M-036 昔は魚が大きかった
商会を使った漁獲高の調査を長老会議に提案すると言って、オルバスさんは再び桟橋を歩いて行った。
お茶を頂いてカタマランに戻ると、リジィさんの荷物とハンモックが消えていた。漁が終わったからオルバスさんの船に戻ったみたいだ。
ナツミさんに、夕食時のオルバスさんとの話をすると、頷きながら聞いてくれた。
「リジィさん達も似た話をしていたわ。娘時代にはもっと大きな魚だったそうよ。一回りどころか二回りは小さくなったと言ってたわ」
「海人さんが色々な漁法を伝えてます。一時的には豊漁でも、それが響いていたのかもしれません」
海流が穏やかなのも問題なのかもしれない。トウハ氏族の広い版図もカタマランでの漁に寄って狭くなったのかもしれない。
たぶんいろんな要素が重なってしまったんだろう。
「一度荒廃に向かうと、どんどん転がり落ちると父さんが言ってたわ」
「何とかしてあげたいね。今まで世話になってるし、俺達も帰れるわけでは無さそうだし……」
俺の言葉を聞いて、ナツミさんが笑みを浮かべている。だんだんと体を震わせて笑いを堪えているようだ。
家形の中にある戸棚からワインを取り出して、俺達の前にカップを並べて注いでいるんだが、手元まで震えてるのは問題だな。
ぐっと一口飲んで、俺の前にカップを置いてくれたんだけど、自分のカップに再び注いでいる。
「ふふふ……。少し分かってきたわ。海人さんをこの世界に呼んだのは、ネコ族の暮らしを良くしたいという何者かの意思なんでしょうね。その後で私達がこの世界に来たのは、急激な変化を元に戻したいんじゃないかしら?」
「昔に戻そうと?」
「そこまでしなくてもいいはずよ。急激な変化によって生じた状況の改善を求めてるということなんでしょうね。例えば、今回の2割増しの漁獲高は、生態系まで変える可能性もあるのよ。2割増しの漁獲どのように調達するかも問題になるわ」
遠方で漁をするということなんだろうか?
カゴ漁は昔の半分も獲れなくなったと、オルバスさんが言ってな。それなら場所を変えればいいと思うんだが、100年以上もあの場所で漁をしてきたらしい。
漁場のローテーション化も考えた方が良いのかもしれない。同じ場所で同じ漁法を続けるというのも問題だろう。
漁場と、その漁場で行える漁法を確認しておくのも必要になるんじゃないかな?
その結果を元に、長老達が漁場と漁法を年単位で決めれば、資源の枯渇の心配を軽減できそうな気もする。
「氏族の男性達は自由気ままに漁をしてるけど、やはりルール作りは必要でしょうね。それを管理する組織も作らないと世話役さん達が倒れてしまいそうよ。今でも色々と動き回ってるぐらいだから」
「漁協ってこと? まぁ、分からなくはないけど、そうなると維持費が掛かるよ。少なくとも人件費は、一ヵ月に銀貨3枚は必要だ」
「アオイ君が中級魔石を2個上納すれば済むでしょう? 半年で銀貨40枚なら2人を専業化できるわよ」
俺なら大型のリードルを突けるからな。将来のトリマランを視野に入れても、それぐらいは氏族に還元しても問題はない。
俺達が中級を2個ということであれば、他の男達も低級魔石をさらに1個増やしてくれそうな気もするな。
「オルバスさんに打診してみるよ。そうなると、ソロバン位は作ってあげたいね」
「そうね。それと、カヌイのおばさん達にも協力してもらいたいところだわ。文字を読み書きできるのは、おばさん達だけなんですもの」
カタカナのような表音文字なんだが、おばさん達が良しとしない場合は、商会から人を出してもらわねばなるまい。
できれば、それは最後の手としたいところだ。
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翌日はのんびりと体を休めるはずだったんだが、朝食が終わるとオルバスさんに連れられて長老達の住むログハウスに行くことになった。
重要な会議には参加できないと言ったんだけど、海人さんの立場を先例とするとの、長老達のお達しらしい。
海岸から少し奥まった場所にあるログハウスは、かなり大きな建物だ。これより大きいとなると、燻製にした魚を入れる倉庫ぐらいなものだろう。
「ここだ。長老には敬意を払えば普段通りで問題はない。余り構えずに、アオイの考えを長老達にお前の考えを伝えてくれればいい」
ログハウスの扉を前にしてのオルバスさんの言葉に、かえって緊張してしまう。
とりあえず頷いたら、オルバスさんが扉を開けて俺を中に入れてくれた。
「聖痕の保持者であるアオイを連れてきました」
「待っておったぞ。先ずは、そこに座ってくれ」
扉を開けて、教室ほどの大きさのある部屋に入ると、オルバスさんが良く通る声で長老達に告げた。
部屋の中央より北に寄った形で囲炉裏のような木の枠がある。小さな焚き火の傍にはお茶のポットが置かれていた。
長老の1人が指さした場所は、囲炉裏の東側の席だった。バナナの茎を編んだような敷物が敷かれているけど、そこには誰もいないんだよな。
囲炉裏を挟んで南側に氏族の男達が並んでいる。西には2人席に着いているのだが、ポットを引き寄せて長老達のカップにお茶を注いでいるから、世話役という役目の人かもしれない。
