N-103 トリマランがやってきた
軍船を作るための3隻の船は、商船に頼むことになるが、少し間を取った双胴船と1隻のスクリューを持った動力船だ。横幅が1.8mの船で軍船を作るなど、ドワーフでさえ信じられないだろう。作ってしまえば、トリマラン構造を取っているなんて誰も気が付く事さえ無いに違いない。
それは俺が担当することにした。
バルテスさんには石弓を作って貰う事にする。
弓は竹を割った竹材を束ねて作るのだが、30FM(90m)以上俺達の使う銛のような矢を飛ばすにはどれ位の弓になるか見当も付かない。
試作品を作って試していくと言う、気の長い作業を開始しなければならないだろうな。とりあえず弓の大きさは、1FM(3m)で試して欲しいと言っておいた。
典型的なカタパルトだから、上下左右に狙いを移動できるようにすることも必要だ。まあ、これは射程に目途が着いてからでも良いだろうけどね。
10日程過ぎると、豪雨が度々やって来るようになった。
その合間を縫って、バルテスさん達は石弓の制作をしているようだが、場所は南の島の南側で行っているらしい。
根魚釣りをしながら、試行錯誤で試していると教えてくれた。
「弓は1FM半(4.5m)まで長くしたぞ。1FM(3m)では20FM(60m)を少し超える位だが、1FM半なら30FM(90m)以上飛ばせる」
「弓をもう少し短くできませんか。1FM半が長すぎます。できれば、12YM(3.6m)位にしないと、軍船に3基乗せられません」
バルトスさん達も長すぎるとは思っていたようだ。弓を作る竹の本数を増やしてみようと、ラディオスさん達と相談を始めた。
そうしてくれると、船首甲板に1基、小屋の屋根に2基据え付けられる。
もっと欲しいところだが、3基もあれば相手を退けることも出来るだろう。矢が届かない距離で攻撃を放てるからな。
グラストさん達が、どうにか見つけてくれた俺達の造船場は南西に1日半の距離にある双子島だった。瓢箪島のようにも見えるが50m程の海峡を作っている。周囲は3m程の浅いサンゴ礁だが、小さな砂浜を海峡の奥に持っているそうだ。
「あれなら周囲に気付かれることは無いだろう。動力船を何隻か海峡に停めておけば素潜り漁をしていると思うはずだ」
「当然、水場は無いんですよね?」
「持って行かねばなるまい。定期的に運んでもらう事も出来るだろう。島はジャングルを持っているから焚き木には困らないぞ」
地図で場所を確認する。一度は見に行かねばならないだろうな。
3日の内2日は豪雨になるような日々が続いていた時。商船が何隻もの船を曳いて来る事をラディオスさんが教えてくれた。
皆が発注したカタマランができたんだろうか?
甲板に出て、眺めてみると確かにカタマランだ。その奥からカタマランよりも大きな船を曳いて来るもう1隻の商船が見える。あれは俺のトリマランじゃないか?
雨の中をラディオスさん達がやってきた。
ずぶ濡れの兄さん達にリーザが手ぬぐいのような布を渡している。
小屋から張り出した天幕の屋根の下で、手ぬぐいで顔を拭ってベンチに座り、パイプを取り出した。
「やっと、できたな。この船とあまり変わりが無いように思えるぞ」
「この船よりも速度が出ますよ。漁場までの時間が半分になるかもしれません」
そんな俺の話に顔をほころばせている。
だが、俺達の依頼した数よりも多くないか? 他にも頼んだ者がいるんだろうか。
「俺の父さんも頼んだって言ってたからな。腕の良い中堅なら買えるろうけどね」
ラディオスさんが困った父さんだと言うような口調で呟いている。
「カタマランだけで船団を作れるな。カイトの船もかなり目立つがこの船よりも速いのか?」
「速くなっていると思いますけど、どちらかというと嫁さん達の要望を叶えた感じです。それに、大型の魚を取り込みやすくしたつもりです」
結局、ザバンの搭載は今のカタマランと同じになっている。ラディオスさん達も同じだ。将来の事を考えると、屋根に2艘は問題だということらしい。
それでも小屋は今までより2倍近く大きくなっているから、子供達が増えても十分に暮らせると言ってたな。
最初にエラルドさんの船に厄介になった時は、しばらく甲板で寝ていたからな。
子だくさんの家族で中型の動力船では、そんな光景は当たり前だとエラルドさんが話してくれたことがある。
「明日は、引っ越しになるが、明後日には動かしてみたいな。父さん達が捜してくれた島の下見を兼ねて漁をしてみないか?」
バルトスさんの提案に皆が一斉に頷いた。
やはり早く走らせてみたい気持ちは同じみたいだ。
「後は、停泊場所ですね。横幅がありますから桟橋に泊めるには……」
「今夜の長老会議で確認してくる。場合によっては新しい桟橋って事になりそうだが、それ位は俺達で何とかできるだろう?」
バルトスさんの言葉に俺達は頷いた。この島の最初の桟橋だって俺達が作ったようなものだ。
停泊する数もそれほど多くは無いし、喫水が浅いってこともある。30mほど沖に伸ばすだけで十分だろう。
