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N-030 大移動

 この島にやってきて、すでに一カ月程になる。

 桟橋は短いものが3本になった。長い桟橋と合わせれば、移り住んだ氏族の動力船をそれほど無理をせずに泊められるだろう。

 砂浜が長いから後で更に増やしても良さそうだが、現在はこれで十分とのグラストさんの判断だ。

 エラルドさん達が水場までの道作りと、竹をくり抜いて簡単な水汲み用のパイプを滝に取り付けているようだ。水は豊富だから簡易なものでも十分に使えると話してくれた。

 残った俺達は、4棟目の小屋作りと燻製小屋を建て始めた。

 満潮時でも、小屋までは50mはあるし、高低差は1.5m以上あるから、嵐でも波を被るような事にはならないだろう。

 燻製小屋は住宅用の小屋から100mも離れているが、短い桟橋がその前にあるから魚の荷降ろしには都合が良いだろう。

 丸太を作った残りは焚き木として利用できる。3か所に分散して積み上げているが、小屋も作らなくてはならないだろうな。

 更に、炭焼き用の施設も必要だ。石造りだから面倒に思えるが、動力船で漁に出れば炭は必需品だ。これも急ぐ必要があるぞ。

 嫁さん達は、更に開墾を続けている。広げればそれだけ畑も作れるし、小屋もたてられるのだ。


「何時になったら終わるんだろうな……」

 休憩時に俺達が焚き火の周りでお茶を飲んでいると、ラディオスさんがそんな言葉を口にする。

「まだまだ終わらんぞ。漁に出るのは後、2か月は先になるな。近場の地図も作らねばならんし、その地図に漁場の状況も書かねばならん。それを基に数年漁を行い、季節の漁を決めるのだ」

「地図を作るんですか?」

 グラストさんの言葉に思わず聞き返してしまった。

「ああ。でないと、数日も島を離れて漁などできん。ある程度慣れれば地図はいらなくなるが、それまでは必要だな。だが、安心しろ。俺達が作るんではなく、海軍様が作ってくれる。これも俺達が王国の領民として認められているからなんだろうな」

 

 だいぶ好意的な話だけど、実際は王国の版図の明確化と、税収入である魔石の確保を行うための航路を確定するためじゃないのかな?

 地図が俺達に供与されても、この島の周辺区域に限定されるはずだ。それでも、俺達の漁場の位置が氏族全体に共有されるなら、グラストさんの認識でそれほど間違ってはいないだろう。

 ネコ族の特徴かもしれないけど、あまり相手を疑うということが無いようだ。おかげで俺も氏族の一員として暮らせるんだけどね。


「広い範囲で海底を観察しなければなりませんね。こんな物を作ろうとはしてるんですが……」

 箱メガネを描いたメモ帳をグラストさん達に披露した。

 大きさは、底が20cm四方で、上部は30cm四方。箱の全長は1m程だ。箱メガネにしては細長いが、船の上から使えるようにしたい。

 

