家計を管理してくれるからありがたく思わないといけないのかも知れない。
シメノンの一夜干しは世話役が800Dで買ってくれたそうだ。100匹売って残った数匹は今夜のおかずになるんだろう。
1割を氏族に渡して残った720Dをゴリアスさんと半分に分けた。家族単位だからこれで十分のはずだ。
銀貨3枚以上だから、今回も大漁になるんだろうな。
ある程度漁が続いていたのだが、思い出したように石運びが始まった。
長老達も、リードル漁で忘れてのかも知れないな。エラルドさん達も参加してるんだから、その辺りはしっかりして貰わないと困るよね。
ラディオスさんと桟橋の工事現場に向かって見ると、横幅2.1mの石の桟橋が30m程の長さに伸びている。
石運びだけで桟橋工事の方は手伝っていないのだが、結構しっかりした作りだぞ。石と石の間を塞いだ物は漆喰のようにも見えるが、これがグラストさん達が話してくれた2つを混ぜると固まる粘土のようなものなんだろうな。
先端付近まで歩いて行くと、海底に炭のように炭化した杭が何本も沖に向かって伸びていた。
ようやく半分を過ぎた辺りなのかな? 沖に向かえばそれだけ水深が増すから、まだまだ石運びは続けなければならないようだ。
「明日から10日間が石運びの当番だ。今度は台船に乗せて運ぶから少しは楽になるだろう。バルテスのところの嫁さんと子供はビーチェに預ければ良い。代船はカイトの船が良いだろう。何といっても魔道機関の魔石が8個だからな。他の船よりは力がある」
俺の船に集まった何時もの連中が、エラルドさんの言葉に頷いた。
リードル漁でたんまり稼いでいるし、その後の漁も豊漁が続いている。一か月位なら連続して続けられるぞ。それに、その間の食事は氏族持ちだからね。
一度にたくさん作るからスープだってじっくり煮込まれてるし、おばさん連中が作っているから不味い事にはならない。家の嫁さん連中も味付けの仕方や、料理のレシピを教えて貰ってるくらいだ。
次の日から石運びを始めるのだが、ザバンを3艘並べて上に板を張った簡易な台船でも一度に100個近く石を運べる。乗せる石は精々5kg以下だから台船が沈む心配は毛頭ない。海もほとんど波が無いし、南の島までは10km程度だからな。
問題があるとすれば、俺達の動力船の船尾には水車が付いてるって事だ。牽引するロープが巻き込まれないように、船尾の屋根の柱に結わえているのだが、柱を丈夫に作っておいて良かったぞ。
砂浜近くで動力船のロープを切り離し、ザバンで岸にロープを運び皆で引っ張るのだ。
最初は砂浜に下ろしていたが、最後の頃には桟橋に台船を横付けして石を下ろすことにした。少しは石を運ぶのが楽になるに違いない。
畑仕事をしているおばさんに編んでもらった軍手はトウハ氏族の流行になっている。石運びや石積み。畑仕事に漁にと使う人達が増えている。
俺達も予備を確保して古い軍手で作業をしてるんだが、10日も使うと擦り切れてしまう。もう少し糸を太く出来ないかとおばさん達と交渉中だ。
素潜り漁や曳釣り、その合間に石運びと結構忙しい日々が続く。
エラルドさんの3人の孫達は、いつの間にかよちよち歩きを始めたようだ。
家の嫁さん連中も、暇を見つけてはサディさんやケルマさんのところに足を運んでいるぞ。
そんなある日の事。いつものように桟橋で夕日を眺めながらラディオスさんとおかずを釣っていると、西の方から大きな商船がやってきた。
リードル漁を前にして、俺達が散財するのを見越しているかのようだな。
やがて入り江の入り口に差し掛かった時、商船の半分程もある船を曳いていることに気が付いた。
真っ白に塗られている船の形は見覚えがあるぞ。船首にアウトリガーのザバンを乗せて後ろには水車が無い横から見るとほっそりとした姿は、正しく俺の描いたカタマランそのものだ。
「カイト……」
「間違いない、俺のカタマランだ!」
釣竿をを仕舞って、得物を入れたオケを持つと直ぐに俺達の船に取って返した。
「出来たぞ! 俺達の新しい船だ」
俺の言葉に、料理をしていたサリーネ達がベンチの上に飛び乗って商船に引かれた船を眺めている。
