N-041 深場の漁の怖さ
真珠を持ってきた船団は俺達が曳釣りをした漁場の南で漁をしていたらしい。
俺達を率いるバルテスさんは夜も船を走らせて南を目指している。追従する動力船は俺達を含めて11隻だ。2列に並走して進んでいる。
曳釣りの漁場を過ぎると、俺達が初めて見る光景になるのだが、夜だからほとんど俺には見ることが出来ない。舵輪を握るライズにはそれなりに見えているんだろうけどね。
「島が小さいにゃ。たくさんあるけど、こんな場所に本当にあるのかにゃ?」
「実際に持ってきたんだから、間違いなさそうだ。無ければブラドを突けば良いから、大丈夫だよ。それに、いつも漁場が同じなのもね」
とは言ったものの、小さな島がたくさんあるってことは、砂泥の海底が無いってことにならないか? この海域は浅いサンゴ礁が広がっていそうな感じだな。
舵輪がライズからリーザに代わる。ライズな小屋で仮眠のようだ。俺も甲板に寝転ぶ事にした。何かあればリーザが起こしてくれるし、熟睡しても朝日で起きるだろう。
良い匂いで目が覚める。
すでに東の空は朝焼けが彩っていた。舵輪はリーザが握っているが、食事が出来たらサリーネと交代する筈だ。
ベンチに上って周囲を見渡すと、確かに島は小さいな。岩だけの島もあるし、大きなものでも高さが30m程だ。
海面を見ると、サンゴ礁が一面に広がっている。深さは5m位だろうか。場所によっては船底をこすりそうにも見える。
俺達の動力船は水車で進むから喫水が1.5mもないが、商船や軍船の場合は航行に注意する必要があるな。
待てよ、俺が考えているカタマランも少し考えないといけないな。少し喫水が深くなりそうだから、その辺りを良く考えておこう。
朝食を終えて、リーザからサリーネに舵輪が渡される。
たくさんご飯が残ったけど、真鍮の容器に入れて保冷庫に入れておけば問題ないらしい。
昼過ぎにライズが起きてきた。ご飯を温めなおして、軽く炒めた後にスープを掛ける。
お茶漬のような食べ方だけど、魚醤が良い味を出している。
そんな昼食を食べたところで、サリーネからライズに舵輪が渡された。南方は進むにつれて島が小さくなるように思えるな。樹木も茂らせていない島は背の高い草が茂っているようだ。
そんな中、遠くに見える島には砂浜が見える。更に南に向かうと周囲の小さな島も砂浜を持っているようだ。
どうやら海底が砂泥の海域にやってきたようだ。全てが砂泥ではないだろうが、かなりの大きさで広がっているに違いない。
その中でも大きな部類に入る島の海岸近くにアンカーを降ろすと、ザバンが一斉に降ろされた。
どうやら俺の船にあつまるらしい。
リーザ達がお茶の準備を始めるころには、続々と俺の船の甲板に上がってきた。
「この島を中心に真珠貝を見つけよう。見つけたら笛で合図をしてくれ」
バルテスさんの言葉に男達が頷いた。
ザバンの後を動力船で追うことになるんだろうが、笛の甲高い音なら、他の連中に場所を伝えることができるだろう。
「初めての海域だ。銛はザバンに積んでおいたほうが良いだろうな。それと、この場所でも水深が10mを超えている。沖は更に深そうだぞ」
「ああ、だが初めての深さじゃないからな。あまり無理をせずに昼には漁を終えれば良い」
そんな提案が出されてはいるが、無理をする者はいないだろう。何といっても、職業だからな。無理をして体を壊したら、生活手段が限られてしまう。
漁は明日から2日間ということで、全員が納得してそれぞれの動力船に帰って行った。
パドルと銛を用意して、水筒に水を入れておく。
「明日は、私とライズがザバンに乗るにゃ。箱メガネであちこち見て回れるにゃ」
リーザの言葉にサリーネも頷いてるぞ。確かにザバンで先行すれば広範囲に探せるな。
動力船は少し離れて付いてくればいい。真珠貝を見つけたところでアンカーを降ろせば十分だろう。アンカーのロープは20m以上あるから、沖に出ても大丈夫に違いない。
「分った。だけど海に入るのはしばらく待ってくれ。海域にどんな奴がいるか分らないからな」
「ミラブがいるかも知れないにゃ。だけど、捕まえなければ襲われないにゃ」
ミラブってなんだ? 改めて聞いてみると、どうやらウミヘビらしい。
大きくなっても親指くらいの太さで1mぐらいだと言うから、あまり危険では無さそうだ。噛まれても、しばらく腫れあがるくらいで命には別状ないとの事だ。とは言え、激痛が走るそうで、氏族の記憶では溺れる者もいたらしい。
イモガイよりはマシということかな? それに捕まえようとしなければ襲わないそうだ。
まだ乾期だから急な雨ぐらいのものだろう。空は満点の星空だ。明日は良い天気に違いない。
翌日。朝食を終えた俺達は一斉に沖に向かってザバンを漕いで行く。沖で左右前後に分れて、海中を箱メガネで確認していく。
それらしい姿を見つけたところで、海底に潜り確認する事を繰り返していると、かなり遠くから笛の音が聞こえてきた。
急いでザバンに向かうと、ライズがザバンの真下を指差している。
片手をあげて了解したことを知らせて、海底にダイブする。水深が15mを超えていそうだな。耳抜きをしながら、なおも海底を目指すと砂泥が広がる中に特徴的な貝がつき立つ姿が見えた。
数個を掴んで急いで浮上する。
ザバンに真珠貝をバラリと置くと、ライズが網袋を手渡してくれた。手網よりも大きいぞ。袋の口が竹で輪になっているから、海中で直ぐに袋に入れられるぞ。
息を整えて海底にダイブする。
かなり広範囲に貝があるから取りきることは出来ないだろうな。10個程を網に入れて浮上していくと、俺の傍をライズが潜って行った。無理をせずとも十分なんだけどね。
ザバンに網を投げ込み、代わりの網をリーザから受けとる。
少し泳いでザバンを離れると再び海底を目指した。
俺一人じゃないからな。海底に着く前に周囲を眺めてみたが、小型の魚の群れが見えるだけだ。ウミヘビはいないようだが、他の危険な奴がいるかもしれない。
入るたびに周囲を警戒すれば少しは安心だ。
ライズは海底を離れたようだ。網に素早く貝を取り込んで再び海面を目指した。
ザバンに袋を投げ入れると、びっしょり体を濡らしたライズが網を渡してくれた。
「深いから、諦めるにゃ。5個は獲れたけど……」
「ああ、その方が良いな。大丈夫、俺が頑張るよ!」
俺の言葉に2人が頷いている。海上で箱メガネで海底を見ていてくれた方が俺としても安心だからな。
昼過ぎまで何度も潜り、用意した竹のザルには真珠貝が溢れている。ザルに入らない貝は網の袋に入っているから50個以上獲れたんじゃないか?
