N-031 新たな漁場を探そう
直ぐに漁に出掛けるのかと思っていたが、まだまだ島でやらなければならないことが多いらしい。
長老達に会った次の日に、グラストさんとエラルドさんが俺の船にやってきた。いつものメンバーでくつろいでいたのだが、俺達の輪に入って来ると、先ずグラストさんが穴の開いていない銀貨を1枚ずつ渡してくれた。
「長老からこの島を見付けてくれた礼として頂いた。先行して探索をした動力船の持主に1枚ずつ。援軍に穴開き銀貨5枚。残りは村造りに使いたい」
俺達に異存はない。皆それぞれ頑張って、この島に移り住んだのだ。どの家族も蓄えを切り崩しているに違いない。
「明日から中堅を使って漁場を確認する。5つほど船団を出したいが、カイト、例の品は出来たのか?」
「一応できました。5個ですが、これで覗けば海中を潜ったように見ることができます」
箱メガネを小屋の中から出して来て、皆に披露した。
ラディオスさんが、箱メガネを持って舷側に行くと早速具合を見ているぞ。
「へえ~、確かに良く見えるな。これなら、海中に飛び込まなくても船を停めれば十分じゃないか?」
エラルドさん達も箱メガネを覗き込んでいる。俺を再び見つめて頷ているところを見ると、調査船団に持たせるつもりのようだ。
「十分だ。1個銀貨1枚で購入する」
買って貰えるとは思わなかったな。ありがたく頂いて、お茶を運んで来たサリーネにまとめて渡しておいた。
「話は元に戻るが、お前達には燻製小屋の続きをやって貰いたい。代船をバラシて家を作る者達や、炭焼き用の窯を作る者もいる。少し大きく作ったし、まだできあがらないのがあるからな。雨季の前までには目途を付けたい」
燻製小屋は2つ作ろうとしていたんだ。1つはできたけど、もう1つは丸太を積み上げていた途中だったんだよな。前の島よりも距離があるから、加工品を売ることになるのは仕方がない事だろう。ならば早めに作っておくにかぎる。
2つあれば交互に使うことができるだろう。待てよ、そうなると倉庫も必要になって来るんじゃないか?
大陸から距離が延びると、漁の獲物も変えなければならないかも知れないぞ。
その辺りは、事前に商船と調整が取れているのかも知れないけど、トウハ氏族は素潜り漁が主流なんだよな。大丈夫なんだろうか?
「かなり大陸から離れましたが、今までのように商船は魚を買ってくれるんでしょうか?」
「それは大丈夫だ。大型商船には大きな保冷庫があるそうだからな」
冷凍まではいかなくとも保冷して鮮度を保つのか。ならそれ程漁の仕方が変わることは無さそうだ。後は周辺の漁場の開拓になるが、経験のある男達なら安心して任せられるだろう。
次の日からバルテスさんを頭に、俺達数人掛かりで丸太を組み屋根を張る。屋根はテント用の布を張って、その上に塗料をしっかり塗り付けたから、雨季の集中豪雨でも雨が漏れることは無いだろう。
余った材料で、焚き木小屋を作っておく。これも重要な設備だからな。濡れた焚き木では燻製作業を行う事は到底不可能だ。
そんな焚き木小屋があちこちに立ち始めたころに、雨季の前触れの雨が降り出してきた。
雨が止むとジャングルから焚き木を切り出す。しばらくはこの島から焚き木を切り出すことも出来るだろうが、数年先には他の島から運んでこなければなるまい。
少しでも開拓できる場所を作るのがもう1つの目的だから、嫌がる者は1人もいない。
朝食と夕食は、共同で取っている。漁に出ないのならその方が炭を節約できるし、大勢で焚き火を囲んで食べる方が美味しいに決まってる。
船ではお茶を飲むぐらいだが、この島のココナツヤシの数はかなりの物だ。お茶よりもココナツジュースを飲む機会が多くなっている。
本格的な雨季がやってきた時には、どうにか島で暮らす人達の住居を何とかできたのだが、何棟かは竹で周囲を囲って屋根も竹を並べただけの物だった。その内側に地面から離してテントを張っているらしい。簡易なものだがとりあえずの集中豪雨を避けられるとエラルドさんが話してくれた。
「これが、この辺りの海図になる。海中は箱メガネで見た状況だ。海底の凹凸はかなりのものだが、水深は最大でも5FM(15m)に達していないようだ」
エラルドさんが俺達を集めて海図を前に漁場の説明をしてくれた。
しばらく漁をしていないからな。商船が来ても売る物が無いのでは話の外になる。
10日毎にやって来るらしいが、この間来た時にも、何も売る物は無かったようだ。氏族の引っ越しが一段落したならば、俺達の本業を始めなければなるまい。
「北に大きな溝があるな。その直ぐ南にサンゴの尾根が連なってるぞ」
「南の溝も深そうですよ。これだと外洋から大型が乗り込んで来そうです」
根魚ならば岩場やサンゴの密生地帯が狙い目だが、回遊魚や根を渡る魚なら海底の溝を伝ってくるだろう。
「この砂泥地帯も気になりますね。真珠貝やリードルがいるのであれば氏族の財源になります」
「この近くの根を探りながら調べてみるか? だが、リードルには手を出すなよ」
