N-040 真珠漁に出掛けよう
午前に3回、昼食を挟んで午後に4回石運びをしたところで本日の作業は終了だ。
3食をおばさん達が作ってくれるからありがたいな。
ご飯は何時も通りだが、スープの味加減はそれぞれのおばさんで微妙に異なるのが、いわゆるお袋の味ってやつなんだろう。
ビーチェさんのスープは確かに美味しかった。家の3人が作るスープは作るたびに味が代わっている感じなんだが、その内統一されるのだろうか? そんな思いを浮かべながらスープにご飯を入れて掻き込んでいる。
「まだまだご飯がたくさんあるにゃ!」
そんな事を言ってくれるからお代わりをしてしまった。ご飯にスープを掛けて焼き魚の切り身が乗ってるのは栄養バランス的には問題がありそうだが、お腹いっぱい食べられるのは良いものだ。
後で、果物を食べれば丁度良いのかも知れないな。
南の島にはグライトさんやエラルドさん達も、様子を見に来て手伝ってくれたが、2艘のザバンを並べて石を運搬している事に感心していた。
「滑車だけじゃなくて、ザバンの方が使えそうだな。次の連中にも教えてやらんとな」
そんな事を呟きながら、俺達にお土産のココナッツを割ってくれた。
10日間で運んだ石が山のように渚に積まれている。
これで俺達の奉仕作業は一旦終了だ。明日は休んで、皆で素潜り漁に出掛ける事になっている。休憩の合間に次の漁の話をするのも楽しみだったな。
「やはりブラドが良いな。南の崖を東にたどってみようぜ」
「夜は胴付で、根魚だな。釣り針も研いでおかないとな。だいぶ釣り針が痛んで来たから仕掛けを新調しとくか……」
「なら、2本針より3本針が良いですよ。1YM半(45cm)間隔で3本が俺の胴付仕掛けです」
そんな仕掛けの話を仲間とするのも楽しい限りだ。
釣り糸や釣り針は購入できるらしいが、タックルボックスにまだ残っているからしばらくは買わずに済みそうだ。
リール竿ならリーザ達も使えるだろう。太鼓リールの着いたリール竿と、向こうから持ってきたリール竿を使えば嫁さん達も釣りが出来るだろう。
1日ゆっくり休んで、南の崖に出掛けてみる。少し東に移動して海中の様子も確かめて見ようという事になった。
動力船で1日半の航程だが、周囲の風景は変わり映えはしない。野生のバナナとココナツをラディオスさんが途中の島で採取して俺達に配ってくれた。
海中を箱メガネで確かめ、急に深くなっている砂泥の上に動力船を泊める。
サリーネ達が作ってくれたのはバナナの炊き込みご飯だ。少し香辛料の効いたスープと一緒に食べるのが俺の好みだから、お代わりをしてお腹いっぱいにする。
夕日を見ながらココナツジュースを飲み、パイプを楽しむ。
餌は島で釣り上げた小魚を三枚にして、釣り針にちょん掛けだ。日が落ちたら始めようと準備だけはすでに終えている。
「リールの使い方は前に教えた通りだ。竿の手元には紐が付いてるから、竿を持って行かれることも無い。俺が取り込みをするから、3人で釣ってみたら?」
そんな俺の言葉に、サリーネも嬉しそうだ。いつもは釣れた魚をさばいてばかりだからな。甲板の梁にランタンを3つ下げて明るくすると、まだ周囲の島がシルエットで見える状態なのだが、嫁さん連中は仕掛けを舷側から投入した。
少し後ろに下がって、深いザルとタモ網を用意しておく。
パイプにタバコを詰めて、小さな火鉢に入った炭で火を点ける。
さて、どっちが先に釣り上げるかな?
バタバタとサリーネの竿が暴れ出す。
リールを緩めたり巻いたりしながら、しばらくは魚とのやり取りがあったけど、よいしょっと持ち上げた仕掛けには30cm程のカサゴみたいな魚が掛かっていた。ヒレが大きいからバッシェだな。
釣り針を外して、まな板代わりの板を用意する。出刃包丁のようなナイフでエラの後ろから頭を一気に落とすと腹を開いて内臓を取り出す。最後に背骨に沿って背の方にナイフを入れると開いて、ザルに乗せた。
「ヘタにゃ。内臓を取ってくれたら、後は私達がやるにゃ」
俺の包丁さばきを見ていたサリーネが文句を言っている。確かに見た目が悪いな。売り物にするんだから綺麗にさばかないとダメって事なんだろう。
ここはサリーネの言葉に従った方が良さそうだ。
次々とカサゴやバッシェを釣り上げているけど、ヒレの大きさの違いなんだよな。ヒレを残して開かないとダメなようだから、とりあえず内臓だけを抜き取っておく。
4時間程過ぎると当たりが遠のいたようだ。根魚は広範囲には泳がないから、この辺りの魚は釣り切ったって事になるのだろうか? ザルの中には十数匹のカサゴが入っている。
サリーネが後を引き継いでくれたので、リールに真水を少し流して塩を流しておく。仕掛けを外して陰干ししておけば明日も夜釣りを楽しめそうだ。
サリーネが開いた魚をリーザとライズがザルに並べて小屋の屋根に乗せている。一夜干しをして、明日の朝に保冷庫に入れるのだそうだ。
次の日は、朝から素潜りでブラドを突く。大型はいないようだが、形が揃うのが良いな。向こうから持ち込んだ銛先が2本の銛が丁度良い。1匹突いては、動力船に戻ってリーザの下ろしたタモ網に入れる。
少し遅めの昼食を取って、一眠り。夕刻から根魚釣りを始める。
そんな漁を2日続けて俺達は帰路に着いた。
隣を進むラディオスさん達夫婦笑い声を上げながら話をしているところを見ると、それなりの漁が出来たんだろう。
2日掛けて氏族の島に帰って来ると、石の山が一回り大きくなっていた。俺達の番は次の次になるが、まだ石運びになるのかな?
