M-052 漁場の異変は進行しているのか
氏族の島に到着したのは昼をかなり過ぎた時刻だった。丁度3時近くになるんだろうな。入り江に入って船団を解くといつもの桟橋にカタマランを停める。俺達の位置はオルバスさんのカタマランの隣になる。
すでに商船が石の桟橋に停泊していたので、ナツミさん達はシーブルの一夜干しをカゴに入れて運んで行った。
石造りの桟橋の手前に小さなログハウスができている。大きくタープを海側に張り出しているから、商船に品物を持ち込む動線に問題なさそうだ。
となると……、燻製小屋に向かう場所にも同じようなログハウスがあった。商船が停泊しているか否かで、場所を替えるってことだな。
「こっちに来てお茶を飲むにゃ!」
トリティさんが、家形の屋根の上で浜の様子を見ていた俺に声を掛けてくれた。
手を振って答えると、ハシゴを下りて隣のカタマランに向かった。
トリティさんからカップを受けとり、船尾のベンチで頂く。氏族の木製桟橋に停泊しているカタマランの数は30隻に満たない。
10隻は水路工事に出ているはずだから、半数近くが出漁しているということになるんだろうな。
「氏族の漁はいつも通りにゃ」
「他の氏族もこんな感じなんでしょうか?」
「たぶんそうにゃ。カガイで他の氏族の娘と交流があるにゃ。その娘達と話をすると、同じように賑やかに魚を獲ってるにゃ」
「そういえば、そろそろその時期じゃないかにゃ?」
カガイというのは、歌を巡って男女の出会いを作る場だと、ナツミさんが教えてくれたけど、この世界でも同じなんだろうか?
海人さんの教えた歌が、今でも氏族の誇りと言われてるのもおもしろいんだけどね。
「ナリッサを考えていたにゃ。でも相手がいてよかったにゃ」
小さな声でリジィさんが呟いたけど、年頃になってもプロポーズされないとカガイの儀式に参加することになるのかな?
そんなことを考えながらパイプを楽しんでいると、ナツミさん達が帰って来た。お茶のお礼を言って、ナツミさんと一緒に自分達の船に戻ることにした。
「55Dになったわよ。氏族の上納をして残ったのが49Dになるわ。明日は休日になるんでしょうけど、次は曳釣りで良いんでしょう?」
「オルバスさんの状況次第になりそうだ。神亀まで出現してる以上、氏族会議はもめそうな感じもするね。その時はマリンダちゃんとナリッサ姉弟を誘えば漁はできると思う」
俺の話を嬉しそうに頷きながら聞いてるんだから、完全にここでの暮らしに馴染んでる感じだ。
聞いた後で、ちょと首を傾げて笑みを浮かべた。
「でも、ひょっとしたらナリッサさんは外すことになるかも知れないわよ。新しいカタマランが2隻停泊してたわ」
「それって!」
「そういうことになりそうね」
まあ、4人いれば曳釣りは十分に可能だ。
姉さんが嫁いでしまうから少し傷心気味のラビナスを慰めるにも丁度良さそうに思えるな。
「それとね。ティーアさんのお腹が大きくなってたわよ」
「それって!」
「そういうことになりそうね」
そんな会話が何回も続いてしまった。
要するに、ナリッサさんが嫁に行って、ティーアさんがお母さんになるってこちなんだろう。今頃はトリティさんも、マリンダちゃんからその知らせを受けて驚いてるんじゃないかな?
そうなると……、思わず、ナツミさんのお腹を見てしまった。
「私はまだ先よ。その辺りはちゃんと計算してるわ。でも、カリンさん達はどうかな?」
グリナスさん達が帰ってきたら、真っ先に確認する項目になりそうだ。
ナツミさんがハミングしながら、買い込んできた荷物を家形の中で分類している。ポイ! と俺に放げてくれたのはタバコの包だ。まだ1包残ってるから、これでしばらくは楽しめるな。
ありがとうと、礼を言って家形の屋根裏から釣り竿を取りだす。夕暮れまでに時間があるから、少しは釣れるんじゃないかな。
夕暮れになっても、オルバスさんは帰って来なかった。
夕食を先に頂こうか、と話しているときになってようやく戻って来たのだが、急いで夕食を食べているところを見ると、再び出掛けるのかもしれないな。
「神亀が工事を手伝ってくれたということを、長老達は重視しているようだ。慌ててカヌイの婆さんまで呼び寄せているのだが、未だに結論が出ぬ。……そうだ。アオイを呼んでいたぞ。食後に一緒に出掛けて欲しい」
「構いませんが、それほどもめる話ではないと個人的には思ってます。もめる原因は何なのでしょう?」
オルバスさんの話しでは、神亀の行動が今までと異なるという点にあるようだ。
たまに神亀を見ることがあっても、ネコ族に関わることはなかったらしい。唯一、海人さんの子供達を背中に乗せて遊んでいたこともあったらしいが、子供達が大人になってからはそのようなことはなかったらしい。
「我等に直接関わったとなるなら、龍神の方だろう。海人殿のカタマランをこの島に案内したのは龍神だったし、妻の1人が難産だった時には、その腹に髭を突き刺して安産に変えたそうだ」
オルバスさんの話しがどこまで本当なのかは分からないけど、トウハ氏族の長老達はその話を伝承しているということだ。ネコ族は正直者で現実主義者ということを考えれば、それは本当にあったことなんだろう。
となれば、あの工事を手伝ってくれるのは神亀ではなく龍神ということになるんだろうか?
