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N-055 カタマランの説明は難しい


「麦わら帽子を取らなければ、カイトを人間とは思わなかったようだな。最初からそうすれば良かったかもしれん」

「だけど、金貨12枚の船をタダで作るなんてことがあるのか?」

「俺も気になって長老会議で聞いてみたのだ。長老の話では、それがあるらしい。特許と言って最初にそれを考案した者がその権利を主張出来るのだそうだ。後で考案した者に黙ってその考案したものを使った場合に莫大な費用が考案者と王国に支払われるとのことだ。カイトの考案した仕掛けはドワーフが特許を出願するだろう。その代価として金貨12枚は安いのかもしれんな」


 いつものように夕食後に俺の船の甲板に皆が集まってくる。

 漁や仕掛け、ちょっとした素潜り漁の工夫なんかを話し合うから、たまに知らない男が酒ビンを片手にやってくることもある。グラストさんもいつの間にか常連だな。

 今夜は俺の新しい船についての話で、盛り上がっている。

 最初は、タダで作るという契約書に驚いていたが、長老の話で納得しているようにも思えるな。とは言え、トウハ氏族は特許には無縁のようだ。


「それで、この船はエラルドに譲ることになるのか?」

「そうしてもらえるということだ。俺の船はトウハ氏族に譲ることになる」

 グラストさんの問いに、エラルドさんが自分の船に目を向けながら答えている。

「あいつらに船を買える金は無いか……。俺も賛成だ」


 船の寿命は20年ほどらしい。3年ごとに魔道機関の魔石を交換することになるが、その費用は銀貨50枚前後と聞いている。この船も2年目を過ぎているから、エラルドさんに譲る前には魔石を交換しといたほうが良いだろうな。


「お前達も、頑張らないといけないぞ。だが無理はするな。嫁を貰って10年を目標にしとけよ」

 グラストさんの言葉にラスティさん達が力強く頷いている。

 グラストさんの言いたいことは、たぶん次の船だろう。この船のような中型とするのか、エラルドさん達が前に乗っていた大型にするのか……。その辺りは自分の漁の腕と家族を考えないといけないだろな。

 

「それで、カイトの新しい船は前に俺達が乗ってた船だろう? あれでさえ金貨8枚のはずだ。いったいどこを改造するんだ?」

 ラディオスさんの質問に、一瞬考え込んでしまった。そう言えば話してなかったかもしれないぞ。

 小屋に入って、ラフなスケッチを持ってきた。皆の前に紙を広げると、今度は皆が目を丸くする。


「こんな色ものを作ろうとしてるのか?」

「ええ、小屋を大きくして、操船の時に前が良く見えるようにする。曳釣りに邪魔な後ろの水車を撤去して、ザバンを船首に置けるようにする。カマドが2つに、大型の保冷庫を作り、可動式の横梁を持った荷揚げ用の柱を作ると言った事を盛り込んだらこんな形になったんです」


「喫水はそれほど変わらんか……。だが、甲板の位置も海面に近いな」

「素潜り漁をこの船からも行えるように考えました。大型を釣り上げる時も楽になります」

 エラルドさん達の問いに答えると、今度はラディオスさんが聞いてきた。

「水車が無ければ、どうやって進むんだ? 昔は帆を使ったらしいが、今では誰も使わないぞ」

「軍船と一緒です。左右の船に魔道機関を搭載して軸の回転を直角に曲げて、船の後方に付けたスクリューを回します」


 そんな問答が延々と続く。それでも1時間程すると納得してくれたような顔になってきたが、そんな船を作らなくともというような雰囲気ではあるな。

 長年、今の船を使って漁をしてきたのだから、その中に創意工夫もあるのだろう。それを一切考えないでいるからな。

 

「最後に1つ教えてくれ。この風変わりな船を使っても、ザバンは必要になるのか?」

「移動しながらの素潜り漁では必要になるでしょう。リードル漁には欠かせません。ですが、少し形を変えます。こんな形に作って新しい船の船首部分に搭載します」


 別の紙を取り出して、アウトリガーの付いたザバンを見せる。

 ザバンの左に1.2m程距離を置いて中空のフロートを付ける。中に竹カゴで作ったフロート入れておく2重式だから、木製のフロートに水が入っても問題は無いだろう。


「これなら、船に乗る時に転覆することはありませんし、このフロートに腰を降ろせば、俺達4人がザバンで休息できます」

「全く驚かされる。だが、他の連中にはこの船は作れんな。一回り小さく作る手もあるが、魔道機関を2つ持つのは費用がかさみ過ぎる。暇な時で良い、魔道機関を1つにした時のこの船の概略をまとめておいてほしい。東のリードル漁では中位が取れる。将来を考えれば船の構造を考える時かもしれん」


 そんなことをエラルドさんが言っているけど、今の船だって色々と考えてはあるんだよな。サンゴで水深が大きく変化する場所では喫水の深さが問題になる。今の動力船は水車で推進力を得ているから水深が1.5m程の所でも安心して進める。点在するサンゴの穴を探りながら漁をするには一番適しているんじゃないかな。

 問題はザバンの搭載方法なんだけど、舷側や甲板に積み上げるのが一般的だ。甲板までの高さが高いから、結構力を必要とする。甲板までの高さを低くして搭載しやすくしたつもりだが、最初のころは一仕事だったからね。


 こんな俺達の酒の席に、バルテスさんやゴリアスさんが赤ん坊を連れてくる時がある。サリーネ達が直ぐに小屋に連れて行ってかわいがってるから、俺はあまり見る機会が無いんだよな。

