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N-032 大物への挑戦


 コンパスは俺達が南に向かっていることを示している。

 たまに豪雨が薄らぐと周囲の見通しが良くなるのだが、それでも3km先は見えなかった。大海原を小さな小舟で渡っているような錯覚を覚えるが、海面は波だって入るがうねりが無いから千の島の中にいることは間違いないだろう。


 舵輪を握るライズは水着になっている。

 ちょっと厚手の下着に見えなくも無いが、セパレートでおへそが見えるぞ。

 操船を代わったサリーネは着替えを終えて、俺の隣でお茶を飲んでいた。


「まったく嫌になるな。今日は晴れないんだろうか?」

「1日降ることは無いにゃ。あっちの空が少し明るいから、夕暮れ前には雨が止むにゃ」


 サリーネの指差す東の空は確かに少し雲が切れている。

 晴れれば、曳き釣りができるんだけどな。これでは濡れるだけだぞ。


 雨が突然終わって、南国の強い日差しが照り付け始めた。

 船団の速度が少し上がって、方向が変わったのが分かる。遠くにいくつかの島が見えるから、海図で自分達の位置を確認して漁場への方向修正を行ったのだろう。

 何度も通れば島の位置や特徴で、現在地が分かるのだろうけど、俺には無理だな。ここはサリーネ達に期待しよう。

 

 夕暮れが近づくと、小さな島に向かって進んでいるのが分かる。サリーネが貰った海図を眺めているが、何か分かるんだろうか?


「小さな入り江があるにゃ。そこでアンカーを下ろす気にゃ」

 小さくとも入り江ならば波で船が揺れることも無いだろう。ゆっくり寝られるって事だな。

「停泊したら直ぐにおかずを釣るよ。初めての場所だからな。期待できそうだ」

 俺の言葉に3人とも笑顔に変わる。カマルが数匹は欲しくなるぞ。


 入り江での夕食はカマルの唐揚げが付いて来た。

 結構大きな奴だから、ぶつ切りにして揚げても数が多い。両隣に泊めたラディオスさんとラスティさんはおすそ分けに喜んでいた。

 船を伝って両隣のご夫婦がやってくると、小屋と甲板に分かれて酒盛りが始まる。と言っても、葡萄酒が小さなカップに1杯だから明日に残ることは無いだろう。


「明日の昼には漁場に着きそうだ」

「やはり、先の取れる銛を使うのか?」

「いや、小さい銛ですよ。大きいのがいれば途中で交換します。先ずはどんなのがいるかを見極めるつもりです」


 調査優先か漁を優先かで迷うところだが、漁場での漁を3日取っているのであれば、先ずは調査が優先されるべきだ。柄の長さが、3mと2mでは水中での動きがだいぶ違ってくる。

何がいるか分からない状態では、自分の動きに制限が掛からない方を選択すべきだろう。


翌日は朝食を食べている最中にホラ貝が鳴った。

 急いでご飯をかき込むと、アンカーを上げる。サリーネに片手を上げて合図を送り、甲板側でアンカーを上げていたリーザ達を手伝う。

 どうにか終わったところで、2回目のホラ貝が鳴り響いた。

 ゆっくりと船が動き出し、船団を組んで南へと向かって進みだした。


「お茶が入ったにゃ」

「ありがとう。サリーネにも渡してくれ」

「もう渡したにゃ。カイトが最後にゃ」


 俺の位置づけに悩むところだが、とりあえずは食後のお茶を頂くことにする。

 今日は晴れてるけど油断は出来ないな。

 雨季の半ばだから1日1回は雨が降ると思わなければいけない。

 順調に船団は南下して、昼前には目的の海域に到達した。

 アンカーは砂泥に下ろしておく。1本だけだから潮流で船の向きは変わるけど流されることは無いだろう。サンゴの上に下ろしたら、上げる時に潜ってアンカーを動かさないといけなくなる。


