M-039 契り
翌日はグリナスさん達と一緒に老人達の炭焼き場近くで竹製の水筒作りをすることになった。
島で自生している竹は結構太いのもあるようだ。直径10cm以上の竹を切りだしてきて、1節半に竹を切っていく。
俺達の手つきがかなり怪しく見えたのか、いつの間にか老人の何人かが手を貸してくれていた。
「まったく、のこぎりの使い方も出来んとは……、情けない氏族になってしもうたわい」
「じゃが、竹で水筒をたくさん作るとは、中々考えたものじゃぞ。5個も使えば3日は使えるじゃろう」
「お前さん、やったことがあるのかい?」
老人達の昔話を聞きながら、せっせと手を動かす。
最初は武骨なものだったけど、昼を過ぎるころには老人達の作る水筒とそん色のないものが出来上がりつつある。
夕暮れ前には50個どころか80個は作れるんじゃないか?
不格好な物は、適当に引き取ってもらおう。
どうにか出来上がった水筒を、背負いカゴを借りてカタマランに持ち帰る。
今夜も俺達の集会があるようだから、その時に水筒とココナッツを交換することになるのかな?
持ち帰った背負いカゴをそのまま甲板に持ち込んで置いておく。水筒を5個取り出してトリティさんに渡したら喜んでくれた。やはり水が不足すると考えてたんだろう。
バレットさん達にはグリナスさんが運んでいるから少し帰りが遅くなりそうだ。
船尾のベンチの腰を下ろして一服を楽しんでいると、家形の中からナツミさんが出てきた。
「うわ~! だいぶ作ったのね。食料はリジィさんに手伝ってもらって買い込んできたわ。ワインを3本にタバコの包も3つあるわよ」
「それだけあれば十分じゃないかな。もっとも今夜も集会だからワイン1ビンは無くなってしまうけど、俺達だけならそれほど飲まないからね」
今夜の話し合いは同行をどうするかになるようだ。俺達の船にはリジィさんとマリンダちゃんが乗船するけど、グリナスさんのところは2人だけだからな。他の友人夫妻を乗せることになるはずだ。その組み合わせに悩むところだろう。8隻と言っても、それを考えると半減することになる。
それだけ航行時間を延ばせることにもなるのだが……。
その夜の集会ではさらに人数が増えていた。どうやらネイザンさん達も同行の割り振りに悩んでいたらしい。改めて3方向に向かう船に2隻ずつ同行させることで10組の若い夫婦としたようだ。
新顔はグリナスさんの友人らしいが、選ばれたことが嬉しいんだろう。顔が輝いて見えた。
となると、カタマランの水ガメを移動させることになるのだが、カタマランの床下収納庫には3個までの余裕しかないから、1個は台所近くに置いておくようだ。
これは明日の仕事になる、とグリナスさんが明言していた。
「これでいつでも出掛けられるな。ココナッツは背負いカゴにたっぷりと入れて行ってくれ。バレットさん達の船には明日にでも俺達が運んでおく。バレットさんの事だ。明後日の出発なんてことにもなりかねないから、水汲みは明日中に済ませておくんだぞ」
確かに言いそうな感じもするな。
皆も同じように考えてるんだろう。少し間を置いて一斉に頷いていた。
背負いカゴにたっぷりと入ったココナッツの上にバナナの房が乗せられたから、少しよろけながら桟橋を歩いている。後ろから数個のココナッツが入った手カゴをナツミさんが重そうに運んでいる。これほどの量だとは思わなかったな。これだけあれば、数日は水を飲まずに過ごせそうだ。
どうにかカタマランに運び終えたところで、バナナの房をカマド近くの梁に吊り下げておく。アオイバナナだから直射日光に当てなければ、長く持つだろう。
ナツミさんが手カゴの中から1個ココナッツを取り出して、器用に鉈で穴を開けると、カップに中身を注いでいる。ジュースをもう1つのカップに分けて1つを渡してくれた。
「いよいよ出発ね。私達はどっちに行くのかしら? 楽しみよね」
「東だと良いんだけどねぇ……」
たぶんオルバスさん達は、誰がどの方向に向かうか争ってるんじゃないか?
最終的には長老達が裁可を下すんだろうけどね。長老の仕事も中々大変なんだろうな。
その夜。初めてナツミさんを抱いた。
いつものハンモックではなく。今夜は床に薄い布を引いて横になる。
別に婚姻届けをするようなしきたりはネコ族の中にはないからな。俺達はこれで夫婦となることができたということなんだろうか?
裸で薄いシーツに包まると、何となく笑みが浮かんでくる。
友人達の羨む顔が目に浮かんでくるけど、ナツミさんは俺が相手で良かったのかな?
とりあえずは、ナツミさんを幸せにすることを考えねばなるまい。それと、やがて生まれてくる俺達の子供のためにもね。
翌日、目が覚めた時には隣にナツミさんはいなかった。もう起きたんだろうか?
