N-003 素潜り漁の成果
日の出とともに船の動きが停まり、船首の方からボシャン! と音が聞こえて来た。
バルテスさんが次男と協力して甲板の端に積み上げたザバンと言う俺のカヌーより一回り大きなカヌーを海面に下ろしていく。最後は俺のカヌーだ。
「さて、素潜り漁の始まりだ。なるべく大きいのを獲ってくれよ」
バルテスさんが俺の肩をポンっと叩いて海に飛び込んだ。次々と兄弟が飛び込んでいく中、俺もマスクを付けてシュノーケルの位置を合わせると、舷側を乗り越えて飛び込んだ。
カヌーに泳いでいくと、後ろからリーザちゃんがパドルを持って泳いでくる。カヌーに持ち上げてあげると、どうやって乗るかを教えてあげた。
「少し離れて漁をする。上で待っててくれ」
そう告げると、海中を覗きながらバタ足で獲物を探す。
根魚を狙うんだろうか? 泳いでいるのはさすがに無理があるからな。
少し進むと、サンゴの影に何やら隠れているぞ。水中銃のゴムを引いて、セーフティを掛ける。大きく2、3回息をして、一気に潜って行った。
ブダイの一種だな。目標を確認したところで、銃の先に取り付けた糸巻を銃と直角に曲げる。若干テーパーが掛かった糸巻から、組紐のようなラインが無理なく繰り出されるのだ。
1m程まで接近したところで狙いを定め、トリガーを引いた。
獲物の頭に命中したのでさほど暴れることも無い。先ずは1匹だな。
紐を引いて獲物をカヌーまで持ち帰ると、カヌーの上で銛先を魚体から引き出す。
「ブラドにゃ! 滅多に取れないにゃ」
「まだまだ取って来るぞ!」
そう言って、再び獲物を探す。
1時間程掛けて獲物は5匹。まあまあってところだろう。一旦、カヌーに上がると、リーザちゃんが木製のカップにお茶を入れて渡してくれた。竹製の水筒を持ってきたみたいだな。
「兄さん達はどうなのかな?」
「3匹位にゃ。カイトさんが一番にゃ!」
水中銃の力なんだろうな。手銛を使ったらどれだけ獲れるんだろうか? それも確かめないといけないだろう。
15分程休憩したところで、再び海に潜る。
獲物の種類は分かったし、水中銃なら問題なく獲れる。更に4匹確保したところで、海底の砂地に直立した貝を見付けた。
確か、真珠貝ってあんな感じの貝だったよな。見た目も似てるし、ひょっとしたら……と、数個拾ってカヌーに乗せた。
「この貝、まだたくさんあるの?」
「ああ、少し先の砂地にあったぞ。取って来た方が良いのか?」
俺の言葉を聞いて、うんうんと頷いている。
一々戻るのが面倒だから、カヌーを動かして貰う事にした。
先行して潜ると、先ほど貝を手に入れた砂地に向かう。3個を手に取って、真っ直ぐ海面に上がって、リーザちゃんに手を振る。直ぐにカヌーを漕いできたが、かなり上手に操ってるな。
「ほら、この真下にまだまだあるが、もっと獲った方が良いの?」
「うん。これって、真珠が入ってる時があるにゃ。真珠は高く売れるってお兄ちゃんが言ってたにゃ」
やはりそうなんだ。ならば、もっと獲らねばなるまい。俺の座席に積めばまだまだ乗せられる。
せっせと海底と水面を往復して20個以上の貝を手に入れた。
やがて、ピイィィーと笛が鳴る。漁の終了の合図なんだろう。2隻の小舟が外輪船に向かって動き出した。俺達もカヌーの向きを変えると、船に向かって進んで行く。と言っても乗る場所が無いから、カヌーの舷側に捕まってバタ足なんだが、結構スピードが出るもんだな。
ザバンが外輪船の舷側を上がっていく。やはり最後は俺達になるな。ロープをカヌーの先端に結ぶと上の連中が一生懸命に引いてくれた。最後に投げて貰ったロープにつかまり斜路を上っていく。
後ろの甲板では獲物をさばいていた。頭を切り落として、腹を開くと屋根に並べている。
そんな事をしているのはバルテスさん達で、リーザちゃんはお姉さん達と一緒に貝を開いている。
「あったにゃ!」
何個目かの貝を開いた時にどうやらお目当ての品を見付けたようだ。
青空にかざして、真珠の光に見入っている。
「ここにもあったにゃ!」
次々と見つかるようだ。
「まったく漁師じゃないのが不思議なくらいだ。ブラドの数は息子達並みに揃えているし、真珠が6個は一財産だぞ」
「運が良かっただけでしょう。リーザちゃん、女性達で1個ずつ取っていいよ。残りはこの船に厄介になってるんですから、お礼という事で納めてください」
エラルドさんが、俺の言葉に驚いたように口を開けた。
「これだけで銀貨2枚以上になるはずだ。いくら礼でも全部というわけにはいくまい。半分頂く事にする。お前もいつかはこんな船を持つのだ。蓄えは必要だぞ」
船は買えるって事なんだろうか? それなら少しずつ貯め込んでも良さそうだな。
半分の1個を大事にポケットに仕舞いこんで、改めてエラルドさんに頭を下げる。
昼食はおかゆモドキの品だった。干し魚の焼いた切り身が混じっているから結構香ばしい。昼はのんびりとお昼寝らしいが、俺にはそんな習慣は無いからな。
釣り竿を手にして、魚釣りでも楽しもうとしてたら、ラディオスさんが魚の皮を剥いで渡してくれた。餌って事なんだろうか?
