N-019 婚礼の航海
9隻の動力船全体で千匹近いカマルを釣りあげたらしい。
新しく作った燻製小屋だけでは足りずに、古い燻製小屋まで使ってカマルの燻製作りを始めたようだ。
製品はどんなものになるのか想像できないけど、島の老人達の良い仕事が出来たと喜ぶべきなんだろうな。
いつものように桟橋に4隻を並べて泊めているのだが、俺の動力船が一回り大きいから、エラルドさん達はこの船に良く集まって来る。
桟橋に近いと、色々知り合いに挨拶するのが面倒みたいだ。この船は一番外側だからね。
「これが、今回の報酬だ。2匹で3Dだから、カイトの釣果の163匹で243D。1割が氏族に支払われる。1匹は、老人達のおかずだな。割り切れない部分は切り下げだ。これが報酬の218Dになる」
穴開き銀貨が2枚に銅貨が10枚近く、差し出した俺の手に乗せてくれた。
貨幣の価値観が今一理解できないんだが、渡された報酬をサリーネに渡しておく。
「同行した連中も喜んでたぞ。最低でも銀貨1枚以上になっている。この季節のカマル漁で銀貨1枚以上になることは滅多にないからな。銀貨3枚あれば、1人ならば一か月の暮らしが立つのだ。俺達の暮らしには漁の出来、不出来でかなり生活が左右される」
「大銀貨2枚は用意しておけ。嵐が来たら、動力船の修理も必要になる場合もある。父さんの言うように、俺達の暮らしは天気に左右されるからな」
バルテスさんの忠告は具体的だな。2,000Dという事だったが、大銀貨は3枚預けているから大丈夫だろう。
「カイトの場合は4人暮らしだから、一か月で銀貨10枚もあれば暮らせるだろう。嫁達のやりくりは少しずつ良くなるはずだ。最初は大目にみてやるんだな」
「はあ……。その辺りは3人に任せます。とりあえず俺は漁に専念しませんと」
「あまり、張り切るのも良くないぞ。今回の漁も、お前は9隻の中では中位以上の釣果だ。慣れない3人を抱えて、あれだけ釣れれば十分だ」
そんな話をして、食事時には自分の動力船に帰っていく。
サリーネ達の作る食事も少しずつ改善してきた。この頃はご飯を作るのにも失敗しないし、スープも俺好みの塩味になってきた。
油断は出来ないけど、やはり経験で何でも良くなるという事なんだろうな。
数回の短い行程の漁を繰り返す。
雨季には素潜り漁をあまり行わないようだ。
そんな漁の収入で、足りない生活用品を揃えていく。
漁場までの航海は退屈だが、次の大型を相手にする漁に備えて、用意した銛の刃先を砥石で丁寧に研いでいく。相手が1m前後らしいから、銛の良し悪しが直ぐに結果に響く事になりかねない。
サリーネ達は蛮刀を手に入れたようだ。本人達は調理用だと言ってるけど、刀身が40cmもある肉厚な品だからな。鉈としても使えそうな品だが、あれならカマルの頭も一発で落とせるに違いない。
そんな刃物と俎板代わりの厚手の板は、ラディオスさんが作ってくれたカマド近くの棚に納まっている。2段で蓋があるから、落ちて怪我をすることも無いだろう。
雨があまり降らなくなっているのが、俺にも分かる。
空に雨雲が見えることもこのところ少なくなってきた。
そんなある日の事、いつものように俺の動力船に男達が集まって来た。
「どうやら、長老が日取りを決めるようだ。いよいよ大物を突きに行けるぞ」
「食料と、水はたくさん準備するんだぞ。行き帰りを含めて漁は10日近くになるからな」
この頃は、ゴリアスさんや、ライズの兄であるラスティさんもやって来る。俺達同様にメリルーさんを嫁さんにしたばかりだから、婚礼の航海には同じく参加することになる。
若い連中の話は、直ぐに婚礼の航海の話になるんだが、これはしょうがあるまい。一人前になったばかりの連中で漁に出掛けるのだ。
この漁の成果が、氏族の発言力になるし、仲間内での順位付けに繋がるらしい。
エラルドさん達は俺に期待しているらしいが、こればっかりは運の勝負になりかねないな。
「明日、ココナッツを集めて来るが、同行できるか?」
「ああ、俺達が行く。カイトはおかずを頼んだぞ」
木登りは得意じゃないからな。明日は酒盛りの獲物を捕まえるか。
そんな話で仲間内で騒ぐのも楽しいものだ。
その夜。 エラルドさんが訪ねて来て、婚礼の航海の日取りが決まったことを俺達に告げてくれた。
「明後日の夜明けとともに出発だ。場所は南に3日間、日中だけの航海になる。4日目に大きな岩だらけの島が2つ見えるはずだ。雨季が終わると外洋からその島周辺の岩礁地帯にハリオはやって来る。他にも、斑点をもった平たいブラドのような魚もいる。そいつらを突いて来れば良い」
「何とか突きたいですね。氷を入れて運んで来れば良いんですね?」
「ああ、帰りは昼夜を問わず動力船を動かせば1日半は掛からないぞ。漁は次の日から3日間だ」
最後にもう一度「がんばれ!」と言って帰って行った。
