N-021 ハリオを突いたらカップが貰える?
「聖痕とは、これほどの獲物を我らに与え給うのか……」
俺の動力船にやって来て保冷庫を覗き込んだ長老の一人が呟いた。
「カイト一人ではない。一緒に出漁した者達全てが獲物を突いておる。多少の上下はあるものの、今までは出漁しても持ち帰る者は精々が3人。ハリオだけで20を超えるなぞ、聞いたこともない。サイカ族でさえ、10匹前後と聞いておる」
獲りすぎたって事か? まあ、調子に乗って頑張ったからな。半分位で良かったのかも知れないな。
「じゃが、今は現実じゃ。氏族の立派な漁師達の誕生を祝うのが先じゃ」
そんな事を言ってうんうんと頷いているぞ。
世話役が後を引き継いで、俺の獲物に札を着けると、次々に氏族の男達が獲物を運んで行った。
これで、一応終了って事だな。どれ位の金額が手渡されるかが楽しみではある。
地道に貯蓄を増やして次の船を造らないとな。新造船だけど、動力船で素潜り漁をするとなると、色々不具合な点があるのが分かって来た。
先ずは、海へのアプローチの方法だ。ハシゴは役に立ったが、ザバンや大型の獲物を引き上げる際には甲板が高いから苦労する。甲板の後方を斜路にしてウインチを付けたいが、船尾には水車があるからな。何とかスクリューを付けたいものだ。幸い、魔道機関のトルクはかなり高い。スクリュ―位なら分けなく動かせるだろう。そうなれば、曳き釣りでカジキも狙えそうだ。
それに、簡単なクレーンを考えても良さそうだ。
今回、甲板の屋根の梁を利用して滑車で獲物を引き上げたが、もう少しやり方を工夫すれば3人も必要とすることは無いだろう。今回以上の大物を捕えるためには是非とも必要な仕掛けじゃないだろうか?
その日の午後にやって来た商船に獲物が引き渡されていく。
ハリオやフルンネが尻尾を紐で棒に結ばれて、2人掛かりで桟橋を運ばれていくのを、のんびりと見ていた。
「今夜の宴会用に5匹ずつ取ってあるそうだ。料理をするのにオリー達は出掛けたようだな」
ラディオスさんがパイプを楽しみながら教えてくれた。
道理で3人がいなくなったわけだ。「行ってくるにゃ!」と言って、3人で出掛けたからな。
稀にみる大漁となって帰って来たのだが、めったにハリオを狙う事は無いとラディオスさんが教えてくれた。
「ハリオ漁は、運に左右されるからな。それよりはブラドやカマルの方が値は安くとも、確実だ」
「そうなると、次の漁はブラド狙いですか?」
「父さんは、そう言ってたな。カイトも準備しとけよ。晴れが続くから干し魚にする、大きくて浅いカゴがいるぞ」
そんな話をしてると、サリーネ達が魚を干すためのカゴを持って帰って来た。お年寄りから買い取って来たんだろうか?
「これからは、これも必要にゃ。5枚譲って貰ったにゃ。世話役から、魚の代金を受けたったにゃ。全部で832Dになったにゃ。25Dはこのカゴに使ったにゃ」
「ご苦労さん。次はブラド狙いらしいよ。食料だけは早めに準備しといてくれないか」
「分かったにゃ。これから、商船に行ってくるにゃ」
甲板にザルをおいて、3人でパタパタと桟橋を駆けて行った。
「暮らしは慣れたのか?」
「慣れるも何も、結構楽しくやってるよ。リーザとライズも予想したより仲が良いようだし……」
「それは何よりだ。やはり大物狙いは人数が欲しいな。大きなハリオを突いた時は、引き上げるのにオリーが苦労してたからな」
「それですけど、意外と簡単に解決出来るんですよ」
動滑車の使い方を教えてあげた。引く力が半分になるが引くロープの長さは2倍になる。まあ、2倍になってもそれ程長くはならないけどね。
「小屋の船尾側の柱に付けておけば、楽に引き上げられます。出来れば腕木を付けて、その先に、こんな感じでもう一つの滑車を付ければ良いんですけどね。腕木が甲板と海側に回転できれば、更に便利のなります」
「本当に力が半分になるのか?」
ラディオスさんは半信半疑だな。とりあえず俺の動力船に付けてみるか。動かしてみれば納得してくれるだろう。
「カイトの言葉だからな。滑車が2個で良いのか? 後は横木の回転だな。商船を見て来るか」
「もしあれば、俺の分もお願いします。サリーネ達がいるはずですから、支払いは俺が了解済みという事で」
俺の肩をポンと叩いて、ラディオスさんが出掛けて行った。回転できなくても、横木さえ取り付けられれば、何とかなるんじゃないかな。
サリーネ達がカゴを担いで帰って来た。
食料と調味料を買い込んで来たらしいが、俺にもタバコと滑車を買ってきてくれたらしい。
「今夜は夕暮れから浜で宴会にゃ。今回の漁の豊漁を皆で祝ってくれるにゃ」
「昼食は我慢にゃ!」
腹を空かせておけって事だな。空腹に勝る調味料は無いって聞いたことがある。
俺達は、のんびりと夕暮れが訪れるのを待つことにした。
・・・ ◇ ・・・
浜辺が人であふれる位に人々が集まっている。
これでは俺達の獲物を売らずに、全て提供した方が良かったんじゃないか?