「底にガラスを張っているな。これでどうするんだ?」

「船の上からだと、海中の様子がよくわかりませんよね。これで覗けば良く見えますよ。原理は皆さんが首に下げてる水中メガネと同じですから」


 海藻や、ウニ、サザエ等の漁をしているならとっくに広まってたんだろう。だが、トウハ氏族は素潜り漁だから、箱メガネを使ったことはないだろう。


「北の氏族は箱で海を覗くと聞いたが、こういう仕掛けだったのか」

「海中の様子と、水深を測れば良いな。潮流は難しそうだが、おおよそは分るだろう」

「ガラスは商船で手に入るし、板や塗料も何とかなるな。数個作ることを長老会議で提案しよう」

 ザバンの底に作るのは先になりそうだな。


 そんな話をしていた次の日に、ラスティさん達の船が島にやってきた。動力船10隻で先行してきたらしい。後続の船団はカマルギさんが案内しているらしい。


「2日程先行してきた。いよいよやってくるぞ」

「受け入れは何とかなりそうだ。ゆっくり休んでくれ」

 エラルドさんの言葉に頷いてラスティさんが直ぐに引き上げたところをみると、昼夜兼行で動力船を走らせてきたんだろうな。


「明後日に着くとなれば、海軍が帰るまではカイトは船で釣りでもしていたほうが良さそうだ。つまらん詮索をするとも限らんからな」

「だったら、先ほどの材料を届けてくれませんか。船でのんびり作ってますよ」

 どれぐらいこの島にいるかは分らないが、グラストさんの話からだと、長くても10日だろう。簡単な海図を作って帰るに違いない。

 ある意味ゆっくり休めそうだ。


 あくる日。俺達の動力船を東に移動してアンカーを降ろす。

 桟橋を空けておけばそれだけ、受け入れが容易になるし、俺の船は一番端だから桟橋付近からでは全く見えない。

 祝宴用の魚を突きに入り江に潜ると、かなり魚影は濃いが、大型の魚はいないようだ。

 それでも、若い連中数人で数十匹を突いたから、簡単な一夜干しをサリーネ達が作り始めた。

 焼き魚用は明日の朝にでも再度潜れば手に入りそうだ。


・・・ ◇ ・・・


 遠くからホラ貝の音が聞こえたので急いで小屋から顔を出すと、入り江の西側から動力船の船団が近付いて来るのが見えた。

 桟橋の突端でホラ貝を吹いているのはエラルドさんに違いない。

 双方からのホラ貝が響く中、1隻の動力船が入り江の入り口まで進んで行った。

 たぶん、停泊場所を指示してるんだろうな。となればあの船にはグラストさんが乗っているんだろう。


 数隻の小型の動力船がこちらに近付いて来る。大型と商船を桟橋に停泊させるようだ。

 短い方の桟橋に向かった動力船が停泊すると、直ぐに動力船から数人の男達が浜で待つ男達の下に走っていく。

 ザバンに何人かが乗り込んで入り江の中央付近に漕ぎ出して行った。

 いよいよ、軍船が入って来るのかな?

 

 軍船がゆっくりと台船を曳いて入り江の中に入って来た。台船の大きさは俺の動力船の6隻分ほどもありそうだぞ。1隻だけでなく、それより小型の軍船が2隻同行しているのは、1隻では足りなかったのかな?

 小型の軍船は入り江に入らずに、東と南に移動していく。早速海図作りを始めたのかも知れない。

 軍船は入り江の中ほどでゆっくりと進路を変えて台船を切り離す。

 台船は喫水が浅いから、そのまま浜に引き上げられそうだ。台船からロープがザバンによって浜に渡されると、氏族の連中が一斉にロープを引き出した。


 この船に残っていて良いのかな? そんな気もしてきたが、無用な詮索を防ぐ為だからな。

 代船にはテントまで張ってあるぞ。たぶん長老達が乗っているのだろう。

 ようやく、浜に着くと、30人程が代船を下りて俺達の作った小屋に歩いて行った。

 長老と言うから、かなり年老いた老人だと思ってたけど、足腰はしっかりしているように見える。

 動力船も家族以外にも乗せているようだ。ザバンが何度も動力船を往復している。

 

 浜では、宴会の準備が始まったようだ。サリーネ達も手伝いに出掛けたんだよな。久しぶりに、船で一人になってしまった。

 

 商船が入って来た。軍船よりは小さいが、全長だけで俺の船の2倍はありそうだ。3階建てだから、30人以上乗ってるんじゃないかな。

 長い方の桟橋の突端近くに停泊すると船首と船尾にアンカーを下ろした。

 直ぐに桟橋を背負いカゴを持った嫁さん達が歩いて行く。ここでの暮らしが一か月以上になっているから、サリーネ達もあの中に混じってるんだろう。

 しばらく収入は無かったけれど、リードル漁で魔石を手に入れてるから、これ位の期間は何とでもなるぞ。


 軍船は舷側にたくさんのランタンを付けて、入り江の西に停泊している。

 隣の桟橋に停泊している大型商船も舷側にランタンを灯しているから、入り江はまるでたくさんの灯篭が浮かんでいるように見える。

 それは、俺達の動力船も同じだ。50隻近い動力船の舷側にランタンの灯りが揺らいでいる。

 浜では大きな焚き火が作られ宴会が始まったようだ。

 商船や軍船からも人が出ているようだ。グライトさんが危惧してたのは、ネコ族の中に俺いると目立つって事だろう。まして聖痕の持主って事になれば、確かに面倒なことになるだろうな。

 ここはおとなしくしておこう。箱メガネの材料も手に入れたから、しばらくは時間つぶしができそうだ。


 ふと海面を見てみると、コウイカが集まっているぞ。たくさんのランタンの灯りで水面近くまで集まって来たのだろうか?

