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N-045 船団を率いる

 長老が下した裁可は、10隻だった。俺と、ラディオスさん、ラスティさんにヤックルさんの動力船に新たな6隻が加わる。


「動力船に男が2人以上でないと釣った魚を取り込めねえと知って、だいぶ騒いでたな。それでも、普段の仕掛けでは無理だと分かったみたいで、カイトの仕掛けを聞いてた連中の中で、その仕掛けを作った者達が同行することになった」

「かなり特殊だから、使い方が分からぬと言う者もいたが、釣れば分かるだろうという事で納得してたな。漁師2人で悩むようでは先が見えると長老も言っておったぞ」


 かなり強引に会議を進めたみたいだが、それで出発は何時になるんだろう?


「出掛けるのは、明後日の朝になる。カイトのブラカが合図だ。船団の指揮はカイトで良かろうとの事だ。エラルドが後見人なら誰も文句は言わぬ」

「明日は、来客が多いぞ。カイトの曳釣りを教えてやってくれ」


 それは良いが、俺にちゃんとブラカが吹けるのだろうか? 一応、何度も練習はしているけど、変な音で皆を失笑させかねないな。釣果よりもそっちの方が気になるぞ。


「将来の事を考えれば、そろそろ指揮をしても良いだろう。グラストが指揮を執ったのもお前達の年頃だ」

「あれは緊張したな。前の晩は眠れなかったぞ。銛を持って海底に潜る方が遥かにマシだ」

 そんな事を言うから余計に心配になって来たぞ。

「明日は餌を獲るんだったな。ブラカを吹くのは1回だからあまり緊張しない事だ」

 

 あまり考えないようにしよう。グラストさんじゃないけど、本当に眠れなくなりそうだ。エラルドさんが乗ってくれるんだし、最初に上手く鳴らせなかったら、エラルドさんに頼むことも出来そうだ。


 翌日は、おかず釣りの竿で小魚を釣る。

 餌用にたくさん釣らねばならないし、大きな奴は夕食のおかずになるからな。ラディオスさんや、ラスティさんも混じってのんびり釣りを楽しんだ。

 たまに、曳釣りの仕掛けの使い方を聞きに俺を訪ねてくる人がいたが、その多くは潜航板の使い方と両舷に張り出す長い竹竿の事だった。

 道糸と仕掛けをどちらに結ぶか。ハリスの長さをどれ位伸ばすかを教えると、納得して帰って行ったから、手釣りで曳釣りを何度もやったことがあるのだろう。

 さすがに、洗濯ばさみまでは持っていないようだったが、竿の先に木でカギを作って代用するみたいだ。

 竹竿で当たりが出た時にカギを外せば良いだろうと言っていた。どうだろう? ちょっと疑問が出るけど、上手く行けば良いけどね。

 

 夕暮れ前に、釣りを終えると嫁さん連中が、獲物を分別してくれる。15cm程の小さな魚を餌用に軽く塩を振って保冷庫に入れると、残りの魚は唐揚げにするみたいだ。と言っても数があるから、揚げるだけにして、近所の動力船に配っている。

 何となく、前の世界を思い出すな。ちょっとした料理を母さんが近所に配っていたことがあるし、色々と分けて貰ってもいた。氏族の連中も、仲間意識がそうさせるのだろう。小さな村社会だからな。

 夕食を食べていると、バルテスさんがココナッツと野生のバナナを、背負いカゴに詰めて持ってきてくれた。

 今日は仲間とココナッツを採りに行ったみたいだ。

 ありがたく頂戴して、夕食をご馳走する。

 

             ・・・ ◇ ・・・


翌日。まだ東の空が少し明るくなったぐらいなのだが、俺達はすでに起きて朝食を食べている。

エラルドさんの船のカマドまで使ってご飯とスープを作ったから、俺の船には9人が集まっている。

 ケルマさんとサディさんのお腹は少し大きくなってきたようだ。ちょっと残念そうにバルテスさんを見てるけど、まあ、仕方がないと思うな。

 バルテスさん達だってビーチェさんと一緒にいてくれた方が安心して漁が出来ると思うぞ。


「カイトのブラカが早く聞きたいにゃ」

 ビーチェさんがそんな事を言って、俺にプレッシャーを与えている。

「上手く吹けなくても笑わないで下さいよ」

「大丈夫にゃ。初めてブラカを合図に使うのは誰も知ってるにゃ。でも、グラストが初めて吹いた時には、お腹を抱えて2人が桟橋から落ちたにゃ」


 それって、あまりの下手さに笑い転げて落ちたって事か?

「父さんが、お酒を飲んで話してくれたにゃ。俺が初めてブラカを吹いた時は感動して桟橋から落ちた人がいるって言ってたにゃ」


 ライズが胸を張って教えてくれたけど、それは感動じゃないと思うな。でも、子供達がそれを誇りに思ってるなら、グラストさんは子供達からも尊敬されてるって事だ。中々子供に尊敬される父親になることは難しいと聞いたことがあるから、あんな大酒飲みだけど、良い父親でもあるって事だな。

 エラルドさんやヤックルさんにしても、子供達は皆尊敬されている。前の世界では考えられないな。

 俺も、将来子供が出来たら尊敬されるのだろうか? 例え失敗をしてもそれを認めて誇って貰えるだけの人間にならるのだろうか?

