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M-032 雨期の根魚釣り


 オルバスさんの長老会議出席により、俺達の次の出漁は2日伸びて、3日後になってしまった。

 おかげでカリンさんとナリッサさんのリール仕掛けの釣竿を作れたほどだ。

 リジィさんがありがたがっていたけど、いずれは必要になるものだ。早めに使い方を覚ええておいても損はないだろう。


「次は南西のサンゴ礁だ。あそこには大小の穴がたくさんある。なるべく大きいところに船を停めるんだぞ」

「狙いはバヌトスだ。余り棚を上げると掛からないぞ」


 オルバスさんの言葉にグリナスさんが後を繋ぐ。その位は分かっているつもりだ。バヌトスはカサゴの一種だからね。とはいえ、色々と釣れそうだ。


「竿掛けは作ったのか?」

「応簡単なものですよ。商船に売っていた椅子を改造しました」

「椅子か……、その考えはなかったな」


 横幅50cmほどのベンチの足に金具を取り付けて、釣竿を保持できるようにしたものだ。ベンチを裏返しにすれば丁度いい足の高さだったんだよな。足に横木を打って、金具で前後を動かないようにするだけで作ることができた。

 

「置竿にしなければいいんだけどね。結構色々とやることがあるから」

「俺も作った方がいいんでしょうか?」


 俺達の会話を聞いていたラビナスが俺に質問してきた。ちょっと不安そうな表情をしてるけど、それほど心配することはない。


「甲板の端に置いておいてもだいじょうぶさ。ただし竿尻の紐を何か近くの物に結んでおけばいいんだよ。引き込まれても、竿が持って行かれることはない」

 

 俺の言葉に頷いているけど、それを聞いてグリナスさんが驚いている。俺の作った竿に紐が付いている理由にようやく気が付いたんだろうな。

 オルバスさんが、それぐらい気付け! というような表情でグリナスさんを見ているな。


「明日の朝早くに出発するぞ。夕暮れ前には漁場に着くだろうから、サンゴの穴を見付けてアンカーを下ろせばいい」

「朝食はカタマランを動かしながらですか。了解です」


 夕食を終えたところで、リジィさんが俺達のカタマランに乗り込んでくる。背負いカゴに自分の荷物は全て入っている感じだな。

 家形に入ると、前と同じ場所にハンモックを下げていた。


「また厄介になりにゃ。根魚釣りは、何が釣れるか分からないのがおもしろいにゃ」

「こちらこそ、よろしくお願いします。竿は2本ありますから、そこそこ数が出ると思ってます」


 俺の希望的なところを微笑んで聞いている。ナツミさんが小さな錫製のカップにワインを注いで運んできた。

 今夜はこれを飲んで早く休むとするか。


 翌日は、雨期なのに向けるような碧空が広がっている。

 朝早くにスープを作っていたリジィさんのおかげで、簡単な朝食を頂けたのが嬉しいところだ。団子の入ったスープだから、昼食も同じものが出て来るかもしれないな。

 

 俺達の船があわただしく出漁の準備をしていると、1隻のカタマランが近づいてきた。

 操船楼の窓から顔を出して手を振っているのは、ティーアさんだ。とすると、甲板でロープを束ねている人物が、ティーアさんの旦那さんであるネイザンさんだろう。

 あまり話したことはにけど、寡黙な漁師というのが俺の印象だったんだよな。


「今回はティーアさん達も一緒なんだ!」

 ナツミさんが操船楼から身を乗り出して手を振って答えている。

 ナツミさんにとっては姉貴的な存在になるんだろうな。余り話したことは無かったけど、今でも贈った釣り竿を使ってくれてるんだろうか?


「今回は4隻にゃ。だんだんと増えていくにゃ」

 リジィさんがお茶のカップを渡してくれた。出港準備を終えた俺にはしばらく仕事がないからね。

 オルバスさんの笛の合図で、4隻が入り江を後にする。

 入り江を離れるにつれ、カタマランの速度が上がっていく。これはいつものことだけど、本当に海面を滑るように進んでいくんだよね。喫水が浅いせいなのかな?


「サンゴの穴で釣るなら、根魚釣りと素潜りにゃ」

「オルバスさんは釣りだと言ってましたが?」


 ベンチに置いたタバコ盆を挟んで、リジィさんが腰を下ろしたのはいつもの事だけど、呟いた言葉に驚いてしまった。


「昼間は余り釣れないにゃ。潜って突いた方がましにゃ」

「そういうことなら、準備しておかないといけませんね」


 ザバンを下ろして広範囲に素潜り漁をすることにはならないはずだ。サンゴの穴を中心に素潜り漁を行うということなんだろう。

 大型を期待する漁でないなら、この間作った手回しの良い銛が一番だろう。日中は何もすることがないなら、銛でも研いで過ごそうか……。


 普段使う3本に、リードル漁で使う4本の銛を研いで油を引く。ステンレスやチタンであれば軽く研ぐだけで十分だが、鋼の場合は錆が出るからなぁ。油を馴染ませたところで布で拭き取り屋根裏に戻しておいた。

 それが終わると、俺とナツミさんの釣竿を家形の壁から取り外して入り口扉近くに立て掛けておいた。

 仕掛けはベンチの中に入っているから、直ぐに取り出せるはずだ。

 

 昼を過ぎると船団が西寄りに進路を変える。

 南西にあるサンゴの穴と言っていたから、もう少しで着くんじゃないかな。

 操船楼にはナツミさんに代わってリジィさんが上がっている。2時間交代というところなんだろう。


「私の竿も用意してくれたのね。シメノンの群れが来ればいいんだけど」

「あまり期待はできないけど、来てくれたら嬉しいね。でも余り釣れないから高額なのかもしれないよ」


 シメノン1匹がブラド1匹と同額だからな。群れに遭遇したら笑いが止まらないんじゃないか?

