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N-023 餌木を作ろう

 俺が起きた時には、すでに朝日が昇ろうとしていた。

 かき込むように朝食を食べると、素潜り漁の準備をしてお茶を飲む。

 すでに漁を始めている者もいるようだ。

 だけど俺にはまだサンゴ礁の隅々まで調べるのはこの明るさでは無理がある。もうちょっと明るくなるのを待ってからでも遅くはないだろう。


 ブダイのように頭の固い魚には銛先が1本の方が良いのだが、俺が持ってきた銛は先端が2本だからなあ……。刺されば逃げられないだろうが、かなり至近距離から出ないと無理かも知れない。先ずは試しに使ってみるか。


「今日は私が漕ぐにゃ!」

 すでに準備が出来てるライズがパドルを持って準備している。竹の水筒を2本手カゴに入れているから、漁の途中でお茶を飲めそうだな。

 傍に置いてある大きなカゴは獲物用なんだろう。深さのあるカゴは上部にロープが結ばれているから、獲物をカゴごと滑車で引き上げられるはずだ。


 お茶を飲み終え、パイプをゆっくり楽しんだところで、漁に出掛ける。

 ザバンを繋いだロープを手繰り寄せ、ライズを乗せると、カゴを手渡す。

 買い物カゴからマリンブーツや水中眼鏡を取り出して装備した。銛を手に舷側に行って、ライズにロープを解くように伝えると、銛を手に海に飛び込んだ。

 

 直ぐに、海中の状況を眺めながらシュノーケルを使って泳ぎ出す。

 確かに大型のサンゴが多いな。

 これなら、数だけでなく大物も期待できそうだ。

 

 水深は8m以上ありそうだ。サンゴが密生しているから、海面付近では獲物が分からないな。

 息を整え、半分程吐いたところで、一気に海底を目指してダイビングを始めた。

 サンゴの下を素早く確認して次のサンゴの下を確認すると……。いたぞ!

 40cm程のブラド(ブダイ)だ。銛の柄に付いているゴムを引き絞って左手で柄と一緒に握る。

 ゆっくりとブラドに近付き、銛先から30cm程のところで、握っていた手を緩める。狙い違わずブラドの頭付近に突き刺さった。

 狙いが少し下にずれたが、一応狙い通りだな。柄を持って海面に浮上すると、シュノーケル内の水を残った息で吹き飛ばして新鮮な空気を味わった。


 辺りを見渡すと、ライズがザバンをこちらに向かって漕いでいる。

 俺の方からも泳いで近付くと、ザバンに最初の獲物を差し出した。


「外したにゃ!」

「また獲って来るぞ!」


 そう言って、海底にダイブする。

 今回は少し獲物が少ないように思えるな。サンゴの隙間や岩の間を探しても、中々見つからない。もっと深みに移動したのだろうか?

 昼までに突いたブラドの数は5匹だ。時間的には3時間程だから、もう少し突けても良いのだが……。

 

 一旦動力船に戻り簡単に昼食を取る。蒸したバナナとココナッツジュースと言うのは昼食等よりはおやつだな。

 そんな食事を取っていると、エラルドさんの動力船が近付いて来た。


「カイト。何匹だ!」

「4匹です。あまりいないようですね」

「場所を変えるぞ! 船団を組め」


 両手を振って了解を示すと、エラルドさんの動力船は次の船に近付いて行く。

 やはり、漁が振るわないようだ。

 ある程度は運任せらしいから、漁が振るわなければ早めに場所替えすべきだろうな。

 1時間程経つと、俺達は船団を組んで再び南に向かった。

 

 3時間程進むと、船団を解いてアンカーを下ろす。

 海底は起伏のあるサンゴ礁だ。素潜り漁は明日になってしまうな。

 まだ夕暮れまでは間があるし、船も停泊しているから少しは夕食に期待が持てそうだ。おかず用の釣竿を出すと、仕掛けを海に下ろして当たりを待つ。


 小型のカマルが2匹釣れた後に、仕掛けを投げ込んだ海面下に泳いでいたのは、コウイカじゃないか!

