P-023 夜釣りの獲物は色々だ
朝食前にカタマランを南に移動して、サンゴの繁茂する浅い海域に到着した。
海面近くにまでサンゴがあるように見えるんだけど、水深は浅いところでも身長ほどあるらしいから、船の底をこするようなことはないらしい。
そんな海域には、不思議なことに直径数十mのサンゴの生えていない穴がある。
原因はバゼルさんにも分からないらしいけど、穴の中には水深10mを越えるものもあるらしい。
大きな穴は素潜り漁に最適だし、小さな穴は夜釣りの良い漁場になるとバゼルさんが教えてくれた。
「潮通しを見てカタマランを停めてあるから、しばらくはこの位置で釣りができる。船が流され始めたら、穴の反対側に移動することになる」
「直ぐに始めますか!」
「その前に朝食にゃ。西の空が怪しいから、昼過ぎには土砂降りにゃ」
屋形の屋根から竿を取り出そうとしていた俺に、トーレさんが待ったをかけてくる。
すでにできてるのかな?
サディさんとタツミちゃんが鍋を甲板に運んでいる。
団子スープに炒めた野菜、という簡単な朝食だ。漁の間は、手間をかけることができないんだろう。
とはいえ、トーレさん達は料理上手だから、いつでも美味しく頂ける。
前の世界の料理もそれなりに美味しかったけど、この世界の料理はそれ以上だ。
決して珍しい物を使っているわけではないんだけどね。
「さて、始めるぞ!」
食後のお茶を飲み終えると、釣りが始まる。
胴付き仕掛けの2本バリ。上針は下針よりも1.5m程間隔を開けてある。タツミちゃんに渡した竿の仕掛けは間隔が60cmほどだから、バゼルさんが使う仕掛けと大差がない。
左舷側に腰を下ろして、仕掛けを投げ込む。 タツミちゃんが船尾側で俺が船首側になるんだが、大物が連れたら、お祭りしてしまうから素早く巻き取らねばなるまい。
錘が底に着いた感触が手に伝わる。岩場ではなく砂が底にあるようだ。
それなら棚をあまり上げずに済むだろう。竿先を50cmほど上げて、竿先が水平になるようにリールを巻いて道糸の長さを調整する。
餌を躍らせるように竿先を動かしていると、突然強い引きが腕に伝わってきた。
思わず笑みが浮かぶ。
慎重に、竿の弾力を使って魚を海面へと上げていく。
俺の隣にはサディさんがタモ網を掴んで、何が釣れたかと海面を覗いていた。
「底物にゃ。バヌトスかにゃ?」
「良い型ですよ。もう直ぐ上がってきます」
「任せるにゃ!」
すでに最初のような強い引き込みが無くなっている。
魚の姿が見えたところで竿を置いて道糸を手に取り、サディさんが待ち構えているタモ網の中に落とし込んだ。
「エイ!」
サディさんが勢いよくタモ網を引き揚げて甲板に魚を投げ出すと、腰に差していた棍棒で頭を一叩き。
釣り針を外して魚を開き始めた。
「バッシェにゃ! 今度は私かもにゃ」
トーレさんが保冷庫にポンと投げ込んだ魚を見て呟いている。
バッシェは高値で取引されるらしいから、幸先が良いということになるんだろうね。
竿を上下させて魚を誘っていると、今度は船尾のバゼルさんと近くにいたタツミちゃんの竿に当りが出たようだ。
バゼルさんは釣竿を使わずに手釣りで頑張っているけど、タツミちゃんの方はサディさんの応援を受けながら立ち上がって魚と格闘している。
竿のしなりを見るとそれほど大きくはないのだろうけど、本人にとってはかなりの大物が掛かったと感じているに違いない。
「タツミよ。こっちは引き上げたぞ。もう少しだ。頑張れよ!」
「分かってるにゃ! 絶対釣りげるにゃ」
姪御さんの奮闘にバゼルさんも笑みを浮かべている。
ヒョイ! とタモ網を使わずに釣り上げた魚を甲板に放り出したけど、サディさんはタツミちゃんの応援を優先するみたいだな。
どうにか釣り上げた獲物は、50cmもあるブラドだった。
サディさんに頭を撫でられているから、本人も笑みを浮かべて満足そうな表情をしている。
さて、俺も2匹目を釣らないとな。
この穴には結構大きな魚がいるようだ。
「今度は私にゃ!」
嬉しそうなトーレさんの声が聞こえてきた。
最初の1匹がようやく針掛かりしたらしい。タツミちゃんのように立ち上がらずに、その場で竿を上手く使いながらリールを巻いている。
長年の釣りで腕は確かだから、途中で逃げられることは無いだろう。
突然道糸が沖に向かって走り出した。
ドラグを締めていたのだが、ジージーと音を立てて道糸が出ていく。
親指でリールのドラムを押さえてブレーキを掛けながら竿を立てる。
強い引きが伝わってきたが、まるで自転車にでも針掛かりした感じだ。グイグイという引きではなく、グーンッという感じで強い引きが伝わってくる。
ハリスは3号だから、それなりの強度があるはずだ。幸い海面近くをおきに向かっているようだから、根掛かりの心配は余り無い。
力比べをするのか! さらにドラグを締めると、道糸の出が少なくなった。
竿の弾力を利用して、獲物の引きが弱まる度に素早く巻き取っていく。
最初は巻き取った分が、直ぐに出ていく感じだったけど、少しずつ巻き取る量が長くなっていく。
「何が釣れたんだ?」
「海面近くを走っているようですから、カマルの大型かもしれません。バルということもあるんじゃないかと?」
バルはダツのことだった。1mを越えるものもいるらしい。
延縄で初めて見たけど、あの吻と呼ばれる突起が危険だとバゼルさんが教えてくれた魚だ。
「違うな……、バルならそれほど引くことは無い。シーブル辺りじゃないか」
初めて聞く名前だ。
そうなると釣り上げて確かめたくなってくる。
だんだんと道糸が巻き取られ、遠くの海面に白いものがたまに見えてくる。
「シーブルにゃ。こんな場所にも回遊してるにゃ」
トーレさんの話ではサンゴが繁茂した場所にはあまりいないということになるんだろう。
だけど、まだまだ生きが良いんだよなぁ。最後までこの調子なんだろうか?
