N-033 報酬は頭割り
フックは大きな釣り針に見えなくもない。そんな品を黙って作ってくれたドワーフに感謝だな。タモ網の枠も太い針金を曲げて作ってくらたみたいだ。併せて銀貨1枚は少し高い気がするけど、曳釣りには無くてはならない道具だろう。獲物が小さければそのまま釣り上げられるが、大型だと引き上げる時にハリスを切られそうだ。6号の釣糸をハリスにしているから、1mを超えるような物でも釣り上げられるとは思うんだけど、一応念のためだ。
「またおもしろいものを作ったな」
エラルドさんがフックを取り上げて笑い顔で言った。
「だが、使い方が分からんわけではねえ。大物なら役立つだろうし、動力船に引き上げるのにも役立つはずだ。カイトはあれを使ったらしいがな」
そう言って、梁に付けた滑車を見ている。
「仕掛けは、これか。餌は何を使うんだ?」
「一応、昨晩釣ったカマルの皮を使おうと思ってます。小さいのはそのまま口元に針を通して餌にします」
「俺達とは曳釣りの方法がかなり異なる。2組を同乗させるのも俺達は賛成だ。上手く釣れるなら、次は更に人を増やせる」
俺達が曳釣りに出掛けることを知ってエラルドさん達が酒を持ってやってきたんだが、俺達を心配してるのかな?
何も釣れなければ、ブラドを突いて帰る事はラディオスさん達と合意してるからボウズにはならないと思うけどね。
エラルドさん達が船を下りたところで、俺達は島を離れる。このまま進めば明日の早朝には曳釣りが始められそうだ。
操船は嫁さん達に任せて、俺達は曳釣りの準備を始める。
こちらの世界で作った太鼓型のリールには太い道糸が100m巻かれている。ごつい竿のガイドに道糸を通して、5m程の竹竿の先にある洗濯ばさみをとおして、竿を左右に張り出した。リール竿は舷側の手すりの穴に入れておく。リール竿には3m程の革紐で舷側の手すりに縛ってあるから、大物が掛かってもリール竿を持ち逃げされることは無いだろう。
「これが仕掛けです」
そう言って、道糸に潜航板を取り付けた。潜航板の後部から伸びたハリスの先に大きな釣り針が付けてある。
仕掛けを取り付けて仕掛けは浅いオケに入れておく。そのままだと邪魔になるからな。
ギャフとタモ網はカマドの反対側に作った木の枠に入れておいた。甲板の梁に3個のランタンを下げておく。これで夜釣りになっても問題は無いぞ。
「色々とあるんだな。道糸を流せばそれで良いと思ってたんだが」
「俺もあの長竿は使ったぞ。やはり船から離すだけでも効果があるな。2本流しても絡まることが無かったんだが。あの竿の先端の仕掛けが分からん」
「あれは、こんな形になってるんです。魚が掛かれば道糸が外れますから、後はこっちの短い竿で対応します。引き寄せるのが基本です。後は、タモ網かギャフで引き上げれば良いですから」
俺の話を真剣な表情で聞いている。
潜水板も、何度もひっくり返して唸ってたぞ。まあ、釣りが始まれば直ぐにやり方が分かると思うんだけどね。
準備が出来たところで、俺達は昼寝を楽しむ。
嫁さん達は、甲板でお茶を飲みながらおしゃべりに夢中のようだ。
ちゃんと前を見てるんだろうな。ちょっと心配になって来たぞ。
俺達が起きた時には、すでに日が落ちていた。
直ぐに夕食になったけど、船を停めなかったから簡単なものだな。野菜スープに蒸かしたご飯と漬物はメロンのようにも思えるけど、何だろうな?
甘味は無くて塩味だから食事が進む。たっぷり頂いたところで、お茶を頂く。
食器類は魔法で汚れを落として、箱に仕舞い込むとオリーさんとリーザを残して小屋に入って行く。操船は交替だったな。今度は彼女達が一眠りするのだろう。
「今どの辺りだ?」
「真夜中過ぎに目的地に着くにゃ。この船は結構早いにゃ!」
オリーさんはご機嫌だ。それ程速度が違うのか?
