N-053 氏族の新しい仲間
俺達が手に入れた魔石は高位が6個、中位が5個に低位が10個になる。
氏族への上納が低位魔石1個。それに魔石の売り上げの1割が税金になる。中位が取れる内は氏族への上納は中位魔石を使って、今回同行してくれたカヌイのおばさんには低位魔石1個をエラルドさん経由で渡すから、俺達が島の戻って来て直ぐにやって来た商船で換金した総額は金貨8枚に穴開き銀貨45枚になった。しっかりと王国の徴税官も乗船しているのは、魔石の取引が王国の重要な収入源になっているからなのだろう。不正防止に貴族すら同席していると聞いたことがある。海賊対策で小型の軍船まで沖合に停泊してるから凄いものだ。
税金を引かれた俺達の収入は金貨7枚に穴開き銀貨60枚と穴の開いていない銅貨が5枚だった。
予想を超える収入だ。手元にある金貨を加えれば13枚になる。新しい船を作っても良さそうだぞ。銀貨だけでも1年は生活できるが、俺達だって遊んでいるわけでは無いから、毎月銀貨10枚前後の収入にはなるのだ。
サリーネ達から魔石の売上金を聞かされて、ベンチでそんな事を考えていた時だ。
ニコニコしながらラディオスさんが酒のビンを見せながらやって来た。
「オリーが母さんのところに様子を見に行ったんだ。カイトのところもそうだろう?」
「ああ、もう直ぐ生まれるって聞かされて飛んで行った。俺は邪魔だそうだ。のんびり知らせを待てば良いさ」
「だな。だけど、バルテス兄さんとゴリアスさんはあの通りだ」
桟橋を行ったり来たりして、たまに立ち止るとエラルドさんの船を見ている2人をラディオスさんが指さした。
出産に男が出来ることなど殆どないからな。ここに来て一杯飲みながら待つという事はしないようだが、あれでは桟橋の通行の邪魔になるだけだぞ。
「そうなるとバルテスさんは赤ん坊を連れて漁をすることになるんだろうな」
「ああ、赤ん坊を入れるカゴは父さんが編んでるはずだ。小さい内はその中に入れて育てるんだ。歩くようになると大変だぞ。それまでにはもう1人、嫁さんを探す事になりそうだな。商船が各氏族の長老の手紙を届けてくれるから、たぶん他の氏族からやって来ると思うな」
一夫多妻となる要因はそんなところにもあるんだな。
子供を養育しながら動力船を切り盛りするのは大変な作業だ。2人いればそれが分担出来るって事になる。もう一つの方法として複数の家族が1つの船で暮らすことも考えられるが、親戚の集まりのような氏族の中でそれを選択していないのは、上手く行かなかった経験があるに違いない。
「まあ、カイトのところは3人いるんだ。そのままで十分だぞ」
「まだまだ先の事ですよ。俺もようやく20を過ぎたところです。漁だって色々と覚えている最中ですから」
そんな俺の話に顔をほころばせながら俺の肩を叩いて、カップに酒を注いでくれる。
「俺には十分だと思うな。ところで、新しい船を作ると言ってたな。前に父さんが乗ってた船を買うのか?」
「少し形を変えてみます。商船に見積りを依頼した時に値段を提示してくれましたから作れることは確認できてます。それでも少しは説明がいるでしょうけど……」
ベンチから腰を上げて、小屋の中から1枚の紙を持ってきた。ラフな外形図だが細かな仕様書を見せるよりは説明しやすいからな。
「こんな船です。小屋を大きく、曳釣りが楽に出来て素潜りも容易にできるにはどんな船が良いかを形にしたんですが……」
俺の説明なんか聞いていないな。ジッと船の画を眺めている。
「水車が無いぞ……」
「船を進ませるには水車ではなくスクリューを使うんです。軍船と同じ方法です。後ろに水車が無ければ曳釣りで魚の取り込みも簡単ですし、流す仕掛けも増やせます」
「だが、どう見ても船2隻分になりそうだな。これなら暮らしも楽だろう。子供達も「甲板が広ければそれだけ遊び回れる。リードル漁で中位をだいぶ手に入れられるようになったから俺も考えてみよう。オリーもこの船なら欲しがりそうだ」
長期に渡る漁をあまり考えてはいない船だからな。氏族の皆が使っている小屋掛けした動力船は、数日の漁が良いところだと思う。10日を漁で暮らすとなれば、エラルドさんが前に使っていたような大型でないと不都合が出るんだよな。
所帯を持って最初の船がラディオスさん達の小さな小屋を設けた船なんだけど、あまりにも小さく感じる。せめて俺達が使っている一回り大きな船ならしばらくは使えるのだろうが……。
「今俺が使っている船をいつ乗り換えられるかが、氏族の俺に対する評価でもあるんだ。良く入り江を見てみろ。動力船は3つに区分けできるはずだ。それにどんな連中が乗ってるかを見ておくことも大切だぞ」
ラディオスさんの忠告は、少し前に俺も気が付いた。漁の腕が船の大きさになるって感じなんだが、それよりはその船で暮らす一家の満足そうな顔の方が俺には重要な気がするな。
幸せそうな一家が、必ずしも漁の腕が良いとは限らない。不器用な父親を子供達が一生懸命手助けしている光景を何度か見たことがある。
