N-022 素潜り漁は男だけ?
次の日。苦い緑茶を飲まされたけど、おかげで二日酔いは何とか免れたみたいだ。
午後、甲板で銛先を研いでいると、ラディオスさんが大きなカゴに果物を入れてやってきた。そう言えば、誰かが果物を採りに行くような話をしていたな。
サリーネがありがたく頂いて、カゴごと小屋の入り口に吊り下げている。
「朝食を早めに作るんだぞ。日の出とともに出掛けると父さんが言ってたぞ」
「分かったにゃ。だいぶ慣れてきたし、リーザ達も頑張ってるにゃ」
リーザ達は水汲みに出掛けている。何回も往復しなければならないんだが、嫌がらずにやっている。
もう少ししたら、おかずを釣るか。船が進んでいるときには、簡単な食事になってしまう。出掛ける前なら、唐揚げも作れるだろう。
「昼前に素潜り漁をして、夕方からは釣りをすることになるようだ。獲物は開いて一晩干したところで、保冷庫に入れるんだが、サリーネ達がその辺は知ってるだろう」
釣りは、根魚を狙うらしい。となれば、胴付仕掛けになるな。リール竿を使うか。リールとガイドの制作が出来れば良いのだが、この世界の技術は少し歪んでるからな。使える内に使っておいた方が良さそうだ。
「漁場にはどれ位掛かるんですか?」
「日のある内に船を進めて4日だ。ここから東南の方向になる。大きなサンゴ礁が島と島を結んでるんだ。サンゴ礁の手前で動力船を泊めて、ザバンで素潜り漁をする」
大きな漁場なんだろうサンゴ礁の中では胴付仕掛けを使うのは問題があるが、船を泊める場所はそれ程起伏が無いようだな。おもりは無くしそうだから、漁の間に何個か拾っておけば良い。
・・・ ◇ ・・・
翌朝。まだ薄暗い中、サリーネ達が朝食を準備している。その間に、水の運搬容器を下げて、水を汲みに出掛ける。
2つで10ℓにもなるから、これだけで1日以上持たせることが出来る。船の水タンクは水の魔石で腐敗を防止しているから、一か月程度は保管出来るらしい。
魔石の働きは良く分からないが、何かのエナルジーを出しているんだろう。放射線では無さそうだけどね。
「ちゃんと手伝ってるようだな」
エラルドさんの船を通ろうとした時、木箱に座ってパイプを咥えていたエラルドさんに声を掛けられた。
「おはようございます。まあ、これくらいはしませんと。それにこのポットだけで1日以上使えますから」
「まあ、そうだな。ちょっとした事だが、分かっているなら良い。俺のところはラディオスがまとめて運んでくれる」
そんな事を言って、俺に太い丸太のようなものを2本渡してくれた。
どうやら、少し長めの棍棒のようだ。
根魚を釣りあげた時や、銛先で暴れる魚をおとなしくさせるためのものらしい。リーゼちゃんが腰に差してたな。
「根魚の大型は暴れるし、棘を持ってるものも多い。何かと役に立つぞ」
となると、あの厚手のミトンも使うんだろうな。吊り下げておく場所を作ってあげよう。木箱と簡単な修理道具は船に積んであるからね。
俺が船に戻ったところで朝食が始まる。
いつもの朝ごはんは変化にとぼしい。夕食ならおかずに何が釣れたかで、少しは変わるんだが……。
朝食を終えて、お茶を飲んでいると朝日が上がって来た。
今日も一日暑くなりそうだ。麦ワラ帽子を被って、サングラスを掛ける。
後は、出発の合図を待つだけだ。
一服を楽しんでいると、ホラ貝の音が聞こえてきた。
サリーネが舵輪に着くと、リーザとライズが隣のラディオスさんの船と結んだロープを解き始めた。
「ロープは全て外したにゃ!」
「了解。サリーネ、入り江の出口付近までゆっくり進めてくれ!」
水車が水をかき始めると、船が後退を始める。
リーザ達が船の左右を見てくれるし、俺はベンチに立って、前と後ろを確認する。
航行中は安心できるのだが、狭い入り江に数十の動力船が係留されているのだ。ぶつける人もかなりいるらしいからな。
船が前進を始めたところで、3人の姿を改めて見てみる。
ネコ族だからネコ耳が髪の両側から出ているのだが、今は麦ワラ帽子で隠れている。帽子に切れ目を入れて出せば良さそうだが、聞いてみると日焼けを防止するためだとリーザが教えてくれた。
尻尾は1m位伸びている。感情が尻尾に出るのがおもしろい。結構ピコピコと動いてるから、見てて飽きないんだよね。
髪と尻尾はトウハ氏族の間では圧倒的にグレーが多い。たまに、濃い茶や黒も見掛けるけど、家の3人は全員グレーだな。グレーと言うより銀色なのか?
