P-148 アオイさんが使っていた船
氏族の島への航路は、最初に2日は俺達が先導することになったが、3日目はバゼルさんが先導してくれた。
俺達は殿のガリムさんの前に位置する。
大役を終えたのか、タツミちゃん達の表情も少し緩んできている。
相変わらず速度を上げているが、前回の時のような快速には達していないようだ。
それでも日が落ちても月明かりを頼りに進んでいるから、案外到着が氏族のリードル漁場に向かった船団と同じぐらいになるかもしれないな。
常に船を走らせているから、食事は簡単なものになる。
それでも、今夜は米粉団子の入ったスープをタツミちゃん達が作ってくれた。
船を留めるのが夜遅くだから、オカズ釣りもできないんだが少し燻製を分けて貰っていたんだろう。香ばしく焼いた燻製がスープに中に入っていた。
「明日には着くかな?」
「たぶん夜遅くに到着するにゃ。満月から5日目だから氏族の浜が賑やかに違いないにゃ」
やはり1日到着が遅れているんだ。
まあ、前回も同じだったからね。競売は3日程続くらしいから、とりあえず問題は無さそうだ。
「新しい船を受けとれるはずだ。上位魔石を2個用意しといてくれないかな」
「もう準備出来てるにゃ。上位魔石2個に中位魔石が2個入ってるにゃ。氏族への上納はバゼルさんに中位魔石を2個渡してあるにゃ。私達の分はトーレさんに預けたから、後で分けて貰えるにゃ」
既に分配は終わってるということか。
手に入れた魔石の数は32個。上位魔石が5個に中位が21個、低位が6個だ。
競売に掛ける魔石は上位魔石が2個に中位を10個、低位が5個と言うことだから金貨3枚、いや4枚になるかもしれないな。
余った数個の魔石は、手元に置いておくのだろう。
たまに故障するカタマランもあるらしいから、その修理費ぐらいに考えているのかもしれないな。
「ナツミ様が考えた船なら、誰もが欲しがるにゃ。どんな船か楽しみにゃ」
かなり凝った船なんだろうな。アオイさんはその船でどんな漁をしたんだろう?
トウハ氏族は銛を誇る氏族と聞いたことがあるから、素潜りに特化した船かもしれない。
俺の銛の腕では、船に笑われそうな気もしてくるなぁ。
明日には見られるかもしれないと思うと、ちょっとワクワクしてくる。
たぶんタツミちゃん達もそんな感じなんだろう。いつにもなくそわそわした感じがするんだよなぁ。
翌日は蒸したバナナとココナッツジュースの朝食だった。
バナナが少し黄色く色付いてきたから、このまま熟せば生でも食べられるんじゃないかと聞いてみたら、黄色くなっても硬くて甘くはないと教えてくれた。
向こうの世界で食べたバナナはやはり品種改良されていたんだろうな。パイナップルだって握り拳より少し大きいだけだし、やはり生では食べられないようだ。
船が氏族の島に近付くにつれ、見慣れた風景が現れてくる。
それを見てほっとするのは、俺もシドラ氏族の一員になったということなんだろうな。
シドラ氏族の島の到着したのは、タツミちゃんが言った通り真夜中になってしまった。
たくさんのカタマランが桟橋に泊っているが、俺達がいつも利用している桟橋は空いているようだ。
バゼルさんのカタマランの舷側にトリマランを留めてアンカーを下ろしてロープで舷側を繋ぐ。
やっと着いた。
タツミちゃん達が直ぐに夜食の準備を始める。
俺とトーレさん達が場所を変えて、俺はバゼルさんと一緒にココナッツ酒を頂く。
「明日が楽しみだな。報告は俺で良いだろう」
「俺の新しい船が着いているはずなんです。明日確認して引っ越しをしますが、この船をどうするかも聞いてきてください」
俺の言葉に頷いて、パイプに火を点ける。
入り江はたくさんのカタマランが甲板に明かりを点けているから、まるでお祭りのようだな。奥にある医師の桟橋には4隻の商船が来ていた。
舷側にたくさんのランプを点けているから、一際目立つ。
新しい船はどれなんだろう? 夜だから分からないな。
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氏族の島に到着した翌日。朝食を終えるとタツミちゃん達はトーレさん達と一緒にギョキョーへと出掛けて行く。
バゼルさんは長老のところへ上納する魔石を持って出かけたようだから、合わせて開拓の状況と、新たなリードル漁場の報告に行ったのだろう。
俺だけ残ってしまったけど、新たな船を引き取りに行くのも出来ないんだよなぁ。何と言っても細かな操船が出来ないからねぇ。
4隻の商船から少し離れたところに、白い大きなカタマランが留まっているのが見えるから、たぶんあれがそうなんだろうと思っているんだけど……。
双眼鏡で眺めても、かなり変わった船だと分かる。
何と言っても喫水が高い。他のカタマランと比べても甲板の位置が異常に思えるほど高いんだよなぁ。
それに、操船櫓の上にもう1つ櫓がある感じだ。櫓の後ろに立つ帆柱が、高くなっているから帆桁を使って帆を張れば帆走ができるんじゃないかと思えるほどだ。
屋形は大きいから、大家族になっても使えそうだけど、まだまだ子供は出来ないみたいだ。避妊しているのかな?
