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N-054 特許の対価

 砂浜にかがり火を焚いて、3人の赤ん坊のお披露目が始まった。

 俺達が持ってきた魚は手際よくさばかれて焚き火で焼かれている。どうやらラディオスさんもカマルを釣って来たらしい。

 ココナツ油で炒めた野菜と、焼き魚の身をほぐしてご飯と混ぜたものが、今夜のご馳走だ。塩ではなく魚醤で味付けされているから、香辛料の辛さと塩味が微妙に合っているな。甘味が無いのが残念だけど、お代わりを2回してるから文句は言わないでおこう。

 深夜まで続く酒盛りで、いったいどんな名前が付いたのかすっかり忘れてしまったぞ。俺でさえそうなんだから、本人達は絶対に忘れているような気がするな。

 やはり、名前をどこかに描いておく必要があるんじゃないか?


 翌日、改めて布を手にエラルドさんのところに嫁さん達を連れて訪問した。双子だから、布をサリーネが1反追加して買い込んでいたようだ。

 サディさんが丸いカゴの中にいる赤ん坊を見せてくれたが、白い布で包まれた姿は子猫と言う感じに見える。

 カゴも布で覆われているから、竹で棘を刺すような事も無いだろう。なるほど布が必要なわけだな。

 その竹カゴに文字が書かれているんだが、生憎と俺には読めないな。リーザが代わりに読んでくれた。

 サディさんの双子は男の子がカイラムで女の子がカラムシャーと言うらしい。カイラとカラムが愛称になりそうだ。

 ケルマさんが抱えている女の子はミクレムと名が付いたようだ。愛称はミームだとライズが教えてくれたけど、ミクでも良いんじゃないかな。


「一か月が過ぎれば、抱かせて貰えるにゃ」

 そんな言葉にリーザ達が目を輝かせている。取り合いにはならないだろう3人もいるからね。

 だけど注意しないと、おばさんと呼ばれるぞ。上手く教えとかないとな。俺も兄さんと呼ばれるようにしないとね。


 そんなある日、大型の商船が島にやって来た。

 トウハ氏族が、魔石の売り上げでかなりのお金を手にしたことを知ったのだろう。この辺りの情報網は商人仲間で上手く共有されているに違いない。

 甲板でのんびりカゴを編んでいると、サリーネ達がやって来た。

 俺の周りに3人が座ると、サリーネが小さな革袋を取り出す。


「全部で金貨が13枚に穴なし銀貨が13枚あるにゃ。あの船を作れるにゃ」

「まだ穴開き銀貨は30枚以上あるにゃ。全部使っても問題ないにゃ」

 リーザの話にライズも頷いている。


「たぶん、新しい船を修理しながらずっと使い続けることになる。本当に良いの?」

「私達の要望は全部入ってるにゃ。今の船よりもずっと使い易いはずにゃ」

 ライズが、お茶のカップを用意しながら伝えてくれた。


「全部使っても大丈夫なの?」

「さっきも言ったにゃ。銀貨がたくさんあるにゃ。それに次のリードル漁でまた稼げるにゃ」


 3人に頭を下げて、金貨の入った袋を手にする。

 後は商船に頼むだけなんだが……。俺はいまだに商船に行ったことが無いぞ。


「今から出掛けるにゃ。この間の紙を持って行くにゃ。それと、聖痕は隠すにゃ」

 確かに、いらぬ詮索をされても困るな。

 甲板から立ち上がると小屋の中の箱からリュックを取り出してバンダナを探す。出てきたバンダナを適当に折って、左手首の上をくるりと巻いて縛っておく。包帯代わりに良く使うやり方だ。ずれる心配もない。


「これで良いかな?」

「十分にゃ。では出掛けるにゃ」


 4人で桟橋を歩き浜に出る。

 浜を歩き、一段と長い桟橋の先に泊まっている商船に向かった。

 長さは20mを超えている。平底のようにも見えるが、竜骨を持っているとエラルドさんが教えてくれた。

 商船の横幅は6m近い。舷側がそのまま3階建ての建屋の壁になっている。

 地下1階が魔道機関と倉庫。地上1、2階が店舗、3階が居住区と操船室らしい。


 桟橋と商船の間に置かれた板を渡って商船に入ると、10人以上のトウハ氏族の者達が店員と買い物の相談をしている。

 俺もトウハ氏族の者達と一緒に大きな麦わら帽子を被っているから、商船の連中には同じネコ族として映っているのだろう。


「何かお探しでしょうか?」

 綺麗に髪を整えた少し小太りの人間が俺に声を掛けて来た。

「ああ、船を作りたくてね」

「それでしたら、こちらにおいでください」


 そう言って、2階の小さな部屋に案内してくれた。

3m四方の小さな部屋だ。コの字にベンチが置かれ真ん中に小さなテーブルがある。押戸のような窓が開けられ、そこから良い風が入って来る。

 やがて、背の低い筋肉質で髭面の男と、先ほどの男がやって来た。営業は人間族が行い、製作する船の仕様は髭面の男、たぶんドワーフなんだろうな。本当にいるんだなと改めてこの世界の不思議を目にした思いだ。

 

