M-031 漁獲を増やせと言われても
初日の曳釣りは数が出なかったが、いずれも60cmを越える立派なシーブルだ。
だが、商船に売るにはもう少し小型で数を出す方が良いらしい。
そんなことから場所を移動することにしたのだが、今度はバルと呼ばれるダツがおもしろいように釣れる。群れに当たったんだろうが、50cmを越えたバルであれば2Dというから、あまり高額な魚ではなさそうだ。
バルに混じって釣れるグルリンというカンパチの似た緑の魚は、同じ50cmを越えた魚体でも5Dになるそうだ。シーブルよりも高額ということなので、すべての仕掛けを潜水板を使って中層を狙う。
「雨が来るにゃ!」
リジィさんの知らせを受けて、ラッシュガードを脱ぐ。サーフパンツだから濡れても問題ない。ナツミさんはビキニなんだけど、だいじょうぶなんだろうか? 魚が暴れてるときは棍棒で殴ってるからそれでも良いのかもしれないけど、ビキニにグンテ似合わないと思うんだよな。
土砂降りの雨は、滝の中にいるような感じだ。
海水ではないからべとつかないし、火照った体には気持ちよく感じる。
それでも、長時間雨に打たれると疲労感がつのるから、なるべく帆布の屋根の下で体を休めることになる。
「だいぶ釣れたにゃ!」
操船楼の上からリジィさんが声を掛けてくれた。
「頭とお腹を開いて保冷庫に入れてます。変わった魚ですから後で捌くのを教えてください!」
ナツミさんが上に向かって話してるのは、ダツの処理を考えてたのかな? それとも高額の魚を捌く失敗を恐れての事なのだろうか?
いつかは俺達で全て処理しなければならないんだから、あまり気にしないで置いた方が良いと思うんだけどね。
雨は数時間振り続けて、ぱたりと止まった。かなり太陽が傾いているけど、夕暮れまでにはだいぶ間がある。
さて、次はどの竿に当たりが出るかな?
3日間の曳釣りが終わると、カタマランの速度を上げて氏族の村へ急ぐ。
保冷庫にはかなりの魚が納まっているが、種類が色々だからねぇ。果たしてどれぐらいの値が付くのか楽しみではある。
途中の島でココナッツと野生のバナナを仕入れるのは島へのお土産になるからなんだろう。炭焼きをしている老人達へのプレゼントになるんだろうな。
野菜や、炭を購入するときにおまけをしてくれるのは、普段のこんな心使いがあるからなのかもしれない。
氏族の島に到着したのは昼過ぎになってしまった。
上手い具合に商船が来ているから、女性達が総出で獲物を運んでいる。ついでに食料品を購入してくるはずだから、あまり手元には残らないのかもしれないけど、雨期の漁はトントンで問題はないはずだ。
夕暮れが始まる前に、ナツミさん達が戻って来た。
リジィさんはハンモックを取り外してカゴに入れると、オルバスさんのカタマランに戻っていく。
人数が必要な漁になれば再び乗船してくるんだろう。
「全部で102Dになったわ。氏族に11Dだから、各人に30Dというところね。半端はリジィさんということで、トリティさんに預けたわよ。食料を買い込んで残ったのは35D。雨季ならこんなところなのかしら」
「赤が出ないんだから問題ないんじゃないかな? だけど雨期の曳釣りは考え物だね」
カタマランのベンチで、ココナッツのジュースを飲みながらの語らいだ。夕暮れが近づいてきたから、これを飲んだらラビナスを誘っておかずを釣りに行こう。
「お~い!」
桟橋で釣り竿を担いだグリナスさんが呼んでいる。さて始めるか。
両手を振って了解を告げたところで、屋根裏から俺の釣り竿を引き出した。隣の船ではラビナスが背伸びをして釣り竿を取ろうとしてるのをナリッサさんが手伝ってあげていた。
トリティさんから餌の切り身を貰ったところで、桟橋に急ぐ。
3人で釣り竿を並べながら、話すことは今回の漁の結果だ。グリナスさんのところは83Dというところらしい。まあまあの成果だと喜んでいた。ラビナスも何度かタモ網でシーブルを取り込んだと教えてくれた。
大きいから引き上げるのが大変だったと話していたけど、次は竿を握らしてもらえるかもしれないな。
「だけど雨期の曳釣りは疲れるな。次は根魚だと良いんだけど」
「船を停めての釣りですね。カリンさんも釣りができるんですか?」
「一応2本竿を作っている。1本はリール付きだから、それをカリンに渡せるだろう。マリンダもかなりの腕だからな」
根魚ならラビナスも参加できるだろう。カマルの群れならこの竿だって役に立つ。
少なくとも明日は休みだろうから、次の漁はオルバスさんが今夜参加するという氏族会議の内容で決まるんじゃないかな。
30匹ほどの釣果は直ぐにおかずに回されてしまった。もっとも、小さな数匹は明日のおかず釣りの餌にされるようだ。ナツミさんが三枚に下ろして細い短冊をたくさん作っている。
「とりあえずは、まずまずの釣果だ。これも聖痕のおかげということなんだろう。次は根魚を釣ろうと思うが、氏族の状況を確認してからになるぞ」
「仕掛けの確認は明日ということですね。それより島にカタマランが少ないように思えるんですが」
「俺もそれを気にしている。今夜には分かるだろうが、たまたまなんだろうな」
たまたまか、それとも意図したものか。意図したものだとすれば問題がありそうだ。
食事が終わったところで、カタマランに戻り家形の中でナツミさんとワインを頂く。
雨期ではあるが、相変わらず暑いことは確かだ。
氏族の連中が船で寝起きするのは暑さを避けるためかもしれない。船の上だと、涼しい風が吹くんだよね。
家形の扉や窓を開けると、海を渡る風が心地良い。
「さすがはネコ族の女性ね。バウ・スラスタも簡単に操作してたわよ」
「料理も美味かったよ。トリティさんとは味付けが少し違ってたけどね」
「ちゃんと覚えたわよ。でも、どちらの味に近くなるのかしら?」
まだ自分の味を出すことはできないみたいだな。でもどちらに偏っても俺には問題ないと思うな。失敗を恐れずに頑張ってほしいところだ。
翌日の朝食が終わった時だ。俺とグリナスさんをオルバスさんが呼び寄せて話を始める。
「氏族の島にカタマランが少ない理由が分かったぞ。どうやら3王国からの要望ということらしい……」
千の島を版図とするネコ族は、5つの氏族に別れて漁業を営んでいる。版図の西には3つの王国があるのだが、王国民の多くがネコ族の漁で得られる魚を主なたんぱく源としているようだ。
王侯貴族や裕福な連中は王国の辺境で行われている牧畜の産物である肉を食べているとのことだが、さすがに全国民に肉を食べさせるのは出来ないんだろうな。
そんな王国の食糧事情に問題が出て来たらしい。漁獲量を増やすように依頼されたとのことだ。
「しばらく戦が無かったということだろう。それだけ住民が増えれば魚を行き渡らせることも出来ないだろうな」
「それで、どれだけ増やそうと?」
「依頼は2割ということだが、俺達の漁獲量が分からんからな。出漁する船を増やして依頼に答えることになったらしい」
いいかげんもいいところだ。
これで、さらに増産を依頼されたらどうするんだろう?