 急いで小屋の中にある箱を開けて、タックルボックスを開ける。確か、似たようなものがあったはずだ。

 小魚を模したプラスチックのプラグを持ち出して、釣竿の仕掛けをプラグに交換した。

 釣竿を操作して水面下でプラグが泳ぐように演出していると、グン! と竿先に重さが加わる。乗ったか?

 そのまま、糸を緩めずに竿を立ててコウイカを取り込んだ。


「シメノンにゃ!」

 ライズが釣り上げた獲物を見に来て大声を上げた。珍しいのだろうか?

「これは、シメノンっていうのか? それで、食べられるの?」

「美味しいにゃ。一晩干して焼いて食べるにゃ。今までに、2回しか食べてないにゃ!」


 なら、たくさん釣らなくちゃならないな。

 シメノンをライズが持ってきたカゴに入れると、直ぐに仕掛けを海に投げ込んだ。

 立て続けに釣り上げていると、サリーネが短く笛を吹いた。


「これだけ釣れてるから父さんを呼んだにゃ。向こうも笛を吹いたから直ぐにやって来るにゃ」

「そんなに珍しいの?」

「昼に銛で突くのはブラドより難しいと言ってたにゃ」


 確かにコウイカを突こうなんて考えないよな。どちらかと言うと、餌木えぎという疑似餌で釣る事になる。餌木が無かったから、魚の形をしたルアーの一種であるプラグを使ったんだが……。餌木の作り方って、それほど難しいというわけでは無い。場合によっては小魚を釣って、釣り針を付けても代用できる感じだな。


 リーザ達がランタンを振って合図を始めた。

 ザバンが近付いて来たのかな?


「どうした?」

「シメノンにゃ! 夕方から6匹もカイトが釣り上げたにゃ」

「何だと! ビーチェ、他の船に知らせてこい。カイトの船に集めるんだ」


 俺の想像を超えた事態になってるぞ。

 俺のザバンもロープを解かれて、サリーネが漕いで行った。

 ここは、一旦竿を納めて、どういう事か教えて貰おう。

 竿を軒下に戻して、ライズ達にお茶の準備をして貰う。ココナッツの殻を取ってあるからカップ代わりに使えるだろう。

 エラルドさんは直ぐに座らずに、舷側から何本かのロープを下ろした。ザバンがたくさん来るから、それを止める為だろうな。


「ブラド突きでシメノンに会うのは初めてではない。たまにある話だが、夕暮れのおかず釣りで6匹となると別問題だ。もうすぐ、皆が集まって来る。その釣り方を教えて欲しい」