子供は2人目の嫁さんを貰ってからが一般的に思えるけど、俺の場合は最初からだから、タツミちゃん達がそれなりに考えているってことなんだろう。
たまにトーレさんから「まだできないのかにゃ?」と聞かれるんで困ってしまうんだよなぁ。
とはいえ、船を引き取ったなら引越しが始まるだろうから、漁具を整理しておこう。船尾のベンチの中の木箱やカゴには色々入っているからなぁ。入りきれないものは木箱に入れて家形の中にも入っているぐらいだ。
ギャフやタモ網も、この際だから1度良く見ておこう。たまに磨いてはいるんだが、錆が出ているかもしれないからね。
ついでに銛まで研ぎだしていると、ガリムさんとザネリさんが遊びに来た。
嫁さん達が競売に出掛けているから、暇なんだろうな。
ココナッツを割って、ココナッツ酒を作り3人でカップを傾ける。
「新しい船を見に来たんだが、まだ受け取ってなかったのか?」
「俺では桟橋を壊してしまいますよ。タツミちゃん達が戻ってからにします。そういうことで引っ越し準備をしてたんですが、銛はともかく釣り針がだいぶ傷んでまして……」
俺の言葉に、2人が顔を見合わせている。きっと研いでないんだろうな。
「相変わらず、真面目な奴だ。漁場に向かう時に行えば十分だと思うんだがなぁ」
「それはそれとして行ってますよ。でも、しばらく漁には出てませんからね。銛はともかく延縄の釣り針は半数ほど交換しました。針先が錆びてボロボロでしたから」
俺の言葉に、2人ともギョッとした表情をしている。乾季だから延縄はしていなかったに違いない。明日は2人とも仕掛けを調べ出すんじゃないかな。
「友人達にも伝えないといけないな。ガリムもちゃんと伝えとけよ」
「そうだな。少なくとも5日は休めるんだ。その間に漁具の手入れをやっておけと言っとくよ。それはそうと、次は俺達が先に出掛けるのかな?」
「何と言っても、中位が7割だというんだからなぁ。参加者はとんでもない数になりそうだ。その辺りを長老がどう裁可を下すかだな」
「ザネリさんも知ってるんですか?」
昨日帰ったばかりだから、まだ知らないんじゃないかと思ってたんだけど……。
「嫁さん達から聞いたよ。商船の連中には分からないだろうけど、昼前にはシドラ氏族全員が知ることになるんじゃないか」
「値段が数倍以上違いますからね。参加希望は多くなるでしょうが、あまり多くとも問題がありそうです」
いくら急いでも、競売の初日には参加できないんだよなぁ。2日目に急に中位魔石が多くなるようでは、商船に乗船した商会ギルドの連中に疑念を持たれてしまいそうだ。
初日に前回の取った中位魔石を出して平均化することも考えないといけないかもしれない。
いや、今回手に入れる船はナツミさんが速さを求めて造らせた船らしいから、1日早く氏族の島に到着できるかもしれない。
俺と数人の得た中位魔石を持ち帰ることで初日にも注意魔石の数を増やせるかもしれないな。
もっとも、1度操船して感触を掴まないと何とも言えないけどね。
「長老が少しは考えてくれそうだけど、さすがに半数は多いだろうな。親父達も今夜は遅くまで話し合うことになりそうだ」
「俺達は従うだけだから気楽で良いよ。今度は雨季だからなぁ。延縄ってことになるから、やはり道具を調べておかねばならないな」
雨季と言えども、ずっと雨が降り続けるわけではない。