食料は半月分も買い込んであるし、野菜は明日にでも島から買い込んでくるんだろう。小さな木箱に入れて氷を乗せておけばしばらくは持ちそうだし、ココナッツや、青いバナナは明日にでもラディオスさん達がとりに向かうはずだ。
「いよいよにゃ。動力船に異常はないから、ちゃんと行って帰ってこれるにゃ」
「明日は、野菜を少し分けて貰うにゃ。明日商船が来れば良いんだけど、来なくても大丈夫にゃ」
たぶん、あちこちの動力船でも似たような会話が続いているんだろう。
漁に出ない連中達も、将来の氏族に行方を考える上で、俺達の漁を話題にしているに違いない。
・・・ ◇ ・・・
夜も明けない内からあちこちの動力船に動きがある。
いよいよ大物漁への航海の始まりだ。最終的に、13隻の動力船が参加するとの事だ。
婚姻が13組あったという事なんだろうな。
簡単に朝食を済ませると、サリーネがゆっくりと動力船を船団の集結地点に動かし始めた。
船団の統率は年齢順だ。今回はバルテスさんが先導することになる。
俺は最後尾だが、隣の動力船は俺より1つ年上のベルーシさんだ。
だいたいが嫁さん一人なんだよな。2人というのは、2組だけのようだ。まして3人は俺達だけだが、リーザ達は特例だからな。
動力船の集結が終わると、バルテスさんのホラ貝の合図で俺達は南に向かって進みだす。後ろを見ると島の全員が浜や桟橋で俺達に手を振っている。
この島の一大イベントには違いないだろう。島に残った連中も、俺達の漁の噂話をさかなに酒を飲むに違いない。
雨季が終わったようで、日差しは強い。簡単な屋根でだいぶ遮ることが出来るが、全員麦ワラ帽子を被ってサングラスを掛ける。
操船はサリーネが担当だけど、リーザ達も舷側から身を乗り出して前を見てるぞ。
バシャバシャと水車が水をかく音だけが周囲から聞こえて来る。
1時間程過ぎたところで、サリーネが持つ舵輪についているオイルコンパスを覗くと、真っ直ぐ南に向かってる。バルテスさんはどうやって南を目指してるんだろう?
「このコンパスは便利にゃ。最初は分からなかったけど、磁石と同じにゃ」
「磁石があるの?」
「あるにゃ。木のお椀の中に浮かべて使うにゃ」
原始的な磁石らしいけど、それなら納得できる。原理は分らないが経験でその使い方が分かったのだろう。
後部のベンチに腰を下ろして、のんびりとパイプを楽しむ。
雨季が終わった季節だから遠くまで見通しが利くから、景色を眺めるだけでも退屈はしない。
2時間交代でサリーネ達が操船を交代する。他の船は男達も操船をしているようだ。
俺だけのんびりしていて良いのかと考え込んでしまうな。
「カイトは漁に専念するにゃ。操船は3人で十分にゃ」
隣の船と自分の船を見比べていた俺にライズが教えてくれた。
確かに、エラルドさんも操船をしてなかったな。そう言う役割分担が氏族にはあるのだろう。
昼食は、朝食の残りのご飯を入れたスープになった。
抜いても良いんだけど、少しは食べた方が良いに決まってる。暑さで体力が落ちるからな。少し辛目に味付けされた雑炊モドキは結構お気に入りだ。
そんな昼食を食べている間も船団は真南に向かって進んで行く。
日暮れ近くに、少し大きな島影で船団の形を保ったまま停泊した。動力船の間隔は30m近く開いているから、船の向かが変わっても衝突する危険はない。
おかず釣り用の竿を出して、数匹の小型のカマルを釣りあげた。今夜は、唐揚げかな?
大型のカマルをたくさん釣り上げた漁場を通り越して船団は進んで行く。
出航して4日目の昼近く。遠くに岩だらけの島が2つ重なるように見えてきた。あれが目的地って事だろう。
船底を岩やサンゴにぶつけないように、ゆっくりと島に近付いて行く。船団は、2列から1列に並んでいる。
やがて、水深が10m以下になったところで、バルテスさんが大きくホラ貝を鳴らした。今から向こう3日間。この海域で潜水漁が行われるのだ。
「島の南を目指そう。南にこれだけ移動したのは、南の方からやって来る回遊魚を狙うって事なんだろうからね」
「了解にゃ! リーザ、舳先に行って水底を見て欲しいにゃ。岩礁があったら合図して欲しいにゃ」
この島の周囲は危険地帯って事なんだろう。この海域で漁が出来れば一人前という隠れた目的もあるに違いない。
サリーネ達はゆっくりと島を反時計方向に船を進め始めた。
何隻か俺の後に付いて来るのは、俺と同じような考えなのか、それとも俺と一緒に行動した方が大物を狙えると思っているかのどちらかだろうな。
島の南に出て驚いたのは、島の数だった。南には遠くに島影が見えるだけだ。そこまでは少なくとも10km以上あるんじゃないか?
これなら、大型の回遊魚が根を伝いながらやって来る可能性もあるな。
俺の後ろを付いて来た船も、俺達の船が止まると、少し離れた場所に停泊した。200m以上の距離をとっているから、漁に支障にはならないだろう。
明日は日の出とともに漁の開始だ。
夕食は3人掛かりで作っているから期待が持てそうだぞ。