 プラスチックのカゴをベンチの板を上げて取り出すと、直ぐに装備を身に着ける。

 マリンブーツとマリン手袋は付けておいた方が良さそうだ。フィンを履いて左足にナイフを付ける。向こうから持ってきた先が2つに分かれた銛を持てば俺の準備は完了だ。

 ほら貝の音が聞こえたところで、水中眼鏡を掛けてシュノーケルを咥えた。


 サリーネ達に親指を立てて、意思表示をしてから動力船の甲板から海に飛び込んだ。

 シュノーケルから水を吹きだして、船から少し離れる。

 水中は、水深5m程でサンゴが海底を埋め尽くしている。ゆっくりと南に向かって泳いでいくと砂泥の広がりが前方に見えてきた。

 確かにサンゴの茂みと砂泥との差は5m以上ありそうだな。これは大物が潜んでいそうな気配が濃厚だ。

 

 息を整えて、真下にダイブする。

 砂泥の上2m程のところをサンゴの茂る崖を横に見ながらゆっくりと泳ぐ。

 砂泥にはあまり生き物の気配が無い。たまにカレイが慌てて泳ぎだすが、貝の姿はたまにしか見えないし、真珠貝のようでも無い。イモガイがいないだけでも良しとするか……。

 それに引き換え、崖の隙間にはイセエビや、ブダイの仲間がたくさん潜んでいる。

 ブダイを狙ってみるか。

 一旦浮上して、息継ぎをすると再び潜って、銛の柄に付いているゴムを伸ばして左手で銛の柄と一緒に握る。

 ゆっくりと崖に近付くとサンゴの根元にブダイが隠れていた。

 銛を伸ばして頭すれすれまで近づけて左手をゆるめる。ズンという手ごたえが左手に伝わると急いで獲物をサンゴの隙間から引き出した。

 頭を突いているから、即死したようだな。海面に浮上して船を眺めると3人がこっちを見ている。

 獲物を海面から上げると手を叩いているぞ。早く持ってこいと言うところだろうな。

 船まで泳いで獲物を引き渡す。


「ザバンを下ろすにゃ。でないと一々泳がないといけないにゃ」

「なら、止めてあるロープを引けばザバンが海面に落ちるよ。危険な奴はいないようだが、気を付けてくれ」

 直ぐにリーザとライズがザバンを下ろしに掛かる。サリーネはブダイをさばいているんだろう。

 さて、次を狙うか……。

 5匹目のブダイをザバンに持って行ったところで、今日の漁を終わりにする。

 

 船に戻ると、サリーネにさばいた残りについている魚肉を切り取って貰った。

 リール竿に胴付仕掛けを付けて、魚肉を釣り針にちょんとさして投げ込んでおく。根魚は夜に活発に動くからな。もう2、3匹追加できそうだ。


 3日間の素潜り漁で、ブダイを20、伊勢海老を16、カサゴに似た根魚を9匹捕まえた。

 氏族の島から、1日程度の漁場でこれだけ獲れるなら、豊穣の海と言って良いんじゃないかな。

 ブダイの価格は1匹5Dと聞いたからどうにか銀貨1枚を超えた感じだな。伊勢海老を商船が買い込んでくれなければ、皆で焼いて食べられそうだ。

 今回は調査を兼ねていることを考えればまずまずの成果と言えるだろう。


 島に帰るとサリーネ達が魚を持って燻製小屋に出掛けたようだ。伊勢海老は竹籠に入れて海中に吊るしている。商船が来たら交渉するらしい。その前に漁に出掛けるようなら、皆で頂く事になりそうだな。