サリーネ達が背負いカゴで獲物を運んでいく。これは女性の仕事らしいから、俺達はのんびりと車座になって次の漁を話し合う。
「帰ったな。まあまあの漁をしてきたようだ。駈け出しにしては上出来だぞ」
エラルドさんはずっと、石を運んでいたらしい。それも開墾した土地からだそうだ。
「大きいのはドワーフの職人に頼んだのだが、2日で割ってくれたぞ。さすがは鉱山で鍛えられただけの事はある」
ドワーフ族は10年以上鉱山で働くらしい。その後は細工師、鍛冶屋等の金属加工業に半数以上が職を変えるそうだが、一度は岩山で働くから石を割る位はたやすい事なんだそうだ。
それなら、石造りの桟橋も作って欲しいものだが、彼らの日当がべらぼうだという事だ。
「1日で銀貨3枚だからな。石の桟橋を作ろうものなら金貨が何枚も必要になりそうだ」
「氏族の島ですからね。俺達で出来るなら何とかしたいですよ」
ラスティさんの言葉にエラルドさんも頷いている。氏族総がかりなんだから、何とか丈夫な桟橋を作りたいものだ。
「そう言えば、南東に3日程行ったところで、真珠を採って来た船があったな。砂泥ならば海底を一度見ておいた方が良いかも知れん」
「俺達は、曳釣りをした漁場の先にはまだ行ってなかったな」
「行ってみるか? 俺達の番まで10日以上あるぞ」
2日程休んで出掛けることになったけど、一応素潜り漁という事で届け出は出したが、狙いは真珠貝なんだよな。
その辺りは世話役も心得たもので、何も言わなかったようだ。頑張れよと励まされたらしい。
「……ということで、ブラドを狙いながら、真珠貝を探すことになったんだ」
「燻製小屋で、その話を聞いたにゃ。私達も頑張るにゃ!」
どうやら、家の嫁さん連中も賛成らしい。
「もし、見付けたなら私達も交替で潜るにゃ。貝に必ず入ってるわけじゃないから、たくさん集めるにゃ」
あまり潜らないけど、素潜りが出来ない訳じゃないと言ってたな。
ここは全員で頑張ってみようか。ザバンを使って箱メガネで広範囲に探すこと位は出来そうだ。危険が無いなら彼女達に手伝って貰おう。
2日後という事で、翌日やって来た商船に出掛けると、色々買い込んで来たようだ。食料は何時もの事だが、厚手の靴下のような物と手袋、それに競泳用の水中眼鏡に見えるこの世界の水中眼鏡を買い込んで来た。
今まで使っていたのは、だいぶ古いらしく曇ってきたらしい。サングラスも買い込んで来れば良さそうんものだが、まだまだ使えると言っていた。
俺のようなサングラスではなく、木のフレームに丸い色付きガラスだからな。それでも裸眼よりは遥かにマシなのかも知れない。
ゴーグルのような物を作っても良さそうだ。操船時はずっと海を眺めてなくちゃならないから目に負担が掛かりすぎる。
簡単な絵を描いて、革で作れないかリーザに確認して貰ったら、銀貨2枚で作って貰えるらしい。
「明日取りに行くにゃ。重そうだけど、使って見て便利ならみんなの分を作れば良いにゃ」
「そうだね。昼に操船をするなら使えそうだと思うんだ。ただ掛けてるなら、今のサングラスで十分だと思うよ」
次の日に手に入れたゴーグルは、平たい水中眼鏡のような形だったが、ゴムバンドでずれないようにしてあった。
3人で代わる代わる掛けていたが、操船時には今のメガネよりも良く見えると言っていたから、試してみる価値はありそうだな。
午後にラディオスさんが近くの島から野生のバナナを採ってきてくれた。ココナッツはまだたくさん残っているから十分だな。リンゴより少し大きなくらいの果物を分けてくれたのだが、何とパイナップルだ。向こうの世界でよく食べた物よりだいぶ小さいけれど、野生種ならばこんな物なんだろう。
サリーネの説明によると、野菜と同じようにして食べると言っていたから、スープの具になるんだろうか?
食べてみたいような、みたくないような不思議な感じだぞ。
午後に、皆で装備の確認をして明日に備える。
果たして何隻の動力船が参加するんだろうな。石運びがあるから、同行する船は少ないかも知れないぞ。
翌日は朝から豪雨に見舞われた。
カマドの上には屋根があるから、食事を作る事は出来る。外の雨を気にしながらの食事をして、出発の時を待つことになった。乾季の雨は長続きはしないからな。
「雲が切れてきたにゃ!」
そんな声が寝ている俺に掛けられる。のそりと起きて小屋の扉の隙間から空を眺めると急速に雲が切れていく。
やがて、あれ程降っていた雨がぴたりと止んだ。
急いで外に飛び出して僚船と結んでいたロープを解く。
「カイト、出発だぞ。いつものように入り江の入り口で待機だ。バルテス兄さんが先導する!」
「分かった。先に出るぞ!」
隣の甲板から大声で出航を教えてくれたラディオスさんに返事をする。
「サリーネ、出航だ!」
動力船がゆっくりと僚船から後退して行った。




