N-037 ブラカが吹ければ一人前?
北の漁場は、確かにサンゴが少ないように思える。その代りにごつごつした岩がたくさんあるんだが、水深は最大でも15m程度だ。
動力船から直接ダイブして海底を目指す。狙いは、ブラカと呼ばれるホラ貝だ。
身は食べられると言ってたけど、焼いた貝でホラ貝を作るのはちょっと抵抗があるな。
でも、サザエのような味なら魚醤を差して食べてみたい気もするぞ。
漁場を20m位ずつ動力船に引いてもらって、素潜りを繰り返す。
浮きに捕まって手を振れば引いてくれるから都合が良い。ザバンよりもこの方が良いんじゃないかな?
たまにブラドを銛で突くと、浮きに付いている紐をエラに通して動力船に合図を送る。甲板でリーザ達が、ロープを手繰り寄せて回収してくれるから、一々動力船に泳いで行かなくて済むのも都合が良い。
そんな事を繰り返していると、ようやく岩場を動いていたホラ貝を見付けることができた。結構大きいな。30cm以上あるんじゃないか?
毒の槍などは持っていないから、岩場から引きはがすようにして持ち上げると、海面に浮上した。
浮きに付いている紐で幾重にも結んで合図を送る。
俺から離れていく浮きを見ながら呼吸を整え、海底目指してダイブした。
色鮮やかな熱帯性の魚が泳いでいるけど、いずれも小さな物ばかりだ。狙うのは、岩陰に潜む大物なのだが……。何もいないようだな。
俺達の前に誰かが漁をしているのだろうか? そんな印象を受ける場所なんだよな。
午後に入って素潜り漁を止めて動力船に戻った。
「ご苦労さま!」と言いながら、リーザがココナッツジュースを渡してくれる。
潜った後のココナッツジュースは最高だな。
冷えたジュースを飲みながらパイプを楽しむ。今日は素潜り漁は終了だ。ブラドが4匹にホラ貝が1個はちょっと少なく感じるぞ。
「明日は、もっと獲れるにゃ。今日は残念にゃ」
「そうだと良いね。ところで、島に近付くんじゃないの?」
「もう少し行くと、砂泥の海底にゃ。今夜はそこでアンカーを下ろすにゃ」
舵輪を握っているサリーネが教えてくれた。
ライズ達が釣竿を準備しているから、着いたらおかず釣りをしようとしてるのだろうか? 深場だから大きいのが釣れるかも知れないな。
夕暮れ前にアンカーを下ろすと、早速ライズとリーザが釣竿を下ろしている。
サリーネはご飯を炊き始めた。カマドに蒸し器を乗せたところで、俺はココナッツを鉈で割るとサリーネに渡す。
礼を言うサリーネの声を聴きながら、もう1個ココナッツを割ると2人でベンチに腰を下ろして、リーザ達の釣りを見守ることにした。
小ぶりのカマルを2匹釣り上げたところで、日が暮れた。2人が竿を仕舞おうとした時、海を指差して騒ぎ始めたぞ。
「シメノンにゃ! たくさんいるにゃ」
何だと! 急いで海面を見ると確かにコウイカの姿が水面近くに浮かんで見える。
「シメノン釣りを始めるぞ。サリーネ、他の船にも知らせてくれ!」
ベンチの蓋を開けると、餌木を取り出す。おかず釣りの先端の仕掛けを餌木と交換してリーザに渡すと、糸巻を取り出して先端に餌木を付けた。
餌木なら手釣りでも十分だからな。サリーネが隣のラディオスさんに笛で合図し、海面を指差している。ラディオスさんが手を振っているから了解したみたいだな。
道糸の重みで大きく腕を伸ばして当たりを取る。後は緩めずに道糸を手繰ると凌駕他のコウイカが甲板に上がって来た。
サリーネの取り出したオケに入れて次を狙う。
2匹目を手繰り寄せていると、リーザ達も竿を大きく上げて最初のコウイカを甲板に落とした。
夕食は遅くなりそうだが獲物には丁度良い。ブラドよりも高値が付くからな。
3時間程すると当たりが止まった。どうやら群れが移動したらしい。
オケにはコウイカがたくさん入っている。
夕食の準備をリーザ達に任せてサリーネがコウイカをさばき始めた。ザルに並べて屋根に干すのは俺の仕事になる。20匹以上釣り上げてるから、明日も楽しみだな。夕食を早めに準備しなければならないだろう。
全てが終わるころには深夜になっていた。
少ししょっぱいスープと蒸かしすぎたご飯は混ぜると丁度良い。焼いたカマルのぶつ切りを入れたネコマンマは俺の好物でもある。
あちこちの船の灯りの下でも、同じようにネコマンマを食べてるのかも知れないな。
次の日も。近くの岩場でブラドを突き、もう1個のホラ貝を手に入れた。40cm近いんじゃないかな。昨日の獲物よりも大きいぞ。
午後の早い時間に素潜り漁を終えて、昨夜コウイカを釣った海域にアンカーを下ろした。
早めに夕食を食べて、夜に備える。
ラディオスさんが氷を貰いにやってきたところを見ると、ブラドをたくさん突けたんだろうか? ちょっと数が気になるな。
ライズの入れてくれたお茶を飲みながら、久しぶりに皆で夕日を眺めた。
夕暮れ時は色々と忙しいから、こうやって4人で眺めるなんて久しぶりな気がする。
すでに仕掛けは準備しているから、コウイカが海面近くに見えるまで待つことになる。夕日が沈んで動力船のカンテラが海面を照らし始めても、中々群れは現れなかった。
「中々来ないにゃ。今夜は集まらないかも知れないにゃ」
残念そうにリーザが呟いている。
まな板代わりの板と出刃包丁のようなナイフ準備して待っていたサリーネも海面を眺めていたリーザの声を聞いてがっかりした表情をしている。
だけど、リーザもライズも諦めてはいないようだ。それ程明るくないランタンの灯りで照らされた海面の下をうかがっている。
ピィィー! っと笛の値が東から聞こえて来る。俺達は西に流れる海流に船首を向けて、斜めに動力船のアンカーを下ろしている。今の笛は船団の先を行くエラルドさんだろう。となれば東からコウイカが近付いて来たと言う知らせに違いない。
「来たにゃ!」
リーザが大声で叫ぶと、ライズが餌木を器用に竿で投げ入れている。
俺も負けずに、餌木を放り投げた。
左腕の肘先だけを動かしてシャクリを加えながら、道糸を右手で手繰り寄せる。
グン! っと左腕に重さが加わる。そのま、道糸を張りながら手繰り寄せ、舷側で墨を吐かせたところで甲板に取り込んだ。
リーザが手を墨で汚してるところを見ると、墨を吐かれたようだな。俺の取り込んだコウイカも一緒につかむと、サリーネのところに持って行ってくれた。
その後も、2時間程コウイカが釣れたが、やがて当たりが遠のいて行った。
どうやら今夜の漁は終了みたいだな。
数は20匹以上を釣り上げた筈だ。昨夜の分と合わせれば50匹前後になってるんじゃないか?
