N-004 エラルドさん達の暮らす島
ネコ族が親戚単位で1つの島を活動拠点にしていることは教えて貰ったが、周囲の島を見るとそんなに大きな島があるんだろうか? どれも周囲数kmに満たないような島なんだよな。拠点とするなら最低限でも水場がある筈だ。そうなると周囲10km以上はないと無理なんじゃないか?
そんな俺の心配をよそに、外輪船は西に向かって進んでいる。途中1回大きく進路を変えたけど、島を2つ過ぎたところで再び西に向かって進んでいる。
食事は船にあるカマドを使って作るらしい。1m四方の板の3方を高さ15cm程の板で囲って内部を粘土で固めている。そこに大きな植木鉢を逆さにしたような土器のカマドが乗せられていた。燃料は炭を使うらしい。
船が動いているから、凝った料理は出来ないみたいだな。お茶も必要な量以外は作らないようだ。
「どうした。明日は村に着くぞ」
「それなんですが、俺はどうなるんでしょう?」
俺の傍にやってきたエラルドさんが、ドカリと腰を下ろすとパイプを取り出す。リーザちゃんが運んできた木製の桶には小さな土器の容器に火の点いた炭が入っていた。
パイプにタバコを詰めて、炭で火を点けるとタバコを楽しみ始める。
「そうだな。何も起きないだろうな。お前が望めばその場所に連れて行くように商船に頼んでくれるはずだ。だが、もしも追われた貴族なら、このまま村にいる事だ。どこに追手がいるかも分からんし、そんな連中を狩る裏の連中もいるらしい」
「貴族ではありませんが、国は無いようです。少なくともあなた達のような種族を知ったのは2日まえですよ。……しばらく厄介になりたいのですが」
そんな俺の肩をポンとエラルドさんが叩いた。
「なら、俺のところにいるが良い。漁の腕は一人前だ。更に磨きを掛けてやる」
お願いしますと頭を下げる。
これで少なくとも一人って事にはならないし、食事の心配もしないで済む。
ちょっと、エラルドさんには申し訳ないけど、それは漁を頑張ることで答えてあげたいな。
その夜も休みなく船は進んで行く。
船はエラルドさんと2人の息子達が交代で操船しているようだ。ますますこの船の動力が知りたくなったぞ。
村に付いたら教えて貰おう。色々と教えて貰うことが多そうだ。あまり学校で習ったことは役に立たそうにもないけど、友人と遊んだことで覚えたことは役に立ちそうだ。
「あれが私達の村にゃ!」
リーゼちゃんが木箱の上に上って教えてくれた時には、すでに朝日が昇ってだいぶ経ってからの事だった。
背伸びをして眺めると、今までの島から比べてだいぶ大きい。島を4、5個集めたぐらいにはあるだろう。三角形に見える島の頂きは標高200mはあるんじゃないだろうか?
船は島に直接向かわずに、少し遠回りするように迂回していく。
島を横に見てその理由が分かった。島は小さな湾を取り囲むように細長いのだ。おせんべいの一カ所を齧ったような感じだな。
湾には3つの桟橋が突き出ている。その一番右端に向かって船が進んで行く。
「どうだ。中々良い港だろう。柱に旗が見えるから、まだ商船は来ていないみたいだな」
エラルドさんが伸ばした腕の先には桟橋に旗竿があった。白と黒の布を縫い合わせたような旗が風を受けてひるがえっている。
桟橋は砂浜から30m程沖に突き出ている。その桟橋の突先に近い場所に外輪船は停泊した。
「お前の荷物はこの中に包んでおけ。小屋の中に入っていれば誰も気付かん。それと、お前の乗っていた船だが、拾ったことにして商船に売り払ってよいか? あれは目立ちすぎるし、漁に向いてるとは言い難い」
「そうですね。お願いします。それと、出来れば竹竿と針金、それにこれ位の太さの材木を数本欲しいんですが」
「糸巻きをつくるのか? それなら竹カゴもいるな。商船で手に入る筈だ」
直ぐにカヌーから私物を下ろす。銛が1本と密閉袋が2つだ。食料の残りとタックルボックスが入っている。最後にもう一度眺めて、ビーチサンダルとパドルを下ろす。両舷のフロートを外せば、残ったのはカヌー本体だけだ。
前に下ろしたリュックと一緒に包んで、ゴザのような敷物に丸めてから、小屋の隅に置いておく。
竹で編んだカゴに魚を入れて子供達が岸に運んでいくと、最後にエラルドさんが俺のカヌーを担いで桟橋を歩いて行った。
しばらくはここで待つことになりそうだ。リュックから双眼鏡を取り出して湾の中を眺めてみる。
岸に近いところに、小屋掛けをして煙が出ているぞ。小屋は3か所あったが、煙りがでているのは2か所だけだ。燻製でも作ってるんだろうか?
