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N-005 トウハ族の一員


「龍神のあぎとに噛まれた跡が聖痕となるのは、伝説ではなく事実じゃ」

「常に我らネコ族の2人が聖痕を持つことは、今までの伝承で分かっている。人間族でありながら聖痕を持つなら、我らの血が幾分か混じっておるのじゃろう」

「氏族に加えるに、いささかの不都合などありはせぬ。お前達も良いな。カイトは我等、トウハ氏族の一員として迎えるぞ」


 長老達の言葉はこの世界では絶対のようだ。左右の男達が低く頭を垂れて賛意を示している。


「それで、あの変わった船を商船に売ったのか。確かにあれでは漁に向かないな」

「それもある。直ぐにでも動力船は手に入れられるだろうが、俺達の漁場と漁を教えねばなるまい」

「直ぐには無理だろう。お前も息子が2人いるのだ。先ずは息子達に買わねばならないぞ」

「そうでもない。午前の漁だけでブラドを5匹、真珠を6個も獲れる男だ。やはり、聖痕を持つ名に恥じん」

 エラルドさんの言葉に、男達の口が驚いたようにポカンと開いた。


「1年もしないで漁船が手に入るぞ……」

「何艘かを率いて貰いたいな」

「いずれはそうなるじゃろう。サイカ族と言う氏族も、聖痕を持った者が漁を率いていたと聞いたことがあるぞ」

 

 伝説じゃないのか? どこに魚がいるかなんて俺にはさっぱりだぞ。

 どちらかと言うと、運が良いだけなんじゃないかと思うけどな。


「カイトが漁船を持つまでは俺の船で預かることで了承してくれ。それ程先の話では無さそうだからな」

「それで良いじゃろう。エラルドがカイトを見付けたのじゃ。一人前にするまでは責任を持つのじゃぞ」


 これで俺も、この村の仲間って事なんだろうな。人口は500人にも満たないようだが、老人を大切にしているようだから、老後の心配もしないで済みそうだ。


 船に戻ると、皆が心配そうに俺達を迎えてくれた。

 エラルドさんの話を聞くと、安心して俺に笑顔を向けてくれる。

 バルテスさんが俺の腕を掴んで肩をポンと叩く。

 「仲間だ。明日から頑張らなくちゃな」 

 そう言ってくれたのが嬉しかった。俺にとっては兄のような存在になるんだろうな。


 氏族の一員となったからには、氏族の掟に従わなければならない。

 まあ、これは共同体の維持に必要な決まり事なんだろう。船の後甲板に男達4人で車座になると、葡萄酒のような色をした、ちょっと甘味のある酒を飲みながらエラルドさんの話を聞くことになった。


「掟はそれ程多くは無い。それに常識的なものでもある」

 そんなまくら言葉で話してくれたのは、船を持つ者と持たぬ者の漁獲高に対する配分だった。

 一般的な漁では、船主が半分、残りを他の船員で分けるという事らしい。

 エラルドさんの船の場合は、エラルドさん夫婦が半分を取り、残りを子供達が分けるという事になる。

 圧倒的に、船主有利のようだが、船主の取り分の1割が島の共同体に納められ、食料は全て船主が負担するらしい。複雑だけど、貰えるものだけ貰っておけば問題なさそうだ。

 ネコ族の成人は18歳との事だ。子供扱いはされなくなるって事だな。その上、一夫多妻らしい。自分の稼ぎにあった嫁さんを貰えと言ってたぞ。

 病気と怪我は老人達が調合した薬を使うらしいが、何となく怪しい感じがするな。

 

「後は、年に2回ほど俺達氏族が一所で漁をする。大きな巻貝を獲るのだが……、これはその時にでも詳しく話そう。来月の満月の朝になる」


 貴重種なんだろうか? それともその時期にだけ、深海から上がって来るってことかな? 大きなと言うのがどれぐらいなのか分からないけど、事前に漁の仕方は教えてくれるんだろう。


「俺達トウハ氏族は銛の腕を誇っている。カイトにも作ってやろう。新たな仲間なんだからな」


 話の終わりにそう言ってくれたけど、銛は1つ持ってるんだよな。銛先は2本なんだが、バルテスさんの銛は火箸の先のような1本ものだった。小さな返しが付いていたけど、あんな銛で獲物が獲れる方が信じられない。


「ありがたく頂きます。バルテスさんの持ってたような銛ですね。使い方が難しそうです」

「慣れればそうでもない。穂先が頑丈だから、色々と役に立つんだ」

 そんな事を言ってるけど、まんざらじゃ無さそうな顔をしてる。難しい銛を自在に使ってる事が彼の誇りなんだろう。

 

 あくる日は、朝から色々とやることがあるらしい。

 リーゼちゃんと直ぐ上の姉さんであるサリーネさんは真鍮で出来た水の貯蔵容器を綺麗に洗って、水場から水を汲んでくるらしい。

 バルテスさんは俺のザバンをラディオスさんと改造している。

 さて、俺もバルテスさんを手伝おうと腰を上げた時、ビーチェさんがカゴを持ってやってきた。


「お昼のおかずを獲ってくるにゃ。この湾の魚は皆食べられるから、どれでも良いにゃ」

「はあ……、頑張ってきます」


 おかずが目の前で泳いでるってことだな。これは何とかしなければなるまい。

 湾を眺めると、子供達が短い銛を持って頑張っているようだ。この仕事って、子供達の仕事なんじゃないか?

