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N-002 外輪船


 向こうも俺に気が付いたようだ。外輪船がこちらに方向を変えてくれた。これでどうやら日本に帰れそうだ。

乗せて貰えるなら、料金は払わないといけないよな。

慌てて、自分のリュックを後ろから取り出すと、財布を探した。ようやく見つけた財布は少し膨らんでいる。何か買ったかな?

開けてみると、びっくりして開いた口が塞がらない。全てのカードが無くなってるし、お札が1枚も無い。小銭入れのジッパーを引いて中を見ると、見たことも無い硬貨が入っていた。金貨が1枚に穴の開いていない銀貨と穴開き銀貨が数枚ずつ入ってる。

誰がいれたんだろう? いたずらにしては友情を壊しそうだぞ。

 それでも、金貨はズシリとした重量がある。銀貨の材質も本物みたいだな。


 まあ、大使館とか言う奴もあるんだろう。訳を話しても信じられないかも知れないけど、日本には帰してくれるんじゃないかな。とりあえずは、あの観光船に乗せて貰う事だ。


 相手の船に近付くにつれ、ちょっと心配になってきた。どうやら、観光船とは違うらしい。船に低い屋根が付いてるし、乗っている人間の姿も観光客が身に着けるような派手な格好ではなく、白くて簡単な衣服だ。頭には、何かの葉で編んだ麦わら帽子のようなものを乗せている。

 ひょっとして、島を結ぶ定期船なのかな? 乗っている人間の数もそれ程多くないようだ。


 更に近づいた時、逃げ出そうかと考えてしまった。

 船に乗っているのは、人間じゃなくて人間と猫を合わせたような連中だ。

 体は人間のようだし、顔も人間に見えるが、ネコの尻尾が付いている。麦わら帽子を取った人物の頭には、2つの耳がぴょんと飛び出ている。


 パドルを漕ぐのも疲れて来たし、逃げ出しても向こうの船の方が早いだろう。ここは、乗せて貰うのが一番なんだが、果たして言葉は通じるんだろうか?


「お~い。人間族がこの辺でどうしたんだ!」

舳先に立っていたネコ人間の発した言葉は、間違いなく日本語だった。いったいどうなってるんだろう?


「迷子になってます。助けてくれませんか!」

 とりあえず、大声で助けを求めた。どうなるか分からないけど、1人でいるよりはマシだろう。また、変な幻影を見ないとも限らないし。


「待ってろ。いま傍に行く!」

 どんどんと外輪船が近付いて来た。

 横幅が3m程で小さな家を甲板に作ってある木造船だ。船尾にある水車がバシャバシャと水をかいている。甲板に何隻かの小舟が乗っているから、海に子船を浮かべて漁をするんだろうか?


ロープを投げてくれたので、カヌーの先端の運搬用金具にロープを結んだ。

 甲板によじ登ってびっくりした。小さな女の子までロープを引いてくれたらしい。

 若い男が俺に「待て!」と言ったので、甲板で誰かを待つことになった。


 やってきたのは先ほど舳先で大声を出していた男だった。壮年であることを考えると、この船の船長なんだろうな。


「助けて頂きありがとうございます。ところで、ここはどこなんでしょう? 突然、こんなところにやってきて途惑ってるんですが……」

「立ってないで、先ずは座れ。だいぶ遠くから来たようだな。ここは千の島と言う海域だ。人間族に会ったのはこれで3度目だが、よくもこんな場所までやってきたものだ」


甲板に胡坐をかいて座り込むと、向こうも俺の前に座りながら話を続けた。

 どうやら、俺と同じような人間は大陸の岸に住んでいるらしい。ここからかなりの距離があるという事だ。

 千の島と呼ばれる海域には、ネコ族が多く住んでいるらしく、主要な産業は漁業と言うのも、何となく船を見れば理解できる。


「貴族間の争いにでも負けたのだろう。ここで暮らしても良いが、交易港に送って行っても良いぞ」

「はあ、ところで交易港ってどんなところなんですか?」


 その名の通り、交易で発達した港らしい。各地の産物が集まり大型の商船がそれをあちこちに運んでいくそうだ。

 そんな港だからかなり治安が悪いらしい。最初は送って貰おうとしたが、かなり問題がありそうだぞ。


 小さな女の子が飲み物を運んでくれた。俺と壮年の男、その後ろの若い男に粗末な木製のカップを置いて去っていく。

 カップの中はなんだろう? お茶とは違う感じに見えるが、ハーブティーなのだろうか?


