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M-007 ザバンを使った素潜り漁


 トウハ氏族の漁船は、元々は外輪船だったらしい。

 それを、スクリューに変えたのは海人さんの功績だということだ。さらにカタマランの船を考案して、素潜り漁と簡単な釣りだけだった氏族の漁法に、曳き釣り、延縄漁、さらにはカゴ漁まで教えてくれたそうだ。

 まさに、伝説通りの聖痕の持ち主と言えるだろう。

 でも、その漁法は俺にもやり方がなんとなく思い浮かぶ漁法でもある。カイトさんは、海人さんに間違いなさそうだ。

 でも、時代が合わないんだよなぁ……。


 カタマランで漁に出ることになったが、俺達に2隻の船が同行している。オルバスさんの幼馴染みと聞いたが、海人さんの縁者でもあるようだ。

 海人さんは3人の妻を娶って、子供を6人もうけたらしい。その子供達がトウハ氏族の男達と一緒になって、さらにその子供が……、と続いたなら現在のトウハ氏族の多くに海人さんの血が混じっているんじゃないかな。少なくとも4世代は過ぎていそうだ。


「バレットとケネルの素潜りはトウハ氏族でも指折りだ。バレットはカイト様の血を引いている筆頭漁師でもある」

「カイトさんは今でも慕われているんですね」

「それだけの功績を残している。それにだ。俺達の氏族をカガイの席で高らかに披露した男がいたのだが、その男に下の句を教えたのがカイト様だ」


 そこまで慕われていたなら、海人さんも嬉しかったに違いない。いや、それだけ懸命になってトウハ氏族の暮らしを良くするために貢献したということだろう。

 俺も聖痕を持つとなれば、海人さんと比べられてしまうだろうが、俺に出来るだけのことをすることで我慢してもらわねばならないだろうな。


「今度は少し大物を突くんだ。アオイの銛は銛先が2本だが、確かもう1本持っていたな」

「ええ、大物用です。ちょっと変わった銛先ですが親父が持たせてくれました。ちょっと待ってください」

 ゴザを広げて、長い方の銛を取り出した。甲板に戻って銛を披露したのだが、銛先を見て、オルバスさんの表情が変わった。


「これは……、トウハ氏族の銛と同じ作りだ。これをアオイが持っているとなれば、案外カイト様と同じ国から流れてきたのかもしれんな。聖痕を持てるのも、それが原因かもしれん」


 そう言って、オルバスさんが屋形の屋根裏から引き出した銛先は俺と同じ構造だった。その銛は海人さんが持っていた銛を参考にして作ったらしい。大物用としてトウハ氏族に広まったらしいが、1mを超える獲物さえ突けると言っていた。


「ところで、水中に危険な魚はいるんでしょうか?」

「ほとんどいない。たまにウミヘビを見ることもあるが、あれはこちらが襲わぬ限り向かってこないし、噛まれた話は聞いたことが無い」


 ちょっと安心できるな。サメなんかがいたら、素潜り漁は危険な漁になってしまう。


「だが、雨季の始まる前と、終わる時に俺達の特別な漁が行われる。その漁でその年の婚礼の数が決まるとも言われる漁だ。これは命がけの漁になるから、その時に詳しく話してやろう。銛も、特別に作ることになるがアオイの銛は俺が用意してやる」


 一体どんな漁なんだろう? 命がけというのが穏やかじゃないが、その漁をすることでこのような船も手に入るのだろう。ハイリスク・ハイリターンの典型的な漁ということなんだろうな。


 漁場に着くまでの船の中では、オルバスさんとそんな話をしながら過ごしていたのだが、小さな島の近くで3隻のカタマランが船速を緩めた。

 どうやらこの辺りが今回の漁場らしい。

 数人の男がオルバスさんのカタマランにザバンでやってくると、甲板に車座になって明日の漁の打ち合わせを行う。俺とグリナスさんはオルバスさんの後ろで、ココナッツの殻に入った酒を飲みながら話を聞くことにした。