急いで衣服を着て家形を出ると、ナツミさんがお茶を渡してくれた。
「万が一にもリジィさんやマリンダちゃんが扉を開けたら困るでしょう? 外に私がいれば、それで話が終わるわ」
「そういうことですか……。確かにあり得ますね」
「家形の中のハンモックを直しておいて。それでいつも通りになるわ」
何か、犯罪の隠蔽工作を行うようだ。取り合えず言われるままに直すことにしたのだが、問題はこのシーツだよな。はっきりと昨夜の行為の痕跡が残っている。
どうしようかと悩んでいると、ナツミさんが慌てて家形に飛び込んでくると、シーツをくるくると丸めて、棚の中に放り込んでしまった。
「あまり見ないの! それと、今日はTシャツを着ていてね。暑くなっても脱いじゃダメよ」
理由が分からなかったけど、とりあえず頷いたら、満足そうな表情で俺のおでこをピンと弾いて出て行った。
まあ、シャツは着ていた方が直射日光を避けられる。雨期が終わったから、朝から湾内のさざ波が眩しい程だ。
朝食を終えるといつものようにお茶を飲む。
その席で、オルバスさんが出発は明日だと教えてくれた。
「すでに準備は出来ているはずだ。水の運搬容器や竹の水筒にも水を汲んでおくんだぞ。明日の朝食は航行しながらになるだろう。今夜の内に簡単な物を作って保冷庫に入れておくんだな」
ある程度予想していたことだから、水の運搬容器を持って水場に向かうことにした。ナツミさん達は炭を仕入れに行くようだな。
水の運搬容器を背負いカゴに入れたマリンダちゃんと一緒に船内の水ガメにたっぷりと水を入れる。
使う予定のない鍋にも水を入れ、リジィさん達は俺達が作った竹の水筒にお湯を沸かしてお茶を入れている。
まだまだ水は運んだ方がいいだろう。俺の水筒にも入れて保冷庫に入れておく。竹の水筒のお茶も一緒に入れたところで氷を入れておけば数日は持つんじゃないかな。
炭を入れたカゴを船首のザバンの下に吊り下げておく。雨が降ってもザバンが屋根代わりになるから濡れることはないだろう。
初めての遠征だからね。炭が足りなくなったら食事が取れなくなってしまいそうだ。
「グリナスのところには誰が来たんだ?」
「ブリッツだ。奴の嫁さんはバストルさんとこのリーネだよ」
「バストルの長女か! バストルは根魚釣りの上手な男だ。ブリッツも安心だろう」
グリナスさんの友人達、他の2組はグネルンとサーデルというらしい。これで3隻ってことだな。ネイザンさん達も2隻になるだろうから、組み合わせはオルバスさん達に任せればいい。そう言えば昨夜もそれを話し合ってたんじゃないかな?
「俺とネイザンが来たに向かう。ケネルがグリナスとネイザンの友人を連れて東に向かい、バレットはアオイ達と南ということになった。バレットのところは長男が今年17になるからそれで十分だろう」
バレットさんと同行するのか。さてどんな冒険になるのかな?
食事が終わると、グリナスさんは友人に知らせに向かった。ナツミさん達は明日の朝食の準備を始めている。
リジィさんとマリンダちゃんの荷物はすでに家形に運んであるし、ハンモックも吊るしてある。俺のハンモックに寄り添うようにナツミさんのハンモックが吊るされているからマリンダちゃんもゆっくりと寝られるはずだ。
お茶を頂いたところで、自分達のカタマランに戻り、船尾で一服を楽しむ。
たぶん日の出前に出発するんじゃないかな?
どこまで出掛けるかが問題だ。一応、氏族の漁場の範囲としての目印を、小さな島のいくつかに石を積んで作ってあるらしいんだが、まだ見たことはないからなぁ。
一服を終えたところで、家形に入り右際のハンモックに体を横たえる。寝息を立てているのはマリンダちゃんかな?
隣のナツミさんも夢の中のようだ。俺もハンモックの小さな揺れに身を任せていつしか眠りについた。
翌日、俺が目を覚ました時には誰も家形の中にはいなかった。
慌てて外に出ると、リジィさんがお茶を渡してくれる。それを飲み始めたけど、まだ東の空がちょっと明るくなったばかりだぞ。どう考えても夜に思えるんだけど……。
「出発の準備!」
ナツミさんが、後ろを振り返って指示を出す。
慌てて、ハシゴを上り、船首に行ってアンカーを引き上げた。舷側に下ろしたカゴを引き上げて、ナツミさんに合図を送るとゆっくりとオルバスさんの船からカタマランが離れ始める。
「もう、バレットは船を入り江の出口付近に出してるにゃ。いつもせっかちなのは変わってないにゃ」
「そういうことですか。これから南に真っ直ぐということでした。俺達2隻だけですから、問題はないでしょうね」
カタマランが、その場で方向を変えていく。
バウ・スラスタを知らない連中がたまに驚いて船の動きを見てるんだよね。
今回は、桟橋にも人影はないようだから、急激な方向転換をしても問題はないだろう。




