M-046 東の組も帰って来た
グリナスさんのカタマランが戻って来たのは、俺達が氏族の島についてから3日目の事だった。これで調査に向かった船団が全て戻ったことになる。
オルバスさん達は、まだ日の高い内に長老達の住むログハウスに向かって行った。調査結果を話し合うことになるんだろう。
その日の夕暮れの中から、商船が入り江に入って来た。
直ぐに、嫁さん達が買物に出掛けたみたいだな。魚の持ち込みは明日の朝からになるんだろう。
ナツミさんもトリティさんと一緒に商船に出掛けて行ったから、根魚釣り用のリールやガイドを買い込んでくるに違いない。
一人残った俺は、根魚用の釣竿の狂いをカマドで炙りながら修正を始めた。
これをしておかないと釣り竿が真直ぐにならないからね。面倒な仕事だけど、それだけ釣竿を長く使うことができるはずだ。
「忙しそうだな」
そう言って、3人の友人を連れて甲板に上がって来たのはグリナスさんだった。
浜でワインを飲んだ連中ということは、北と東に向かった友人を引き連れてきたということになる。
そういうことなら、仕事はこれぐらいにしよう。すでに修正は終わっているのだが、これは際限のない作業なんだよな。
「北も東も大型が揃ってる。アオイのところもそうだったんじゃないか?」
「かなり有望だよ。ブラドが1YM半(45cm)以上で揃えられるぐらいだ。1日半ほど漁をしたんだが、俺達だけで銀貨3枚近かった」
「それも凄いな!」
皆にココナッツのカップを渡して、ワインのビンを開ける。
ナツミさんが新しいのを購入してくるはずだから、これは飲んでしまって構わないだろう。
「かなり速度を上げて向かったんだが、版図の境界の島まで4日は掛かってしまった。獲物は多いが往復の時間も馬鹿にはならないぞ」
「俺達は3日で到着した。やはり魔石8個の魔道機関は無理が効く」
「8個だと!」
グリナスさんの友人達が俺の言葉に驚いて一瞬腰を浮かしかけた。腰を下ろしたベンチの下に問題の魔道機関が入っているからだろうな。
「父さんが、アオイ達はだいぶ先に戻っていたと言ってたのはそういうことか。バレットさんの嫁さんは氏族でも指折りのカタマラン使いだからな」
「それを言うならトリティさんがそうなんじゃないか?」
「その母さんは、ナツミが一番だと言ってたぞ」
まあ、あの操船は他の連中には出来ないだろうな。
「南は有望だが、1つ大きな問題がある。途中にサンゴが発達した海域があるんだ。そこを越えるにはかなり慎重な操船が必要だ。その対処ができるかどうかで、南の漁場は俺達の物になる」
サンゴが発達したという話で、グリナスさん達にはどんな場所か分かったらしい。がっかりした表情を俺に見せてくれたからね。
だが、北や東はそんな場所が無かったんだろうか?
「北は漁場が狭いのが難点だな。そこに魚が集まっている感じだ」
「東は有望ではあるな。だが、氏族の境界を抜け出ると島と島の間隔が広がる。東は船の島の果てなんじゃないか?」
それは大事な情報なんじゃないか? 東は島が少ないというのは、その先に大洋が広がっている気がしないでもない。
「1つ確認したいんですが、島が少ないということは、うねりや波が高いということにも繋がる気がするんですけど?」
「そうだな……。いや、そうでもなかったぞ。この辺りとさほど変わらない感じだった。おかげで2ノッチでカタマランを進めたぐらいだからね」
となると、その先にも島、もしくは大規模なサンゴ礁が広がっているということになりそうだ。
やはり、ナツミさんが言うように1度は東に10日程船を飛ばしていきたいものだ
「だが、そうなると有望なのは南ってことにならないか? それにはサンゴの浅場を通らないといけないというのは問題だけどな」
「一応行けることは行けるんです。ナツミさんの操船でカタマランの航跡を辿れば浅瀬にぶつかることはありません。ですが……、レミネィさん達ぐらいの操船の腕が無いと無理ですね」
「アオイ……、それはほとんど無理と言ってるようなもんだ。俺達の嫁さん達の目標が、3人組なんだからな」
そんなに凄い人達だったのか?
