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N-049 神亀

 結局、翌日まで寝てしまったようだ。起きた時には東の空が白んでいたからね。

 あれほど降っていた雨は止んでいたから、今日の漁は頑張らないとな。

 3人が起き出して、朝食の準備を始める。

 甲板でパイプを楽しみながら周囲を見ると、ザバンの中が満杯に水が溜まってる。

 急いで水着に着替えると、オケを持ってザバンの水を汲み出しにかかった。

 

 日差しが強いから、濡れてるザバンの内側も直ぐに乾くんじゃないかな?

 ゆっくりとバナナの炊き込みご飯を頂いて、お茶を飲む。今日が漁の最終日だから、頑張って突かねばなるまい。突けばそれだけ新しい船に近付くんだからね。

 

 3人がザバンに乗り込んで北に向かう。

 その後を追って、水中銃を持った俺も飛び込んで泳ぎ始めた。今日は少し東側を探ることで話が付いている。

 サンゴの崖に近付いたところで、呼吸を整えて海中にダイブした。

 岩の割れ目を丹念に探っていく。

 かなり潜ったところで最初のブラドを見付ける。

 慎重に狙いを定め、エラに近い頭に銛を突き立てた。シャフトを回収し、糸を持って海面に浮上する。リーザとライズが潜ろうとしているところに獲物を持って行く。


「早いにゃ! ロデナスもいたかにゃ?」

「結構いたぞ。だけどあまり深く潜らないようにね」

 ライズの問いに答えたところで、サリーネに獲物を渡す。サリーネは日除けに麦わら帽子を被ってサングラスをしているな。2人のお守りを頼んで、再び海底を目指した。


 昨日ほど晴れてはいないけど、海中が明るいのが助かるな。

 割れ目の奥も良く見えるから、素潜り漁には都合が良い。潜るたびにブラドが突ける。

 昨日、あれほどの群れがいたグルリンは姿を消していた。たまたま回遊してきたんだろう。上手く群れを捕えるのは難しそうだ。

 

 10回程潜ったところで、休憩を取る。

 いつものように浮きにつかまっての休憩だから、油断すると浮きが離れてしまう。やはり、ゴムボートを作る必要性をつくづく感じるな。


 ココナッツジュースをココナッツの実を半分に割ったカップで頂いていると、リーザ達が泳いできた。手網にはロデナスが入っているから、彼女達の漁も上手く行ってるみたいだな。


 20分程休んだところで、再び漁を再開する。

 ザバンから少し離れて海中にダイブし、割れ目を探していた時だ。

 ふと、違和感を覚えて後ろを振り返る。そこには、大きな岩があるだけだった。

 

 気のせいか? そう思いながら割れ目を探り始めたが、またしても誰かの気配を感じる。

 一緒に来た、漁師仲間が近くにいるんだろうか?

 再度、後ろを振り返る。 やはり、大きなこんもりとした岩があるだけだが、よくよく見ると、不自然な岩だな。この辺りでは見当たらない海草のようなものが生えてるし、全体に丸くて凹凸がほとんどない。