「この辺りは中型のフルンネだったか?」

「フルンネとバルタスだ。カタマランをサンゴの穴に持って行けばバヌトスも狙えるぞ」

「同付きを用意しとくか。上手く行けばバッシュも狙えるんだろう?」


 魚の種類らしいが、俺が知っている魚の名前は、ブラドにシーブル、それにカマルだけだ。明日の獲物を見せて貰って名前を覚えるしかなさそうだな。


「アオイの腕を見る機会が、早くに訪れたことに感謝だな。やはり友人だけのことはある」

「友人だって? あれだけ銛の腕を競ってか?」

「だから悪友なんだろう? まったくお前達とは良く競ったものだ。まあ、明日には俺の腕が分かるだろう」


 そんなことを言い合って笑い転げている。良いことも悪いことも、一緒にやって来た仲間なんだろう。その日の漁の成果を競い合った日々もあったに違いない。

 ということは、グリナスさんにもそんな仲間がいるんじゃないかな? その内に紹介して貰えるかもしれない。できればその中に加えて欲しいところだ。


 翌日。朝食を終えると、お茶を飲みながらオルバスさんの素潜り漁の注意を聞くことになった。


「たぶん、魚によって売れる値段の高低は分からんだろう。突ける獲物は全て突いてこい。目標は、1YM(ヤム:30cm)以上だ。この長さが丁度1YMになる」

 オルバスさんがパイプを口から離して、俺の目の前で横にした。

 およそ30cmというところだろう。それが商船に売れる大きさということなんだろうな。


「分かりました。ひじの長さ程度ですね」

 俺の言葉に頷いているところを見ると、1YMは肘の長さを元にしたのかもしれない。

 とはいえ、銛は大型を使うんだから、もっと大きな獲物もいるんだろうな。


「そろそろ準備するぞ! ザバンは3艘だ。ナツミもザバンを使え」


 ナツミさんがうんうんと嬉しそうに頷いているところに、トリティさんが少し細長い手カゴを手渡した。


「水筒と氷にゃ。カゴごとザバンの保冷庫に入れておくにゃ」

 俺の持っていたアルミの水筒だ。お茶を入れてくれたのかな? ザバンで休憩できそうだ。

 

 カゴを受け取ったナツミさんは麦わら帽子とサングラスを掛けてザバンに乗り込んでいく。サングラスは紐付きだから転覆しても無くすことはないだろう。

 さて、俺も準備するか。

 買い物かごからマスクとマリンシューズを取り出して装備すると、最後にフィンを履く。大型の銛を掴んで、オルバスさんの合図を待った。


 オルバスさん達の準備が終わるころには3艘のザバンが船尾方向に離れていくのが見えた。ナツミさんの操るザバンは一番右手になるな。

 こちらに向かって手を振っているから、あの辺りが俺の漁場ということだろう。


「準備出来たな。 トウハ一番の銛打ちが一緒だ。奴に迫れるように頑張れよ!」

 俺達が頷いたところで、オルバスさんが水面に飛び込んでいった。

 俺達も直ぐに後を追う。


 この辺りの水深は数mというところだろう。いろんな種類のサンゴが繁茂しているけど、3mも潜ると色が消えていくんだよな。

 水中をナツミさんの操るザバンの方向に泳ぎながら獲物を探す。

 テーブルサンゴの下にブラドがいたけど、それほど大きくないから見逃すことにした。

 海面近くに浮上して、シュノーケルを使う。この位置で探す方が見つかるかな?


 ゆっくりと水中を見ながら泳いでいると、小さな崖のような場所を見付けた。

 水深が3mほど深い溝のような場所だ。これはじっくりと調べた方が良さそうだな。

 短い呼吸を数回繰り返して、一気に深場にダイブする。

 溝の底まで達したところで周囲を眺めると……、いたぞ!

