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M-125 ナンタ氏族のケネルさん


 燻製船に会ってから、2日目の午後。漁をしている動力船を見付けた。

 数隻でゆっくりと移動しているようだ。


「変ねぇ。あの動力船は外輪船じゃないわ!」

「カタマランにゃ。ナンタ氏族のカタマランにゃ!」


 操船楼でそんな話を2人がしているけど、それって少しおかしくないか?

 ひょっとして……。


「ナツミさん、カタマランに接近してくれないか! あれはケネルさん達だと思うんだ」

「ほんとにゃ! なら、すぐに向かうにゃ」


 一気の船足が速まる。水中翼船モードだったんだけど、このトリマランはどこまで速度が上がるんだろう?

 双子が心配そうに家形の柵から俺を見てるから、笑顔で手を振ってあげると案したように家形の奥に歩いて行った。

 奥で何をしてるんだろう? ちょっと心配だから俺も家形に入っていた方が良いかもしれないな。


 アルティ達は積み木を繋いで遊んでいるようだ。まだ文字は読めないんだろうけど、文字の面を表に出して遊んでいる。

 5歳にもなれば文字を覚えるかもしれないな。

 窓の外に顔を出すと、カタマランで手を振る人影がみえた。家形の上ではマリンダちゃんが一所懸命に手を振っているに違いないな。


 一端、海上で出会ったのだが、直ぐに近くの島に向かってアンカーを下ろすことになった。

 カタマランはやはりケネルさん達だった。

 5隻のカタマランに何組かのナンタ氏族の夫婦や若者を乗せている。

 漁を止めて、俺達のトリマランに乗り込んでくると、早速酒盛りが始まる。


「まさかこんなところまでやって来るとは思わなかったぞ。リゲライ、こいつがトウハ氏族の聖痕の持ち主のアオイだ」

「ネコ族には見えませんが?」


 ネコ族とは違うからね。だけど、聖痕を持つ者はネコ族だと長老が言ってたんだよな。


「これが聖痕だ。こんな姿だけど長老はネコ族の一員としてトウハ氏族の中に入れてくれたんだ」

「そういうことだ。長老の話では、千の海にネコ族よりも前に暮らしていた連中の子孫ということだったな」


 ケネルさんの話しに、うんうんと頷いている。

 同じような話がネコ族全体に伝わっているということなんだろう。


「トウハ氏族の長老、カイト様と同じということですか……。道理でトウハ氏族に不漁が無いわけですね」

「こいつも色々と氏族に漁の仕方を教えてくれる。それを覚える努力があってこそ、漁果に繋がる。グリゴスの腕を称賛する者は多いが、見ているだけではダメなんだ。曳釣りの仕掛けを見せてやってくれんか?」


「良いですよ」と返事をして、両舷に張り出す竿や、腰の強いリール竿、ヒコウキと潜水板等を彼らの前に並べて使い方を説明する。

 ナンタ氏族の聖痕の保持者はグリゴスさんだが、漁獲高の2割増しの盟約で漁に明け暮れているんだろう。

 ケネルさん達は、ナンタ氏族の若者にトウハ氏族の漁を教えるように頼まれたのかもしれないな。

 そんな試みで、少しでも漁獲が上がれば良いんだけどね。


「ケネルさん達の仕掛けとは少し変わってますね?」

「こいつらが始めたものだから、これが本物だ。俺達は似せて作ったり、アオイに頼んで、商船のドワーフに作って貰ったのが真相だ。だが、アオイにしても漁をしながら少しずつ改良している。両舷に張り出す竿ですら、ただの竹竿ですらないんだぞ。それにだ……。アオイ、銛を1つ見せてやってくれないか?」

 

 銛先が1本の銛を、家形の屋根裏から引き出してケネルさんに預けた。

 銛先をしばらく眺めていたが、柄を膝の上に置くと手でゆっくりと回し始めた。


「これが、トウハ氏族一番の銛に違いないな。8YM(2.4m)のガルナックを突く銛なんだが、お前等は気が付いたか?」

 