 息苦しくなったところで、海面に一旦出て息継ぎをした。

 そんな俺の姿を見て近付いて来たのはラディオスさんだった。どうやら、ラディオスさんが漁をしている近くまで泳いできてしまったようだ。


「カイトじゃないか。どうだ?」

「かなりの漁ですよ。……そうだ! ラディオスさんはこの辺りで漁をしてたんですよね。この下にある岩を知ってますか?」

「サンゴの崖から南は砂泥しかなかったぞ。岩があれば周辺を探るから俺も覚えてるはずだ」


 俺の話を笑い飛ばしている。

 そうだよな。確かに最初にこの漁場に来た時もそうだったし、あんな特徴的な岩があるなら誰かが見つけて教えてくれたはずだ。


「変わってるんですよ。丸くて、サンゴも生えてませんし、この辺りに見当たらない海草まで生えてるんです」

「そんなバカな……。そんなに変わってるなら、俺も見ておくか」


 今度は2人でダイブした。

 丸い岩は、砂泥の中に確かに存在していた。ラディオスさんも驚いたようだな。俺を見て頷いている。

 だが、直ぐに俺の左腕を掴むと自分の顔に近付けた。

 突然の事に俺も驚いたが、直ぐに原因が分かった。俺の左腕にある聖痕が淡い光を放って脈動しているのだ。

 更に、先ほどよりも強い違和感に襲われる。

 誰かに、見られている感じなのだが……、近くにいるのはラディオスさんだけなんだよな。


 ラディオスさんが俺の肩を叩き、右手を大岩に向ける。

 思わず大声を上げようとして口を開きかけたが、慌てて口を結ぶ。俺達がいるのは水面下10m近い場所だからな。

 俺達が見守る中、ゆっくりと岩が動いている。

 巨大な貝なんだろうか? それとも……。

 しばらく眺めていると、岩の下から巨大なヒレが現れる。更に頭がニューっと伸びる。


 俺が岩だと思ったのは巨大なウミガメらしい。

 首を俺の方に向けると、明暗を繰り返す聖痕に目を向ける。

 小さく頷くような仕草をすると、ゆっくりと滑るように俺達から離れて行った。

 

 肩を叩くラディオスさんに気が付いて、急いで海面を目指して泳いでいく。

 バシャンと体を空中に投げ出すように浮上すると、はあはあと息を整えながら、互いに顔を見合わせた。


「ウミガメだった……」

「ウミガメ? あれはウミガメに違いはないが、あの大きさなら別の呼び名になるんだ。『神亀しんき』と呼ばれる代物だぞ。父さんだって見たことが無いだろうな。カイトの聖痕を見ていたな。それにその聖痕、光ってなかったか?」


「明暗を繰り返してました。それにあの神亀が頷いたように見えたんですが……」

「俺もだ。その後に消えて行った。何の知らせか分からないが、父さんには教えといた方が良いかも知れないな。……漁は終わりだ。急いで帰るぞ!」


 そう言うと、オリーさんの待つザバンに泳いで行った。

 確かに何かありそうだな。俺も3人の待つザバンに泳いでいく。


・・・ ◇ ・・・

 

 船団が慌てて帰り支度を始める。

 何が起こったかを、ラディオスさんが動力船で他の船を回りながら教えているようだ。

 俺の嫁さん達には俺から話したけど、神亀という存在は知っていたようだ。ネコ族に伝わる伝説上の存在のようだな。


「神亀なら見てみたかったにゃ」

 舵輪をハシゴに座って握っているライズが呟いた。

 今日の獲物をさばいているサリーネ達も頷いているところをみると、同じ思いのようだ。


「ライズ達が漁をしていた少し東の砂泥にいたんだよ。大きかったな。初めは岩かと思ってたんだ」

「氏族の中でもあまり見た人はいないみたいにゃ。でも誰もいないわけじゃないにゃ」


 となると、それがもたらすものが気になるな。必ずしも良い事だけとは限らないような気がする。

 どんな伝説があるのか早く聞きたいものだ。

 それもあるから、ラディオスさんは動力船を普段より早く進めている。このまま昼夜を問わずに氏族の暮らす島に向かうつもりのようだぞ。


 丸、2日掛けて島に到着した。

 桟橋に船を停めると同時に、ラディオスさんはエラルドさんの船にとんで行った。

 そんなラディオスさんを呆れた顔でサリーネさん達が見ていたが、先ずはやることがあるからな。

 ビーチェさんがエラルドさんの船から顔を出すと、オリーさんの手伝いに歩いて来た。サリーネ達はブラドとグルリンを背負いカゴに入れて燻製小屋に歩いて行く。

 ロデナスはカゴに入れてイケスに入れてある。やがてやって来る商船に生きたまま売りに出すのだろう。

 

 1人残った俺は漁具の手入れをする。残った真水で漁具を洗っておかないと、直ぐに錆ついてしまう。

 簡単に作業を終えたところで、パイプを取り出して一服を始める。

 まだ、日が高いから、今夜の食事は期待できそうだな。急い出来たからしばらくはネコマンマばかりだったような気がするぞ。


「おもしろいものを見て来たようだな」

 そんな事を言いながらやって来たのは、エラルドさんにラディオスさん、それにバルテスさんだった。


「大きなウミガメだったようです。あれほど大きいものは初めてです。この小屋よりも大きいんですから」

「それが、神亀だ。龍神の使いをしているとも言われている。ラディオスの話では、聖痕の明暗を見て頷いて帰ったと聞いたが……」

「はい、その通りです。何か誰かに見られているような違和感が凄かったんですが、ラディオスさんに、その時聖痕が光っているのを教えて貰いました」


「神亀はそれを見た氏族に豊漁をもたらすとも言われている。悪い話ではない。今夜、船団を率いたラディオスが長老会議でその話をすることになるだろう。だが、聖痕を持つ者と神亀が合う事等いまだ無かったことだ。それを長老がどのように判断するかが問題だな」


 やはり、吉兆というわけにはいかないのかもしれない。聖痕が吉兆であり、神亀の存在を目にすることも吉兆。吉兆と吉兆が合わさった場合は、相殺されることも考えられる。

 その辺りの伝承の解釈をトウハ氏族は持っているのだろうか?