「魔道機関は6個なんだろう?」
「この船は8個みたいにゃ!」
2人が俺を見る。俺だって知らないぞ。
「父さんだな。確かに俺達の船より一回り大きいから、同じ魔道機関では速度が落ちる……。だけど、8個仕様なら、大型並みだぞ」
「だが、こういう時は都合が良い。カイト、全速を出して舵を切るとひっくり返るかも知れないぞ。全速は真っ直ぐ進む時に限定しとけよ」
「了解です。でも操船はサリーネ達ですから……」
なら安心だ! 何て2人が納得してるのもどうかと思うな。
曳釣りの海域まで、後3時間程だ。
パイプを楽しみながら、釣果を語るのもおもしろいな。
・・・ ◇ ・・・
「低速で進んでくれ。現在地は分かる?」
「大丈夫にゃ。さっき小さな島を通ったから、この辺りにゃ」
ずっと船を進ませるから、位置が不明になったら帰れなくなりそうだ。
仕掛けは2つあるから、片方に魚の皮を短冊にして釣り針に付ける。もう片方は小魚の口を縫うようにして釣り針に付けた。
仕掛けを投げ込み、道糸をリールヲフリーにして繰り出す。どんどん伸びていくから、太鼓リールのドラムを指で押さえてブレーキを掛けた。
とりあえず40m伸ばしてリールにストッパーを掛ける。
後は待つだけになるな。
3人で後ろのベンチに座りながらパイプを楽しむ。目だけは左右に伸ばした竿先を見てるのだが、早々釣れるものでは無い。
最初のヒットに、どれ位掛かるかな……。
バチン! と左側に出してしなっていた竿が元に戻る。
ベンチを蹴飛ばすように立ち上がり、パイプをベルトに挟むと、左のリール竿を取り上げた。グイグイと竿が引かれるのでリールのストッパーを解除して道糸を送り出す。かなりの大物だぞ!
「右側の仕掛けを回収してくれませんか。このままでは仕掛けが絡んでしまいます」
「おお!」と声を上げてラディオスさんがオケに道糸を手繰り寄せている。
ラスティさんは俺の後ろで俺の動きをジッと見ているようだ。
竿の弾力を利用して少しずつ手前に引いて来るが、ややもすると引き出される道糸の方が長くなってしまう。
それでも5分程すると少しずつ引きが弱くなってきたので、どんどん糸を巻き込んで行く。
問題は獲物の大きさだな。1mクラスならタモ網でも十分だが、それ以上になるとギャフが必要になる。
やがて見えてきたのは80cmを超える大きなシーブルだった。これならタモ網で十分だな。
タモ網に上手く頭を入れところをすかさずラスティさんがタモ網を持ち上げて獲物を甲板に投げ入れた。
ラディオスさんがナイフを鰓の上に差し込むとバタバタと暴れていたシーブルがおとなしくなる。シメたのかな?