更に奥には丸太小屋がある。その近くには水が出ている管がある。どこかの水源から引いてきてるんだろうな。
小さな段々畑と、ココナツヤシやバナナのような植物も見えるぞ。
耕しているのは……、老人だった。
動ける内は、漁をして歳を取ると船を下りて島で暮らすのだろうか? 家族の無事を島で祈っているのだろうか。
桟橋にはこの船以外に2艘の船が泊まっていた。形はこの船と同じだから、動力船の標準タイプという事になるんだろうな。双眼鏡で覗いたが、誰も乗っていないようだ。
浜辺に双眼鏡を戻すと、丸太小屋から人が出てきている。海に向かって手を振っているぞ。
外海を見ると、この船の数倍の大きさの船がゆっくりと島に近付いている。あれが商船なんだろう。商船の水車は後部ではなく舷側の両側だ。
甲板をほとんど占領して建てられた家は2階建てで、10人程が甲板に出て、手を振っている。
魚を買い取って、食料や小物を売っているんだろう。2重に儲けているような気もするが、それでも大事な交易船に変わりはないんだろう。
商船の後部にはザバンまで積んであるぞ。小舟も商品って事になるんだろうな。
改めて桟橋を見ると、左端の桟橋は他の桟橋と比べて頑丈そうで横幅もありそうだ。
あの桟橋で荷物を運ぶんだろうな。砂浜には竹カゴがたくさん並び始めた。
商船から小舟が下ろされ、数人が櫂を漕いで砂浜に向かっている。早めに値を付けるのだろう。
舷側に隠れるように座るとタバコに火を点けた。
もう1個残っているが、この箱の残りは4本になってしまった。エラルドさんがパイプを使っているから、無くなったら試してみるか。
小舟が着くと、浜は賑やかになる。ここまで話し声がたまに届いて来るぞ。まるで、市場のようだな。
商船が桟橋に接岸すると、何人かの男達が荷車を引いて浜に向かって行く。買い取った魚を船に積み込むようだ。
荷車が何回か桟橋を往復すると、あれほど並べてあった竹カゴが無くなっている。どうやら全て売ることが出来たようだ。
俺のカヌーも荷車に積まれていたから、ちゃんと売ることが出来たみたいだな。
荷車の後を何組もの男女が商船に向かって歩いて行く。
今度は買い物って事になるんだろう。食料はこうやって手に入れるとなると、無駄にすることはできないな。
ぞろぞろと商船から荷物を持って人々が下りて来る。そんな中、1人の男が商船に手を振ると、ゆっくりと商船が桟橋を離れていく。
最後の男が、旗竿から旗を降ろす。これで新たな商船が通り掛かっても村に売る物が無いことを知ることが出来るわけだ。
桟橋を竹籠を持ったエラルドさん達が歩いて来る。
1人欠けているのは、ラディオスさんがいないようだ。
竹籠を次々と船に運び入れると、俺の傍にエラルドさんが座り込んだ。
「長老達に挨拶すれば俺達の仲間だ。聖痕を見せてやってくれ。それとお前の船だが、新しいザバン1艘と交換だ。もうすぐラディオスが運んでくる」
「それなら、少し改造したいですね。一度海に入ると乗り込むのに苦労しそうです」
俺の言葉を面白そうに聞くと、バルテスさんを呼び寄せた。
「カイトがザバンをいじりたいそうだ。お前は何か、気になるところはあるか?」
「いや、特にない。ザバンは昔からあの形だ。何を変えるんだ?」
近くあった木切れに炭で簡単な絵を描いて説明を始めた。
「こんな形に船の両側にフロートを結びつけます。それで、乗り込む時に船が傾くのを防止できます」
「だが、邪魔になりそうだな」
確かに邪魔になりそうだ。だが慣れないザバンで転覆したくはないからな。
「浮き代わりという事だから、フロートという物を紐でくくっておけば大丈夫だろう。船に乗り時にひっくり返す者がいることは確かだ。俺も何度か経験している。バルテス、作ってやってくれないか?」
「ああ、良いぞ。具合が良いなら俺のザバンにも取り付ける。数日は村にいるんだろう?」
「そのつもりだ。妹夫婦もやって来るだろうからな」
そんなわけで、新しいザバンの改良がおこなわれることになった。
この湾内でも魚が獲れると言っていたから、それで確かめられるだろう。
夕食が終わったところで、エラルドさんに連れられて桟橋を歩いて行く。長老達が暮らす丸太小屋に行くらしい。
ほとんど波が無い浜辺を過ぎて、島の少し奥まったところにある、平屋建ての小屋に着いた。
エラルドさんが扉を開くと、10畳ほどの土間の真ん中に囲炉裏が焚かれている。正面の壁際に、4人の老人がヤシの葉を編んだような敷物に腰を下ろしていた。
左右に数人の男達が座っている。この島、いや氏族の重要な話し合いはこの場で行われるってことだろうな。
「人間族を拾ったのか?」
「ああ、東に3日程の場所だ。行く当ても無いなら俺のところで暮らしを立てさせたいのだが……」
「東に10日も行けば外洋だ。難破でもしたのか?」
「どうやら、そうではないらしい。商船に託して人間族の暮らす場所に行かせるのも考えたが、何故海にいたのかも分からぬ始末だ。向こうに行って、つまらぬ奴につかまっても気の毒だ」
「それは分かるが、種族が違うぞ。そいつを漁師に仕込めるのか?」
左右の男達の質問と、エラルドさんの答えを面白そうに聞きながら、長老達はジッと俺を見ている。
「漁師としての腕は、俺の息子バルテスに匹敵する。今日のシーブルは彼の助けを受けたようなものだ。直ぐに漁師として一本立ち出来るぞ。それにだ……」
俺の左腕に巻き付けた布きれをエラルドさんが外して腕を焚き火の灯りにかざした。
「聖痕だと!」
左右の男達が俺の腕を食い入るように身を乗り出して眺めている。
「聖痕の保持者を他の氏族に渡すわけにもいかんだろう」
男達はエラルドさんの言葉も聞いていないように俺と腕を交互に見ている。
長老達はにこにことした笑顔で俺を眺め続けていた。