 ケネルさんの問いに男達が首を振る。それでもケネルさんの説明に感じ入って銛を見ているんだけど、ガルナックを突いたのはその銛じゃないんだよな。


「少し分かりました。ケネルさんが銛を回したことで分かったんですが、銛の先端がブレませんね」

「そうだ。アオイの腕は誰もが認めるところだが、驕ることなく日々道具の手入れを忘れない男だ。だいたい漁の前にお前達は釣り針を研いだことがあるのか? アオイは漁場までの航海で必ず釣り針を研ぐ男だ」


 男達の1人が俺の弓角の針先を指に乗せて感触を確かめている。暇に任せて一通り研いでおいて良かったぞ。

 とんだところで恥をかくところだった。


「ところで、アオイ達は何でこんな場所までやって来たんだ?」

「燻製船が北東に1日半の距離にアンカーを下ろしています。10隻近くのカタマランが燻製船から1日の距離を目安に漁をしていますから、その先の漁場を探すのが目的でした。でも、せっかく来たならナンタ氏族の漁を見たいと思いまして……」

「そして見つけたのが俺達だったというわけだな。バレット達には元気だと伝えてくれよ」


 ケネルさん達のその後を見たかったというのは、何も言わずとも分かってくれたようだ。

 一緒に夕食ということで、マリンダちゃん達が準備を始めると、ナンタ氏族の女性達も手伝ってくれている。

 そっちは女性達に任せて、俺達は酒を汲みかわそう。

 ポットにココナッツのジュースをたっぷりと入れて蒸留酒を注ぐ。そのやり方はネコ族では共通らしい。


「それで、アオイが知りたかった仕掛けだが、誰か持って来てくれんか?」

 ケネルさんの要望に、若い男が席を立って走って行った。

 曳釣りだが、良い場所を見付けたら根魚釣りをするつもりだったんだろう。俺達とかなり違ってるんだろうか?


 やがて、俺の前に置かれた仕掛けは手釣り用の仕掛けだった。木の枠に30mほど巻かれた道糸の先に仕掛けが付けられている。

 胴付き仕掛けだが、下針のハリスがかなり長い。こんな仕掛けを見たことがあるな。あれは、何を狙ったんだろう。もっと爺様の話を聞いとけば良かった。


「下針は大型を狙うということですか……。だけど、これでは絡んでしまいそうですね」

「見ただけで分かるんだな。それを下ろす時には遠くに投げるんだ。少しは絡みが少ないと聞いたぞ」

「絡みを無くす方法は、意外と簡単なんです。ちょっと待ってくださいね」


 タックルボックスと針金を取り出す。

 延縄の浮き止めを作るのに買い込んだ針金だが、少し太めだから丁度使えそうだ。

 50cmほど切り出して、針金で簡単な片手天秤仕掛けを作る。上下に5mmほどの輪を作り、天秤の片方にも5mmほどの輪を作ったところで、カマドの炭火で真っ赤に焼いた。

 十分に熱したところで水を張った桶に入れれば、針金が硬化する。これで使えるんじゃないかな。


 天秤の下には木綿糸で縛りつけた小石を付け、天秤の先には50cmほどの長さのハリスを付けて針を結ぶ。ついでに孫針も付けておくか。

 天秤の上には2本のハリスを50cmほどの間隔を開けて取り付ければ、大物狙いの胴付き仕掛けの出来上がりだ。


「これで仕掛けを真っ直ぐ下に下ろせますよ。下針の餌は小魚でしょうから、あごに針を掛けたところで背中にこの針を掛けてください。餌の小魚半分を齧られることがままあるんじゃないですか?」


 彼らの前に広げた仕掛けを見ながら頷いているところをみると、そんな経験は1度や2度ではないんだろうな。


「これがトウハ氏族の聖痕の保持者の実力だ。ガルナックを突くだけが実力じゃねぇ。アオイの本当の力は、俺達の漁の工夫をすることができることだと思ってる」

 