「真珠貝なら問題ないが、リードルとなれば厄介だ。リードルは前の島周辺にはいなかったが、この辺りはリードル漁をした場所よりも東になるからな。他の連中にも注意しておく必要がありそうだ」
この島に移り住んで最初の漁は、砂泥地帯の傍にあるサンゴと岩がある場所で素潜り漁を行う事になった。
まだまだ調査の域を出ていないようだが、数隻単位で漁を行う内に、漁場が詳しく分かって来るに違いない。50隻近くの動力船が入り江に停泊していたのだ。今朝眺めてみたら半減していたから、すでに漁を初めた連中もいるみたいだな。
「明日の朝に出発だ。5日位の漁になるが、ちゃんと銛は研いであるんだろうな? 錆びた銛など振り回したら氏族の笑いものだぞ」
エラルドさんの言葉に俺達は互いの顔を見合わせた。確かに研いで無かったな。
今日の午後は銛を研ぐことになりそうだ。
皆が帰った後で、パイプにタバコを詰めていたら、ライズが小屋からぴょこんと顔を出した。
「いよいよ漁に行くにゃ。リーザ達は夕食の準備に出掛けているから知らせて来るにゃ!」
そう言ったかと思うと、サンダルを履いて器用に船を渡って桟橋の方に向かって行った。小さな子供が真似をして、船から落ちないかと心配になって来たぞ。
桟橋をもう1つ作れないか、エラルドさんに相談した方が良さそうだな。
午後はせっせと銛を研ぐ。確かに錆が出てるな。海で使ってるんだから仕方がないにしても、少しは防ぎたいものだ。
水中銃の銛も取り外してみがいて薄く油を塗っておく。
獲物は何か分からないけど、水中銃に向こうから持ち込んだ銛が1本。最初に作って貰った銛は柄が竹なんだけど、小さいのはこれで十分だ。手入れの終わった銛を小屋の天井にある収納棚に入れておく。
最後は大型の銛だ。リードル用が2本に、銛先の外れる銛が1本。しっかり銛を研ぎなおして油を引いているとリーザとライズがザバンで夕食を知らせにやって来た。
いつの間にか、日も傾いてきてる。
ザバンに飛び乗って、皆の待つ浜に急いだ。
「終わったのか?」
ラディオスさんが隣に座った俺に聞いて来た。
「どうにか、終わりました。結構錆が出てましたよ。確かにしばらく使ってませんでしたからね」
「全くだ。俺のなんか、先端が無くなってたぞ。改めてヤスリで研ぎなおしたんだ」
ラスティさんが俺の話に相槌を打ちながら自分の銛について披露してくれた。
事前に、エラルドさんが注意してくれなかったら、恥どころではなく獲物が突けない事態もあったという事だな。
漁に出なくても定期的に漁具は手入れをしておけって事なんだろうけど、中々時間が取れなかったのも事実だ。
まあ、そんな言い訳を言っても始まらないし、すでに準備は整えてある。
チャーハンのようなご飯に、ちょっと酸っぱさを感じるスープ、それに蒸かしたバナナが俺達の夕食だ。
年頃の同じ俺達は一緒に夕食を食べる。嫁さん達も似た境遇だから俺達と同じように焚き火を囲んで食べているに違いない。
食事が終わったところで、酒が回って来た。ココナッツの実を割ったカップに安い葡萄酒が入っているのだが、パイプを咥えながらの酒は中々良いものだ。明日の漁を語りながら少しずつ頂く。
全員ボウズってこともあり得るのだが、やはり大漁を夢見て、魚の突き方を笑いながらいつまでも話し合っていた。
翌日は、朝から土砂ぶりの雨が降っていた。
それでも、サリーネ達は早起きして朝食の準備に入り、俺は3回ほど水場を往復して動力船の水ガメに水を満たす。
びしょぬれになっても、気温は結構高いから、風邪を引くことは無いが、濡れた衣服は気持ちの良いものでは無い。
短パンにTシャツを着て、濡れた衣服は甲板の屋根の梁に吊るしておく。その内、乾くだろう。
ネコマンマのような食事を終えると、残ったご飯は保冷庫に真鍮製の容器に入れて保管している。そこなら悪くならないだろう。
たまに、甲板の屋根の上に頭を出すから、麦わら帽子を全員が被ったところで、サリーネが船を後進させた。
入り江で方向を変えて、出口付近で皆の船が揃うのを待つ。
あちこちで、船が動き出したから直ぐに揃いそうだ。
先頭はエラルドさんだな。やはり旗を付けた方が分かりやすい。漁から帰ったら皆と相談してみよう。
豪雨に負けない大きなホラ貝の音が聞こえてきた。いよいよこの島を中心とした俺達の漁が始まるぞ。
船団は速度を落として南に向かう。
目指す漁場は数mの深さのサンゴの森が、10m程砂泥の海底に落ち込む海の中の段差があるところだ。大型の根魚がいるだろうし、場合によっては砂泥に真珠貝が無いとも限らない。リードルがいても良さそうだとエラルドさんが呟いてたけど、もしも見付けたなら要注意の漁場にもなる。
調査と漁が一緒になったような漁になることは、全員が納得している。
それにしても豪雨が酷い。前方を行く船がようやく見えるくらいだ。距離は50m程取っているのだが、それでもシルエットのように見えるだけだ。
操船をしているサリーネは頭を屋根の上に出しているから、水中眼鏡を掛けている。
確かに、これだけ降るんだったら、水の中とさほど変わらないかも知れないな。




