N-012 雨季の始まり
結局5本の銛を作ることになってしまった。
銛先が抜けるというのは、エラルドさん、グラストさんも感嘆していた。ガムと呼ばれるこの世界のゴム紐は魔道機関の魔石を止めるために使われるらしいが、俺にとっては伸縮することが重要なのだ。ゴムのように使えるなら全く問題が無い。
エラルドさんがグラストさんを呼び、俺の作った銛の公開実験をしたのだが、見ていた全員が唸っていたぞ。
「大型を仕留めるのもわけがないという事か……」
「ああ、婚礼の航海で獲物が無いと言う事は無さそうだ」
「だが、俺達の銛に、あのガムを付けても良さそうだな。普段の漁が格段にしやすくなる。これは皆に伝えるべきだろう」
エラルドさん達の会話にラディオスさん達も頷いている。という事は、今夜の集まりで披露するんだろうな。
「これは貰っていいのか? なら、これを今夜持って行く。カイトの氏族会議入りは決まったも同然だ」
「それは早すぎます。動力船を持っても、氏族会議入りは会議で決めると言うじゃありませんか。新参の俺が入ったら氏族の和を乱します」
俺の言葉に2人が困った顔になる。
それもそうだという事だろう。だが、俺にとっては都合が良い。そんな面倒な会議には出たくないからな。
「しばらくは、エラルド経由って事になりそうだな。面倒だが、カイトの言う事ももっともだ」
「リーザが一緒になるまではそれでも良いが、いずれ皆も納得することになるだろう」
「ああ、こう立て続けに結果を見せられると、聖痕の加護を感じずにはいられないな」
そう言って俺に片手を上げると、銛を担いでグラストさんが帰って行った。
ラディオスさん達は、すでに商船にガムを買いに走って行った。明日は皆が買いに出掛けるんだろうな。
「俺達は、明日出漁するぞ。狙いは小型のロデナスそれにカマルだ。島から2日の距離になる。雨季が近いから遠出はしない」
「雨季は土砂降りの雨が降るにゃ。漁はそれなり出来るけど、寝るのは小屋の中にゃ」
エラルドさんの言葉にビーチェさんが続けて教えてくれた。
甲板でラディオスさんと一緒に大の字になって寝るのは結構気に入ってたんだけどね。土砂降りじゃ仕方ないか……。
色々話を聞いてみると、雨具という物はこの世界に存在しないらしい。と言うか、知らないみたいだ。カサ位は都市に行けばあるかも知れないけど、濡れても雨が止めば直ぐに乾くからいらないと言うのが本音じゃないかな。
麦ワラ帽子を被っていれば頭は濡れないだろうし、潜水して銛を打つんだから濡れるという事がそれ程気にはならないらしい。だけど、寝る時には湿った場所は嫌みたいだ。それは俺も同感するぞ。
とは言うものの、この世界の土砂降りというものを早く経験してみたい気もするんだよな。
次の日、出発した時には、2隻の船が同行してきた。
「ラバンとオリジンの船だ。カイトの漁を見たいと言っていたぞ」
「でも、ロデナスとカマルですよ。素潜りですが、銛は使いません」
「それでもだ。聖痕の持主の技量を真近で見たいと思う者は彼等だけではない」
「俺達は恵まれてるな」
「ああ、それもあるからお前達の独立に誰も反対が無いんだ。お前達も他の船が付いて行くかも知れんぞ。カイトの漁を近くで見て、自分の物にしている筈だという事でな」
ラディオスさんの言葉にエラルドさんが答えている。
その言葉に身震いしてるけど、どうなんだろうか? だけど、そうなると俺の船には常に同行者が付くって事になるぞ。
「カイトは諦めるんだな。長老達は全ての船を率いるだろうと言っているが、やがてはそうなるのかも知れん。少しずつ慣れるしかあるまい。俺達が4隻の動力船に分乗したら、10隻位の船団になるだろう。恥をかかんように銛の練習はするんだぞ」
言葉の裏には、嫁さん達を養っていくんだから頑張れって事が隠されてるな。
俺も、銛打ちをもっと練習せねばなるまい。水中銃に頼らずにこちらの銛をちゃんと使えるように普段から練習するか……。
ザバンを使う時には銛も一緒に持って行こう。ロデナスを獲ると言っても、他の魚を獲ってはダメという事にはならないだろうし、おかずは必要だからな。
のんびりと周囲を見ながら島巡りをしているような気分になる。バシャバシャと水をかく水車の音だけが、やけに大きく聞こえるな。
この世界にやってきたころにはあれほど真っ青な空だったが、この頃は黒い雲が目立つようになってきた。やはり雨季が近いということだろう。
島を出て3日目の朝。
いよいよロデナス漁だと思いきや、とんでもない雨が降って来た。どう見ても1時間当たり100mmは遥かに超えている。大急ぎで甲板に並べたオケや洗面器みたいな真鍮製の入れ物はたちまち水が溢れている。
小屋の入り口で皆がパイプを咥えながら止むのを待ってるんだが、小屋の奥ではリーザちゃん達が何やらスゴロクで遊び始めたようで、サイコロを転がす音が聞こえて来る。
ちょっとしたゲームはあるみたいだな。
「どれ位続くんですか?」
「もうすぐ止むぞ。雲に切れ目が見えるだろう。あれが見えたなら直ぐに止む」
そんな答えがエラルドさんから返って来て数分も経たずに空が綺麗に晴れ渡った。これが雨季なんだろうか?
