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N-020 銛のちょっとした違い

 東の空が白み始める前に、3人は起きたようだ。

 今日は素潜り漁になるから、俺も起きて漁の準備を始める。プラスチックのカゴから装備一式を取り出して、銛の確認を入念に行う。

 最後に船尾まで届く屋根の梁に滑車を取り付けた。大型の獲物を動力船の甲板に上げるのは一苦労だからな。フックの付いたロープを通しておけば、甲板の3人が持ち上げてくれるだろう。

 少し柔らかめに蒸かしたご飯に、魚の切り身が入った野菜スープが朝食だ。

 ゆっくりと食事を取って、朝日が昇るのを待つ。

 お茶は頂くが、パイプは止しておこう。


「大きなのが良いにゃ!」

 ライズの言葉に2人が頷いている。やはり漁の結果は気になるようだ。

 だけど、相手がシマアジやフエフキダイのような奴だから、果たして俺の腕で獲ることが出来るかどうか微妙なところだな。


「ああ、頑張ってみるよ。バルテスさん達も俺と同じ銛だからな。同じ位の奴を仕留めないとな」

 精一杯の強がりだが、サリーネ達は俺の方がたくさん獲ると思ってるようだ。

 だけど、運が左右する漁なんだぞ。腕はその次のような気がするな。

 

 朝日が後ろの島の岸壁を赤く照らし始めた。

 海上は明るいが、海底はまだ暗いだろう。もう少し待ってからでも良さそうだな。


「あっちの船が漁を始めたにゃ!」

リーザは周囲の船が気になるようだ。だが、あまり急いでも体力を消耗するだけだ。

もう少し太陽が上がってからで良い。その方が海中が明るく見えるはず……、ん? ネコ族って、猫の特徴を持ってるってことだよな。となると、まだ早朝で海中が少し暗くても見えるってことか? 


 とんでもないアドバンテージだぞ。

 慌てて、フィンを足に付けると、水中眼鏡とシュノーケルを準備する。

 小屋の軒下から大物用の銛を引き出すと、3人に親指を立てて、意気込みを示す。


 3人が見守る中、甲板から海に飛び込む。

 銛の柄だけで3mはあるが、先に付けた鉄棒のお蔭でどうにか浮かぶだけの状態だ。銛の柄の先の方を掴んで、周囲の海底をシュノーケルを使って先ずは観察することから始める。


 動力船のアンカーを投げ入れた時は6m程に感じたのだが、海底には無数の深い溝が走っている。溝の横幅は3m以上で深さは5m以上もありそうだ。回遊魚達はその溝を魚道としてやって来るのだろう。

 そんな周囲の状況を見ていた時だ。溝に従って大型の魚が次々と群れをなして通り過ぎる場所を見付けた。あそこで待ち伏せすれば、上手く行くんじゃないか?


 大きく息を吸ってゆっくり吐き出しながら、銛の柄の後部に付けたゴムを左手で引き絞り柄の中央付近をわしづかみで握った。大きく吸った息を半分吐き出して息を止め、

頭から海底目指してダイビングを始めた。

 海底に着いたところで、大きなサンゴの影に身を寄せる。右手でサンゴを抑えて体が浮くのを防ぎながら群れが近づくのをじっと待った。

 普段でも何もしなければ、3分程度は潜っていられるからな。

 なるべく体を動かさずにいれば、ここでも同じ位いられるだろう……。


 心臓の音だけが聞こえていた時、ゴォォーっと言うノイズのようなものが近付いて来た。やって来たようだ。

 左腕を伸ばして水中眼鏡で群れのやって来る方向を眺め、タイミングを見極める。

 やって来たのは10匹ほどの群れだが、魚体は大きいぞ。1mを超えていそうだ。

 海底の溝に入って安心したのか、ゆっくりと泳いで俺に目の前に近付いて来る。

 銛先にシマアジの頭が近づいた時、柄を握っていた左手を緩める。

 

 シマアジの鰓付近を銛が貫通すると、バタバタと激しく身を震わせる。銛先が柄から外れたがしっかりとパラロープの細紐が銛先と柄を結んでいるから、逃げられることは無い。銛先の後部ではなく真ん中辺りに紐が結ばれているから、銛の先端が回転してしっかりと獲物をホールドしてくれる。

