N-027 新たな島を探しに行こう
グラストさんが偵察隊を派遣するような事を言ってたな。
問題はトウハ氏族がこの地を去るまでに残された期間だ。たぶん明日にでも先行部隊が派遣されることになるのだろう。
残った者達はこの地を去る準備に取り掛かるんだろうけど、それほど簡単に移動出来るのだろうか?
船を止める桟橋だって必要だし、氏族の島には丸太小屋に住んでいる者だってたくさんいるのだ。
いつの間にかお茶が葡萄酒に変わってたけど、誰もあまり口を付けていない。長老会議の行方が気になってそれどころではないのだ。
真ん中にあるパイプ用の炭桶を使って、たまにパイプのタバコに火を点ける。
段々と口数も減って来たぞ。
東の空に下弦の月が上がって来た。すでに深夜を過ぎているが、誰も帰ろうとはしない。
「終わったようだ。出てきたぞ!」
ラスティさんが大声を上げた。
丸太小屋からぞろぞろと人が出てきたのは分かるが、俺には誰なんだか分からないな。ネコ族の人達には見えるんだろうか?
それでも、桟橋の外れまでやって来た2人は俺にでも分かる。エラルドさんとグラストさんの2人だ。
小屋の中から、サリーネが慌てて出て来ると、乗り込んで来た2人に酒器を渡して葡萄酒を注いだ。
「サリー、すまんな。グラストお前が告げたらどうだ」
「そうか? まあ、直ぐに分かる事だが……」
そんな前振りで長老会議の内容を教えてくれた。
オウミ氏族は2つに分かれるのではなく、3つに分かれるらしい。これによって人口2千を超える氏族の人口を分散し、他の氏族を押しのけるような移動を2度と行わないようにするとの事だ。
万が一、新たに氏族を分ける時は、他の氏族の外側に動力船10日の距離をおいて暮らす。
このため、新たな氏族の暮らす島の漁場を、島の周囲5日の距離とすることでネコ族の各氏族の長老達は手を打ったという事だ。トウハ氏族の漁場は単純に東に移動することになる。
移動距離は最低でも5日以上。これは氏族間の漁場の距離を2日の距離とすることに由来するらしいが、その辺りは俺には初耳な話だ。
「単純に言えばリードルの漁場の東に見つける事になる。西に3日の距離は有効だから、その範囲に俺達氏族の拠点を作らねばなるまい。さもなくば新たなリードルの漁場を探すことになりそうだ」
「グラストと俺が若者を率いて探しに出掛ける事になった。カマルギを連絡用に連れて行く。明日の朝早く商船が来るそうだ。急いで準備しろよ。午後には出掛けるぞ!」
小屋からバタバタと嫁さん連中が飛び出してきた。それなりの用意が必要って事なんだろうか?
そんな嫁さん連中にグラストさんが穴開き銀貨を5枚ずつ配っている。新しい氏族の島を見付ける準備金ってところだろうな。たっぷりと食料を買い込んでくるはずだ。
皆が俺の船を後にする。
明日は早くから水汲みを頑張らなければなるまい。俺達も早く寝よう。うかうかしてると朝になってしまいそうだ。
翌日は簡単な朝食を済ませると、手分けして準備を始める。
サリーネ達が背負いカゴを持って、朝早くやって来た商船に出掛けたから、俺は両手に真鍮のポットを持って何度も水場を往復する。4つの真鍮製の水ガメにたっぷりと水を貯めて、更に運搬用のポットにも汲んでおいた。お茶のポットと水筒にも入っているから、10日以上持つだろう。途中でココナッツを採れば更に持つはずだ。
一段落したところで、パイプを楽しんでいると、サリーネ達が重そうに背負いカゴを担いできた。桟橋で背負いカゴを下ろしてもらい、その後は俺が船まで運ぶ。結構な量だぞ。たっぷりと買い込んで来たようだな。
後はサリーネ達に任せて、エラルドさんの船に向かった。
何人かが先に来ていたようだ。
「出発は昼食後だ。夜半まで船を進めるから、昼食は大目に作っておくんだぞ。なるべく早めにリードル漁の島周辺に向かいたい」
「昼夜で進めても良いんじゃないのか?」
「それも考えたが、2人乗りの船もある。先は長いから無理は禁物だ」
船団の注意点と、合図の確認をして自分の船に戻る。サリーネ達に夜遅くまで船を進めることを話したら、すでに聞いていると教えてくれた。昼食用のご飯は夕食分を含めて作っているらしい。
スパイスの効いた昼食を食べ終えると、出発の合図をお茶を飲みながら待つ。
俺達は帽子を被りサングラス姿だ。しばらくは素潜りをすることも無いので、短パンにTシャツ姿だが、嫁さん連中は薄手のたっぷりとし丈の長いワンピース姿だ。前のボタンを外しているけど、ラッシュガードのような感じで着てるんだろう。まだまだ日差しが強いからな。
そう言えば、最初の頃日焼けで苦労してたけど、ココナッツの白いところを絞った汁が効くとは思わなかったぞ。
頭からぴょんと飛び出た猫耳や尻尾にも塗っているから、きれいなグレイの色を保ってるんだろうな。
健康そうな褐色の肌も、そうやって焼いたものなんだろう。
ブオォォォ……。
ほら貝が2回吹き鳴らされた。
いよいよ出発だ。隣のラディオスさんの船と結んだロープを解いて、サリーネに片手を上げると、船がゆっくりと後進を始めた。