「櫂だけで海を渡るとは中々のやつだ。まあ、飲んでくれ。疲れただろう」

「遠慮なく」

 そう言って左手を出したところ、いきなり俺の左手を掴まれてしまった。


「これは……。人間族が持つものじゃないぞ。どうやって手に入れた?」

 どうやら、腕に埋まっている円盤にびっくりしているようだ。

 俺だって信じられないんだが、とりあえず昼の出来事を話して聞かせる事になった。


「父さん! これが聖痕というやつか?」

「ああ、間違いない。俺がまだ子供だった頃、別の氏族の若者がやはり腕に付けていた。周辺で並ぶ者がない漁師だったぞ」


 俺は漁師ではないから特に問題が無いけど、外せるものなら外したいぞ。


「これって、取れるんですか?」

「無理だ。昔、その聖痕を欲しがった王が、腕を切り取って持って来させたそうだ。聖痕は骨にまでしっかりと根を下ろしている。無理にはがした途端、王国に災いが起こったそうだ。誰もが欲しがるが、他人が手にすれば不幸が訪れる。聖痕の主が死ぬと自然に体に吸収されるらしい」


 ご利益のあるお守りって感じなんだろうか? だが他人が手にすれば不幸になるってのは穏やかじゃないな。


「どうだ。行く当てが無ければこの船に乗らないか? 交易港では相手貴族の手の者が現れるとも限らない。聖痕の保持者なら、我らが氏族は歓迎するぞ」

「はあ……。助けていただきありがとうございます。銛なら少しは使えますから、お手伝いします」


 俺の言葉に満足したような顔をしてるけど、聖痕ってそんなに優れたものなんだろうか?

壮年の男が船の連中を集めて紹介してくれた。

やはり家族で船に乗っているらしい。家と船が一緒なんだな。

壮年の男がエラルド、妻がビーチェと言うらしい。年齢は40を超えてると言っていた。

5人の子供達がいて、長男はバルテスで25歳。長女はサディで22歳。次男がラディオスで20歳。次女が17歳でサリーネ。三女がリーザで15歳という事だ。直ぐに忘れそうだな。俺の名も、海人村雨かいと・むらさめと教えておいた。年は18と告げておく。


「俺達の氏族にするには長老達の許可がいる。問題は無かろうが、ここから2日の距離だ。もう1日漁をして俺達の村に戻ることになる。明日は朝から漁だが手伝えるか?」

「俺達の漁は素潜りだ。銛が使えるなら丁度良い」


 荷物を船で預かっても良いとの事なので、カヌーからリュックを2つとタックルボックス、それに水中眼鏡とフィンを入れたプラスティック製の買い物カゴを船の片隅に置いておく。


「これに包んでおくと良いにゃ」

 そう言って、大きな布を渡してくれたのは、長女のサディさんだな。

 ありがたく受け取って、明日の漁に使う道具だけを出しておいた。

 

 夕食は、嬉しいことに米の御飯だ。おかずは揚げた魚だったが、醤油に似た物を掛けて頂いた。魚醤と言うのだろうか? 薄い色だが醤油と非常に良く似た調味料だ。

 夜は後部の甲板で横になる。手足を伸ばして寝られるのはありがたい。

 このまま寝ても、朝日で起きるんじゃないかな。そんな事を考えながら、不思議な世界の2日目が終わった。


 翌日は薄暗い中、体を揺すられて起こされた。起こしてくれたのはラディオスさんらしい。

 急いで海水で顔を洗い、皆が待っている朝食の場に向かった。

 木の椀に盛られたご飯を、塩味の付いた漬物でかき込む。何か日本的な食事だけど、お箸ではなくスプーンなんだよな。

 暖かいお茶を飲んでいると、船が動き出した。


 この船も不思議な船だ。エンジンの音がしないんだよな。バシャバシャと水車は回ってるから何らかの動力が使われてるんだろうけどね。


「カイトの腕がもうすぐ分かるな」

 俺を見て笑っているのはバルテスさんだな。昔の人が使っていたような水中眼鏡を首に下げているぞ。木製の枠にガラスを張り付けたようなものだが、そんなので大丈夫なんだろうか?

 周りを見ると、皆が同じような水中眼鏡を首に下げている。競泳用のメガネみたいな代物だが、あれなら俺も1つリュックに入れておいたぞ。

 

「大物相手はやったことがありませんが、そこそこ行けるんじゃないかと」

「俺は銛を2つ持っている。1つ貸そうか?」

 そう言ってラディオスさんが銛を1つ渡してくれた。受け取って先端を調べると、火箸を叩いて銛にしたような手作りの品だ。銛の先端は1本だし、返しも小さいぞ。これは上手く当てても逃げられてしまうんじゃないか?


「手作りですね。初めて見ました。俺もあのカヌーに積んで来ましたから、それを使ってみます。1つは部材がいつまで持つか分かりませんから、なるべく使えるまで使いたいです」

「あの短い銛か? 変わった形で紐まで付いているが……」

 

 水中銃を見てたんだろうな。ゴムは外してあるからどうやって使うか分からなかったみたいだ。

 

「もう直ぐだ。準備をしとけよ」

 プラスチックのカゴからマスクとシュノーケルを取り出して頭に乗せると、ダイバーシューズを履いてフィンを付ける。

 カヌーの舷側に結んだ水中銃を手に、足にはダイバーナイフを付けて準備完了だ。

 俺の姿を見てゲロッコみたいだと、皆が笑ってるけどゲロッコって何だろうな。


「ザバンは2艘だ。カイトの小舟も使えるか?」

「2人までなら乗れますよ」

「なら、リーザが乗れ。変わった櫂だが、これでも良いだろう」

 そう言って、片側だけのパドルを取り出した。ザバンと言う木製の船はあれで漕ぐんだな。

 受け取ったリーザちゃんは嬉しそうだ。船を初めて任せて貰えたのかな?

 舷側にフロートを付けといて良かったぞ。あのカヌーは喫水がそれ程無いから、乗り込む時にひっくり返った時があるからな。



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