今回の漁に参加した俺達は、焚き火を挟んで長老達に向き合っている。そんな俺達から少し距離を取って、氏族に属する人々が取り巻いているのだ。
ココナッツの椀を手に取って、長老が俺達の漁を褒め称えてくれるのだが、何となく照れくさい。それでも神妙に聞いていた。
それが終わると、筆頭漁師であるグラストさんの音頭で乾杯が始まる。
後は、次々と出て来る料理に俺達は舌鼓を打つだけだ。
飲み過ぎに注意しなければならないほど、次々と酒のビンが開けられる。
ちょっとした、トウハ氏族のお祭りなんだろうな。
漁の結果はともかく、新しい漁師の誕生を祝うことがこの祭りの重要な目的かも知れない。
「皆、良く聞け! 今回の漁は聖痕の持主であるカイトが同行している。そのカイトが新しい銛を考えた。これがそうだ。……良いか、これは銛先が外れるんだ。外れても銛先と銛の柄が紐で結ばれる。これがどんなに便利で漁に使えるかは、今回の同行者の何人かは知っているはずだ」
「俺達にも使えるのか?」
グラストさんが銛を頭上高く掲げて説明し終えた時、周りを取り巻く男の1人が大声でたずねてきたきた。
「当たり前だ。ラスティはこれで、ハリオを2匹、フルンネを3匹ものにした。ラスティに出来て俺達に出来ぬことは無い!」
ちょっとラスティさんが可哀想になる説明だったが、その成果に唸り声を上げる人々の声を聞くと、その場で立ち上がって片手を上げて周囲に誇っているぞ。
ラスティさんはグラストさんからあの銛を譲って貰ったようだな。やはり、通常ならそれ程獲れない魚なんだろう。
「長老からの栄誉の授与が始まります!」
世話役がざわついた会場に大声で告げている。
そうは言っても中々収まりそうも無かったが、長老の1人が立ち上がると、急に静まってしまった。やはり尊敬される存在のようだ。
「グラストに先を越されたな。まあ良い。……今回の漁の筆頭とハリオを突いた者全てに記念品を授けねばなるまい。ハリオを突けるのは海神の加護を置いて外なるまい。それは我等海で漁を行う者なら誰もが思う事じゃ。
まずは筆頭からじゃ。筆頭の数はハリオが6にフルンネが5じゃ。更にバルタスを7もこの島に持ち帰ったカイトじゃ。人間族に見えるが、聖痕を持つことは我等ネコ族の仲間に他ならない。カイト、こちらに来るがよい」
どっこいしょと腰を上げると、中央の焚き火を回り込んで長老の前に歩いて行く。
長老は俺を見て、笑顔を作ると「よくやったな」と言いながら小さな木箱を渡してくれた。その場で箱を開けると、銀製のカップが入っている。
左手で、カップを頭上高く持ち上げると、その場でゆっくりと回って周囲にカップを見せた。
ホオォ~っという溜息が聞こえる。
カップを掲げた俺の左手の聖痕が焚き火の灯りで輝いていた。
「さすがは聖痕の保持者という事じゃな。今回の参加者はその聖痕の恩恵を受けたのであろう。ハリオを持ち帰らなかった者は一人もおらぬ。順に来るが良い。ハリオを突いた者にはそれなりの栄誉が必要じゃ」
俺が席に戻ると、左から順番に参加した男達が長老の前に向かって行く。
その場で木箱を開き、頭上に掲げたのは、俺と同じようなカップだった。カップに違いは無いようだな。もう一度カップを見ると、そこに刻まれていたのは、どうやら年号と付いた獲物の数のようだ。品物に序列が無いというのが面白いな。
大きなザルにハリオの塩焼きが出てきた。3つのザルが人々の間を動いているから、少しずつ手に取って頂いているのだろう。俺も肉片を少し千切って口に入れる。
やはりアジの味だよな。美味しいけど、一口だけなのが問題だ。次は1匹を仲間で齧りたいぞ。
夜遅くまで続いた宴会も、少しずつ人が減り、輪が狭まって来る。
サリーネ達は早々に引き揚げたようだが、俺達はその場に残り、酒を酌み交わしている。ある意味、今この場にいる男達が氏族を支える漁師達なのだ。
「全く、とんでもねえ腕だな。いくら銛を改良しても、やはり腕が無ければあの数は無理だ」
「運が良いだけですよ。潜って突くのは同じです」
「どこに魚がいるか、どこで待てば魚が来るかが分かるようだな。リードルでも俺達に見分け方を教えてくれたんだ。これからの漁が楽しみだな」
聞くだけで耳が痒くなる。でも、俺を妬む者が1人もいないんだよな。俺にはそっちの方が驚きだ。
「今度はブラドを突くつもりだ。明後日には出掛けるが、付いて来るのは?」
「俺達だ。入り江で待てば良いな」
「野菜がまだ少ない。明日はココナッツとバナナを取りに行ってくる。お前達の分も取って来るぞ」
どうやら、例の10隻の船団ってやつだな。
期待されても困るけど、ブラドならかなり獲れるんじゃないかな。
俺達が、浜を後にした時には、東の空が明るくなっていた。かなり飲んだようだけど、足元は確かだ。少し酒に強くなったのかな?
寝ている3人を起こさないように、足元で横になる。
ブラドは最初に突いた奴だよな。向こうから持ち込んだ銛を使うか。明日は銛を研いでおこう。




