P-121 サンゴを植えてみよう
久しぶりにトリマランが動き出す。
とりあえずはまっすぐに西に向かうことにしたようだ。
サンゴ礁の海は緑色だからすぐに分かるだろう。船尾のベンチでのんびりとパイプを楽しむことにした。
島を出て1時間もしない内に、周囲にサンゴ礁が広がってきた。
やはりあの島周辺だけがサンゴが繁茂していなかったんだろうな。
原因はわからないけど、造山活動にかかわるものに違いない。それが収まったということは将来的にこの海域と同じになるんだろうが、長い年月が必要になるだろう。
人為的にそれを早めようというのは、自然に対する挑戦になるのだろうか?
神が存在する世界でそんなことをするのは、神の御意思に反しないかと考えてしまうんだよなぁ。
「この辺りが良さそうにゃ。サンゴの谷があるし、サンゴの種類も多いにゃ」
「カヌーを下ろすよ。集めたサンゴはカゴに入れてカヌーに吊るせば運んでいけるはずだ」
「ついでに漁をするにゃ。持ち運べる保冷庫に氷を入れといて欲しいにゃ」
タツミちゃん達が水着に着替えに屋形に入っていく。どれ、その間にカヌーを下ろしておくか。
屋形の屋根を歩いて船首に向かうと、カヌーに被せた帆布を外し、ザバンと並べておいたあるカヌーを引き出して海に下ろした。パドルを持って海に飛び込むと、カヌーのアウトリガーを伸ばしておく。これで転覆することはないし、アウトリガーの浮きに座って休みこともできる。
カヌーに乗り込んでトリマランの船尾に向かうと、タツミちゃんがクーラーボックスを渡してくれた。
カヌーに載せると、幅広のガムで作ったバンドでしっかりと固定する。
蓋を開けて、魔法で氷を作って入れたから、後は漁を始めるだけだ。
カヌーの先に付けたロープを手にしてトリマランに戻ると、船尾にロープを結わえておく。
すっかり準備ができたタツミちゃんが素潜りの道具を入れた買い物籠を渡してくれた。
「先に漁を始めるにゃ。お茶はエメルが持ったし、カゴは5個持っていくにゃ」
「俺も直ぐに行くよ。サンゴはこれぐらいあれば良いからね」
両手を広げて20cmほどの長さと教えておく。
もっと長い方が良いんだろうけど、あまり長いとサンゴそのものを運びそうだ。
もっとも、小さなサンゴなら石ごと運べそうな気もするな。
わかってくれたかなぁ? と考えていると2人が海に飛び込んでいった。
カヌーを結んだロープを解いておけば後はタツミちゃん達が動かしてくれるはずだ。
そういえば、まだアンカーを下ろしてないんじゃないか?
慌てて船首に向かい石で作ったアンカーを投げ込んだ。
船尾の甲板に戻って、素潜りの装備を整える。
久しぶりだから何となく気分が高揚してくるのが自分でも分かるんだよなぁ。
マスクを付けて、銛を持つと海に飛び込んだ。
確かに魚が濃いのが分かる。
これなら初心者でもそれなりに突けるかもしれないな。
近づいても逃げる様子がないんだが、さすがに銛先を50cmほどに近付けると慌てて去っていく。
最初に着いたのは、長いヒレを伸ばしたバッシェだった。50cm近い大物だ。海面に浮上してカヌーを探すと、俺に気付いたエメルちゃんが巧みにカヌーを操って近づいてきた。
「大きなバッシェにゃ!」
「たくさんいるね。タツミちゃんは?」
「さっきロデニルを捕まえてきたにゃ。カゴに入れて海に付けたあるにゃ」
思わず笑みが浮かぶ。今夜はどんな料理ができるんだろう。
エメルちゃんに獲物を渡して2匹目を突きに潜る。
3匹目を突いたところで、漁を終わりにする。本来の目的を忘れては問題だ。
エメルちゃんと交代したタツミちゃんからカゴを受け取って、サンゴを採りに海へもぐる。
狙いは枝サンゴとテーブルサンゴだ。
枝サンゴは枝を折ることで簡単に採取できるけど、テーブルサンゴとなるとそうはいかない。
先端部の薄い部分を両手で上手く持って折り取らないといけないんだよなぁ。
何回か小さな破片になってしまったけど、すぐに要領が分かってきた。
両手の間隔を広げないで、同じような力加減ってことになるようだ。
手カゴ一杯になったところでカヌーに引き返し、ロープでカヌーから手カゴを釣るす。
「だいぶ取ってきたにゃ」
「あの入り江全体だからねぇ。まだまだ足りないよ。次のカゴを渡してくれ」
2カゴ目をカヌーに持ち帰った時には、エメルちゃんがカヌーに乗っていた。タツミちゃんもサンゴ採取に向かったようだな。
「私も1カゴ取ってくるにゃ。カヌーを頼んだにゃ」
「ああ、任せといてくれ」
エメルちゃんがカゴを片手に海に飛び込んだところで、カヌーに乗り込む。
クーラーボックスから水筒を取り出し、冷えたお茶を頂く。
口の中の塩気が無くなるのが気持ち良い。お茶に甘みを感じるほどだ。
水筒を戻しながら獲物を見ると10匹には足りない感じだな。でも大きいからなぁ。
昼からの作業で少し追加するか。
2人がカゴを持って戻ってきたので、カゴをカヌーにロープで吊るす。これで4つのカゴに採取できたから戻って次の作業に取り掛かろう。
3人でカヌーをトリマランに近付けると、2人が泳いでトリマランに向かっていく。
甲板に上がったところでロープを投げる。
タツミちゃんがしっかりとロープを甲板に結わえている。