 空がだいぶ暗くなってきた。また雨が降ってきそうだぞ。


「どうだ? 漁の成果は」

「ブラドが20にロデナスを16。根魚9匹は胴付の夜釣りです」

 俺の船に渡って来たエラルドさんに答えると、顔がほころんでいる。

「1番ではないな。バルテスが23突いている。ロデナスは俺も見たが、カイトのやり方で獲れるなら、良い漁場になりそうだ」


 嫁さん連中が船にいないから、酒器を取り出してエラルドさんに勧めた。

 そこに、ラディオスさんがラスティさんとやって来た。

 小さな真鍮のカップに葡萄酒を入れて渡すと、美味しそうに飲んでいる。


「久しぶりにバッシェを見たと老人達が騒いでたぞ。バヌトスの2倍の値が付くそうだ」

「あそこの漁場はそれも狙えるのか……。これは今晩の集会が楽しみだな」

「バッシェは釣ったんだろう? やはり胴付なのか」

「船からの夜釣りです。餌は、ブラドの頭の方からサリーネに切り分けて貰いました」


 そんな俺の言葉に感心して聞いている。高値で取引されるなら、ブダイを1匹餌にしても良さそうだ。半身は俺達で食べられるしね。


「それにしても、砂泥の方には何もいませんでした。ふさふさが顔を出してましたが、あれは食べられないでしょう?」

「イソギンチャクだからな。だが、もう少し南に行ったところで、貝をすくったような痕跡があった。あの跡からすれば1FM(3m)以上のザルトスがいるだろう。俺達を襲う事はないが、近付くと先端のノコギリを振り回すから注意するんだぞ」


 ノコギリザメの一種かな? 近づかなければ害が無いなら問題なさそうだ。

 となると、この海域での脅威はやはりあのイモガイになるんだろう。イモガイが大量に集まる事があるから、他の危険な生物は淘汰されたか近付かなくなった可能性があるな。


「次は何時出掛けますか?」

「そうだな……。商船が入って来てからになるだろう。色々と不足している品もあるようだ」

「胴付仕掛けを作っておくか。バッシェが釣れるなら、専門に狙っても良さそうだからな」

 エラルドさんの言葉にラディオスさん達が呟いた。

 俺は仕掛けは十分だから、曳釣りの仕掛けでも作ろうかな。潜航板があれば、中層を泳ぐ魚も狙えそうだし。

 小屋造りの時に出た端切れを貰っておいたから、それを削れば何とかできそうだ。

 ギャフも欲しいが、商船のドワーフに作れるだろうか? 形を描いてサリーネ達に頼んでもらおう。網は年寄り連中に頼めそうだが、枠は太い針金で代用できそうだな。


 木切れを使って潜航板を作ってどうにか形にしたものの、やはり先端部に重りが欲しいところだ。船を逆さにしたような形状だから、このまま引いたら回転してしまいそうだぞ。

 鉄板でも貼り付ける外に無さそうだ。鉛があれば良いのだが、あまり漁でも使ってないからな。胴付仕掛けの重りだって、小石を使ってるぐらいだ。


「変わった形にゃ。2個頼んで来れば良いのかにゃ?」

「それで頼むよ。このフックは1つで良い。この丸い輪は丈夫な方が良いな」


 食料と衣類を買いに行くと言っていたサリーネに頼み込んだ。リーザ達には老人に網を編んでもらうように頼んである。タバコ1つと10Dは安いけれど、そんなんで作ってくれるんだるか?

 エラルドさんは、老人の食事は氏族で賄うから、酒代で十分と言ってたけどね。


 暇つぶしにラディオスさんがやってきた。ラスティさんも一緒のところをみると、俺のところと同じように嫁さん達は食料の買出しって事だろう。


「近場の漁なら俺達だけで出掛けても構わんそうだ。何かおもしろそうな漁はないか?」

「曳釣りをしてみようかと思ってます。この間の海域は砂泥が東西に延びてたでしょう。あれなら大型のシーブル(ハマチ)が回遊してくるんじゃないかと思ってるんです」


 曳釣りの言葉に2人の目が輝いてるぞ。

 ラディオスさんは道具を持っているが、ラスティさんも持っているんだろうか?


「いつ出掛けるんだ? 出来れば一緒に行きたいが」

「道具が明日には揃います。大型だと引き上げるのが大変ですからね。どうです。1隻で行ってみませんか」

 

 曳釣りは力のある者が揃っていると楽だろうし、一日中船を進ませるのだ。夜だってやってみたいから、3組が同じ船に乗れば心強い。

 2人は互いに顔を見合わせていたが、やがて俺に顔を向けると力強く頷いてくれた。



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