とんでもない雨だがそれ程続かない。精々2時間ってところだろう。それが終わればからりと晴れるって事だな。
「まだ雨季のはしりだから、雨は直ぐに止む。だが雨季の盛期には半日程度雨が続くぞ。どれ、準備を始めろ。漁の開始だ!」
エラルドさんの号令で、俺達はザバンを下ろしていく。いつも通り、俺のザバンにはリーザちゃんが乗り込んだ。カゴと漁具を受け取ると、素早く動力船から距離をとった。
俺のカゴからメガネとシュノーケルを取って身に付けると、最後にマリンシューズを履いてフィンを付ける。
直ぐ近くで水音がしたから、ラディオスさん達が飛び込んだに違いない。俺も急いで海に飛び込み、ザバンに泳いでいく。
「兄ちゃん達は先に行ったにゃ。遅れてるにゃ」
「大丈夫。先は長いんだ。そこの手網を取ってくれないか?」
手網と先の曲がった漁具を持って、ザバンを離れる。水中に顔を入れてシュノーケルで息継ぎをしながら、岩礁とサンゴの入り乱れた水中を眺めながら獲物を探す。
水深は5mもなさそうだが、所々に深いくぼみがある。そこを探してみるか。
息を整え、一気に底に潜ると、周囲の窪みや割れ目を探す。
いたいた。尻尾の方に手網を置いて、頭を漁具で突くと、手編の中にピョンと飛び込むように入ってくれた。
次の奴も、直ぐ近くで俺を見ている。同じように手編に入れたところで、海面に浮上した。俺が浮上した場所にリーザちゃんが急いでやって来る。手網を渡して、もう1つの手網を受け取ると、再び海中に潜っていく。
俺が獲物を獲っている間に、リーザちゃんが手網からロデナスを外しているはずだ。
手網を交互に交換する事で、ザバンで休む時間を短縮することが出来る。
手づかみ漁の方が効率が良さそうだが、俺にはあまり向いているとは言えないからな。
数回網を交換したところで、ザバンに乗り込んで休憩を取る。イケスの中に入ったカゴにはたくさんのロデナスが動いていた。
リーザちゃんが渡してくれたお茶は冷えてるけど、口の中がしょっぱいからありがたく頂く。
周囲を見ると、1km程の範囲に10艘ほどのザバンが浮いている。半数近くが俺と同じように休憩を取っているようだ。
お茶を飲み終えると、再び海に潜っていく。
何度かザバンを往復してロデナスを獲っていた時、サンゴの下に大きなブダイを見付けた。急いでザバンに戻ると銛を持って同じ場所に戻る。
慎重に狙いを付けて、銛を突き出すとブダイの鰓近くに命中した。
「昼のおかずかな?」
「大きいにゃ!」
ザバンに放り込むようにブダイを投げ入れると、銛から網に漁具を変えて再びロデナス漁を開始する。
更に数回潜ったところで、午前中のロデナス漁が終了した。
動力船の舷側から垂らしたロープにザバンを結び付け、船から垂らしたロープでロデナスを入れたカゴを動力船に移す。
漁具を戻し、漕ぎ手のリーザちゃんが船に引き上げて貰ったところで、俺がロープを伝って船に戻った。
「大漁だな。手づかみよりも多いぞ」
「たぶん、メガネのせいではないかと……。このメガネは大きいですから、広い範囲が見えます。ロデナスを探すの楽だと思うんですが」
そんな俺の話に、ラディオスさんが俺からメガネを借りて自分の顔に当てて試している。
「確かに広く見えるな。それと、そのパイプのせいでもありそうだ。場所を決めてから潜っている。俺達は潜ってから場所を探すからな」
「これはシュノーケルと言って、パイプとガムで出来ています。ガムの加工が出来るなら、竹と組み合わせれば出来そうですよ」
「それはラディオスの宿題だな。雨季はあまり漁が出来ん。その間に考えてみろ。カイトも分からないところは教えてやってくれ」
一服していた俺は、その場で頷いた。それ程難しくないんじゃないかな。マウスピース部分の加工は俺のシュノーケルを真似すれば良いだけのような気がするぞ。
昼食は、ブダイの切り身の唐揚げにココナッツミルクや香辛料を掛けたものだ。ちょっと甘辛くて、中華料理を思い出すな。それにご飯にも良く合う。お代わりしながら食べてしまった。
昼食後はのんびりとお茶を飲む。エラルドさん達はパイプを楽しんでるが、俺のタバコは残り10本もない。ここは我慢しよう。
「カイトは一服しないのか?」
「残りが少ないんで我慢します。次の商船が来た時にはパイプを買おうと思うんですが、高いんでしょうか?」
「ピンキリだな。俺達が使ってるのが銀貨1枚だ。これに革の煙草入れとタバコを買えば……銀貨2枚ってとこだろう。タバコは紙の袋に入ってる。買うときは2個買うんだぞ。1個予備があれば安心して楽しめるからな」
銀貨2枚なら何とかなりそうだな。
次に氏族の島に戻った時にラディオスさんに頼んでみよう。




