N-016 嫁さん達がやって来た
昼近くに、バルテスさんが自分の船を外して商船の方に出掛けて行った。ビーチェさん達を迎えに行くんだろう。前に乗っていた船は売り払ったようだからな。
やがて、木箱をたくさん積んだバルテスさん達が帰って来た。
木箱の大きさは衣装ケース程の大きさだ。横幅が60cmもあるが奥行と高さは45cm程だ。丁度横に4個並べられる。箱の蓋は開閉式だからぴったりとくっ付けても問題なさそうだ。動かないように舷側側の箱と舷側には布を挟んでおく。
一番端の箱に、リュック2つと防水袋それにタックルボックスを入れといた。
これまでに使った糸巻きや仕掛けは目の細かなカゴに入れて甲板のベンチの中に入れておく。
前の動力船が桟橋から移動したので、空いた場所に4隻を並べて停泊させる。
俺が小屋から出ると、桟橋からエラルドさんが呼んでいる。どうやらバルトスさん達の釣りを眺めていたようだ。
船を次々に乗り換えながら3人の待つ桟橋に向かった。
「今夜は宴会だ。悪いが場所を貸してくれ」
「ええ、良いですよ。俺も何か用意しなくて良いんですか?」
「ああ、気にしなくて良いぞ。カマルが3匹釣れてるし、カマドが4つもあるんだ。ビーチェに任せておけば良い。カイトの船もサリー達が何やら作る事になってるようだぞ」
色々準備があるから、それまでおとなしく待ってろって事だな。
パイプを取り出してタバコを詰めてライターで火を点けた。すでに俺のライターはガスが無くなって、今では友人のリュックに入って奴を使ってるが、すでに半分程液が入ってるだけだ。便利なんだけど、無くなったらどうしようかと迷ってる。
エラルドさんが腰を下ろした木箱の端に俺も腰を落ち付けて、2人の釣りをのんびりと見守る事にした。
そう言えば、昼食を食べてなかったな。夕食まで間があるが我慢するしか無さそうだ。
2時間程2人の釣りを見ていたが、2人が釣り上げたのはカマルが4匹だった。
桟橋を歩いて来る2人を見て、バルテスさんが竿を畳んだ。
やって来たのはヤックルさんとケルマさんらしい。大きなカゴをヤックルさんが担いでいる。
「よく来てくれた。大切に預かるぞ」
「一通りの事はできる筈だ。ビーチェによろしくな」
親同士の挨拶は簡単なものだ。どっこいしょと言いながら、バルテスさんの船に背負いカゴを下ろすと、小屋の中に持ってきたものを置いてヤックルさんが帰って行った。ちょっと寂しく思えるが、この地の風習なんだろうな。
ケルマさんはビーチェさんに挨拶して、早速ご馳走作りの仲間に入ったようだ。
次にやって来たのは、カマルギさんとオリーさんだ。
同じような挨拶をして、ラディオスさんの船に荷物を残して帰っていく。
オリーさんもビーチェさんの援護にはいったようだ。
「やはり、やって来たな」
エラルドさんの視線の先には、グラストさんとライズちゃんだ。
挨拶が同じだという事は、やはり風習なんだろう。荷物も判で押したように背負いカゴに入るだけだからな。
俺の船の小屋に荷物を入れて、グラストさんが帰っていく。
ライズちゃんはちゃんとビーチェさんに挨拶出来たようだ。俺の船で調理中の2人に神妙な顔をして挨拶している。
「どれ、俺も行かねばなるまい。荷物は準備出来てるんだな?」
「大丈夫にゃ。ちゃんとサディと確認してあるにゃ」
「分かった。サディ、出掛けるぞ!」
エラルドさんが布で覆われた背負いカゴを担ぐ。その後ろを、先ほどの3人と同じように新しいワンピースに着替えたサディさんが付いて行く。
今夜からサディさんはゴリアスさんと暮らすことになるんだな。あまり話をする機会は無かったけど、いつも俺達を優しい目で見てくれていた。きっと良いお嫁さんになるんだろうな。
どれ、とりあえず準備が出来るまで俺の船で待ってようかな。
ラディオスさん達も帰ってこないしね。
一番奥に泊めてある俺の船に行くと、リーザちゃんとライズちゃんで仲良く鍋をかき混ぜている。サリーネさんは? と小屋の中を見ると、荷物を片付けていた。
「本当は、3人揃ってからなんだけど、先に挨拶しておくにゃ。よろしくお願いするにゃ」
「こっちこそよろしくお願いします。ところで足りない物はないのかな。穴の開いていない銀貨があるから、不足してる物があれば購入しておかないと……」
「ふふふ……。大丈夫にゃ。私達だってそれなりにお金は持ってるにゃ。私達の航海があるから、3人で準備するにゃ」
トウハ氏族の嫁入り道具は、鍋、食器、水汲み用の容器が1つに、衣類が一揃いそれに薄い敷布団とタオルのような掛布団だけらしい。なるほど背負いカゴに入るわけだ。
一応儀式みたいなものだから、明日には自分の服を少し持ってくるようだ。
そんな荷物はすでに片付けてあり、私物は舳先に並べた箱に入れたと言っていたから、確かに部屋の中はガランっとしてるな。
「ランタンは2つ買い込んであるにゃ。鯨油も1ビンあるから、これから買い込むのは水の容器に、食料位にゃ」
「その辺りは任せるよ。後で役割分担も決めてくれるとありがたい。一応家族という事になるから、これを預けておく。銀貨3枚あれば、問題ないだろうしね」
革袋から穴開き銀貨を3枚取って、残りをサリーネさんに預けた。
家計は任せといた方が俺も都合が良いからな。
リュックから、ウイスキーの小ビンを取り出した。酒盛りなら、これを飲んでしまおう。残ったビンは調味料入れに使えそうだ。
甲板に出てみると、いつの間にか大勢の人が船にいるぞ。
セレモニーが終わったから宴会にやって来たようだ。小さいながらも4隻の船の甲板が横付けされているから、座る場所は十分にある。
調理はまだ続い散るようだが、持ち込みのご馳走も多いみたいだな。
嫁さん達の両親や兄弟までもがやって来たようだ。サディさんも来てるぞ。隣の逞しい男がゴリアスさんなんだろう。俺もあれぐらいの筋肉が欲しくなるな。
すでに酒が回されている。俺の持ち込んだウイスキーも変わった酒だという事でたちまち空になってしまった。ビンはしっかりとリーザちゃんが回収してたから、後で魚醤入れにでも使うんだろう。
雨季の真っただ中なんだが、不思議と今夜は雲一つない星空だ。
次々と料理が出て来るが、同じ物は全くない。初めて食べる料理も多いけど、不思議と俺の舌になじむ。
桟橋から西を見ると、同じような宴会を開いている船がたくさんあった。魔石が多く取れれば、結婚が多いと言うのは本当だったんだな。
ゴリアスさんが潰れない内に、サディさん達は帰って行った。ヤックルさん、カマルギさん、それにグラストさんも家族を連れて引き上げて行く。
ちょっと寂しくなった宴会の会場は、誰が片付けるんだろう?