「俺もたまに食べますけど、これも漁の対象って事ですか?」


 俺の言葉にあきれ顔だ。リーザの持ってきたお茶を飲みながら教えてくれたのだが、かなりの高値で取引されるらしい。

 値段はブラド並みの1匹8Dという事だ。軽くスモークすると、10Dで商船に売ることが出来るらしい。


「なんだ、なんだ?」

 そんな事を言いながら、男達が船に乗船してくる。ラディオスさん達もやって来たぞ。

「先ずは、適当に座ってくれ。カイトが夕食のおかずを釣り上げた。それが、これだ!」


 エラルドさんが、屋根からザルをひょいと下ろして皆の前に置いた。

 それをみた男達の口がポカンと開く。


「とんでもない男だな。だが、エラルドよ、シメノンを釣るなんてどうやったら出来るんだ?」

「それを聞くために、皆に集まって貰ったんだ。ブラド並みの獲物が容易に獲れる方法をカイトに教えて貰う」


 途端に全員の顔が俺を向いた。早く教えろ! と目が言ってるぞ。

「それは、これを使いました……」


 軒下の釣竿を引き出して、道糸の先に付けたプラグを皆に見せる。

 シメノンというコウイカに似たイカが小魚を食べる事。小魚を模した形に針を付ければ餌だと勘違いしたシメノンが釣り針に引っ掛かる……。


「確かに魚に似せてあるな。こんな形に木を削って釣り針を付ければ掛かるって事か?」

「そうです。これはシメノン用じゃなくて、本来は小魚を食べる魚用なんです。シメノン用なら、こんな形に作ります」

 メモ帳をリーザに持ってきてもらって、餌木の形と針の付け方、餌木が回転しないような重りの付け方を説明した。


「これはロデニルに似せた形だな。なるほど……。明日はこれを作ってみるか。釣り針もあるし、道具もある。島で流木を拾えば形を作るのにわけはない。問題は重りだが……」

「俺の知ってる餌木は銅貨を使ってましたよ。この部分に切れ目を入れて挟み込むんです」

「その上に、船用の塗料を塗れば良いな。これを道糸に結んで投げ込んだ後は、ゆっくり引いて来れば良いはずだ」

「強弱がいるぞ。単に引くだけではダメだ。カイトが言ってたろう。生きてるように動かすってな」


 名も知らぬ男が言った言葉に、皆が頷いている。

「明日は早めにブラド突きを切り上げるぞ。午後は餌木という物を作れば夜には、シメノン漁が出来る」

 エラルドさんの言葉にもう一度皆が頷くと、それぞれのザバンに乗り込んで帰って行った。


 皆が帰ったところで、俺達の夕食が始まる。夕食と言うよりは夜食になるけど、シメノンを軽く炙って魚醤を掛けて食べると、納得の味がする。

 やはりコウイカだな。刺身にしたいところだが、アニサキスは怖いからな。

 

 翌日は、朝食の準備をしている間に、近くの島から手ごろな流木を拾って来た。少し『く』の字に曲がってる親指よりも太いのが丁度良い。

 午後はどの船も工作で忙しいだろう。手先の器用さが形に現れるからな。

 そんな事を考えながら、朝食を頂く。

 残ったご飯を軽く炒めて天日干しにしてるから、昼食は雑炊モドキに決定とみたぞ。


 サリーネが漕ぐザバンに乗って適当なところで海に入る。

 先ずはブラドを突く事が先決だ。

 昨日潜った場所から比べれば、ブラドの姿は多いのだが、サンゴの奥に隠れてるのが圧倒的に多い。

 昼までに6匹突いたところで終了になる。


 思った通りの昼食を頂いて、餌木作りを始めた。

 大まかな形は出来ているから、少しエビらしく削ってカマドの炭で表面を軽く焦がして色を出す。2本作ったから、リーザとライズに布で表面を強くこすって貰う事にした。そうすれば飴色の光沢になるはずだ。

 その間に、引っ掛ける針を作る。プライヤーで針金を錨形したものを10本近く作って炭火で真っ赤に焼いた。それをオケに入れた水で一気に冷やせば焼き入れが出来る。

 表面が硬化したはずだから、錨の先端部分を軽くヤスリで研いでおいた。


 リーザ達が磨いてくれた餌木の頭と尻尾に多機能ナイフのキリで穴を開ける。

 腹の部分の切れ目は、ナイフで少しずつ削って銅貨が半分差し込めるようにしておく。

 次に、錨針を3個まとめて木綿糸でしっかりと縛り付けて、尻尾の穴に埋め込んだ。

 頭には針金で作ったピンを差し込んでおく。尻尾の錨張りと先端のピンまで道糸を結んでおいたから針が餌木から抜け落ちても無くすことはない。


「ロデナスに見えるように、ここに色を塗るにゃ!」

サリーネの助言に従い、火箸を真っ赤に焼いてエビの尻尾のように円周上にいくつも焦げ目を入れた。ついでに目も付けたぞ。

出来上がった餌木に船の塗料を塗って乾かせば完成だ。塗料は濁った灰色だけど乾くと透明になるらしい。



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