「ネコ族ならばこの3種が基本だな。少し改造をするとその分が割高になる。いくら掛かるかは、隣の人間族の商人の仕事だ」

 小さな絵葉書のようなものを取り出した。俺が使ってる動力船もあるな。


「これ以外の船を作る事ができますか? ダメなら次の商船に頼むことになるんですが?」

「これ以外の船など必要になるのか? 何百年とこの3種で漁をしてきたではないか?」


 ドワーフの男がパイプを取り出して火を点ける。小さなテーブルには、タバコの火を点ける小さな炭入れがあった。

 俺もパイプに火を点けると、ポケットから手書きの絵をテーブルに広げた。


「これが、俺の求める船になります。カタマランと名を付けました。作れますか?」

 ドワーフの男が、驚いたように目を見開いて紙を手に取り、ジッと見つめている。

 心なし、紙を持った手が震えているようだ。


「お前はネコ族ではないな。水車以外の推進方法を考え付くとは……。だが、このプロペラは軍船とはかなり違っているぞ!」

「ひょっとして軍船は羽が2枚なんですか? 3枚の方が力があります。それに、このひねりが大事なんですが、作れなければ、斜めに板を付けても良いでしょう」


「ハザネイ。こいつ等に飲み物を出してやれ。商談に入る前に仕様を打ち合わせる」

「ラドム様にお任せします。それでは失礼」


 そう言って部屋を出て行くと、しばらくして冷たい飲み物が人間族の娘さんによって運ばれてきた。


「飲みながら話してくれれば良い。先ず作るのは可能だ。当然問題も知っているな?」

「魔道機関の回転軸を直角に変える事です」

「そうだ。この部分で変えられとる。だが、俺達の技術で回転軸を変える方法はまだないんだ」

 やはり、歯車の仕組みは分かっているが、歯車の形はいまだに平歯車だけって事だな。


「歯車を作る事が出来るのは魔道機関の減速歯車で分かりました。歯車を作るのは難しいのですか?」

「専門のドワーフが工房を開いておる。ワシの兄弟だ。腕の良い職人だよ」

「ならば、傘のような三角形の歯車も作れますよね?」


 俺の言葉にドワーフが頷いた。

 それを見届けて、三角形の歯車を2つ直角に合わせた絵をメモ用紙を取り出して描いて見せる。


「これで、直角に回転を伝えられます。シャフトを長くすると、余分な空間を取るんでこの方法を選びました」

 目を見開いて俺とメモ用紙を交互に眺めている。

 

「天才か……。確かに可能だ。ならば、この操舵装置は?」

 今度はウオーム歯車を教えてあげる。舵輪の回転をシャフトに伝えて再度ウオーム歯車で舵の軸を動かす。2つの舵は水平歯車の軸を連結すれば舵輪1つで2つの舵を操作できるはずだ。


「とんでもない発明だな。これは特許にもなるんだが……。どうだ。ワシにこの図面を売らぬか? 値段はこの変わった船の値段でどうだ?」

 

 ドワーフの言葉に俺達は顔を見合わせた。金貨12枚と言われている新しい船の値段がタダになるって事に驚く限りだ。

 いずれ誰かが思いつく事なんだろうが、タダならそれでも良いような気がするな。特許というのがこの世界にあると言うのも今知ったばかりだからね。


「俺に異存はないですが、前に船の外形を商船に見せたら金貨12枚と言ってましたよ」

「はん! 目先を見ただけの連中だろう。だが、ここまでの詳しい図は見せて無かったのかも知れんな。金貨12枚以上の価値がある。綺麗な船を作ってやるぞ。この船もそれなりだ。王都の貴族用に使えるかも知れんな」


 その後は、船の装備と使い方を細かく説明することになったのだが、ほんとにタダで良いのかな?

1時間程経ってやってきた商人にドワーフが大至急で書類を作らせる。契約仕様書って事になるんだろうな。

 

「これが契約書になりますが、この表に船の装備品の値段を埋めてくれませんか?」

「出来たか。どれ、見せてみろ。それに筆記具を貸せ」


 2枚の契約書は商船側と俺達の両者で保管するためのものだろう。

 積算表にドワーフの男は見向きもせずに契約書に文面をしたためていく。2行ほど書いたところで、もう1枚にも同じ文章を書いているようだ。


「これで良い。約束事が書かれている。この船の値段は歯車の特許で賄う。依頼者より金額を受け取ることは無い。これで良いな」

 ドワーフの言葉に商人が驚いている。それでも文句を言わないところを見ると、ドワーフの方が立場が上のようだ。


「内容を読んで、ワシの言葉通りなら一番下にサインをしてくれ」

 契約書を2通受け取り、サリーネに確認を依頼する。

 サリーネが2枚の書類を見比べて俺に頷いた。

 筆記具を借りて、サインをしたがローマ字で書いてしまったぞ。相手に読めるんだろうか?


「変わった文字じゃな。初めて見るが慣れているところを見るとお前のサインなんだろう。ワシはこれになる」

 指輪に筆記具のインクを着けると俺のサインの上に押し付けた。印鑑って事なんだろうな。その隣にさらさらと書いた文字はまるで読めん。文面の文字とも異なるようだ。


「これで契約完了だ。そうだな……早ければ次のリードル漁には間に合うかも知れんな」

 半年は掛からないって事かな?

 俺とドワーフが立ち上がって握手をすると、商船を後にする。

 何か、思わぬ展開になってしまったぞ。

 特許は金になるとは聞いていたが、まさか新しい船をタダで手に入れる事になるとは思わなかったな。



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