どうにか手元に寄せたところで、サディさんの持つタモ網へ魚を誘導する。
掛け声と共に引き上げられた魚は、どう見てもカンパチのような魚体をしている。だけど少し緑がかってないか?
カンパチなら腹が白いはずなんだが……。
「グルリンにゃ! 中型より大きいにゃ」
「ああ、曳き釣りでたまに掛かるが、それと同じぐらいの大きさだ。この海域にいるとなると、曳き釣りをしてみたいが、さすがにここでは根掛かりするだろうな」
「これも売れると?」
「バッシェよりも高いにゃ。次も頑張るにゃ!」
トーレさんにハッパを掛けられて、再び仕掛けを投入する。
五目釣りの仕掛けだから、何が釣れるか分からないんだよね。あまり期待されても困ってしまう。
昼過ぎにやってきた豪雨で、トーレさんとタツミちゃんは竿を畳む。
俺とバゼルさんで釣りを続けているのだが、ちょっと当りが遠くなった感じもする。
ぽつぽつと釣り上げる魚はバヌトスばかりだ。
少し遅めの昼食を頂いて、夜まで竿を畳むことにした。
「釣り上げた数は20を越えている。型もまあまあだから、雨期としては上出来だろう」
「シメノンが来なかったのが残念にゃ」
「シメノンは回遊しているからなぁ。いつも同じ場所で釣れるわけではない。全く釣れない時もあるし、3晩続けて釣れる時もある」
「回遊魚は当たり外れがありますからね。その点、底物は安心できます」
「まあ、その通りだが、消極的な漁ではいつまでたっても腕を上げられんぞ」
「漁は3日にゃ。2日頑張って、残った1日で獲物の数を調整すれば良いにゃ」
サディさんの話では、曳き釣りは冒険ということになるのだろう。
それで2日目の夕暮れに、バゼルさんが他の船の状況を確認して場所と漁の方法を変えたに違いない。
野心的な漁をしながらも、確実な漁を忘れないってことかな?
自分の船を持てた時も、有頂天にならないようにしなければなるまい。リードル漁をして懐が温かくなっても、必ず少しは残しておけと教えてくれたのは漁がいつも良い結果で終わるとは限らないとの教えなんだろう。
タックルボックスに入っていた一番大きな釣り針がバゼルさんの使った延縄の枝針に近い。少し大きいくらいだけど、獲物も大きかったからね。
5号糸をハリスにして2.5mほどに釣り針を結んでおく。確か15本だったはずだ。2つ作っておくように言われたけど、最初は1つでも十分じゃないかな。
「ほう、延縄用か!」
「道糸は太めの物を商船から買い込もうと思っています。ウキは自作になるんでしょうけど……」
「編めないってことか? それは炭焼きの爺さん達が暇潰しに作っているから、譲って貰うんだな。銅貨3枚にタバコの包を1つ渡せば十分だ。目印用のウキが2つに道糸に着ける小さなウキが5個になるはずだ」
ついでに仕掛けを入れるザルも買い込んでおくか。
漁に出ないネコ族の老人達もいろいろと仕事をしているようだ。
夕食が終わっても、豪雨は止みそうにない。
バゼルさんとココナッツ酒を飲みながら甲板で漁の話を聞いていたら、突然豪雨が収まった。
メリハリの利いた雨なんだよなぁ。思わず感心してしまった。
「止んだかにゃ?」
タツミちゃんが屋形から出て、大きく伸びをしている。
賑やかにスゴロクで遊んでいた声が聞こえてきたんだけど、今夜は終わったのかな?
何気なく、タツミちゃんが海面を覗いていたんだけど……。
「シメノンにゃ!」
「何だと!」
途端に、皆が動き出した。
屋形の屋根裏から釣竿をを取り出して傍に置くと、直ぐにタツミちゃんが竿を振るって餌木を遠くに投げ込んだ。
俺は手釣りだから、小さなザルに入った仕掛けを頭上で回すようにして投げ込む。
今夜はサディさんが釣竿を持っているから、トーレさんはカゴを片手に俺達の様子を見待っていた。
手を使って強弱をつけてしゃくりながら道糸を引いていると、途端に道糸が重くなる。
顔に笑みが浮かぶのは俺もネコ族の一員になったからなんだろうか。
道糸を緩めずに素早く手繰り寄せると、一気に甲板に取り込んだ。
甲板に落ちた衝撃で餌木からシメノンが外れると、再び餌木を投げ入れる。