動力船に俺達が戻ろうとする頃には、海上のザバンは数艘も残っていない。皆今日の漁は終わりにしたみたいだな。
ザバンを舷側に付けると、リーザとライズがハシゴを上っていく。真珠貝の入ったカゴと、網をザバンから甲板に乗せたところで、ザバンをロープで固定し、俺も甲板に上った。
3人が真珠貝を開いて中身を真鍮の深皿に取り出している。そう言えば、この貝は食べられるんだったな。
サリーネが手を休めてお茶を渡してくれたが、ココナッツの器が少し生臭いな。それだけ頑張って仕事をしてくれているんだから、ありがたい話だ。
「見つかった?」
「8個目にゃ。まだまだたくさん貝があるにゃ」
まだ20個も開いてないな。確率は3割を超えてるんじゃないか?
3人の邪魔にならないようにベンチに移動して一服を楽しむ。素潜り漁は疲労が大きいからな。今日の漁はこれで終了だ。一服を終えたら、昼寝を楽しもう。
美味しそうな醤油の焼ける匂いで目が覚める。
「起きたにゃ。もうすぐ夕食にゃ」
カマドの炭火で、竹串に差した貝の身が炙られている。タレに何を使っているか分からないが魚醤と何かって事だろう。
ご飯に炒めた野菜と串焼きの貝。結構贅沢な食事だ。明日もここで漁をするから動力船はこの位置で泊める。
食事が終わると後片付けを魔法で行い、酒器を取り出して1杯のワインを楽しんだ。
「23個手に入れたにゃ。明日も同じ位取れると良いにゃ」
「ああ、だけどもうちょっと浅ければ良いんだけどね。結構深い場所にあるんだよな」
「深かったにゃ。前に潜ったときはもっと浅かったにゃ」
ライズは手伝えなくて残念そうに呟いた。
「確かに深い。あまり長くいると、体に悪そうだ。10m以下ならそうでもないんだけどね」
素潜りで潜水病にはならないとは思うけど、気圧が2倍も違うんだからな。耳抜きをしないと鼓膜を破りそうだ。
体調が良くないとここでの漁は難しそうだ。2日で漁を切り上げるのは良い判断だと思う。
次の日、昼過ぎで素潜り漁を止めて、帰路に着く。
昨日と合わせて真珠の数は50個近い。しばらくは近くの漁場で簡単な漁をしよう。昼夜を問わず動力船を走らせるのは、俺達はまだしも他の動力船は夫婦2人が主体だからな。疲れるだけだと思う。1回の漁でかなり稼げるけど、体には変えられないからね。
氏族の島に帰ると、世話役に真珠を3個渡す。10個以上の真珠を手に入れた時は動力船1隻につき真珠3個が氏族に還元されるらしい。
それでも、40個以上の真珠が手に入った。相場で売れば穴開き銀貨80枚にはなりそうだ。
のんびりと甲板で過ごしていると、俺達が戻ってきたことを知ったグラストさん達がやって来た。
「だいぶ獲れたみたいだな?」
「2日で50個近く手に入れました。かなり広範囲に分布が広がっています。ただ、前に真珠貝を採った場所よりかなり深場です。浅場なら良かったんですが……」
「深場なら潜る回数を少なくして、潜る間隔を開けるんだ。浅場と同じように潜ったら後で頭痛に悩まされるぞ」
そう教えてくれたのはヤックルさんだ。経験談って事なんだろうか?
「まあ、ヤックルの言う通りだな。それが元で2度と素潜りが出来なくなった者がいることも確かだ」
俺達の成果よりも、俺達の身を案じて来たって事なんだろうか?
確かに、耳抜きをキチンとしていなかったら、深くは潜れない事も確かだからな。無茶をして2度と素潜り漁が出来なくなったら氏族の島で、炭焼きや燻製作りをすることになるのだろう。まだ壮年の男が何人か老人に混じって働いていたのはそういうわけだったのか。