まあ、釣れなくても文句は言われないだろう。
胴付仕掛けの3本の針に、魚の皮を適当に巻き付けて仕掛けを下ろす。
水深が10m程だからな。あまり期待されても困るが、暇つぶしには丁度良い。
防水ケースからタバコを取り出して、一服しながら時を過ごす。海面が眩しいのでサングラスをして帽子を被った。
ネコ族の人達は3時間程午睡を楽しむらしい。起きたら次の漁場に移動すると言ってたな。こんな暮らしなら人生は楽しいんだろうけど、雨や風の時はどうするんだろう?
突然、持っていた竿がぐいぐいと引かれる。
下ではなく船から離れて行くように引いているから、根魚とは違うようだ。リールのドラグを回して強く惹かれた時に糸が出るように調節する。
後は、竿の弾力を使って少しずつ寄せて来た。最後はごぼう抜きに魚を甲板に引き上げた。小さいけど、ハマチに似た魚だな。それでも40cmは超えてるんじゃないか?
バタバタと暴れる音で、リーザちゃんと直ぐ上の姉さんが起きて来たようだ。
「シーブルにゃ!」
そんな事を言って、どこからか持ち出した棍棒で魚の頭を叩いてる。まあ、おとなしくはなったけど、良いのかな?
「どんどん釣るにゃ。兄ちゃん達を起こしてくるにゃ!」
どうやら、この魚も漁の対象になるらしい。釣り針を外して、仕掛けを再び投げ込んだ。
「シーブルだと? これか、バルテスは舳先だ。ラディオスは、艫の反対側に行け。ビーチェは氷を用意するんだ」
あわただしく、エラルドさんが指示を出すと、自分でも釣りの仕掛けを奥から持ち出してきた。
「網は2つだから、お前達が上手く使え」
サリーネちゃんとリーザちゃんに指示すると、2人が舷側から2m程のタモ網を用意している。腰のベルトにさっきの棍棒を挟んでいるところを見ると、タモ網ですくったらガツンと叩くんだろうな。
再び、竿が引かれる。今度はタモ網があるから船に寄せて来るだけで良いみたいだな。サリーネちゃんが海中に入れたタモ網にゆっくりとシーブルを誘導する。
シーブルの半分位がタモ網に入ったところで、甲板に引き上げる。すかさず棍棒で頭を一発。片手で尾の辺りを握ってお母さんに手渡している。
1時間程、入れ食いのような感じで釣れたのだが、突然釣れなくなってしまった。
回遊魚なのかな? ラディオスさん達も釣り道具を片付け始めたぞ。俺も、仕掛けを引き上げて釣りを終えた。
ビーチェさんとサディさんは船底の木箱にシーブルを押し込んでいる。
男達が船尾の甲板に集まったところへ、お茶の椀がリーザちゃん達から渡された。
「何とも、運が良い奴だ。シーブルは生で運ぶ。俺達も食べるが大陸では珍重されるんだ。群れの動きが早くて釣りが出来るのは1時間もない。当番で海面を見張ってる船もあるくらいだ」
「50を超えてるぞ。これほどの漁は久しぶりだ」
「俺は初めてだ。見たことはあるが、意外と引く力があるな」
「何匹、バラしたんだ? カイトは全て釣り上げてたぞ」
「数匹ではきかん。シーブルの引きに合わせるのは苦労する」
「それが出来れば一人前だ。微妙な加減がいるのだ。カイトはあの竿を利用してるようだがな」
釣りながら俺を見てたのか? 竿だけじゃないんだが、それでも自分達の釣りとの違いを素早く見取ったようだ。
「細い竿だが弾力がありそうだ。良く見ておいて自分でも工夫したらどうだ」
そんなエラルドさんの言葉にラディオスさんが頷いている。バルテスさんは必要ないって感じの顔をしているな。
手釣りは手返しが速いから、竿とリールの組み合わせよりも短時間でたくさん釣れるだろうから、将来的にはエラルドさん達のように竿を使わない方が良いんだろうけど、バラシを減らす方が先って感じなのかな。
「これだけ釣れたなら、村に戻るにゃ。これから帰るなら、2日で着くにゃ。丁度商船がやって来る日にゃ」
「そうだな。問題はカイトだが……。商船が帰るまでは船から出なければ良いだろう。俺達の船着場は商船の桟橋よりもだいぶ離れているからな。カイトの扱いを長老が決めるまでは俺達の船にいれば良い」
エラルドさんが家の中に入ってしばらくすると、船が大きく反転した。
「カイトのお蔭でシーブルが大漁だからな。漁をしないで真っ直ぐ帰るんだ」
バルテスさんがパイプを持ち出して教えてくれた。一服するんならと、俺もタバコを取り出す。ライターで火を付けてあげると、「魔道具なのか?」と聞いてきたが、魔道具っていったい何なんだ?
のんびりと足を延ばして周囲の風景を楽しむ。
バシャバシャと水をかく水車の音は眠気を誘うな。リーザちゃんは舷側にもたれかかって居眠りを始めたぞ。
夕食を簡単に済ませると、今夜は船を停めずにそのまま進むようだ。
島影がぼんやりと俺には見えるくらいだが、ネコ族の人達には船を進めるには十分な明るさらしい。
空には満天の星空だ。銀河だってはっきり見ることが出来るが、俺の知る星座はどこにもない。
こんな場所が地球にあるなんて想像できないし、ネコ族なんて聞いたことも無い。やはりここは別の世界なんだろうな。
左腕の聖痕を眺めながら、もう日本に帰れないかも……、なんて考えてる内に俺は眠りに入ったようだ。