サリーネの作業が終わったところで、屋根に一夜干しのコウイカをザルに入れて並べておく。
魔法で俺達の体を綺麗にしたところで、3人が保冷庫に氷を作って入れている。一晩寝ると魔法は再び使用できるからね。明日も同じように氷を作れば村へ移動する時にも問題が無いだろう。
全ての作業を終えると、真鍮の酒器を取り出して、4人でカップ半分程のワインを頂く。俺は飲みながらパイプに火を点けた。
この場所でのコウイカ漁は、かなり有望なんじゃないか?
新たな漁場を見付けた気分だな。
・・・ ◇ ・・・
「やはり龍神の加護が我等トウハ氏族にまで及んでいるようだと、長老達は話ていたぞ。氏族の島を変えてのリードル漁は新たな漁場を見付けることが出来たし、そこは高位魔石さえも取れると言うんだからな。この島を中心に2日も進めば良い漁場があるのが分かったし、収入も増えたことは確かだ」
俺達が帰って来て、獲物を守り役に引き渡したのだが、予想外の高値で引き取って貰えたようだ。
大型商船がまとめ買いをしてくれるから、どんなに獲物が多くても引き取らないという事が無いのが嬉しいな。
そんなことだから、グラストさん達も機嫌が良い。
俺の船に酒ビンを持参して、周囲の若手の連中を集めて飲んでいるのだ。
皆の輪から離れて、ベンチのところからつまみ用の魚を釣ってるのが、その加護を受けた本人なんだけどな。誰も変わってくれないんだよね。
それでも数匹を釣り上げたところで、ライズ達が代わってくれたぞ。
輪に加わった俺にココナッツの椀が渡される。そこに焼酎のような酒を入れて飲むんだが、保冷庫でココナッツが冷やされてるから、暑い最中に飲んでも気持ちよく飲めるし、第一口当たりが良い。2杯飲んだら明日は二日酔い確実になりそうな気がしてきたぞ。
ちびちび飲みながら、パイプに火を点けた。
話はどこに向かったんだろうな?
「それで、南に向かって見ようと思う。曳釣りをやるぞ。お前達もカイトの仕掛けを見せて貰ったろうし、あのリールとかいう糸巻と竿もこしらえたはずだ。狙いは大型だから、2組で1つの動力船で良いだろう。あのギャフを必ず用意しとくんだぞ」
エラルドさんの言葉に続いて、グラストさんが船を割り振りを始めた。俺の船にはラスティさん夫婦が乗り込むようだ。
「2組が乗船すれば、途中でアンカーを下ろして休む必要もない。明日の昼過ぎに出掛けるぞ。午前中は餌を釣って保冷庫に入れておけ。カイトの仕掛けを考えると、小魚で代用できるはずだ」
俺達は、その話を目を輝かせて聞いていた。
釣れなければ素潜り漁に切り替えても良い。漁場の南側の海中の崖はブラドがたくさんいたからな。
「この間の漁でブラカを獲って来た筈だが、あれは加工しなければ音が出せん。次の商船がやってくれば作ってくれるだろうから、合図を出すのもこれが最後かも知れんな」
「そう、寂しがるな。こいつらがちゃんと音を出せるまでには時間が掛かるぞ。しばらくは島で笑いが止まらんだろうな」
エラルドさんの言葉を聞いたグラストさんがそう言って盛大に笑い声を上げた。
確かに楽器だからな。だけどどうやって吹くかぐらいは教えて欲しいものだ。
俺以外の連中が、グラストさんの笑い声に釣られて大声で笑っているけど、自分の事だとは思っていないのかな?
「まあ、晴れて漁師としての産声を上げるのだ。笑っていても、それは氏族の生業を継承するためであることは誰でも知っている。上手く鳴らせるように努力しないとダメだぞ」
漁師として、全体に指示する道具であり、氏族の者なら当たり前って事なんだろうな。ある意味、トウハ氏族の一員としての資格のような物かな?
素潜り漁が出来て、嫁さんを貰い独自の動力船を持っている事。それにホラ貝を鳴らすことが出来る者続くって事になるんだろう。
練習して、早く鳴らせるようになれば良いのだが……。