 場合によっては厄介な事にもなりそうだな。

 まあ、その時はその時だ。悩む話しではないだろう。


「だが、あまり心配はいらぬぞ。単に見たわけでは無い。聖痕を通して神亀と意思を通じたのかも知れん。2人が頷く神亀を見たのなら、そう考えるのが当然だろう。神亀を見たと言う者は何人かいるし、長老の1人もかつて見た事があるそうだ。だが、それは動かぬ岩のような姿や、船の真下を通る大きな影であることが多い」


 巨大なウミガメの姿であることを、俺達が初めて見たという事なんだろうか?


「凶報……という事は無いですよね」

「そこまで勘繰ることは無いだろう。場合によっては何かを知らせる為か……。だが、神亀を見た年は豊漁が続くと聞かされたことがある。お前達の漁は途中で中断したとはいえ、獲物が多かったことは確かだぞ」


 まあ、それなりに獲れたし、高値で売れるグルリンも突けたんだよな。そう言う意味では大漁って事になるんだろう。


「エラルドさん達もですか?」

「ああ、いつもよりは遥かに多い。これも神亀のご利益と考えれば納得できる話だ」


 エラルドさんは肯定的だな。

 ひょっとして、これが元で新たな伝承が生まれるのかも知れないな。となると、今後の漁が気になるところだ。


 そんなところに、サリーネ達が帰って来た。

 来客を見て、直ぐに酒器を準備してくれる。


「全部で、銀貨6枚になったにゃ。1割を世話役に渡してきたにゃ」

「ありがとう。後はロデナスだね」

 お俺達の会話にラディオスさんが驚いている。

「カイト、いったいどれだけ突いたんだ? 銀貨6枚はいくらなんでも多すぎるぞ!」

「実は2日目にグルリンを突いたんです。崖の反対側で大きな群れを作ってましたから、片っ端から、突いてました」


 俺の話を聞いてがっくりとラディオスさんが肩を落とす。

 どうやら、サンゴの崖にだけ目が行っていたようだな。

 エラルドさんは、まだまだ一人前には程遠いと言うような目でラディオスさんを眺めながら、酒器のワインを飲んでいた。



☆☆ サリーネさんの独り言☆☆ 【by 六助さん】


 サリーネは家計簿に向かってブツブツ呟やきながら計算し、次の様に結論づけた。


「一回の漁で銀貨1枚以上稼げれば上々」という天啓を信じてしまったのが失敗にゃ。

真珠漁で赤字補填する状況を脱すには、リーザとライズの投入が必要にゃ。

2人には3日間の漁で6匹を、カイトには30匹をノルマにするにゃ。

ノルマ未達成の時はタバコと酒量を減らすことをカイトに約束させるにゃ。

リーザとライズが急に漁を手伝う様になったのは、これが本当の理由にゃ。」


サリーネの試算

ひと月、税込みで銀貨11枚分の漁獲高が必要。

近場の漁は、往1復1日+漁3日+休み2日=7日間必要。

遠方の漁は、往3復2日+漁3日+休み2日=10日間必要。

(休みに燻製作りや次の漁へ向けての準備が含まれる)


試算1

ひと月で近場3回+遠方1回とするなら31日間なので

平均すると1日当たり36D。(1100÷31≒36)。 

近場では36D×7日間で252Dの漁獲量が目標。

遠方では36D×10日間で360Dの漁獲量が目標になる。

近場のブラド獲りで換算すると1匹は8Dなので、252/8≒31から32匹が目標にゃ。

遠方のロデナス獲りで換算すると1匹は12Dなので、360/12≒30匹が目標にゃ。


試算2(別の組み合わせ)

ひと月で近場1回+遠方2回とするなら27日間なので

1日当たり41D。(1100÷27≒41)。

近場では41D×7日間で287Dの漁獲量が目標。

遠方では41D×10日間で410Dの漁獲量が目標になる。

ブラドで換算すると、287/8≒35から36匹が目標にゃ。

ロデナスで換算すると、410/12≒34から35匹が目標にゃ。


試算結果:

1度の漁の漁獲高を100Dオーバー程度の目標では赤字にゃ。

カイト1人で毎回クリアできる釣果と考えるのは楽観的過ぎるにゃ。


 のんびり働いていては生活が苦しいって事のようです(笑)。

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