 石鯛の大きい奴だ。数匹が群れている。

 銛の尻に取り付けたゴムを左手で引きながら柄と共に握る。獲物は俺に気付いているようだが逃げる様子はない。

 ゆっくりと左手を伸ばして、銛先を獲物に近づける。

 50cmほどに近づけたところで左手を緩めると、勢いよく銛が手の中を滑って行った。


 鰓付近に命中した銛先は外れることが無い。パラロープの細い組紐がしっかりと銛の柄と獲物を結び付けている。

 銛の柄を持って浮上し、急いでナツミさんのザバンを探す。

 きょろきょろと当たりを見渡していた俺に気付いたナツミさんが手を振って場所を教えてくれた。

 20mほど離れているみたいだ。ナツミさんがパドルを操ってこちらにやってくると、パラロープを引っ張って獲物を手元に引き寄せた。


「大きいわね。それって石鯛かしら?」

「少し黒いけど、たぶんそうだ。群れてたからもう一度獲ってくる!」


 魚体から銛を外して獲物をザバンに投げ込んだ。銛の先端に再び銛先をセットして、水中に潜る。

 

 2匹を突いたところで、群れは散ってしまった。

 そのまま溝に沿って泳いでいると、キラリと何かが光った。

 溝の上を泳いでいるようだが、かなりの大物に見える。ゴムを引いたところで銛を斜め上に上げながら、溝に身を隠すようにして近づいていく。


 銛の上に魚体が通過してくる瞬間を狙って、銛を放った。

 銛の柄を片手で握っていたのでは振り払われそうな勢いで獲物が暴れる。どう見ても1m近いシマアジだな。

 群れから離れたんだろうか? シマアジなら群れるんだけど……。

 水面に浮かんで行く途中で、俺の横をものすごい速度でシマアジが通り過ぎる。あれじゃあ、もう1匹は望めないな。


「うわぁ! 大きいね」

「保冷庫に入るかな?」

「カゴには入らないけど、結構この保冷庫は大きいのよ。斜めに入れとこ……」


 ごそごそと保冷庫の中を整理して、よいしょ! と声を出しながら獲物を保冷庫に放り込んでる。


「疲れたでしょ。皆を見てると、1匹獲物を運ぶごとに休んでるみたいよ。ザバンに乗り込めない? お茶にしましょう」


 ナツミさんは簡単に言うけど、カヌーに乗り込むのはかなり面倒なんだよな。

 それでも、ナツミさんが反対側に体重を掛けてパドルで安定を保ってくれたので、体を投げ出すようにして船首に乗り込むことができた。

 ココナッツの殻のカップに水筒から注いでくれたのはココナッツジュースだった。良く冷えているな。少し甘みがあるから口の中のしょっぱさが嘘のように消えていく。


「将来は、ザバンにアウトリガーを付けたいね。乗り降りが楽になるよ」

「それは私達がカタマランを持ってからかな? しばらくは不便でもこのままよ。それに早めに魔法を手に入れなきゃ。【アイレス】と【クリル】は誰もが持ってるらしいわ」


 保冷庫の氷を作るんだからね。確かに必要だ。

 そうなると、例のハイリスク・ハイリターンの漁で稼がなくちゃならないんだろうな。


 10分ほど体を休めたところで、再び海中に潜る。

 今度の獲物は50cmほどのフエフキダイだ。1匹突いて獲物をナツミさんに渡していると、カタマランからの笛の音が聞こえてきた。

 戻れ! という合図だろう。ザバンに銛を乗せて、舷側に掴まりながらカタマランに戻ることになった。

 

 すでにオルバスさんはカタマランに戻っている。

 カタマランの舷側にザバンを寄せて、俺の銛と獲物のカゴをナツミさんから受け取ったのだが、最後にナツミさんがシマアジを保冷庫から出そうとしたら慌てて、ザバンに跳び下りてシマアジを甲板に放り投げてくれた。確かにナツミさんには重かったかもしれないな。


 ザバンの船首にトリティさんが投げてくれたロープを結んで、ナツミさんが甲板に上がっていく。俺は船尾に下ろされたハシゴを使って上がることにした。

 車座になってお茶を飲んでいるから、少し長めの休息ということなんだろう。

 甲板に座った俺達にもお茶のカップをティーアさんが渡してくれた。

 さて、どれぐらい獲れたんだろう? ちょっと気になるな。


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