龍神と神亀の役割分担を確認しといた方が良いのかもしれないな。
「そうだ。ヤグルがカタマランを手に入れたそうだ。本来ならリジィに話をするのだろうが、あまり母親に話をする先例もないからな。リジィはそれでいいのだろう?」
「トウハ氏族に嫁入りできるならそれでいいにゃ。ヤグル両親は良く知っているにゃ」
本人に聞くことはないんだろうか? ナリッサさんが恥ずかし気に顔を赤くして下を向いているから、当人達は納得してるんだろう。だけど親が反対するとどうなるんだろうな?
食事が終わったところで、お茶を飲みながらトリティさんに聞いてみたら、たまにあることのようだ。
「その為の長老にゃ。何度も足を運んで反対する親を説得するにゃ。結局は長老に折れて許すことになるにゃ。あれを見てると長老が気の毒になってしまうにゃ」
長老が仲人役をこなすということなんだろう。とはいえ、子供の幸せを案じての事なんだろうな。そうなると、かなり形式的なところもあるということになる。やはり、結婚相手は本人次第ってことになるのかな。
「明日の昼に連れていくことで良いか?」
「お願いするにゃ。それまでに荷物は作っておくにゃ」
リジィさんが丁寧に頭を下げてオルバスさんに礼を言っている。娘を連れて行くのは男親の役目のようだ。オルバスさんが後見人みたいな役目をしているんだからそれでいいということなんだろうな。
「さて、アオイ出掛けるぞ!」
オルバスさんに連れられて桟橋を歩き始めた。空の半分ほど星空が消えている。今夜も降るかもしれないな。
氏族会議を行うログハウスは長老達の住処でもある。ログハウスの1部屋が大きく作られて、そこに氏族の男達が集まっているのだ。
集まるだけでも資格がいるらしい。その上発言するとなればさらに資格を必要とするのだが、その辺りの資格とは何かが俺にはいまいち理解しにくいところだ。
おおよそ、30歳を過ぎて部屋の中に座れるとはネイザンさんが教えてくれたんだが、発言となればさらに高齢化するらしい。
「アオイを連れてきたようじゃな。 カイト様の前例を持って、アオイの席は我等の左じゃ。今日はカヌイの巫女も来ておる。さて、夕刻までの話を再開しようかのう」
話は長老とオルバスさん、ケネルさんで進んでいく。長老が問いかけ、それにオルバスさん達が答える感じだ。たまに、長老が眠っているかに見えたカヌイのおばさん達に問いかけると、それなりに答えが返ってくるから寝ているわけではないようだけどね。
「やはり、異変の前触れとみなせるのう……。先代長老であるカイト様が恐れていた事態と言うことになるのじゃろうか?」
「神亀として見ておられなかったということにもなりそうじゃな。オルバスの話では、あのまま神亀が工事を手伝ってくれるなら、乾期前にはカタマランの航行が可能じゃろう」
「とはいえ、大型船を通すとなれば来期まで工事をする必要もあろうかと考えます。南の境界にあるひょうたん島を拠点にするには、さらに工事が必要でしょう」
「そこで大型船が必要になるわけじゃな。燻製小屋を2つ持つ船を頼んでおる。支援船を2隻、さらに輸送に特化したカタマランを2隻じゃ。これで、東と南に漁場を大きく広げられる。近場は初心者用で構わんじゃろう。30前の連中に開放すればよい」
ここまでの流れは、依然話した今後の政策と大きくかけ離れてはいないようだ。着々と資源枯渇の対策と漁獲高の2割上昇に向けて進んでいるように思える。
長老達の手腕は思った以上に高いんじゃないか。
「アオイの提案であった商会との調整は、族長会議での議題にもなった。結果的には他の氏族が喜んでおったな。やはり具体化することができなかったようじゃ。商会も我等の漁獲高を知る手立てが出来たことをもろ手を挙げて歓迎する始末じゃ。我等の島にもそろそろやってこよう。ギルドの職員が1家族で外輪船でのくらすそうじゃ」
「約定は1年でしょうか?」
「2年とするつもりじゃ。それで漁獲が見えてこよう。3王国ともそれぐらいは待てると言っておったな。憮然としておったのは次の要求を出せぬからに違いない」
ケネルさんの問いに、長老が即答してくれる。そうなると、現在の版図を越えた漁をするのはそれ以降ということになるんだろうか?
それまでは、少し離れた漁場で燻製船の試験運用を図るつもりなんだろうな。
「アオイは何か疑問があるかのう?」
「今の話に疑問はありません。上手く行けば将来の氏族の結束にも役立つでしょう。文字を読み書きできること、それに計算ができることは商人相手には重要な要素になりますし、次の手を王国が打ってきたとしても、具体的な数字で返事をすることができます」
「アオイぐらいじゃろうな。王国の次の手を考える者は……。まあ、その時は改めて考えれば良い。その他には?」
「現状で外に広がることができない氏族は、サイカ氏族です。大陸に一番近い海域ですからそれはどうしようもないことですが、現状での漁獲はどうなのでしょう? 資源の枯渇を一番考えなければならない氏族の筈なのですが」
長老達が顔を見合わせて小声で話し始めた。カヌイのおばさんが長老達の動きを怪しむような目を向けている。
「サイカ氏族を率いる長老達が漁をしていた時代と比べて半減しているそうじゃ」
長老の言いにくそうな言葉を聞いたこの部屋の連中が、びっくりした表情を浮かべて次の言葉を待っている。
「アオイには隠し事ができぬのう。アオイの危惧はすでに始まっておったようじゃな。それを知った王国が増産を指示したのじゃろう。このままでは長老達の顔ぶれが代わるころには2割にも満たない数になりかねん」
「対策は取ってるのでしょうか?」
思わず問いかけてしまったが、長老に俺みたいな若僧が直接問いかけるのは問題だったかもしれないけど、今回は誰も気にしてないようだ。俺の答えを待っている。