 枠に巻いた道糸の先に餌木を取り付けて、ポンっと投げる。後は腕を立てるようにして道糸をシャクリながら手元に餌木を寄せて来る。

 直ぐに、コウイカが餌木に乗ったようで重さを感じる。すかさず道糸を手繰り寄せ、水面近くで墨を吐かせてから甲板に取り込んだ。

 オケに海水を汲んで、その中にコウイカを入れると、再び餌木を投げ込んだ。


「シメノンにゃ!」

 リーザが俺の手元を覗き込んで大声を上げたから、びっくりしたぞ。

「ここで釣れるんだ。周りがたくさんランタンを点けてるから寄って来たんじゃないかな。皆のところに持って行って食べてくれ」

「ありがとうにゃ。これ、夕食にゃ。私達も直ぐに戻って来るにゃ」

「楽しんで来なよ。俺ならここでゆっくりしてるからね」


 俺の言葉を聞いて嬉しそうにオケを持つと、ザバンに乗り込んで浜に戻っていく。

 ようやく、新しい氏族の島に移ったんだからな。今夜は楽しんでくると良い。姉さんや、兄貴達も一緒だろうし、ビーチェさんだって待ってるはずだ。

 釣りを止めて、道具を片付ける。

 リーザが運んできた夕食は炊き込みご飯のように見えるな。ちょっと味が濃く、しかも辛いぞ。香辛料の分量を間違えたようにも思えるけど、南国で食事をキチンと取れるのは香辛料のお蔭かも知れないな。

 食事が終わるとお茶をがぶ飲みする。やっぱり辛かったな。


 パイプを取り出して、一服しながら浜辺の焚き火を眺めると、少しずつ人数が減っているようだ。

 そろそろサリーネ達も戻って来るだろう。

 

              ・・・ ◇ ・・・

 

 商船は3日間、軍船は10日ほど滞在して島を去って行った。

 これで俺も自由に行動できるぞ。

 軍船の姿が見えなくなると、直ぐに長老からの呼び出しがあった。

 エラルドさんに連れられて、俺達が作った小屋の1つに入る。最初に入った時よりも小屋が少し小さく感じるが、いずれ大きな小屋を作るのだろう。とりあえずは氏族の長老会議ができれば困ることは無いはずだ。


 床の焚き火の奥に4人の長老が座り、入り口の左右に数名ずつ男達が並ぶ。俺を入口直ぐの席に座らせると、エラルドさんは左の列の端に座る。隣はグラストさんだ。


「最初に龍神を見たのがカイトだと聞いてな。お前の話を長老が聞きたいそうだ」

 この島の発見の経緯を聞きたいって事だろう。確かに信じられない話だが、氏族の長達なら話しておくべきだろう。


「分かりました。俺達はリードル漁をした海域から東に2日ほど進んだところで小さな島を見付けました。そこで船団を3つに分けたのです。東にグラストさん、北にエラルドさん、俺達はバルテスさんの指揮で南に向かいました……」

 

 2日目の夕暮れ近くに、俺の船の下を泳ぐ太い胴をした長い魚体が泳いでいるのが見えたこと。

 それを他の2隻に伝えて船を寄せると、バルテスさんが龍神の向いている方向に船の進行方向を変えると、俺達を先導するように付かず離れず龍神が先導してくれたこと。

 最後に、この島を俺達が星明りの下で見付けた時、龍神は深く沈んで姿を消した経緯を話して聞かせた。


 男達がジッと俺の話に聞き入っていた。

 話を終えても誰も口を開かない。


「不思議な話じゃが、バルトスやラディオスも同じものを見たと言っている。この島は龍神に教えられたとな。龍神を見ることは早々出来るものでは無い。我等長老でさえも見たことは無いのじゃ。だが、氏族の古老が話してくれた姿とお前達が見たものが同じであるのは確かであろう。正しく龍神に違いない。ならばトウハ氏族は龍神にその島を賜れたのに同じ事。この島自体が龍神の祝福に違いない。他の氏族に他言無用じゃ。我らだけで子々孫々に伝えれば良い」

「ご苦労じゃった。これは我らからの褒美じゃ。グラスト配分を頼むぞ」

 

 長老が、玉手箱のような箱から金貨を3枚取り出してグラストさんに渡している。漁がまるでできなかったから、保証金みたいなものだろう。グラストさんが押し頂いているから俺達にも少しは分けて貰えるかも知れないぞ。



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