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M-003 ネコ族との遭遇


 島と島の中間付近をのんびりとヨットを走らせる。

 透明度の高い海水は、数m下のサンゴを真近に見せてくれるから、いつヨットにぶつかるかと冷や汗ものだ。

 布製のキャップにスポーツサングラス姿の俺に比べて、ナツミさんは麦わら帽子にファッション性の高いサングラスだ。たまに小型の双眼鏡を取り出してあちこち調べている。


「やはり、船は見えないわ。島を渡ってる鳥を見る限り、ここは熱帯地方よ」

「気温は30度を超えてますよ。でも俺達の町よりは過ごしやすいですけど」

「じめじめしないからかもね。それにしても、アオイ君は2日も西に進んでいるんだよね……」


 ヨットを西に向かって進ませること2日目だ。

 今日は朝から3時間もヨットを走らせている。ナツミさんと出会ってから、すでに100km近く進んでいるはずなんだが、今だに船や人影、煙さえ見えないのもおかしな話だ。

 おかしいといえば、俺の左腕にある傷跡も変わっている。

 真珠質の円盤のようなものが俺の腕に埋まっている。三分の一程が表皮を破って飛び出しているんだが、腕時計程の大きさだ。痛くも痒くもないし、とりあえず命を直ぐに取られるものでは無さそうだけど、手術で取り除くようになったら嫌だな。


 昼食は、温いコーヒーとビスケットだった。まだ残っているから、夕食もビスケットに違いない。ペットボトルのコーヒーは無くなったから、コーラで食べることになりそうだな。

 潮流が西に向いていたから、ヨットの走りは滑らかだ。海の真ん中で昼食を取ったのだが、潮流も穏やかで波も余り立たないのが不思議に思える。

 食事が終わったところで海に飛び込み体を冷やす。再び西に向かって帆走を開始しようとしていた時だった。


「あれ、何かしら!」

 双眼鏡で周囲を見ていたナツミさんが大声を上げて腕を伸ばした。渡してくれた双眼鏡でその方向を見ると、双眼鏡の視野に入ったのはこちらに進んでくる船だった。

 これで帰れる。思わず笑みが浮かぶ。


「変わった船ね。観光船なのかしら? あれって、カタマランよ」

「確かに。ところ変わればというやつかな。カタマランなら揺れが少ないから観光船には最適でしょうが……」


 喫水の浅い船には数人が乗っているようだが、少し観光船とは異なるようだ。

 船の前方に小さな小屋が作られた、家船のようにも見える。漁師達が乗っているのかもしれないが、人里に近づいたなら問題ない。数日で日本に帰ることもできそうだ。


 互いの船が近づくにつれ、向こうの船でも手を振っている姿が見えてきた。俺達も一生懸命に手を振っていたのだが、船に乗った連中の姿がはっきりと見えた時、俺達の腕は力を無くして下に落ちた。

 唖然とした表情で互いに顔を見合わせる。


 船に乗っていたのは、人間じゃなくて人間と猫を合わせたような連中だ。

 体も顔も人間なんだが、ネコの尻尾が付いているし、麦わら帽子を取った人物の頭には、ネコ耳がぴょんと飛び出ていた。


 いったいここはどこなんだ? あんな姿をした人達は初めてだ。

 すでに、両船の距離は50mもない。逃げ出すとしても、またこのような人達に出会うことになるんだろうか?

 ナツミさんを見ると、俺に顔を向けている。俺が小さく頷いたのを見て頷き返してくれた。ここは、意を決して交渉ってことになるんだろうな。


 さて、言葉は通じるんだろうか。ヨットの舳先移動してカタマランの船首に立つ男を見ながら、ふとそんな考えが頭をよぎる。


「お~い。人間族がこの辺でどうしたんだ!」

 カタマランの舳先に立っていたネコ人間の発した言葉は、間違いなく日本語だった。いったいどうなってるんだ?


「迷子になってます。助けてくれませんか!」

 とりあえず、大声で助けを求めた。どうなるか分からないけど、俺達2人でいるよりはましだろう。


「待ってろ。いま傍に行く!」

 船が近付いて来た。横幅が4m程で小さな家を甲板に作ってある木造船だ。全長12m程の大きな船は、ゆっくりとヨットに近づいてきた。エンジンの音が全くしない。船尾に長いロープで2艘の小舟を引いているのが見えた。たぶん、あの小舟で漁をするんだろうな?