そんな事を心配していたら、新しい嫁さん達が魔法で一気に食器類の汚れを取り去った。
なるほど嫁入りに必要な魔法なわけだ。
それをいくつかに分類している。どうやら持ち込み料理の皿と自分達の食器に区分しているみたいだが、持ち込まれた皿以外は全てエラルドさんの物らしい。
木製の椀や皿だからそれ程の金額とは思えないが、保管場所を取りそうだな。俺達も揃えなきゃならないだろうか?
小屋の、入り口の右側に少し大きな木箱が2つ置いてあった。
サリーネさんに中身を聞くと、食器と食料が分けて入っているらしい。その手前の床下には炭や焚き木が入れてあるそうだ。他の床下収納には衣類や飲料水、たまにしか使わない物を入れると言っていた。
俺達4人が小屋に入ったところで、トレイに乗せたお茶が出てきた。
「カイトさんに言う事があるにゃ。私達を『さん』や『ちゃん』付けで呼ばないようにするにゃ。私達も『カイト』と呼ぶにゃ」
「分かった。ところで、動力船は動かせるんだよね。俺には無理だぞ」
「3人で交代しながら動かすにゃ。ザバンも同じにゃ」
何でも一緒って事か。俺だけ操船が出来ないのが問題だよな。それだけ漁に勤しむか。
「いよいよ、行けるにゃ。前回は5隻でようやく1匹だったにゃ。長老達が嘆いてたにゃ」
「最低でも3匹は獲るにゃ。でないと聖痕を持つ資格が問われるにゃ!」
「大丈夫にゃ。もっと大物をし止められるかも知れないにゃ」
にゃあにゃあと賑やかだけど、ネコ族だからな。俺はどちらかと言うとネコ派だからちっとも気にはならないぞ。
サリーネ達が話してるのは、身を固めた連中だけで向かう漁の話だろう。
前回は振るわなかったという事なんだろうな。今回はちょっと強力な銛を作ってあるから大物でも何とかなるんだが、いなければどうしようもないぞ。
その夜は、4人で小屋に雑魚寝になる。
薄い敷布団の中身は、綿ではなくヤシの葉の繊維を乾燥させたものらしい。割った竹のスノコの上にゴザを敷いてその上に敷布団だから甲板で寝るよりも遥かに柔らかく感じる。サリーネとリーザの2人の持ってきた敷布団を広げると、丁度、小屋の横幅になる。ライズの敷布団はしばらく屋根裏で保管することになったようだ。
横幅2.4mの部屋だからどうにか4人が縦に寝られる。当分はこれで過ごそう。
翌朝。目が覚めると誰もいない。すでに起きてるのか?
あくびをしながら小屋を出ると、朝食の準備の真っ最中だった。隣のラディオスさんのところもオリーさんがカマドのスープの味を確かめているようだ。ラディオスさんの姿が見ないところをみるとまだ寝てるんだろうな。
「おはよう。皆早いね」
「お日様はだいぶ前に上がってるにゃ。でも、カイトが4艘の中では一番早く起きたにゃ」
夕べの宴会で飲み過ぎたんじゃないか?
天気の良い間に食事を済ませないと面倒だぞ。
「水を汲んで来て欲しいにゃ」
ライズが俺に運搬用の容器を指差して頼んで来た。まあ、することが無いからな。
「分かった」
と返事をして、背負いカゴに容器を入れると船伝いに桟橋に向かう。
途中のオリーさんやケルマさん、ビーチェさんに朝の挨拶をする。最後のビーチェさんからは「これも頼むにゃ!」と背負いカゴに容器を追加されてしまった。
という事は、後戻りして、オリーさんとケルマさんからも容器を受け取り、両手に下げて桟橋を歩く。容器には持主の文様をタガネで刻んであるから間違うことは無い。
朝早く、歩いているのは子供達とご婦人方だ。男達はあちこちの宴会を渡り歩いて飲んでたからな。まだ夢の中なんだろう。
水場に行くと、容器を軽くすすいで竹をくり抜いた管から流れ出る水を容器に入れる。水の出口は3つあるけど一度に全部使えない。この時間帯は両手に容器を持った子供達が大勢やって来るのだ。
どうにか6個の容器に水を入れて俺達の船に向かう。容器の大きさは精々5ℓと言ったところだ。2人が1日で使うなら十分な量だろう。