長老の言葉に思わず、オルバスさんに顔を向けてしまった。俺の視線に気着いて頷いてくれたから、ここは長老に従うべきということなんだろう。
オルバスさんから離れて部屋の東に歩き、長老達に1礼した後で集まっている男達にも礼をする。ゆっくりと腰を下ろしたが、男達と一緒にあぐらをかいて座ることにした。
「長老になる前は、カイト様の席じゃった。同じ聖痕を持つアオイであればそこに座すことに何の問題もあるまい」
俺に顔を向けた長老の言葉は、集まっている男達への長老の見解でもあるようだ。同じ聖痕ということであれば反対する者もいないのだろう。
「薄々は分かっておるじゃろう。3王国の求めてきた2割増しの漁獲についての、意見を聞こうと思ってのう。恥ずかしい話ではあるが、未だにネコ族全体の調整ができておらん。カイト様がせっかく我等の国を作ってくださったのじゃが、氏族ごとに対応が分裂するようでは、再び王国の干渉、いや併合さえも考えねばなるまい」
確かに、氏族の対応がばらばらだと言ってたな。
それが氏族間の乱れと王国が捉えると、厄介な話になりそうなのは俺にも理解できる話だ。
「2割の漁獲をどのようにするかを話してくれんかのう?」
俺に促すように問いかけてきた。
さて、どのように話を進めていこうか……。頷きながら、目を閉じてしばらく頭を整理する。
「王国の干渉とみるべきでしょう。確かに王国に戦乱が無くなれば人口増加が起こり、それに伴って国民の食する魚は増えることになります。消費量と供給量の釣り合いが取れなくなれば魚の値上がりが起こるでしょうが、2倍にもなれば王国の政治手腕が問われかねません。そこで我等に解決策としての増産を迫って来たわけですが……」
そもそも明確な漁獲高が分からない以上、いくら増産しても足りないと文句を言われかねない。さらに魚を獲ることになってしまいそうだ。
その結果、漁場が荒れることが何よりの問題となる。
「かつての漁よりも型が落ちていると、俺の周囲の人物が言っていました。これは、資源の枯渇に繋がる重要な印ではないかと危惧します。この状態でさらに増産を計れば、突然に魚が獲れなくなるという事態も生じかねません」
「何だと! 魚が獲れなくなりでもしたら、我等の暮らしが成り立たなくなってしまう」
大声を上げて俺を睨んでいるのはバレットさんだ。近くに座っている男達も腕組みしながら頷いている。
「だが、アオイの意見に反論も出来んのではないか? ワシが漁をしていたころに比べて島に運ばれる魚は確かに小さくなっておるぞ」
長老の1人が、顔を上げて男達に視線を向けて注意している。
長老の話に、少し場が静まったが、隣同士で、ひそひそと話をしている者達はいるようだ。
「となると、アオイの案はそれを加味してのことになるということになるのう?」
「はい。俺なりに考えてみましたけど、短期的に解決できるものでもありませんし、皆がそれに賛同しなければそもそも成り立たない話です」
「構わん。我らがそれを良しとするなら、長老5人の半数以上の賛同が無い限り、それは続いていく」
「長老の裁可は俺達にとって絶対だ。俺達は長老に意見を言うことはできるが、氏族の掟としてそれを作ることは出来ん」
バレットさんの言葉に皆が頷いている。長老政治ということなんだろう。一応民主主義の変形にはなるんだろうな。
「最初にすべきことは、我らが1年でどれだけの魚を商船に運んでいるかを正確に知ることです。雨期明けのリードル漁を終えてから、次の雨期明けのリードル漁までを1年とすれば、雨期と乾季の漁獲高の違いも明確になります。もっとも、漁獲高は年によって変動もあるでしょう。長い目で、漁獲高の推移を見守る必要があります」
今までの漁獲高が分からないんだから、1年の猶予は貰っても良さそうだ。それを元に漁獲高を上げると言えば文句も出ないだろう。
「次に、漁場の調査をしなければなりません。と言っても、皆さんがそれぞれの漁場を持っているようにも思えます。それを一度皆で共有することを計ってはどうでしょうか? これは、特定の魚種をその漁場で漁を控えるということに繋がります。最初に行うべきことはカゴ漁の場所でしょう。現在の漁場を休める必要があるように思えます」
カタマランで5日の圏内はトウハ氏族の漁場なんだから、かなり広いはずなんだよな。
過去の大漁を思っての同じ場所での漁なんだろうけど、そんなことをしたらどんどん魚影が薄くなってしまう。
塩の流れが緩やかなんだから、根魚は余り動かないはずだ。
「現在は個別に商船と取引をしていますが、これを改める必要もあるように思えます。魚の種別ごとに商船にどれだけ納めたかを明確にしなければなりません。今でも商船が桟橋にいない場合は世話役が引き取ってくれていますが、これを常に行えば数の正確さが出ます。専門の世話役を作ることも視野に入れるべきでしょう」
俺の話を、だんだんと皆が真剣に聞き始めた。
単に魚を獲ればいいということではないのが少しずつ理解できているのかな?
後は長老の裁可になるんだろうけど、果たしてどんな裁可を下すんだろう。
5人の長老達は黙って俺の話を聞いている。




