N-017 初漁はカマルを狙う
俺達の最初の朝食はお粥のようなご飯と、ちょっとしょっぱい魚のスープだった。
済まなそうな顔で3人が俯いてるけど、飲み過ぎた朝だから俺には丁度良い。
「夕食は頑張るにゃ!」
ライズがやる気を出してるけど、ちゃんとお母さんの手伝いをしてたんだろうか?
何となく先行きが不安だけど、お粥なら食べられるからな。ゆっくりと練習すれば良いんじゃないか。
「今日は何をするにゃ?」
「そうだな。サリーネ達と次に必要な物を相談してくれ。そうだ! 酒はビンでしか売ってくれないのかな?」
「量り売りもしてくれるにゃ。容器を持って行けば良いにゃ」
「なら、タバコを3箱と酒だな。これに入れて欲しいんだ」
ラバンさん達に貰った真鍮の酒器についていたポットは1.5ℓは入りそうだ。
結構飲む機会があるから、少しは用意しとかなければなるまい。
この船のベンチは丁度良い感じだ。4人で横に座れるし、甲板に木箱を置けばテーブルになる。
「ところで、この穴は何にゃ?」
「ああ、それね。ちょっと待ってくれ今持ってくるから」
舵輪の付いた柱の上に直径10cm程の浅い穴を付けて貰った。
そこに、カヌー用のコンパスを入れようと思ってたんだが、ちゃんと合うかな?
半球状のオイルコンパスを穴に入れると丁度良い大きさだ。少し大きいと思ってたんだが問題ないみたいだ。
「これは方向を示す道具なんだ。この針は何時も北を示す。だから、霧や雨で遠くが見えなくとも、船の方向だけは分かるんだ」
「便利なのかにゃ?」
リーザは懐疑的だが、少しずつ覚えれば良い。
サリーネ達が背負いカゴを持って商船に向かった。足りない品や、食料を買い込んでくるんだろう。
もう一度、水汲みに出掛けて、船の大型の水容器4つにたっぷりと水をため込んだ。
1つで15ℓほどだから、とりあえず10日前後は十分な量だ。もう2つ買い込んだ方が良いのかも知れないな。それなら10日以上漁に出られそうだぞ。リードル漁は片道だけで5日だから、やはり準備は必要だな。
のんびりとお茶を飲んでいると、ラディオスさんが俺を呼んでいる。どうやらエラルドさんの船に乗って漁の相談をしてるようだな。
船伝いにエラルドさんの船に行くと、いつものように車座になって相談をしている。
「新しい燻製小屋が出来たから、カマル漁に出ようと思う。カイト出られるか?」
「もちろんです。釣りで良いんですよね?」
「そうだ。ハラワタを抜いて2匹で3Dになる。味は良いんだが、この季節にはどこの氏族もカマルを獲るからな。トウハ氏族は燻製にして売りに出すんだ。漁の期間は往復に1日、漁が3日だ。10日位の食料は積み込んであるだろう」
付加価値を上げるって事だな。そんな工夫は出来るみたいだ。
となると、浮き釣りって事になりそうだ。3人を養うんだから、50以上は釣りあげたいぞ。
「さばいたら、乾いた方に入れるんだ。カゴが入ってるはずだから、その中に入れて【アイレス】で氷を作って入れとけば3日は持つ。サリーネとリーザは持ってるし、ライズも持ってるかも知れん。場合によっては俺達も分けて貰うぞ」
【アイレス】で作れる氷の大きさは、術者の腕の大きさの物が2本らしい。ネコ族は魔法量と言う魔法を使う元になる量が少ないらしく、1日で5回がやっとの事らしい。食事の片づけでも使うから、使える回数は1日2回と考えておいた方が良さそうだな。
「伝えときます。それで、いつ出掛けるんですか?」
「嫁さん連中が帰ったら、直ぐだ。4隻が俺達と同行すると言っていた。あまり待たせるわけにもいくまい」
「カイトは俺の後ろに付いてくれ。一旦、船を切り離して入り江の出口で船団を組む。
何かあれば笛を吹くんだぞ」
ラディオスさんの後ろだな。了解を告げて船に戻りサリーネ達の帰りを待つ。
しばらくして荷物を背負ったサリーネ達が帰って来ると、直ぐに出航を告げ、ラディオスさんの船に結んだロープを解いた。
「ラディオス兄さんの後ろにゃ。この船の初漁になるにゃ」
動力船の制御レバーは2つある。1つは前進、停止、後退の選択レバーと、速度調節用のレバーだ。後は舵輪で方向を決めるだけになる。
とは言っても、ブレーキは無いし、止めても惰性で進むから俺はやらない方が良さそうだ。
「出発準備良し!」
「出発にゃ!」
サリーネがレバーを操作すると、水車が回り出した。ゆっくりと後ろに下がって入り江の中で方向を変えると、前進して入り江の出口に向かう。
次々と動力船が桟橋を離れていく。俺達の出航に合わせて桟橋を離れる動力船が、エラルドさんが告げた連中なんだろうな。4隻と言ってたけど、5隻いるぞ。
だけど、これだけ動力船が揃うと誰がどの動力船に乗っているのか分からないな。何か簡単な方法を考えた方が良さそうだ。
舳先に氏族の文様と舷側に各自の文様があるのだが、小さいからな。よくよく注意しないと分からない。
旗でも付ければ良いかな? 文様はあるんだから、それを描けば良いはずだ。彩色すればもっと分かりやすくなるぞ。