 男が投げてくれたロープをヨットの先端に結び付ければ、カタマランから流されることはない。

 ナツミさんと顔を見合わせて大きく息を吐くと肩の力を抜く。これからが問題なんだよな。


「こっちに上がって来れるか? 親父が話をしたいそうだ」

「了解しました」

 

 案内料ということになるんだろうか?

 果たして俺達のお金が使えるかどうかだが……。バッグから取り出した財布に入っていたのは見たことも無い硬貨だった。金貨や銀貨それに銅貨で膨らんではいるんだが、カード類が一切なくなっている。それに、この硬貨だって初めて見る代物だ。使えるのかな?


 とりあえず財布をポケットに入れると、カタマランの広い後甲板に乗り込んだ。俺の後にナツミさんも乗り込んできた。

 後甲板は広くて平らだ。舷側の高さは30cm程度で、所々に甲板と同じ高さで穴が空いているのは、海水が被ってもそこから逃すためだろう。甲板の端に2人で立っていると、男達が2人現れた。女性が3人、屋形の扉を開けて俺達を見ている。


「まあ、座ってくれ。トリティ、お茶を頼む」

「助けて頂きありがとうございます。ところで、つかぬ事をお尋ねしますが、ここはどこでしょう? この海域を彷徨って途方に暮れていたのですが」


 年嵩の男が父親なんだろう。俺の町の漁師の親父達と同じような面構えだ。

 勧めに従ってその場に腰を下ろす。俺の後ろにナツミさんが腰を下ろす。場合によってはナツミさんが海に飛び込むぐらいの時間は稼げるだろう。


「だいぶ遠くから来たようだな。ここは千の島と言う海域だ。商人以外の人間族に会ったのはこれで2度目だが、よくもこんな場所までやってきたものだ」


 どうやら、俺と同じような人間は大陸の岸に住んでいるらしい。ここからかなりの距離があるという事だ。

 千の島と呼ばれる海域には、この船の連中のようなネコ族が住んでいるらしく、魚を獲って暮らしているらしい。


「先代の長老の1人は、お前と同じ姿をしていた。やはり、この海域で彷徨っていたと聞いたことがある。ここで暮らした方がいいかもしれんな。だが、お前達の希望があれば送って行ってもいいぞ」

「はあ……、特に行く当てはありません。どうやら遥か彼方から流れてきたようです」


 小さな女の子が飲み物を運んでくれた。俺と壮年の男、その後ろの若い男に粗末な木製のカップを置いて去っていく。

 カップの中はなんだろう? お茶とは違う感じに見えるが、ハーブティーなのだろうか?


「あの小さな船で海を渡るとは中々のやつだ。帆船は話に聞いたことはあるが、操れる者達がいたことを知っただけでも、仲間内の話題にはなるだろう。まあ飲んでくれ。疲れただろう」

「遠慮なく」

 そう言って左手を出したところ、いきなり俺の左手を掴まれてしまった。

「これは……。まさか、カイト様と同じということか!」


 どうやら、腕に埋まっている円盤にびっくりしているようだ。

 俺だって信じられないんだが、とりあえずあの日の出来事を話して聞かせる事になった。


「父さん。これが聖痕というやつか?」

「ああ、間違いない。俺がまだ子供だった頃、俺達の氏族にもこれを持った長老がいたのだ。我等にいろんな漁を教えてくれ、独立さえ勝ち取ってくれた我等ネコ族の英雄だ。見た目はこいつと同じ人間族だったが、周辺で並ぶ者がない漁師だったぞ」


 ん? 少し気になる言葉が出てきたぞ。カイト様とこの人は言ったんだよな。あの海人さんなんだろうか? だけど、年代が合わないな。

 それよりもだ。


「これって、取れるんですか?」

「無理だ。聖痕は骨にまでしっかりと根を下ろしている。持つものに竜神は幸福をもたらすらしい。カイト様の話を聞く限り、それは氏族全体に及ぶということが良く分かる」

 ご利益のあるお守りって感じなんだろうか?

「行く当てが無ければ俺達の島で暮らさないか? 聖痕の保持者なら、我らが氏族は歓迎するぞ」

「ありがとうございます。銛なら少しは使えますから、お手伝いします」


 俺の言葉に満足したような顔をしてるけど、聖痕ってそんなに優れたものなんだろうか?