いつものように入り江の出口で待機していると、動力船が集まって来る。
2列縦隊で入り江を出ると、俺達の船団は東に向かって進み始めた。
都合8隻の船が2列に並んでいるのだが、最後尾は俺の船とカマルギさんの船になる。オリーさんの下に2人の兄弟がいるらしいから、氏族の島に昼夜兼行で船を進める事が可能だとラディオスさんが教えてくれた。
いつもより少し速度が速いようにも思える。先が長いからな。それだけ急いでいるって事だろう。
各氏族の移動期限は2か月との事だ。出来れば一か月以内で新たな島を探し、残り1か月を使って氏族全体の引っ越しを終えたいところだ。
一か月半後には軍船が艀を運んで来るらしい。島の荷物は艀で一気に運ぶんだろうな。
初日は、夕暮れが終わってもしばらくは船を動かしていた。
先頭を進むエラルドさんのホラ貝の合図で船を停めて、簡単な食事を取ると直ぐに小屋で横になる。明日も早くから船を進めるに違いない。
途中で野生のバナナやココナッツを収穫して、更に東に進む。
リードル漁の漁場に付いたのは4日目の朝だった。
この先は初めて船を進める海域になるな。
エラルドさん達もあまりこの辺りにまで漁に来たことが無いのだろう。慎重に波と海底を船から身を乗り出して見ているようだ。
島が多いだけあって、岩礁や浅瀬も多いのだろう。
リードル漁場から東に向かって最初の島は、標高も30m程と低いもので、周囲も4kmは無さそうだった。
更に半日進んだ場所の島はもっと小さい。標高も10mは無いような直径300m程の島だった。
その島近くを通った時にホラ貝が鳴る。
島から50m程沖合に船を泊めると、一番大きなグラストさんの船に男達がザバンで集まった。
「この島を拠点に探すことにする。俺とラスティで東に2日。エラルドはゴリアスを連れて行け。バルティスとラディオス、それにカイトは南を探ってくれ。カマルギがこの場に留まって周囲を探って欲しい」
「2隻で向かうのは、連絡の為か?」
「そうだ。良いか。船の停泊、水場、小屋を作れる場所。外にもあるだろうが、「最低でもこれを満足しなければならん。出来れば、今暮らしている島よりも大きい方が良いのはもちろんだ。3日目には必ず戻るんだぞ。もし、良い島があれば1隻をここに戻すんだ」
俺達はグラストさんに頷くと、急いで自分達の船に戻った。
夕食を食べながら、明日以降の予定をサリーネ達に教えると、何か喜んでるぞ?
自分達の気に入った島が氏族の島になると勘違いしてるのかな。
「水と入り江。それに小屋を建てられる場所が大事だと言ってたよ。綺麗なだけじゃだめだよ」
「分かってるにゃ。その条件に合うならきっと素敵な島にゃ!」
リーザの言葉に2人も頷いてる。
要するに、逆の視点で探せるって事かな?
今のトウハ氏族の暮らす島は確かに美しいと言えるだろう。なだらかな山は緑の木々に覆われ、見事なグラジエーションを水面に映している。周囲を取り巻くサンゴ礁のエメラルドの海と一体になって、俺も一目で気に入ってしまった。
必ずしも、間違っているとは言えないな。
新しくトウハ氏族の拠点を探すんだ。色んな観点で探すのは間違いではないだろう。
翌日。俺達は三方に船を進める。
バルティスさんの船のやや後ろに、俺とラディオスさんの船が三角形に並んで南を目指した。
舵輪を握ってるのは、サリーネなんだけど、リーザ達もベンチに立ち上がって周囲を見渡している。
たまに見るだけで良いと思うんだけど、見落としたら大変だと思ってるのだろうか?
尻尾だってピンと立っているから集中してるんだろうな。
3人の意気込みは認めるけど、探す相手にだって都合があるのだろう。
島は多いのだが、小さいものばかりだった。
日暮れになって、近くの島に船を泊めて一晩を過ごした。
翌日。朝食もそこそこに船は南を目指す。
やはり島はたくさんあるのだが、大きな島となると途端に数が減る。
氏族の暮らす島と同じような大きさの島を見付けたものの、残念ながら入り江と水場が無い。
島の周囲を巡って、流れ出る小川が無ければ、数百人の氏族に十分な水を供給できないのが直ぐに分かる。
「こっちの方角には無いにゃ……北と東に期待にゃ!」
「まあ、夕暮れにはまだ間があるから、もう1つぐらいは見られるんじゃないかな?」
ライズは飽きてきたようだ。
2日で見付けろってのも時間が無さすぎるからな。1日目は何とか集中して探せても、2日目となるとやはり疲れるか……。
ラディオスさんの船を見ると、俺の視線に気付いたのかこっちを見て首を振っている。
日暮れまで、2時間程だな。やはり南はダメなんだろうか……。
ふと、海面を覗いてみた。
俺の船の真下を何かが泳いでいる。その姿は、あの時見た大きな魚じゃないか?
数m下を泳いでいるらしいが、細長くて虹色に光る姿が水上からでも分かるぞ。
「船の下を見て!」
「「!!」」
3人が海面を覗き込んだ途端、固まってしまったぞ。
次の瞬間、リーゼとライズが僚船に手を振って、俺達の船の下を指差してラディオスさん達に教えているようだ。
2隻が俺の船にゆっくりと近付いて来る。