「ライズ、旗って商船を呼ぶ以外に使わないの?」
「あの布切れのことにゃ? あれだけにゃ」
リーザと一緒に、買い込んだ荷物の整理が終わったようだ。俺にタバコの包みを渡してくれたので、ちょっと聞いてみた。
使われていないようだ。色々と便利なんだけどね。手旗信号何か覚えられれば離れていても簡単な意思を伝えることが出来るからな。
小屋に入ってリュックからメモ帳を持ち出すと、ベンチでパイプを楽しみながら旗のデザインを考える。
手旗信号も基本的なもので良さそうだ。意思を伝えるだけだからなるべく簡単で目立てば良い。
船は東ではなく南に向かっているようだ。魚種によって漁場が異なるのだろう。
目的地まで1日と言っていたけど、夕方までなのか、それとも明日の朝までかは聞いてなかったな。
「サリーネ、カマル漁だとエラルドさんが言ってたけど、遠いのか?」
「夕暮れを過ぎたあたりで着けると思うにゃ。この動力船は前よりも速度が速いにゃ」
俺にはあまり変わらなく思えるけど、長く乗っているサリーネが言うんだから本当なんだろう。精々時速10kmと言うところだ。今まで2時間程乗ってたから、日暮れまで後5時間程だろう。およそ7時間だから、70km南って事だな。
そんな事を考えていると、船団が周囲の島より少し大きな島に近付いた。
その島にぎりぎり接近して動力船が止まる。
ザバンが数艘下ろされ、島に向かう。どうやら島で果物を補給するみたいだ。手際よくココナッツが落され、野生のバナナがザバンに積み込まれている。
「俺も行った方が良かったかな?」
「大丈夫にゃ。兄さん達2人が行ったから、たっぷりと分けてくれるにゃ」
1時間もしないでザバンが船団に戻って来ると、動力船を巡りながらココナッツとバナナの分配を始めた。
「受け取れ、お前達の分だ!」
ラディオスさんが大きなバナナの房とココナッツを10個もくれたぞ。
「手伝いも出来ませんで申し訳ありません」
「気にするな。それにカイトは木登りは下手だろう?」
そんな事を言って笑っている。
確かにそうなんだけど、何かで恩返しをしないといけないな。バナナは小屋の梁に吊り下げて、ココナッツはカゴに入れておく。そんな時間を利用して、リーザ達が昼食を作ったようだ。朝食のスープにおかゆを入れて煮込んであるから、雑炊みたいな感じだな。だけどしょっぱかったスープが、おかゆに良くなじんでるぞ。
俺には丁度良いな。お代わりまでしてしまった。
エラルドさんの笛の合図で、船団は再び進みだし、南に進路を戻す。
明日から漁になるとなれば、仕掛けも準備しなければなるまい。釣りあげたら直ぐにさばいて保管だから、皆で釣るというわけにはいかないだろう。手竿とガイドの付いた短竿。それに手釣りの3つを使って、場合によってはどれかを止めれば良さそうだ。
仕掛けの釣り針を研ぎ直している内に、重大な事に気が付いた。餌が無いんじゃないか?
「大丈夫にゃ。餌は今夜捕まえるにゃ」
言いにくそうに、サリーネに聞いてみたら、思わぬ返事が帰って来た。
確かに、エラルドさん達も餌を準備しているような感じじゃ無かったな。ラディオスさんと釣りをする時はビーチェさんから魚の皮を貰うんだけど、たくさん釣るとなるとかなりの量になる。少しは持っていても全員で使うわけにもいかないだろうし……。
操船をライズと交代すると、何やら紐と手網を用意しているぞ。
「夜になると小さなエビが上がって来るにゃ。それをたくさん捕まえるにゃ」
そう言うわけか。エビなら良い餌になる。イケスに入れておけば数日は使えるだろう。
竹竿なら何本か乗せてあるから、それに結んで使うんだな。
小屋の軒下から2本3m程の竹竿を取り出して、先端に手網をしっかりと結んでおく。この手網、ロデナス漁には目が細かいと思ってたけど、本来はこのためにあるようだ。
そんな準備をしていると、空が暗くなりだした。少し風が出てきたかと思ったとたん、土砂降りの雨が降り出した。
簡単な屋根があるから、小屋に入る者は一人もいないが、屋根から顔を出して前を見ることが出来ないようだ。
舷側から身を乗り出して、前方のロディナスさんの船との間隔と方向の修正を指示する。シャワーを浴びると言うより滝に打たれてる感じだが、生ぬるい雨だからな。それ程苦にはならないぞ。
雨が突然止むと、西に夕暮れの太陽が顔を出した。
長雨にならないところをみると、雨季の季節も後半に入ったって事だろう。
ずぶぬれになったけど、海水ではないからむしろ気持ちが良いな。サリーネ達は着替えを済ませて、夕食の準備に取り掛かった。果たして何が出て来るか楽しみだな。
夕日が落ちると、ランタンに火を入れて、小屋から船尾まで伸びた梁に吊るす。
ロウソクよりは明るいけど、ちょっと頼りない感じがするな。
速度を落として進んでいた船団が、エラルドさんの笛の合図で水車を停めた。
舳先に陣どっていた俺は、ゆっくりと船が止まったところで、アンカーを投入する。