髪型は男達は5分刈り頭の中央だけが少し長い変形モヒカンスタイルだ。女性も意外に短く肩まで髪が達した女性は見たことがない。
皆、スレンダーな姿態なのは部族の特徴なんだろう。男達は上半身裸で、たまにTシャツの前を上下に切り取ったような服を着ている。中々の筋肉質なんだがあまり目立たないんだよな。
下は、パンツのような物をはいているが、俺のサーフパンツが長く見えるような短い奴だ。女性も似たようなスタイルだが、上着の下は、ノースリーブを半分に切ったような下着を付けている。ちょっと見た感じではセパレートタイプの水着に見えるぞ。
サリーネの瞳は緑だし、リーザは蒼だ。ライズはグレーなんだけど、猫と同じように日中は縦に切れた瞳だけど、夜は丸くなる。
日本人よりは少し彫が深い顔は、姿態と共に健康的な茶色だ。日焼けした色なんだろうけど、本当は白なんじゃないかな? 髪がグレーだからね。
そう言えば、男性達にはヒゲがある。左右の頬から横に太い髭が数本伸びている。人間のように、鼻や顎には無いのもおもしろい。
そんな観察をしていると、いつの間にか船団が組まれたようだ。
後ろを見ると、他の動力船が見えないから今回も最後尾って事になるんだろうな。
エラルドさんのホラ貝の合図で、俺達は氏族の暮らす島を出発した。
単調な水車の音を聞いていると直ぐに眠くなる。
リーザ達が小屋に入ったところをみると、たぶんお昼寝って事だろうな。まだ朝なんだけどね。
サリーネはベンチの上に立って舵輪を握っている。ほとんど両手は下に下ろしてるんだが、その姿勢で舵輪の上部を持てるようだ。
リーザ達はまだ背が低いから、無理だろうな。
前方に小屋があると、前が良く見えないのが不便ではある。
エラルドさんが前に所有していた動力船の操縦は小屋の中にあったわけが少し理解出来たぞ。
後ろにあった方が便利かと思ったけど、ちょっと使いずらそうだ。この辺りも次の船の課題になるだろう。
2時間程経ったところで、操船を交代する。緊急の時はこのレバーを……何て教えてくれたけど、車のシフトレバーのようだな。前と中間それに後ろに印が付いている。それの中間位置が魔道機関の停止位置のようだ。現在は舳先側に倒れているから、レバーの隣の印は前進なんだろうな。
サリーネは、俺に操船を預けて、ココナッツを割ると、ジュースをカップに取り出している。出てきたジュースをもう1つのカップに分けると、俺に1つを渡してくれた。
丁度喉が渇いていたから、ありがたく頂戴する。
他の船を見ると、皆もカップを持ちながら一息入れてるぞ。
「教えて欲しいんだけど、トウハ氏族の女性は素潜り漁をしないのかい?」
「1人がザバンにいないと不便だからしないだけにゃ」
「サリーネも銛を使ったことがあるの?」
「浅いところならあるにゃ」
それで、水中眼鏡は持ってるけど、素潜りはしないんだな。役割分担って事なんだろうか? だけど、かなりあいまいなところがあるな。釣りはリーザ達もやってたからな。
「ブラドは意外と暴れるにゃ。上手く突けないと、サンゴの奥に潜ってしまうにゃ」
「それは、上手くやるよ。頭を狙えばあんまり暴れないんだ。腹や背を突くと確かに暴れるんだよな」
魚の生命力は結構強い。急所を上手く狙うに越したことは無いんだが、接近すると逃げてしまうからな。銛で上手く突けなかったら、早めに水中銃に替えた方が良いかも知れない。
小屋越しに前方の船を見ながら動力船を操船するのは、難しく思えたけどそれ程でもないようだ。
パイプを楽しみながら舵輪を動かす余裕まで出てきたぞ。
1時間程操船をしていると、小屋の中からリーザ達が出てきた。俺が操船をしているのを見て、直ぐに交代してくれたんだが、操船は女性の仕事と思ってるんだろうか?
サリーネは簡単なスープを作り始めた。もうすぐ昼時なんだろうか? 他の船を見ると、男性や子供達が操船を行っているから、皆も昼食の準備をしているんだろう。
昼食を交代で取りながら、船は東に進んで行く。
夕暮れ前に、近くの島近くで船団はアンカーを下ろした。
明日は半日船を東に進めて、午後からは南を目指す事になるのだろう。南東に3日と言ってたからな。
船が止まれば夕食用の釣竿を出しておかずを釣らねばならない。
今日は、小型のシーブルが3匹だった。1匹を3枚に下ろして、皮を剥いで貰う。一晩干して置けば餌に使えるからね。
ランタンを1つ点けて、夕食が始まる。使う油は鯨油だと言ってたから値段は高いんだろう。早めに寝るに限るな。
2日目の午後に予想通り進路が変わった。今度は南に向かってる。
次の日の夕暮間際に、俺達の船団は目的の漁場に到着する。
船団を組んだ動力船が、大きく広がってアンカーを下ろした。
いつもなら釣りをするのだが、今日はそれも出来ない。舷側に吊ってあるザバンを下ろしておかねばならない。
ザバンを固定した2本のロープを外し、直ぐ近くに浮かべておく。ロープが付いているから潮流で流されることは無いだろう。
そんな作業が終わってからの夕食の支度だから、簡単なものになってしまったのが残念だ。明日は漁が始まるから、少しはおかずが増えるはずだ。
今夜は満月だ。食事が終わったところで、カップ半分位のワインを皆で味わう。
毎日では問題がありそうだけど、漁の始まる前と終了位は皆で飲んでも良さそうだ。他の船も甲板に人影が見えるから、意外と同じようにお酒を楽しんでるかもしれないな。