甲板に近づいて銛とパドル、それに獲物が入ったクーラーボックスを渡すとカヌーを降りて甲板に泳いでいく。
ザバンならそのまま甲板に飛び乗れるけど、カヌーだと立てないんだよなぁ。
アウトリガーが付いているからそれなりに安定感はあるんだが、さすがにカヌーに立ってパドルを使う者は想定していないんだろう。
島に戻るまでの30分ほどは、パイプが楽しめる。
あまり使うと潜れなくなるとバゼルさんが言ってたが、程度問題の話でもあるらしい。
いつも咥えているようなら問題だけど、たまになら許容範囲だと思うんだけどね。
竹の桟橋の手前でトリマランを留めると、ロープに結んだ石を投げ込んだ。
投錨しておけば船が流されることはない。
不思議なことに西に向かってゆったりとした流れがあるんだよなぁ。
そのうちに、どのあたりから潮が流れ込んでいるのか分かるんだろうけど、いつも不思議に思ってしまう。
「この辺りから始めるのかにゃ?」
「最初だからね。適当にサンゴを岩の割れ目に挟めばいいよ。数が多いけど、頑張って欲しいな。そうだ! 桟橋から西にはサンゴを埋めないで欲しい。船の通り道にしたいからね」
竹カゴは4つだけど、それぞれ1個ずつ手にして泳ぎだした。
エメルちゃんはトリマランの近くから始めるみたいだな。タツミちゃんは桟橋の方に泳いでいったから、俺は南に行ってみるか。
100mほど泳いだところで、海に潜る。
海中はどこまでも澄んでいるが、さすがに2人の姿を見ることはできないようだ。
水深は3mと少しだから、潜るのにも苦労はない。
いくつもの溝が海底に走っているから、その溝にサンゴの欠片を2mほどの間隔で突き刺すことにした。
カゴのサンゴが無くなったところでカヌーに戻ったら、残りの竹カゴが見当たらない。
2人で分けて出掛けたんだろう。
一足先にトリマランに戻り2人を待つことにしよう。
竹カゴをもう2つほど増やしても良さそうだな。
いや、それよりも大きな竹カゴをカヌーの下に置いたらどうだろう?
カヌーで移動しながら、サンゴを植え付けすることができるんじゃないかな。
2人が戻ってきたところで、船首に行って錨を引き上げる。
船が大きくなると錨の石も大きくなる。前のカタマランよりかなり大きくなったから一苦労するんだよなぁ。
石を甲板に持ち上げて、木枠の中に収めておく。丸太を四角に並べただけの枠なんだが、これで石が転がって落ちることはない。
操船櫓に手を振ると、エメルちゃんが横から体を出して手を振ってくれた。
直ぐにトリマランが回頭を始めたので、屋形の屋根を這うようにして船尾の甲板へと移動することになってしまった。
日が傾き始めたところで、今日の作業を終わりにする。
3回も往復してサンゴを植えたけど、果たしてうまく育ってくれるかな?
数年後に期待ってことになるんだろう。
「そうか! 桟橋から西へは植えなかったんだな。船の通り道を作るのは俺も賛成だ。お前らも、サンゴを植える時には注意するんだぞ」
カルダスさんが感心してくれたけど、それは順調にサンゴが育って何十年か後の話になるんだろうな。
この入り江でサンゴの広がった姿を、俺達が見られるかどうかは微妙なところだ。
だけど何年か後には、それが起きるかどうかを知ることができる。
俺達は、それだけで十分だろう。
子供達に豊穣の海を残すことは、今の暮らしを支える俺達の務めだからね。
いつものように夕食後の酒盛りだ。
ココナッツ酒を1杯と焚火で焼いた魚を味わうのは、もはや行事になっているんだよなぁ。
「ところで前にも話しましたが、この入り江は西に向かって緩やかな流れがあるんです。
どこかに潮流を作る吹き出し口があると思うんですが、できればその近くを囲いたいと思ってるんです」
「そうだったな。この入り江についてはあまり詳しく調べてはいねぇんだ。調べたのは水深だけだったからなぁ」
焚火に集まった男性達も、それは知っているようだ。
「流れと言っても、それほど強くはないぞ。子供達が泳いだとしても問題はないだろうな。何か気掛かりでもあるのか?」
「将来的な話ですよ。生け簀を作って小さな魚を育て、大きくしてから獲りこんでも良さそうだと考えてたんです。
そんな生け簀を作るとなると新鮮な海水が噴き出る場所なら都合が良さそうだと思いまして……」
呆れた表情でみんなが俺を見てるんだよなぁ。
育てる漁業は立派な漁業だと思うんだけど……。
「悪くねえ話だ。少なくともロデニルの生け簀は作らなくちゃぁならねぇからな。入り江の北にでも作ろうかと考えてたが、潮流を作るような吹き出し口があるなら都合が良い。場所だけでも、特定しといたほうが良いんじゃねぇか?」
「さすがに小さな魚を大きくしようというのは俺達では判断できんが、悪くはないな。可能ならばトウハ氏族やオウミ氏族に教えることもできるだろう。
俺達は燻製だけを扱うが、西の氏族は生魚を扱う。商船の求めで直ぐに鮮魚を売ることができるぞ」
「だよなぁ……。せめて、この島がシドラ氏族より西にあれば良かったんだが」
鮮魚を扱える氏族もいるってことだな。生憎と大陸からかなり離れている。
今まで通りでも十分なんだが、他氏族のためにやってみるのもニライカナイという国を思えば無駄なことにはならないんじゃないかな。