 それでも、ちらりと見た限りでは一カ月で一回りくらい大きくなったようにも見える。半年過ぎる頃にはハイハイするらしいから、目が離せないそうだ。

 船の上での暮らしだからな。その辺りも注意しないといけないだろう。


・・・ ◇ ・・・


 毎日うだるような暑さが続いている。乾季とは言え、ひと雨ぐらい欲しいものだ。

 そんな暑さだから素潜り漁が盛んに行われているようだ。俺達も例外ではなく、氏族の島の東にあるサンゴの穴でブラドやロデニルを獲っているのだが、手製のゴムボートは中々役に立つ。

 ザバンよりも簡単に乗り降りできるし、近くまで引いていって、獲物を一時的に置いておくにも役に立つ。まあ、この暑さだからそれほど長くは置けないが、網袋を吊り下げておいても良さそうだ。

 日中は素潜り漁を皆で行い、夕暮れ前に動力船に戻る。

 リーザ達が夕食を作る間に、サリーネが獲物をさばいて竹のザルに並べると、俺が屋根に並べて行く。一晩干して、明日の朝に保冷庫に入れるのだ。

 夕食を頂くころには、海を渡る涼しい風が吹いてくる。

 こんな暮らしが続くんだから、まさしくここは楽園に違いない。


「今頃は新しい船を作ってる最中にゃ」

「カマドが2つなら食事の準備が早く出来るにゃ」

 リーザとライズは新しい船が待ち遠しくて仕方がないようだ。

 サリーネはそんな2人に笑顔を見せているけど、口数が少ないな。操船が上手くできるか心配なのかもしれない。

 

「上手くいけば次のリードル漁に使えるだろう。サリーネも操船が心配かも知れないけど、しばらく曳き釣りをすれば練習になるだろう。慣れるしかないと思うな」

「魔道機関が2つにゃ。ちゃんと動かせるかにゃ……」

「大丈夫。上手くいくさ」

 そう言って、サリーネの持つ酒器にワインを注いであげる。

 やってみて上手くいかないなら、その時に考えれば良い。まだ船も手に入れていないんだから悩む必要はないと思うな。

 それに左右の推進力のバランスが悪いならば、舵である程度は誤魔化せるはずだ。


 3か月が過ぎると、3人の赤ん坊はハイハイを始めた。

 人間よりも成長が早いんだな。たまに俺のところにも寄ってくるから、抱っこしてあげると、キャッキャッと喜んでいる。

 まだまだ小さいし、体が柔らかだから本当にネコの子供のような感じだ。

 よしよしと頭をなでると、ミャーミャーと声を出している。

 直ぐにライズやリーザに取り上げられてしまうけど、本格的に泣かれてしまうと俺にはどうしようもないからな。たまにかわいがるぐらいが丁度良い。


ケルマさんとサディさんも赤ん坊を連れて旦那達の船に戻ったようだが、バルテスさん達は近場の漁でしばらくは我慢するみたいだな。

半年も過ぎるとつかまり立ちをすると言っていた。その辺りから離乳が始まるみたいだが、次のリードル漁はどうするのだろう?

家族が増えて稼がないといけないときに、一番稼げるリードル漁が出来ないのは問題だよな。


「リードル漁は、カヌイを再度頼むつもりだ。赤ん坊は沖に泊めた動力船に置いておけば大丈夫だろう」

 エラルドさんはそんな事を言っていたけど、落ちたりしないんだろうか?

 カタマランの甲板は手すりと網で転落防止を考えてるが、間に合えば俺達の船で親子共々預かった方が良いのかも知れないな。


 サリーネが聞いて来た話では、毎年数人の子供が生まれるらしい。亡くなる者もそれなりいるらしいが、俺がトウハ氏族の一員になってからは漁で亡くなる者はいないという事だ。亡くなった者達は老衰らしく、長老の一人が新たに任命されたらしいが、どうやって選ぶんだろうな? 選挙って事も無さそうだしね。

 それでも90歳近くまで皆長生きしたそうだ。健康的に暮らしているからなんだろうな。医者もいないこの世界で、それだけ長生きできるんだからやはり楽園に違いない。


 そんなある日、シメノンの群れを見たとの情報が俺達に伝わって来た。

 これは皆で出掛けねばなるまい。エラルドさんの船にバルテスさん夫婦が、俺の船にゴリアスさん夫婦が乗り込む手筈だ。サディさんの子供は双子だから、女手の多い俺の船って事になるんだろうな。

 漁場は南に1日半のサンゴの崖のある場所だ。神亀がいた場所だが、皆は神亀のお蔭でいつも大漁だと言っている。

 それだけ回遊魚が多いって事なんだろうけどね。でもそれを言っても信じる者はいないだろう。やはり神亀が魚を呼ぶんだと信じてる方が幸せなのかも知れないな。


 漁場に着いたところで、ゴリアスさんと餌木を見せ合い、互いの出来を確認する。餌木の下部に付けた針の数がだいぶ少ないな。俺達の餌木を見て驚いてたぞ。


「使ってみますか? リーザ達が子守担当ですから、いつもは2人で釣るんですが今日は1人です」

「良いのか? 確かにこれだけ針があるなら引掛かるよな」

 餌木を1個進呈することにした。ラディオスさん達には見せているけど、ゴリアスさんは俺の餌木を見るのは初めてだし、ゴリアスさんの友人を通して更に餌木が広がるだろう。



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