「大きいにゃ~。あれにもうすぐ乗れるにゃ」
「あの飛び出した櫓で操船するにゃ……」
嬉しさ半分、不安も半分って感じだな。
だけど、皆の希望は全て入ってるぞ。それに明日が納船なら半月程リードル漁まで余裕がある。何回か漁に出掛けて具合も見れそうだ。
翌日、3人を引き連れて商船に向かう。
俺の来船を、あのドワーフと人間族の男が待っていた。
「出来たぞ。値段は聞かぬ方が良いだろう。だが、お前さんの特許となら十分に釣り合うし、現にあちこちから依頼が舞い込んでおる。ワシの一族でのみ作る事が出来るからな。しばらくは笑いが止まらんよ。装備品も理解できる範囲で付けてある。船首のザバンは変わっておるが特許にはならんな。一年に一度はやって来るつもりだ。また、おもしろいものを考えたなら教えて欲しいものだな」
「これが納品書になります。サイン次第、曳いて来た船はあなたの物です」
納品書をサリーネに読んでもらい、問題が無い事を確認してサインをする。
直ぐに商船を出ると、近くのザバンでカタマランに運んでもらった。
やはり全長12m横幅6mは大きいな。船首に歩いて行くと、牽引用のロープを解いて、アンカーを引き上げる。アンカーロープ用のコロが船首についているから容易に引き上げられるぞ。
船尾に移動すると3人がどこにもいない。小屋の扉を開いて中を覗くがやはりいなかった。甲板に戻って上を眺めたら、3人とも櫓の上のベンチに座っている。
「そろそろ動かすぞ。準備は良いかな?」
「大丈夫にゃ。そんなに大きく変わってないにゃ。魔道機関のレバーが2つずつあるのが大きな違いにゃ」
どうやら、操船の方法を確認していたようだ。
「2つ同時に動かすことになるんだけど、ゆっくりやればだいじょうぶだ。先ずは後進にレバーを入れてくれ」
「これにゃ!」
カシャンっと音が聞こえる。歯切れの良い音だな。
「次は出力レバーだ。ゆっくりと半ノッチ同時に上げてくれ」
「了解にゃ!」
キューン……と魔道機関の回転する音が聞こえたが、直ぐに静かになった。ゆっくりと、少しずつカタマランが後退していく。
「俺達の船の隣に着ける。舵を切りながら船首方向を変えてみてくれ」
「分かったにゃ。……舵輪が大きいけど、舵の角度が表示されるのが良いにゃ!」
そんなの付けたっけかな? まあ、便利なものは文句を言わずにおこう。
カタマランはゆっくりと後退しながら、船首を東に向け始めた。
やがて後退が止まり、前進に変わる。入り江の中だから、ゆっくりと動いている。初めての船だし、大きいからな。サリーネも慎重になっているようだ。
桟橋や浜から大勢の人達がカタマランを眺めている。
俺達の船を出て1時間程掛かったがどうにかカタマランを俺達の動力船の隣に横付けすることが出来た。
操船櫓からサリーネ達がホッとした表情で降りて来た。
「ご苦労さん。どうだった?」
「思ったより楽にゃ。前も周りも良く見えるにゃ。レバーが2つ接近してるから、今までの動力船と同じ感じで船を扱えるにゃ」
後はリーザやライズにも動かして貰わないとな。時間はたっぷりあるから練習するには十分だろう。
そんなところに早速来客が訪れた。
エラルドさん一家にラスティさんだ。直ぐにグラストさん達もやって来るだろう。
サリーネ達が前の船に向かうと酒器の準備をして戻って来た。
甲板の広さは横6m、縦4mだ。後部には前と同じようにベンチがあるが、真ん中の1.2mは切れている。後部に板は外側に倒れる構造で、大型を甲板に取り込みやすいようにしてある。
皆が集まって車座になってもまだまだ余裕がある。ここで家族パーティが出来そうだぞ。
「まさかこれほど大きいとは思わなかったな。この小屋だけで俺の船の小屋の2倍はありそうだ」
「あの櫓の上で操船するのか? ちょっと見せてくれよな」
ラディオスさんとラスティさんが櫓に上がって行った。俺だって、まだ見てないんだよな。
「出来たな。これがトウハ氏族の船団を指揮する船か……。さぞかし目立つだろうな」
グラストさんは呆れているようだ。
それでも、悪い印象は持ってないようで、エラルドさんの隣に腰を下ろすと早速だされた酒器でワインを飲み始めた。