そんな子供達は父親を誇れないんだろうか? 俺は違うと思うな。あの子達だって父親を誇りに思っているに違いない。
育ててくれて、なおかつ、将来の生活の糧を得る方法を教えてくれるんだからな。
氏族の中心人物たりえなくとも、氏族を構成する重要な人物には違いが無いという事だろう。
「1つ教えてください。島には結構老人がいますが、氏族の人達が漁を引退するのは何歳位なんですか?」
「そうだな。少しずつ漁から離れていくんだ。素潜り漁は過酷だ。父さんも後10年は続かないだろう。だが根魚釣りやバルはずっと続けられるだろう。今の船で暮らしを続け、船が壊れたら島で暮らすんだろうな……」
生涯現役って感じなのかな。とはいえ、漁をするための動力船が壊れたら島暮らしになるのも気の毒な話だ。待てよ、俺の新しい船なら十分な広さがある。
子供達が巣立って行ったなら、新しい船にエラルドさん夫婦が来てくれると助かるな。
そうなると、グラストさん達もやってきそうだ。賑やかに曳釣りを楽しみながら暮らすのもおもしろそうだ。
そんな俺達のところにリーザが走って来た。
「生まれたにゃ! 最初はサディ姉さんだったけど、今度はケルマ姉さんが生みそうにゃ!」
そう伝えると、直ぐに引き返そうとしたリーザに大声で聞いた。
「どっちだ!」
「両方にゃ!」
俺達を見ずにそのままエラルドさんの船に走って行ったぞ。
改めて俺達は顔を見合わせる。カップに酒を注いで……。
「「新しい氏族に!」」
真鍮のカップをカチリと鳴らして中身を飲み込んだ。
互いの顔がほころんでいる。少しずつ笑い声が漏れてきて、最後には互いの肩を抱いて大声で笑い声を上げた。
そんな笑い声に誘われて、エラルドさんがバルテスさんとゴリアスさんを連れてやってきた。
酒のビンを持ってるって事は、ここで宴会って事だな。
「なんだ、すでに出来上がってるのか? ケルマも無事に出産だ。女の子だぞ」
甲板に座り込みながらエラルドさんが教えてくれた。
俺達もベンチから甲板に移動して、5人で酒のビンを囲んで丸くなる。
「氏族が3人増えましたね。バルテスさん、ゴリアスさんおめでとうございます」
俺の言葉に2人が嬉しそうに頭を掻いている。
「まあ、2人とも無事で何よりだ。半年は近場で漁になりそうだな。その後はビーチェに預けて今まで通りの漁も出来るだろう」
半年で乳離れが出来るって事なんだろうな。
「素潜り漁は俺の船が使えますよ。小屋は大きいですし、子守もいますから」
「ああ、その時はお願いするよ。だが、2か月は俺一人で漁になる。ゴリアスと一緒に近場でブラドを突くつもりだ」
ブラド漁なら不漁は無いからな。それ程高く取引される魚ではないんだが、十分家族を養えるぐらいにはなりそうだ。
「サリーがカヌイのところに名前を授かりに出掛けた。良い名前を貰えるだろう」
名前は親が付けるのではなく、あのシャーマンおばさん達が考えるのか。
子供は天からの授かりものという考え方もあるからな。ネコ族の場合は龍神からの授かりものになるから、本来の名前をカヌイのおばさん達が神掛かりで教えて貰う事になるんだろうか?
まあ、これも氏族の習わしって事なんだろうから、俺が口を挟む事ではない。
早いところ、赤ん坊を見たいところだが、これも色々とあるんだろうな。その内、お披露目してくれるだろう。
次の日。ビーチェさんから緊急の指示が舞い込んだ。ブラドとバヌトスを5匹ずつ、それにロデナスを10匹以上を明日の夕刻までに集めるようにとの事だ。
「すまんな。たぶん祝宴用の材料だ。後できちんと清算するからな」
慌ただしく出航の準備をしていると、バルテスさんが申し訳なさそうに話掛けて来た。
「こんな時こそ、兄弟の仲じゃないですか。バルテスさん、ゴリアスさんは俺にとっても義兄弟ですからね。大きいのを獲ってきますよ!」
そう言って、出航する。目的地は東に半日程のサンゴ礁だ。数は少ないがサンゴの切れ目があるらしい。そこならブラドも、ロデナスもいるはずだ。
東に半日の漁場には、数隻の動力船がザバンを浮かべて素潜り漁をしていた。
数がそれ程でもないから、ザバンを使わずに行けそうだな。
水中銃を片手にサンゴ礁に飛び込んで、サンゴの切れ目を探す。
水深は数m程だが溝のような切れ目は深さが8m程もあり横幅は3m近くにもなる。
早速、最初のブラドを仕留めて、海面に浮上すると、俺を見付けて動力船が近付いて来た。
リーザが差し出したタモ網にブラドを入れるとライズと一緒に引き上げている。40cm程のブラドは宴席に丁度良い感じだ。
何とか日暮れまでにブラドを6匹突いたところで動力船に戻る。
明日は、ロデナスをリーザ達に任せて俺はバヌトスを狙えば良い。
次の昼過ぎまで掛かって、どうにか数を揃えたところで急いで島に戻る。ビーチェあんが夕刻までにと言ってたからな。サリーネも普段より動力船の速度を上げているのが分かる。
少し遅れても、バルタスと言うイシガキダイのような魚を3匹余分に持って行くんだから問題は無いだろう。
日が落ちかかる寸前、俺達の動力船は何時もの停泊場所にどうにか滑り込んだ。