 ケネルさんがべた褒めしてくれるから背中がかゆくなるな。すでに酔っているのかもしれない。

 そこに料理が運ばれてきた。簡単な魚肉団子と米粉の団子が入ったスープに、ケネルさん達が釣り上げたシーブルの塩焼きだ。

 女性達も家形の中で美味しく頂いているみたいで、にゃあにゃアという言葉に笑い声が聞こえてくる。ケネルさんの嫁さんも久しぶりでナツミさんやマリンダちゃんに会えたから嬉しいんだろうな。


 翌日は、ケネルさんのカタマランに同乗していた若い夫婦がトリマランに乗って一緒に曳釣りをすることになった。

 仕掛けが少し変わっているから心配になるけど、マリンダちゃんがフォローしてくれるだろう。

 操船楼にはナツミさんと嫁さんが上がって行ったけど、ナツミさんがお姉さんに見える。俺達も年齢を重ねたということなんだろうな。


 ケネルさんの法螺貝の合図で一斉に西に向かって動き出した。

 広い海域に出たところで船団が横になる。6隻の動力船が横になっても海域が広いから紋愛は無さそうだ。

 再度法螺貝の合図が聞こえてきた。

 いよいよ始まるぞ。ナツミさんが今日のラッキーカラーは緑だと言ってたけど、星占いでもやったんだろうか?


 左右の竿にはヒコウキ仕掛け、船尾の竿には潜航板の仕掛けだ。道糸を35mほど伸ばしたところで、パイプに火を点けた。


「後は、魚任せだ。皆色々と工夫してるけど、リールは使ったことは無いのかな?」

「ケネルさんの船で初めて見ました。何度か使わせてもらいましたからだいじょうぶです」


 なら、竿は任せよう。俺がタモとギャフを担当すれば良い。

 しばらく走っていた時だ。バチンと音がして左舷の竹竿がピンと伸びた。


「食い付いたぞ! 竿を頼む。俺は他の仕掛けを巻き上げるからね」

 若い男がグイグイと絞り込まれる竿を手に持ち、懸命に支えている。その隙に、マリンダちゃんと二手に分かれて、残った仕掛けを巻き取った。

 

「何かにゃ?」

「シーブルかもしれないよ。昨夜の話しではシーブルがたくさん釣れたらしいから」


「かなりの引きです。大物ですよ!」

「頑張ってくれよ。道糸はたっぷりと巻いてあるから、耐えられなくなったら道糸を繰り出せばいい」


 旦那の動きを操船楼から嫁さんが心配そうに見ているけど、そう簡単に仕掛けを着る魚はいないからね。

 後は時間の問題でもある。


「船速はこのままで良いかしら?」

「少し落としてくれないかな。かなり大きいようだ」


 ナツミさんがゆっくりとトリマランの速度を落としてくれた。その間に船尾の開口部を開けておく。海面まで数十cmだから取り込むのが格段に楽になる。

 どうにか引き寄せてきた獲物は、シーブルとは違っていた、横に平たい魚となれば、ハリオかフルンネになる。


「4YM(1.2m)はあるんじゃないか? そうなると、こっちの仕掛けで取り込むことになるな」

「大物はギャフと聞きましたが、それもギャフなんですか?」


 少し小型のギャフに見えたのかもしれないな。同じギャフでも、これは強力だぞ。何と言っても先端のカギ針に返しが付いてるんだからね。その上、ギャフが柄から離れる構造でもある。ギャフから伸びる細いロープをピンと這って使うんだが、俺も使うのは今回が初めてだ。

 フライングギャフの使い初めになりそうだな。


「ゆっくり引き上げてくれ。上手くギャフの上に誘導してくれれば後は俺がやる!」


 海面下の動きをじっと見つめる。

 ギャフの上に魚体が乗った時、「えい!」と声を上げながら柄を強く引いた。

 左手のロープに獲物の暴れる振動が伝わる。

 ホッと息を抜いて、若い男に顔を向ける。


「手伝ってくれよ。引き上げるのも一苦労なんだからね」

 一緒にロープを引いて獲物を甲板に引き上げた。やはりフルンネだった。1.2mを越えているかもしれないな。


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