リーザが出刃包丁をラディオスさんに渡すと、慣れた手つきで臓物を取り出して保冷庫の中にシーブルを投げ入れた。すでに氷が入っているぞ。
臓物を海に投げると海水で甲板を洗う。その間に俺は仕掛けを海に投入した。
一段落したところでお茶を飲む。
「あれを見たら、直ぐに皆がやってきそうだな」
「ああ、だが、釣り上げるのは難しいぞ。カイトはちゃんと取り込みまでを考えてる。あの大きさなら手元でバラすのがオチだと思うな」
「今回はタモ網で十分でしたが、あれより少し大きくなればギャフの方が頼りになります。魚体の下から刺すように上げれば引っ掛かりますから、1度は試したいですね」
更に大きくても取り込めると聞いて2人の目が輝いてるぞ。
そのチャンスは直ぐに訪れた。再び、バチン! と竿から糸が外れたのだ。
今度はラディオスさんがリール竿を握って魚との力比べを始めた。俺達が見守る中、近付いた魚の大きさは先ほどよりもかなり大きい。
ギャフを手に待ち構える。先にギャフを沈めて、ギャフの上を魚体がゆっくりと通るその時に勢いよくギャフを引き上げた。
がっちりと針掛かりした魚体をラスティさんと協力して甲板に持ち上げる。今度のシメはラスティさんが担当してくれた。
翌朝までに4本のシーブルを釣り上げ、日中は2本、夕刻に3本の合計9本釣り上げたところで、俺達の曳釣りを終えることにした。仕掛けを畳み、急いで氏族の島に引き返す。
島には商船が停泊していた。早速、獲物を担いでラディオスさん達が商船に向かう。サリーネ達も2人で棒に吊るしたシーブルを担いで行った。
ビーチェさん達が何人かのおばさんを連れて手伝ってくれる。
俺は、船で留守番だな。
そんな俺のところにエラルドさんとグラストさんがやって来た3人で甲板に車座になってパイプを楽しむ。
グラストさんが持参したカゴからココナッツを取り出して器用にナイフで穴を開けて俺達に配ってくれた。
「あの大きさを釣れるなら一人前だ。どうやった?」
エラルドさんの問いに、俺の曳釣りのやり方を簡単に説明する。
ジッと2人が聞いていたが、リールとギャフ、それに竹竿の先の洗濯ばさみに興味を持ったようだ。
「すると、獲物が掛かれば竿から道糸が外れるんだな」
「魚の引きを竹竿のしなりとリールから出る糸を指で押さえて耐えるんだな。引きが弱まればリールで糸を巻き取るのか……」
使ったリール竿とリール、それに潜航板を持ち出して2人に細かな説明を行う。
「場所は、あの砂泥を東西に動いたんだな。確かにあそこなら回遊してくるだろう。明日には何隻かが出掛けるに違いねえ」
「今までよりも大型が掛かるからな。果たしてどれだけ引き上げられるかが問題だぞ」
「ああ。カイトはそれも考えたようだ。あのギャフという、釣り針の大きい奴と大きなタモ網は必携だろうな。近くに寄せても、甲板に引き上げるのが大変だ。上手い具合に、息子達がその使い方を見ているし、実際に使ってもいるのだろう。奴らを連れて行っても良さそうだな」
動力船から、単に道糸を流しても良いのだろうが、取り込みが大変だからな。
エラルドさん達なら、それでも十分に獲物を寄せられるんだろうけど、最後の取り込みで苦労するのが分かるのだろう。
「ギャフは使えそうだ。貸してくれないか? 今晩の集まりで皆に教えても問題あるまい」
「そうだな。タモ網を使うのは少し考えれば分かる筈だ。それ位の知恵を持って漁に臨みたいが、ギャフは想像できんだろう」
そんな話をしていると、ラディオスさん達が帰って来た。
「560Dで売れたぞ。1割は氏族の取り分だから、504Dが利益だ。カイトが252D、俺達が126Dになる」
そう言って、俺の前にお金を差し出した。
「ちょっと待ってください。曳釣りは1人では無理が出ます。あれは3人で協力して釣った物ですから、売り上げの代金は平等でお願いします」
俺の言葉に、ラディオスさんはエラルドさん達に顔を向ける。
確かに動力船の持主が半額とはエラルドさんが言っていたけど、それは乗船したものが個別に漁をした場合だ。今回は3人で役割分担をしながら釣り上げたものだから、従来の分配と異なっても良いんじゃないかな。
「お前達がやって来る前に、どんな漁をしたのか詳しく聞いてみた。確かに従来の漁の仕方とは異なる。ここはカイトの言葉に従った方が良いだろう。今夜長老会議で今後の分配についても確認するつもりだが、始めたのはカイトだからそのやり方が踏襲されるに違いない」
そんな事で、俺達の獲物の売り上げは三分割になった。たった5日の漁で銀貨が手に入るなら十分じゃないかな。




