N-018 合格点にはなったかな
バナナは蒸かすと食べられるんだ!
栗ごはんのような感じでちょっと歯ごたえの残るバナナがご飯の中に入っていた。
具の少ない野菜スープはちょっと残念だけど、味は朝から比べればかなり良くなっている。
ココナッツを2つ鉈で割って、中のジュースを4人で分けたから、栄養バランス的には何とかなってるんじゃないかな。
サリーネが中の白いところを、貝の口を開ける平らな金具で削ってるけど、料理に使うんだろうか?
「カイト。あれを見るにゃ!」
リーザが指さした海面には、何かが泳いでいるかのように波紋が伸びている。
あれを掬い取るのか? ちょっと難しそうだぞ。
そんな考えで、ジュースの残りを飲んでいると、あちこちに波紋が広がっている。かなりの大群らしいな。
リーザとライズが先に手網を付けた竹棒を取って、舷側から海中に手網を下ろした。波紋が伸びてきたところ、ヒョイ! と掬い取ったぞ。
サリーネが用意した海水を汲んだオケに網を返すと何匹かの小エビが入った。
あれで取れるならかなりの数じゃないか。
次々と救い上げる小エビを、イケスのザルに入れるのはサリーネの仕事のようだ。
とりあえず見学させて貰おう。
3人の小エビ取りを見ながら、カマドにポットを乗せてお茶の準備をしておく。
パイプを楽しみながら他の動力船を眺めると、やはり同じように小エビを取っている。餌が無ければ釣りにはならないからな。
2時間程の作業で、2つのカゴにたくさんの小エビが入っている。
専用の網を作った方が良いのだろうか? そんな事を考えながら、お茶を飲む。
「雨が降らなくて良かったにゃ。雨だと小エビが水面に出て来ないにゃ」
「あれだけ釣れれば、明日は早くから釣りができるよ。ありがとう」
俺も言葉に、嬉しそうな表情でお茶を飲んでいる。
「仕掛けは3つあるんだけど、どうする?」
「私とライズで釣るにゃ。サリー姉さんには釣った魚をさばいてもらうにゃ」
「1日中釣るから、途中で交代するんだよ。ところで、専用のナイフはあるの?」
サリーネが、小屋の入り口近くの箱からナイフを持ってきて見せてくれた。
少し肉厚の出刃包丁みたいなナイフだぞ。刃渡りは20cmと言ったところだな。刺身は出来そうもないが、さばくのには丁度良さそうだ。
「薄手のナイフがもう一つあるにゃ。それは調理用にゃ」
「船の上では色々あるかも知れないから、短くても良いから3人ともナイフは普段から持ってたほうが良いな」
「ちゃんと持ってるにゃ。これにゃ!」
小さなホールディングナイフだ。切れ合いは分からないけど、何があるか分からないからな。いつでもポケットに入ってれば何かと心強い限りだ。
俺も2本持ってるけど、いつもは足にダイビングナイフを付けている。錆びないって聞いたけど、たまに油で磨いておこうかな。
お茶を飲み終えたところで、小屋に入って横になる。波はほとんどないのだが、寝ると僅かな揺れを感じる。横揺れだから気持ちの良い揺れだ。直ぐに瞼が閉じて来る。
翌日。やはり目が覚めたら誰もいなかった。
今朝は何が出て来るんだろう? 夕食は焼き魚に決まってるだろうけど、予想が付かないんだよな。
「おはよう。皆早いね」
「おはようにゃ。早い人はもう釣りを始めてるにゃ。早く食べて私達も始めるにゃ!」
ご飯にスープを掛けて、漬物を乗せながら食べるんだけど、これではまるでネコマンマだぞ。まあ、ネコ族だから仕方がないのかも知れないけど……。
お茶が冷めるのも待ちきれずに、リーザ達にせかされて仕掛けを準備する。
簡単なのは釣竿の方だな。軒下から竿を抜き出して、絡めた糸を伸ばせば出来上がりだ。万が一を考え、竿尻に細紐を結ぶと3m程の長さにして、小屋の柱に結わえておいた。こうすれば、『いつの間にか竿が無くなってた』という事にはならないだろう。
サリーネがオケに海水を入れて、イケスから小エビを一掴み取り出してくれた。
小エビの尻尾に釣り針をチョン掛けして、ポイッと海面に放り投げる。後は待つだけだ。
次の竿は手竿で2m程の長さだが、ガイド付きだ。糸巻から糸を通して仕掛けを着ける。これには針が2本付いているから、投げるのが面倒だけど投げてしまえば潮流で仕掛けがゆっくりと流れていく。
「この2つは、リーザとライズが面倒を見てくれ。俺は手釣りでやってみる」
俺にうんうんと頷くと、船べりの板にへばり付いてジッと浮きの動きを見てるぞ。
日差しが強いけれど、帽子とサングラスを掛けてるから、だいじょうぶだろう。
サリーネも小屋から帽子とサングラス姿で現れた。オケの上に分厚い板を乗せて、ナイフまで用意している。かなりプレッシャーが掛かるな。
甲板はリーザ達が使ってるから、俺の釣り座はベンチの隅だ。糸巻に仕掛けを繋ぐと、釣り針に小エビを付けて投げ込んだ。
そう言えば……。糸で指を切りかねないな。リュックから軍手を出してリーザ達の利き手をカバーする。
「絶対糸を指に巻き付けるんじゃないよ。こんな感じで押さえるか、糸をロープを引くみたいに握るんだ。でないと、簡単に指が切れるからね!」
「分かったにゃ。今までもそうしてたにゃ。手袋があると安心にゃ」