俺は素潜りと根魚釣りで十分に思えるんだが、漁果を増やす目的で延縄を使うことが多い。
延縄を使うと漁場が広くないと困るから、漁場が制約されることが多いことも確かだ。
必然的に船団が小さくなって、あちこちに散っていくことになる。
昼過ぎにタツミちゃん達が帰ってきた。どうやら早めに競売に掛けられたんだろう。
その日の競売は、クジ引きで順番が決まるらしい。
「トーレさんに順番を譲って貰ったにゃ。あの船にゃ? きっと良い船に違いないにゃ」
「出掛けるのか? 試し乗りを何度かするんだろう? その時には乗せてもらうよ」
ザネリさん達が、邪魔になるだろうと帰ってくれた。
さて、船を引き取りに出掛けようか。
3人で、浜を歩き石の桟橋に向かう。商船に入って店員に船の引き取りに来たことを告げると、直ぐにザバンを繋げた台船のような物に俺達を乗せてくれた。
「待ってましたよ。船大工の頭領も喜んでいました。さすがにこんな船を欲しがるネコ族の漁師はおりませんからね」
「値段が値段ですからねぇ。2隻買えますよ。でも、これがあればもっと多くの魚が獲れると思ってるんです」
「2日の距離を1日で進めると言われてますからね。軍の方もこの船を買い取ってくれたことがあるんですが、速くとも軍装を乗せられないということで1隻だけでした」
がっかりしたように店員が言っていたけど、その辺りはナツミさん達も考えたに違いない。この大きさでしか、水中翼が役立たないんじゃないかな?
木製だが、魔方陣を刻むことで強度を上げることができる。だが、それにも限度があったに違いない。
「さて、奥さん達に操船櫓の装備について説明をします。申し訳ありませんが、家形の中と甲板の装備を確認しておいてください」
「そうだね。操船は嫁さん任せだ。きちんと教えておいてくれよ」
タツミちゃん達が操船櫓に上がったところで、甲板の装備を調べてみた。
それにしても大きいなぁ。全長は18m近いんじゃないか? 船尾の甲板だけでも横幅が8m近くありそうだ。
構造的には、カタマランになるんだろう。トリマランだと思っていたんだけどねぇ。
船尾のベンチの腰板を開けると、今のトリマランと同じように漁具を入れられるように箱がある。
両舷が1.5m程箱型になっているのは、中に魔道機関が据え付けられているからなんだろうな。
ベンチの真ん中は、席が無く、船尾の擁壁を開けるようになっている。この辺りは俺とアオイさんの考えが同じなんだろうと、笑みが浮かんでくる。
右舷に屋形から繋がるような形でカマドが2つあった。屋根は帆布でカバーできるから問題はない。カマドの舘側の壁はタイルのような薄いレンガが貼り付けられていた。火事を嫌ったんだろうな。これなら炭が爆ぜても問題は無いだろう。
甲板が横に広いから、操船櫓の下に物置が作られていた。中に竿を立てる穴の開いた横木がある。これも使い易そうだ。
ギャフとタモ網は物置の横に建てられるようになっているし、暴れないように上部に横木がある。この横木は簡単抜き差しできるから、航行中に外れることは無いだろう。
屋形の高さは、同じぐらいだな。銛を納められるように半円形の切り欠きがいくつも作られている。
これではザルを納められないんじゃないかと考えていると、屋根裏の船首側が広く空いていることに気が付いた。船首の方はまだ見ていないが、船首側の屋根裏にザルやカゴを入れるということなんだろう。