そんな人を唸らせるんだから、ナツミさんも凄いということになるんだろうな。トリティさんが喜ぶわけだ。
「となると、ゆっくり進むことになりますね。だけど、それをやるとナツミさんが苛立って俺に当たらないとも限りません」
その姿が目に浮かぶのだろうか? 4人が考え込んでしまったぞ。
「一応、打開策をバレットさんには教えてありますから、それに期待したいところです」
「3方向には向かったが、それぞれ問題はあるってことか。そう言えばもう一つ、父さんが言ってたな。トウハ氏族の漁獲高をきちんと把握するらしいが?」
簡単に各舟の漁果を、申告することで1年間にどれだけ魚が獲れたかを記録する作業が始まったことを教えることにした。
商船に持ち込む前に世話役に申告するだけだからそれほど面倒にはならないだろう。場合によっては事後申告も出てくるだろうけど、ルール化すれば苦にもならないんじゃないかな。
「そうなると、父さん達は今夜も遅くなりそうだな。それに一晩で結論が出ないようにも思えるぞ」
「簡単に出るようでも困ります。場合によってはネコ族全体にそれがおよぶ可能性だってあるんですから」
俺の言葉にグリナスさん達が頷くと、腰を上げて帰っていく。
俺達だけの調査結果の話し合いだが、氏族会議で発言するわけにはいかないからな。とりあえず互いの情報交換を行ったところで自分なりの意見としてまとめれば、父親を通して長老に伝えることもできるはずだ。
どのように説明するかという訓練にもなりそうだな。こんな経験を通して氏族会議の参加する準備をするのかもしれない。
ナツミさん達が帰って来たのは、グリナスさんが帰ってしばらくしてからの事だった。
船尾のベンチで、のんびりパイプを楽しんでいるとカゴを背負ったナツミさんが桟橋から甲板に下りてきた。
「よいしょっと! タバコとワインを買いこんできたわ。お米は10日分は残ってるし、調味料もたっぷりあるからしばらくは安心ね。これがリールとガイドよ」
「ありがとう。でもだいぶ荷物が多そうだけど?」
「ああ、これね。薄い布団を買ったの。2つあるからハンモックにの下にも敷くことができるわ。それと、フライパンがあったから買ってきちゃった!」
フライパンねぇ……。揚げるのにも、焼くのにも使えそうだけど。
紙袋があったけど、あれはお菓子かな? マリンダちゃんが良く遊びに来るし、ナツミさんとも仲が良さそうだから、2人で食べようと買い込んだのかもしれない。
背負いカゴを家形に持ち込んで、荷物を整理している。次はいつ漁に出るんだろうな。
オルバスさん達の報告が一段落してからになるんだろうけど、まだ乾季だからな。素潜りと夜釣りになるはずだ。昼食後は銛を研いでおくか。
昼食後はグリナスさんと桟橋でおかずを釣る。俺達の姿を見たマリンダちゃんとラビナスも竿を担いでやって来た。
4人で釣れば、夕食も豪華になるに違いない。それに、皮を剥いでおけば、漁場でのおかず釣りにも使えるからね。塩着けにした切り身は、いつも10個以上保冷庫に常備しているぐらいだ。
夕食はオルバスさんの船で頂く。グリナスさん達も一緒だから賑やかなんだけど、まだオルバスさんは帰って来ないようだ。
会議が長引くようなら、世話役達が食事を作るとトリティさんが教えてくれたけど、世話役は男性だけじゃなかったんだな。
「世話役を数人増やしたみたいにゃ。女性達の監督をカヌイから出してくれたにゃ」
「獲れた魚の記録ですか?」
「そうにゃ。大きなテーブルがあったにゃ。雨期前には屋根を作るらしいにゃ」
ナツミさん達が獲物を運ぶ動線上にあれば、それほど煩雑にはならないだろう。燻製小屋近くにもあるんじゃないかな。
「父さんが氏族会議に出てるなら、俺達だけで出掛けてもいいんじゃないか?」
「行くなら、東が狙い目にゃ。シメノンを運んできたにゃ」
トリティさんの言葉に、グリナスさんと思わず顔を見合わせて頷いてしまった。
女性達の会話も、重要な情報源ということなんだろうな。とはいえ出掛けるとしても、2隻だとなれば、誰を乗せるかに迷うところだ。
「若い連中だけで行ってくればいいにゃ」
「なら、俺の船にナリッサとラビナスが来ればいい。アオイのところにはマリンダでいいだろう。昼は、素潜りで夜はシメノンだ」
リジィさんの提案にグリナスさんが飛びついた。
でも、シメノンが釣れるとは限らないんだよね。根魚を釣りながら、群れを待つことになるのかな?
ナツミさんも、リジィさんが乗船しないと聞いて、少し緊張している感じだな。だけどちゃんとご飯を炊けるし、スープだって味付けが一定にならないだけだから気にしない方が良いと思うな。
場合によっては、マリンダちゃんに期待したいという目で、ナツミさんがマリンダちゃんを見てるけど、それも問題だと思うぞ。
食事が終わると、俺達のカタマランにグリナスさん達がやって来た。
ワインを飲みながら明日の打ち合わせを軽く行う。
氏族の島から東に1日も行くと、サンゴと岩場が絡み合った海域があるとのことだ。
「そんなことだから、素潜り漁でにぎわうことも確かだ。たぶん何隻かはいるんじゃないかな」
「となると、魚体もあまり大きくはなさそうですね」
「1YM(30cm)を少し超えるぐらいだな。北と比べれば小さいということになるんだろうが、夜釣りは期待できるぞ。上物狙いの竿を1本流しておくんだ。シーブルの群れが来たら、他の竿も仕掛けを変えるんだぞ」
なるほど、かつては良い漁場だったに違いない。魚体が小さくなったのは乱獲ということなんだろうが、回遊魚が回ってくるなら俺達初心者には絶好の漁場とも言えそうだな。
ワインをカップ1杯飲んだところで、グリナスさん達は帰って行った。残った俺達も家形に入ると、明日早朝の出航に向けて早めに横になる。
「ちゃんと爪を丸めたから今夜はだいじょうぶよ。でも、明日はマリンダちゃんが来るから、早く起きないとね」
ナツミさんが素早く衣服を脱ぎ去ると俺のTシャツを脱がせに掛かる。子供じゃないんだから自分でできるんだけどね。
「ちゃんと傷が塞がってるわ。カリンさんの言う通りね」
「どういうこと?」
「背中の傷はココナッツミルクで治るって教えてくれたの」
ひょっとして、グリナスさんの背中も傷だらけだということか!
ちょっと、同情してしまったけど、それもカリンさんの愛情表現なんだろう。ナツミさんの場合は爪を丸めてくれたけど、ネコ族の人達は爪の処理をどうしてるんだろうな?