 これは将来像をしっかりと考えて行かねばならないぞ。小さな村社会だから、ちょっとした失敗が氏族に与える影響は大きいものがある。その逆もしかりではあるのだが、良い事だけが続くとは限らないからな。


 お茶を飲み、だんだん明るくなったところで、ビーチェさんはサディさん達を連れて帰って行った。バルテスさんはゴリアスさんの船に向かった。

 いよいよ、出航の時が近付いて来たのだ。


「そろそろ出掛けましょう。今回は先導ですからね」

 そう言って、ラディオスさんの動力船と繋いでいるロープを解き、船首のアンカーを引き上げる。


「サリーネ、出航だ! いつものように入り江の出口で他の船を待つ」

 俺の言葉に、舵輪を握っていたサリーネが船を動かし始めた。ゆっくりと桟橋を離れて入り江の中央に向かって進む。


「サリーも一人前だな。安心して操船を任せられる」

「リーザやライズ達もですよ。これからしばらくは船を進ませ続けますからね。俺には3人がいるから安心です」

「そう言えば、昼夜通して釣りを続けるのだったな。俺達は漁に専念する……。なるほど、複数の家族が乗り込まねば漁は出来ないか」


 出来れば、3家族は欲しいところだ。大型のクルーザーなら理想的なんだが、カタマランでそれが出来れば良いな。

 俺の船が入り江の出口付近に進んでくると、桟橋から次々と動力船がやって来る。隣にやって来たのはラスティさんの船だ。グラストさん夫婦も乗り込んでるみたいだな。


「さて、そろそろ出発だ。カイト、頑張れよ!」

 エラルドさんに頷くと小屋の扉の内側に吊り下げた、ブラカを持ち出すと、船尾のベンチの上に立った。

 左手でブラカを持ち、右手を添える。吹き口を口に付けて、唇を結ぶ。大きく息を吸込み……。


ブオォォォオオオォォ……。

 夜明けの入り江に低い大きな音が響き渡った。

「サリーネ、南に向かって進め!」

「了解にゃ!」


 隣の船からグラストさんが笑みを浮かべて頷いている。ベンチの端でパイプを咥えていたエラルドさんも笑みを浮かべているところを見ると、どうやら合格点を獲ったという事だろうか?


「ちゃんと吹けたにゃ。でも、桟橋から落ちた人がいなかったにゃ」

「でも、音を聞いて丸太小屋から出てきた人もいたにゃ。あっちまで聞こえたって事にゃ」

 500mは超えてるんだよな。良くも聞こえた物だ。ネコ族だから耳が良いって事だろう。

 ブラカを小屋に戻して、エラルドさんの隣に座るとパイプを取り出した。


「中々良い音だったぞ。大きいから低い音が遠くまで聞こえたんだろう。ブラカを小屋に仕舞ったが、小屋の外に出して置け。それと笛を首から下げておくんだ。船団の指示はお前が出すんだからな」

 一服を始める前に、ブラカを扉の前に下げ、竹笛を首に下げる。

 何か気持ちが引き締まるな。


「うむ、立派に見えるぞ」

 エラルドさんの言葉にサリーネ達も頷いてくれる。

「俺で良いんでしょうか? 流れ着いた者ですよ」

「何を言ってる。お前は立派なトウハ氏族の一員でありネコ族の一員でもある。それは長老が認めた事であり、記録として世話役が残している。お前が自由に商船に出入りできるのも時間の問題だ」


 根回しって事なんだろうか? でも自由に商船に出入りできるのは魅力だな。他の氏族と交流できるってのもおもしろそうだ。


「ビーチェはナンタ氏族の出だ。ラディオス達も他の氏族から妻を貰えれば良いのだが……」

 同族婚による弊害を少なくするという事なんだろう。漁は過酷な仕事だ。嫁さん一人では大変だという事なんだろうな。それに、出産で命を亡くす人もいるらしい。エラルドさんの嫁さんも亡くなったらしいが、その娘さんをビーチェさんは分け隔てなく育てている。

 待てよ、ひょっとしてサリーネ達は他の氏族に嫁ぐ予定だったんじゃないのか? 俺が氏族に加わったことで、今まで通りトウハ氏族にいられるだろうな。

 他の氏族とも争いを起こさずに暮らしているのは、そんな事が昔から続いているからだろう。氏族と言う括りはあるようだが、ネコ族は全体で1つと言えるんだろうな。

 

「早く、商船に行ってみたいですね。ここで暮らして2年ほどですが、まだ商船には行っていませんから」

「この漁が終わったら、長老会議に諮ってみよう。条件が付くだろうが、カイトが嫌がるような事にはならないだろう」

 

 条件と言うのが気になるな。

 まあ、トウハ氏族としての考え方だから俺の倫理基準と合わないのは仕方がないのかも知れないな。その時はその時って事で良いだろう。

 

 日が高くなってきたところで、帽子を被りサングラスを掛ける。舵輪を握るサリーネはゴーグル姿だ。

 サングラスよりも遥かに良いと言ってるし、リーザ達どころかオリーさん達も作ったとリーザが教えてくれた。

 昼食を終えると、サリーネからリーザに操船が代わり、サリーネとライズが小屋で一眠りするようだ。

 海図をエラルドさんと眺めて、航路と水深を確認する。

 この辺りの水深は5m程だが、東西に狭い溝がたくさん入っている。その溝を通って大型が回遊してるんじゃないかと聞いてみた。


「可能性はあるな。前に住んでいた島の南に続いていそうだ。かなりシーブルが釣れた場所だ」

「なら、始めましょう。真珠採りは1日で十分です。曳釣りが主体ですからね」


 ベンチの上に立って、笛を鳴らす。

 ピィィーっと言う鋭い音を2度発すると、船団が縦2列から横1列に変わる。

 道具を取り出して、竹竿の洗濯ばさみに道糸を通すと、仕掛けを付ける。最後に釣り針に昨日釣った小魚を付けると海に投げ込んだ。

 2本の竹竿を両舷に張ったところで、パイプを咥えて釣れるのを待つ。大きなタモ網とギャフは小屋の壁に作った専用の枠に入れてあるから直ぐに取り出せるぞ。

 


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