 そのシメノンでさえ、100年ほど前までは銛で突いていたらしい。餌木を導入したのは海人さんと言っていたのは俺にも理解できるところだ。

 海斗さんならシメノンと言われるコウイカを銛で突こうなんて考えは最初からなかったに違いない。


「雨期だから、無理はしないよ。カタマランはリードル漁で手に入る。日々の生活に不自由が無ければ十分だと思ってるんだ」

「無理はしないってことね。私も賛成よ。漁は過酷な職業だとお父さんは言ってたわ。ちょっとした不注意で命を落とす人もいるらしいの。それだけは起こらないようにしたい、とも言ってたわ」

 

 会社の創業者ということだから、従業員の隅々まで目を光らせてたんだろうな。安全第一は、社長の仕事と理解してたんだろう。

 ナツミさんにもその話をしているようでは、ナツミさんの兄さんはかなりきつく教えられていたんじゃないか?

 ナツミさんのお父さんが始めた会社はまだまだ大きくなりそうだな。


 太陽がだいぶ西に傾いてきたとき、船団の進む速度が遅くなった。

 笛が何度か聞こえてきたのは、船団を解く合図ということなんだろう。ナツミさんが大急ぎで家形の屋根に上ると、周囲を眺めながらリジィさんに指示を出している。

 いつもと違うサングラスを掛けているけど、あれって偏向レンズなんだろうな。海面の反射が無いから海底を観察するには最適だ。

 

 突然カタマランが左に回転を始めた。

 どうやら、良い釣場を見付けたということなんだろう。

 そういうことなら、俺も行かなくちゃね。家形のハシゴを上って、ナツミさんに片手を上げると船首に向かって屋根を移動する。


「ここで良いんだろう?」

「大きな穴よ。もう2隻ぐらいは一緒に釣れそうよ」


 ナツミさんの答えに片手を上げて答えると、アンカーの石を投げ込んだ。

 するすると伸びるロープの目印を見ながら水深を確認する。およそ12mというところだ。

 素潜りでは苦労する深さだな。明日の日中は、周囲のサンゴ礁を狙おうか? そちらは水深が浅そうだからね。


 カタマランを停船させたからリジィさんが操船楼から下りてきた。早速カマドに火を入れてお茶の準備をする。ナツミさんも援護に入ったから、俺はおかず釣りでも始めるか。

 屋根裏からおかず用の竿を引き出して、保冷庫から餌の切り身を取り出す。

 数匹は何とかしたいところだ。おかずというよりも夜釣りの餌を釣らねばならない。

 浮き下を3mほどに取って、船尾で釣りを始める。

 直ぐに当たりが来たから、この穴で釣りをする者はしばらくいなかったんじゃないか。


 数匹を確保したところで獲物をナツミさんに渡すと、リジィさんと相談を始めてる。それでも小さなカマルを2匹3枚に下ろして短冊を作り始めたから、あれが餌ということになるんだろうな。


「アオイ君。保冷庫に氷を作っておいてくれない? 両方にお願い!」

 ナツミさんの指示で、保冷庫の鮮魚用と一夜干し用の2カ所に2個ずつ氷を入れる。すでに2個ずつ入っていたけどだいぶ融けてるな。何と言ってもこの陽気だからねぇ。氷が無ければネコ族の漁業は成り立たないんじゃないかな。まったく魔法様様というところだ。


 まだ夕暮れには早いけど、夕食が始まる。

 他の3隻は甲板から直接見ることができないから、東に展開しているんだろう。ナツミさんの話では俺達を含めて500mほどの範囲に収まっているらしい。

 一番近いのは、南東100mほどにグリナスさんの船が停まっているそうだ。


「この辺りにはたくさんサンゴの穴があるにゃ。でもこんな大きな穴があるのは初めて知ったにゃ」

「穴が大きければ、大きい奴がいるかもしれませんね。竿を使ってみますか?」

「糸巻が付いた竿にゃ? 面白そうにゃ!」


 リジィさんだって昔は、旦那と一緒にカタマランを動かしてたんだからな。当然一緒に釣りだって下に違いない。俺は、手釣りで頑張ってみよう。

 

 食事が終わると、タモ網を準備する。ナツミさんは木箱と包丁を用意してるし、リジィさんは提灯モドキを用意して、ナツミさんに光球を頼んでいる。

 

 竿に根魚用の胴付き仕掛けを取り付けて、予備に作ってある糸巻きにも同じ仕掛けを付けた。糸巻きだけじゃなくて、ザルも用意しておかないとな。


「ナツミさん。リジィさんに使い方を教えてくれないかな?」

「そうね。リールが少し変わってるから。でも基本は同じよ。ドラグを少し緩めておけばクラッチだけの操作でいいはずね」


 大物用のドラグ付き両軸リールだからなぁ。太鼓リールとは少し操作が面倒ではあるけど、ドラグを使えばかなりの大物だって引き上げられる。

 親指を使って行うブレーキ操作は仕掛けの投入時だけなんだけど、数回もやれば要領が掴めるんじゃないか。


 西の空に夕日が沈む姿を、お茶を飲みながら眺める。

 そろそろ始めようか。 餌を入れた小さな木箱から短冊に切ったカマルの切り身を釣り針に刺すと、仕掛けを船尾から下ろしていく。

 ナツミさんとリジィさんは楽しそうに話しながら、それぞれの竿を右舷に出した。

 さて、最初に誰が釣り上げるかな?


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