明日は動力船の停泊していない入り江の東に、動力船を移動して引っ越しをすることで全員が納得したところで夜の集まりを解散した。
翌日は色々と忙しい。
「この船を東に移動して新しい船に荷物を運べば良いにゃ?」
「ああ、そんな感じだ。俺は商船のドワーフとちょっと相談したいから手伝うのは午後になるけど」
「だいじょうぶにゃ。私らで十分にゃ」
とは言っても心配だな。一応エラルドさん達が手伝ってくれると言ってはくれてるんだが。
商船に行くと、商人と引き渡しの交渉が始まる。それはサリーネ達に任せて、ドワーフの職人を呼んで貰った。
小さな小部屋で待つと、直ぐに顔見知りのドワーフがやってきた。
「一度に7隻は豪勢だな。よほど大漁が続いているんだろう。それで、ワシを呼んだのはなんじゃ?」
「これを形にしてください」
数枚の図面をドワーフに見せる。
図面を取り上げ、ジッと見ている間に、テーブルのパイプ用の火皿でパイプのタバコに火を点けて待った。
「速さに特化した船じゃな。操船櫓は作るが、甲板と小屋は作らぬか……」
「少しでも安くしようと……」
「だが、通常の動力船ではないから特注になるぞ。その分を自分たちで作ろうというのは感心できる話だ。3隻で金貨16枚というところだが」
「お願いします。それと、こんな物は作れそうですか?」
ポケットに折りたたんだ紙を広げて見せる。道糸を引き上げるロクロのようなものだが動力は魔道機関だ。回転数を減速歯車で落として、最終段の軸のトルクを上げる構造なんだが……。
「ほう、魔道機関の車を転用したような代物じゃな。魔石の数は3個で良いのか。それほど力は無いのじゃが、減速歯車を4段使うとなれば、最終段の軸はかなりの力を持つぞ。金貨1枚というところだな」
作れるってことか。それならはえ縄漁をやることができるぞ。
船の方と合わせて、次のリードル漁の後には持ってこれると言ってくれた。
「ホクチ氏族の方は軍船を何とかできないかと言っていたが、トウハ氏族は何の話もないのだな?」
「俺達が軍船を手にしても、開戦をどうしたらよいかが分かりません。銛の腕が俺達の誇りですからね。せいぜい、動力船を改造して腕の良い男達を乗せた方が良いに決まってます」
「まあ、そうなるな。それに、俺達には軍船を作る造船所を持てぬ。ホクチ氏族には丁寧に断っておいた」
「1つ教えていただきたいんですが、真鍮の板を薄く延ばすことはハンマーで叩けば良いのでしょうが、この紙の半分ぐらいの大きさを500枚程作るとすれば値段はどれぐらいになりますか?」
「屋根用じゃな。お前さんが言った大きさよりも一回り大きなものになるが一枚4Dというところじゃ。大陸の沿岸部では結構使われておるぞ」
屋根材とみてくれるなら都合が良い。とりあえず600枚を頼んでおく。
契約書を取り交わして、帰ろうとしたところを呼びとめられた。
「前に頼まれた仕掛けが出来たぞ。とりあえず5個だが、こんなのに使い道があるのか?」
そんな事を言いながらカゴから取り出したのは発光式の信号器だ。丁度良いな。明日にでも試してみるか。
商船を降りて、浜辺を歩いていると、石造りの桟橋と入り江の出口に灯籠ののような石の灯台が組み立てられていた。
この島も段々と立派になってきたな。
カタマランに戻ろうとして、桟橋にエラルドさんの船と俺の船が無いことに気が付いた。ラディオスさん達の船も見当たらない。
キョロキョロしていると、ザバンに乗ったサリーネが桟橋に近付いてくる。
既に入り江の東に動力船を移動して引っ越しの最中だったらしい。
「早く乗るにゃ。今度の船も変わってるにゃ。でも小屋は2部屋になってるから便利にゃ」
「皆も引っ越しをしてるの?」
俺の問いに、パドルを漕ぎながらサリーネが頷いてくれた。
前の船に比べて少し大きくなっているのだが、外見からはあまり大きく見えないな。
「動かしてみてどうだった?」
「小回りが難しいにゃ」
バウスラスターを考えるべきだったかな。でも、サリーネの話だと、難しいと言うだけでダメとは言っていないから、あまり気にしないで良いのかな?
トリマランに乗船すると、それほど違和感がない。甲板の小屋側に4m程のマストが、それまでの仮組みのような柱の代わりに立っている。甲板から3m程のところに2m程の長さで腕木が出ており、腕木の先には滑車が付いていた。
操船櫓の左下が漁具用の倉庫で、右側に2つのカマドがあるのは前と同じだが、少し広く取ってあるようだ。
小屋の中を扉越しに覗いてみると、荷物が色々と広がっているぞ。片付けにもうしばらく掛かりそうだな。
そんなところに、エラルドさんが俺の銛を持ってきてくれた。
「これで、最後だ。同じ場所にカイトの漁具は運んでおいたぞ」
「済みません。本当は俺がやらないところを」
「まあ、それは良い。カタマランを譲って貰ているからな。何人か銛を使えん家族から子供預かることもできる。氏族にとってはありがたい話だ」
子供が一通り離れたから、新たに指導する者を乗せるって事だろう。
そんな依頼を受けるのも、エラルドさんが優れた銛打ちだからだろうな。