 女性は海に潜るんだろうか? 俺の前にこの仕事を仰せつかったのは、ラディオスさんなのか、それともリーザちゃんなのか……、後で聞いてみよう。

 

 「このオケにカゴを乗せていくにゃ。オケにつかまって泳ぐと楽にゃ」

 洗面器よりも少し大きなオケだな。深底だから海女さんが使うオケに似ているぞ。使い方も似たようなものだ。

 

 小屋の中からプラスチックのカゴに入れたマスクやシュノーケルを身に着けて、ゴザに巻いた俺の荷物から銛を取り出す。子供達も銛だし、おかずを獲るだけだからな。

 先端が2本になった銛を見て、バルテスさんが片手を上げて手を2回開いた。10匹が目標って事だろう。

 頷き返して、甲板をフィンを履いた足で歩いていき海に飛び込む。

俺が海面に出たところで、ビーチェさんがオケを渡してくれた。手を振って励ましてくれてるけど、獲れるかな? それでも船に振り返って手を振り返す。

 

 ひたすら沖に向かう。オケには紐と石が入っていたから、これをサンゴに引っ掛けておけば流されることは無いだろう。

 数十mも泳ぐと湾と外海の境界付近に出た。ちょっと潜って、サンゴに小石の紐を絡めておく。

 オケの周囲をゆっくりと廻りながら獲物を探す。シュノーケルがあるから便利だけど、ネコ族の人達は使わないんだよな。息継ぎをして1分程ジッと海中を眺めながら泳いでるんだが、あれだと潜る時に一度海面に出るから獲物をもう一度探すことになってしまう。

 

 大きなテーブルサンゴを見付けたのでゆっくりと潜っていく。水深は10mは無いようだ。サンゴの根元を覗くと……、ブダイがこっちを睨んでる。

 銛の柄に付けたゴムを引き絞って、殆んどブダイに振れる位に銛先を近づけると、そっと柄を持つ左手を緩めた。

 銛がブダイに伸びて頭を突き刺す。友人が大物は頭を狙えと教えてくれたが、確かにこれなら暴れてサンゴの奥に身を隠すことも無い。

 ゆっくりと海面に浮上すると、オケのカゴに獲物を落して次を探す。


 湾の端にいるのだが、回遊魚も湾に入ってくるようだ。長さ40cm程のカマスのような魚が水面すれすれを群れをなして泳いでいる。

 下から待ち受けて銛を突き刺す。頭を狙うのだが、銛は胴に突き刺さる。やって来る前にゴムを放さないと、頭を刺すのは難しそうだな。

 

 2時間程経過したところで、オケの中のカゴには入りきれないほどの魚や、エビが入ってる。これ位で良いんじゃないか?

 オケの上に銛を横に乗せると、湾の一番右端の船に向かって泳いでいく。

 

 船に近付くと、リーザちゃん達が俺に手を振っている。

 近づくと斜路からロープを下ろしてくれた。オケの両側に付いているロープを通す穴にロープを通して簡単に結ぶと、リーザちゃん達が引き上げてくれた。


「これを受け取ってくれ!」

伸ばされた腕に銛を渡して、減速から下ろされたロープを使って甲板に戻った。


「大漁だな。俺達だけでは食いきれん。浜の連中にも分けてようと思うが、構わないか?」

「ええ、良いですよ。湾と外海の境界は結構魚が豊富ですね」

「あの辺りは少し深いからな。子供達ではちょっと無理だろう。だが、良く銛でカマルを突けたな。これは釣りでどうにかだぞ」


 エラルドさんが細長い魚体を持ち上げて呟いている。珍しいのだろうか? どう見てもカマスだけどな。

「水面付近で群れてましたよ。これがいるなら釣りをした方が良かったような気がします」

「釣りの仕掛けに重りではなく浮きを付けて流すんだ。後で浮きの作り方を教えてやろう」

 

 浮き釣りなのか。それも先端に付けるとはおもしろい方法だ。今夜浮き作りで時間を潰せそうだな。


 ビーチェさんが獲物を種類ごとにカゴに小分けしている。

 それが終わると、女性達がカゴを持って桟橋を浜に向かって歩いて行った。

 まだ昼過ぎだけど、バーベキューをするのかな?

 銛をゴザの中に包むと、帽子を被ってエラルドさんの後に付いて桟橋を歩いて行った。


 男達が細長い焚き火を囲んで、色んな魚を串にさして焼いている。

 浜辺でビーチェさん達が他のご婦人方と一緒に魚をさばいて串に刺すと、リーザちゃんがカゴに入れて運んできた。男達がそれを手に取ると新たな魚が焚き火に炙られる。


「カマルじゃないか。どこでこれを?」

「カイトが湾の入り口で取って来た。全く底が知れん」

「カマルを銛で刺したと! 俺でもどうにかだな。それに、これほど獲れるもんじゃねえ」

 

 そんな漁師仲間の話を聞きながら、防水ケースからタバコを取り出して口に咥えた。焚き火の薪を手に取って、タバコに火を点ける。明日は最後のタバコの封を切ることになりそうだ。


「それが聖痕か……。やはり龍神の加護は本当らしいな」

「長老達も機嫌が良いそうだ。生きてる内に聖痕を拝めたんだからな。無理はないと思うぞ」

 

 やはり、あれほど魚が獲れるというのはこの腕に埋まった円盤のせいなんだろうか? だとしたら、あまり苦労せずにこの世界で暮らせそうだ。

 いつの間にか酒の椀を持たされ、俺達は昼間からの酒宴を始める事になってしまった。

 カマスに似た魚を食べてみたが、やはりカマスなんじゃないか? 味まで同じに思えるんだけどな。

 島で捕れたのが珍しいのか、数匹は長老のところに持って行ったようだ。

 後は、女性達が頂くのを、恨めしそうに男達が見ているぞ。

 まあ、ブダイよりは美味いと思うけどね。今夜浮きを作ったら、明日は釣りでチャレンジしてみよう。


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