きちんとネコ族全体の漁獲高を、何らかの形で数値化する必要があるんじゃないか?
「目安値は必要でしょうね。きちんとした漁獲を今後は管理するということになるんでしょうが、その辺りの仕組みも考える必要があります。それに過去の漁獲をある程度知るというなら、氏族に納めた漁師ごとの記録を当たれば良いように思えます」
「全員分となると問題だぞ?」
サンプリング調査を用いればいいだろう。
平均的な漁の腕を持つ漁師数人を元にすればいいはずだ。メモ用紙に正規分布図を描いて俺の考え方を説明したんだが、2人とも唸っているから、あまり理解できないということなんだろうか?
「どうした、どうした。お前が悩んでいるのを見るのは久方だぞ?」
桟橋から大声を出して乗り込んできたのはバレットさんだ。
パイプを咥えた姿で俺達の前に座り込むと、俺の描いた絵を眺めている。上半身裸だから、日焼けした逞しい姿に自分の姿が情けなくなってしまうな。
「例の話で、アオイから考えを聞いていたのだ。平均的な漁師の腕で俺達全体の漁獲高を考えるらしい」
「ほう、平均的というのが良く分からんな。それを俺にも聞かせてくれないか?」
再度、同じ話を繰り返そうとしたのだが、今度は途中途中で2人から質問が飛んでくる。
何とか理解しようということなんだろう。俺も賢明に例を使って説明を試みることになった。
「要するに俺やオルバスの漁の成果では過大評価になるし、カタマランを持ったばかりの連中では過小評価ということになるんだな。それがこの絵になるのか……。漁の上手い連中と下手な連中の数を考えれば確かにこうなるんだろう」
「この人達数人を比較して平均化したものに漁師の数というか、カタマランの数を掛ければトウハ氏族全体の漁で得られる金額が分かります。次にこの金額を得るために必要な魚を逆に考えます。主にカマルとブラド、それにシーブルとロデナスですよね」
金額を4等分すれば、それぞれの漁獲量が出てくるはずだ。かなりいい加減かもしれないけど、一応の目安にはなる。
「なるほど、魚の数がそれで出るな。それを2割増しにするように魚を獲ればいいってことか?」
「とりあえずは、これで対応することも可能でしょう。より正確に出すのであれば、リードル漁を2回する間の魚種別の漁獲量を取りまとめることも必要です。確か、世話役の人達が氏族の上納金を取りまとめているはずですから、上納金を納める前に、各船の魚種ごとの数を集計すれば、次の年にはかなり正確な数が出るはずですよ」
「それなら、各人の昨年の上納金を2割増しにするよう漁をしても良さそうですけど……」
「氏族に一体何隻の船があると思うんだ? それをするということになれば世話役が大反対するぞ」
グリナスさんの提案をバレットさんが一喝してるけど、それができれば、もっと正確な数字が得られることは確かだ。
いずれにせよ、世話役の増員はやらねばならない。それに数字に長けた者が必要になる。
できれば、商人に手伝って欲しいところだな。
増産を王国側が要求しているぐらいだから、それに見合った対応は図ってくれてもいいんじゃないか?
「ところで、氏族の島に商人を数人滞在させることは可能でしょうか?」
「ん? あまり考えたくはないな。サイカ氏族の島には商人が居を構ているそうだ。オウミ氏族も直接サイカ氏族の島に魚を届けると聞いたことがあるぞ」
海人さんがニライカナイを作った時の取り決めらしい。要するに定住するのはダメと言うことなんだろう。
「なら動力船で暮らしながら、世話役の手伝いならばどうでしょうか? 世話役に細かな計算をさせるのは気の毒ですし、記録が伴えばなおさらです」
「手伝いってことか? それに島に居を構えないなら長老も少しは考えてくれるだろう。それに、世話役にそれを学ばせようという魂胆もあるんだろう?」
「長期になることはないということだな。数年なら我慢のしようもあるぞ」
2人が頷いて立ち上がると、桟橋を歩いて行った。氏族会議の行われるログハウスに向かんだろう。
これで、計画的な漁業がが行われるんだろうか?
少し不安が残るが、場当たり的なものよりもずっと良くなるんじゃないかな。