エラルドさん達の釣り方を見てたんだな。一応危惧してたみたいだ。
俺も手袋を左手にしておく。ケブラー繊維だから軍手よりも遥かに強靭だ。
しばらくは何の変化も無い。カマルは回遊魚だからな。群れが来ないとどうしようもない。
温くなったお茶を飲み。パイプに火を点けてひたすら待つことになった。
突然、軽く押さえていた道糸が引き込まれる。
パイプを咥えたまま、急いで道糸を手繰り寄せ、最初のカマルを取り込んだ。引きが強いと思ったら、50cm近いカマルだ。釣り針を外して、ポイっとサリーネの近くにある竹籠に投げ入れる。新な小エビを付けて仕掛けを投げ込むと、道糸を送り込んだ。
パイプをベルトに挟み込んで次の当たりを待つ。
「来たにゃ!」
そんな高い声を上げて、リーザとライズも糸を手繰ったり、竿を立てたりしているが、相手が大型だから苦労しているようだ。
2人の格闘を終わりまで見る暇もなく、次の当たりが指に伝わる。伸ばした腕を高く上げるようにして合わせを行い、先ほどと同じようにカマルを釣りあげる。再度仕掛けを投げ入れた時、どうやらリーザ達の取り込みも終えたようだ。
丁寧に、竹籠にカマルを入れて、釣り針に餌付けを始めてる。
十数匹釣り上げたところで、当たりが遠ざかる。最初の群れが去ったようだ。
いつ来るか分からない群れを知るために、餌を付け直して仕掛けを流しておく。
甲板に目をやると、サリーネが衣服を血で汚しながらカマルさばいていた。リーザ達も数匹ずつ釣り上げているから、20匹を軽く超えてるな。
「終わったカマルはどこに入れとくんだい?」
「イケスの隣にゃ。甲板の板を上げれば蓋が見えるにゃ。開けといて欲しいにゃ?」
言われた通り、甲板の板についた四角い穴に手を入れて板を退かすと、その下にイケスと同じくらいの箱があるようだ。箱の蓋を開くと、深底の竹カゴが中に入っている。バナナの皮が引いてある竹カゴに、さばいたカマルをリーザとライズが入れていく。全て入れたところで、サリーネが【アイレス】の魔法で氷を作り出した。直径15cm、長さ40cm程のツララが2つ甲板に出現する。
もう1度同じ魔法を唱えて、都合4本の氷を作ったところで、竹籠に投げ入れたカマルの上に氷を乗せる。保冷庫みたいな使い方だな。
「午後にリーザが氷を作るにゃ。ライズは寝る前で良いにゃ」
そんな打ち合わせを3人ですると、蓋を閉めて甲板も元通りに板を乗せる。
カマルのハラワタをそのまま海に投げ捨てると、海水を汲んで甲板を軽く流した。
「竿は、相手が大きいと面倒だな。畳んで、サリーネを1人手伝ってくれ。残った仕掛けを2人で交代で使えば良いだろう?」
「分かったにゃ。最初はリーザで良いにゃ。1匹毎に交代にゃ!」
ライズの話にリーザが頷いたところで、釣竿を早めに畳んでおく。やはりこの竿はおかず専用だな。
サリーネがカマルの頭を落すのに苦労してたから、もう少し大型のナイフも欲しいところだ。
頭やハラワタはこの海域の魚や甲殻類の餌になるんだろう。その内、この海域でロデナスや根魚を捕えることになるんじゃないか。
サリーネが器用にココナッツを鉈で上部を割って、中のジュースを取り出している。2個を割れば、4人でお茶代わりに飲むのに丁度良い。
全員分の真鍮のカップを手に入れてるから、それに半分程のジュースが出てきた。
一口飲むと、疲れた体に染み入るような甘味を感じる。
「パイプは、これを使うにゃ!」
サリーが、小さな上部に取っ手が付いている箱を取り出した。中には小さな土器に火の点いた炭が入っている。細い竹の切れ端がたくさん入っているところをみると、これに火を点けて、パイプのタバコに火を移すんだろう。
エラルドさんも似た物を持ってたな。
「ありがとう。使わせてもらうよ」
パイプを取り出して早速使ってみる。吸わなければ直ぐに消えるパイプは漁の合間に楽しむには丁度良い。
よく見ると、小箱にはパイプを立てておく場所まであるな。ザバンでは使えないのが残念だ。
午後に再びカマルの群れが現れる。
今度は仕掛けが2つだが、リーザ達は1匹ずつ交代して取り込んでいるから、前回と同じぐらいの数を釣りあげた。
この日、1日で50匹近いカマルが保冷庫に納められ、夕食後にライズが【アイレス】で氷を追加する。
ザバンでやって来たバルテスさんに、サリーネが氷を2本渡してたから、向こうも大漁だったんだろう。
・・・ ◇ ・・・
3日間のカマル漁で保冷庫には大量のカマルが入ってる。氷を追加し、融けた水は保冷庫の一カ所に作られた四角いくぼみに集まるのだが、そこから水鉄砲のようなもので水を汲みだしているから、保冷庫に水が深く貯まることは無い。
水鉄砲で汲み上げるのは考えてるな。竹は豊富だから簡単に作る事が出来るし、カマルが痛むことも無い。
帰えるための船団を組んだ時には、どの船の連中も笑顔で手を振り合っているから、全体としてはかなりの釣果だったのだろう。
途中の島で果物を取ったりして、のんびりした航海ではあったが、俺達の動力船の初めての漁だ。まあまあ、合格点にはなってるんだろうな。