 柄を掴んで急いで海面に浮上すると、シュノーケルの中の海水を吹きだして、新鮮な空気を吸う。柄がバタバタと暴れるような感じだが、気にせずに動力船に向かって泳いで行った。


「フックを下ろしてくれ!」

「このロープを下ろせば良いのかにゃ!」

 俺の呼び掛けで、リーザがロープを下ろしてくれた。

 柄に結ばれたロープを手繰り寄せて、シマアジを手元に引き上げる。もう暴れることは無いが、まだ鰓はゆっくりと開閉を繰り返していた。

これなら、銛先を外しても大丈夫だろう。

銛先を持つと、ねじ込むようにして外すと、今度は船から下ろされたフックにシマアジの上顎を引っ掛けた。


「上げて良いぞ。大きいから、3人で引いてくれ」

 俺の指示で3人が力を合わせて引き始めた。甲板に上がった事を確認して、銛先を元に戻し、再び次の獲物を探す。


 数分も経った頃、サンゴの下に大きな影を見付けた。息を整え、海底を目指す。

 イシガキダイ、フエフキダイ、更にもう1匹のシマアジをし止めたところで休憩を取るために動力船に戻ることにした。

 銛をリーザに手渡すと、舷側からハシゴを下ろしてくれた。やはりロープよりこの方が楽だな。

 甲板に上ってベンチに腰を下ろすと、ライズがココナッツジュースを手渡してくれる。

 何個か氷で冷やしてたのかな? しょっぱい口の中に甘く冷たいジュースが心地良い。


「大漁にゃ! 前回の船団をカイト一人で超えてるにゃ」

「運が良いだけだよ。ちょっと疲れたな。今日はこれで終わりにしたいけど……」

「十分にゃ。このまま帰っても良いくらいにゃ」


 いくら海水温が高いと言っても長時間の潜水は体を冷やしてしまう。

 俺には1日1回程度が良いところだな。ザバンで休憩を取りながら行うならもう少し続けられそうだが、無理することは無いだろう。

 かなり長く漁を続けていたようで、昼はとうに過ぎている。

 おかず用の竿を取り出して数匹の小魚を釣ってサリーネ達に渡した。皮はエサ用に取っておいてと頼んだから、冷やして保存すれば数日は使えそうだ。


「他の船の漁で上がったのは小さかったにゃ。それにハリオはいなかったにゃ」

 やはり気になるようで、3人で双眼鏡を使って他の船の様子を見ていたようだ。

 別に競争しているわけじゃないんだけどね。

「明日は他の魚を狙った方が良いかな?」

「明日も1匹はハリオを獲るにゃ! フルンネでも良いにゃ!」

 フルンネと言うのはフエフキダイらしい。あれも1m近くあったからな。

 夕食が出来るまでは、銛先を研ぎながらパイプを楽しむ。

 研げば研ぐだけ刺さりが良くなるからな。大物相手だし、数匹も突けば先端がどうしても鈍くなる。妻達が望むんだから頑張らねばなるまい。


 夕食は何時もの食事に唐揚げが付く。買い込んだワインを小さなカップで味わいながら、明日の漁を話し合うのも楽しいものだ。

 すっかり暗くなった海上に泊めた動力船の灯りが見える。たぶんあの下でも俺達と同じような会話をしているのだろう。明日こそは! ……とね。


 そんな素潜り漁が3日続いたところで、島の北側に俺達の動力船が集合した。

 漁が終了したのだ。これから夜を徹して氏族の村に船を進ませる事になる。

 バルテスさんの合図で船団を組み、北に向かって船団が進み始めた。

 傷みやすい魚を急いで持ち帰る事もあるのだろう。帰りを急ぐのはその練習という事かも知れないな。俺達は4人だから、交代で船を進めることも出来るのだが、あえて2人ずつに割り振って船を動かす事にした。

 俺とライズ、サリーネにリーザに分かれて船を動かす。

 俺達の当番の時はほとんどライズが舵を握る。動力船は相互の間隔を30m以上離して航行しているのは、万が一の衝突を避けるためのようだ。

 