壮年の男が船の連中を集めて紹介してくれた。

やはり家族で船に乗っているらしい。家と船が一緒なんだな。

壮年の男がオルバス、妻がトリティと言うらしい。年齢は40を超えてると言っていた。

3人の子供達がいて、長女はティーアで22歳。長男がグリナスで20歳。次女がマリンダで15歳という事だ。直ぐに忘れそうだな。俺の名も、アオイと教えておいた。年は17と告げておく。

 その後で、ナツミさんが自己紹介をしたけど、『アオイと一緒に船に乗っています』と言ったら、トリティさんが笑顔で頷いていた。


「俺達の氏族にするには長老達の許可がいる。問題は無かろうが、もう1日漁をして俺達の村に戻ることになる。明日は朝から漁だが手伝えるか?」

「俺達の漁は素潜りだ。銛が使えるなら丁度良い」

 

 俺達のヨットを見て何やら呟いていたが、食事はこの船で取るように言ってくれた。

 ヨットにいろいろと積込んでいたんだが、俺達の食料が乏しいとでも思ったのだろうか?


 夕食は、嬉しいことに米の御飯だ。おかずは揚げた魚だったが、醤油に似た物を掛けて頂いた。魚醤かな? 薄い色だが醤油と非常に良く似た調味料だ。

 

「明日は朝食を終えたところで漁を始める。この辺りは良い漁場なんだ」

「狙いは何でしょうか?」

「ブラドだ。グリナス、1匹持ってこい」


 父親の指示でグリナスさんが、甲板の一部を開けて持ってきた魚はブダイだった。ブダイをブラドというらしい。

 島を巡りながら何度か突いたことがある。俺でも何とかなりそうだな。


「何度か突いたことがあります。ところで、この海域に危険な魚はいるんでしょうか?」

「この辺りにはいないが、サンゴで怪我をしないようにしろよ。それと、あの船には保冷庫はあるのか?」

 どうやら、魚が悪くならないように保冷庫が漁船には付いているらしい。


「飲み物を冷やす小さなものはありますが、獲物が入るようなものはありません」

「となると……、この船の近くで素潜りをすることになりそうだな」


 色々と必要になるということなんだろうな。

 どうやら俺達の暮らしていた世界とは異なる世界に来てしまったようだ。

 夜が更けたところで、ヨットに戻り横になる。帆桁に予備の帆布を被せれば即席のテントになる。その中で寝るなら、海に落ちることもない。

 

「アオイ君は素潜り漁ができるの?」

「一応、漁師の家系ですよ。親父はサラリーマンですけどね。数匹は何とかできます」

「私も潜れるけど銛は使ったことが無いわ」

「たぶん、男性だけの漁だと思います。ここで待っていてください」


 潜れるだけでは漁はできない。それが分かっているだけでも十分だ。たぶん、海上では別の仕事があるんだろう。


 翌日は薄暗い中、ナツミさんに体を揺すられて起こされた。

 急いで海水で顔を洗っていると、グリナスさんが朝食が始まると知らせてくれる。木の椀に盛られたご飯は、何か日本的な食事だけどお箸ではなくスプーンなんだよな。

 暖かいお茶を飲み終えたところで急いでヨットに戻る。ロープでカタマランと繋いであるから漕がなくても良いのがありがたい。その間に俺の銛を準備する。2本用意した銛の小さな方は銛全体の長さが2.4mほどだ。銛先が2本物だが、獲物の大きさが数十cmなら問題なく突ける。


 荷物の中から買い物かごに入れたシュノーケルセットを取り出して、素早く身に着けた。専用のバッグを使う連中もいるようだが、俺の住んでた町ではこれが一般的だ。

 すぐに取り出せるし、水切れもいいからね。

 サンゴが一面だから、マリンシューズを履いてフィンを付ける。

 マスクにはシュノーケルが既に付いている。始まるまでは首にかけておけば十分だ。

 

 俺達のヨットを引いているカタマランも不思議な船だ。エンジンの音がしないんだよな。前に進んでいるんだから何らかの動力が使われてるんだろうけどね。


「もう直ぐだ。準備をしとけよ」

 グリナスさんの大声に、片手を上げて了承を伝える。準備は出来ている。とりあえずマスクを被って銛を手にした。


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