 明後日の昼には氏族の島に着ける筈だが、ややもすると動力船の速度は、先導するバルテスさんの動力船を追い越しそうな勢いだ。早く帰って漁の成果を氏族に見せたいのだろう。

 どの船も最低1匹はハリオを捕えたようだ。形の大小はあるのだろうけど、前回の漁が振るわなかったから、氏族の連中も心配しているだろう。そんな心配が吹き飛びそうな成果を俺達はもたらすことになるのだ。


 サリーネ達との交替時間が不定期だから、食事も不定期になる。

 そんな俺達の食事は野生のバナナを蒸かしたものだ。生では食べられないのが残念だけど、蒸かしたバナナはさっぱりした甘味が出る。それを食べながらお茶を楽しむのは、いつでもおやつを食べてる感じだ。


岩だらけの島から動力船を進める事、1日半。遠くに見覚えのある島が見えてきた。

 どうやら、無事に戻ってこられた感じだな。後3時間も掛からずに、浜の桟橋に動力船を泊められるだろう。

 桟橋が見えてくると、大勢の人間が桟橋や浜に出てきた。10艘以上のザバンが俺達を出迎えに入り江の出口辺りまで繰り出している。

 そんな人達に手を振りながら、俺達の動力船は入り江に入り、それぞれの桟橋に船を停めた。


「帰って来られたね」

「一躍有名にゃ。母さんも見なければ信じてくれないにゃ!」

そんな話をしていると、ラディオスさんが俺達の船にやって来た。


「どうだ? 俺は2匹突いたぞ。もうすぐ、長老達が検分に来るはずだ。その場で札を付けて世話役が引き取ってくれる。何匹かは氏族の宴会に使われるけど、その代価も保証してくれるから安心して良いぞ」

「酒を用意しといた方が良いでしょうか?」

「そうだな。小さい奴で良いぞ。どこでも出すだろうから、酔っぱらって桟橋から落ちたら大変だ」


 そんな事を言うから皆で笑ってしまったぞ。

 貰った酒器で丁度良いか。サリーネに頼んで用意して貰う。


「どうだ? 成果は」

「自分では上出来だと思います」


 声を掛けてきたのは、エラルドさんだが、その後ろにグラストさんまでいるぞ。

 俺達の船に飛び乗って、保冷庫の蓋を開けて中を見ている。

 俺の顔を2人が同時に振り向いてジッと見ている。

 蓋を戻して、俺が座っているベンチの傍にある木箱に腰を下ろした。


「全くとんでもねえ成果だ。やはり聖痕の力は偉大だという事なんだろうな」

「船団全部であの数を超えることは稀だったろう。いったい、いくつ突いたんだ?」

「ハリオが6に、フルンネが5。それに平たいブラドのような奴が7にゃ」


 俺達にお茶を運んできたライズが答えてくれた。

 お茶を受け取りながら、2人がパイプを取り出したのでリーザが炭を入れた箱を持ってきてくれた。

 3人でパイプに火を点けて一服を始めた。

 お茶を飲んで2人がどうやら落ち着きを取り戻したようだ。


「バルテスが3匹、ラディオスが2匹だ。俺達を超えたか? とグラストと笑ったものだが、カイトの成果は俺達の想像をはるかに超えている」

「まあ、1匹取れれば上出来だと、話してたのも確かだな。やはり、銛のせいか?」


「それもあると思います。今回、殆んどの男達がガムを使った銛の打ち方を知っていたはずです。その中で、俺を含めたエラルドさんの子供達と、ゴリアスさんだけが銛先が外れる構造の銛を使ってます。俺達4人が今回参加した他の男達と獲物の数が多ければそれは銛の構造の違いと言えます」


「確かにカイトの言う通りだ。他の連中のハリオの数は1匹だったな」

「それ程効果があるのか? グラスト、これは氏族に知らせるべきだろう」

「ああ。だが、なぜそのような構造なら効果があるのかを考える事も大事だ。真似をするなら簡単だが、なぜ効果があるのかを知らねば次に繋がらねえ」


 いかつい顔をしているガルトスさんだが、言っていることは正論だな。

 疑問が次の改良に繋がるという事が分かっているみたいだ。


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