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 それから、数日後。

 夕方、ちょうど買い物客が多くなって混み合っている時間になって、杉浦は、突然お店に来た。

 結構お客さんがいて混んでいる店内に、やたらと焦った感じで飛び込んで来た彼は、ライブ会場で見た時と同じような瞳で美雪を見つけた。

 小脇に抱えたヘルメットと、革のジャケットとジーンズ。

 また違う杉浦が、見える。

 そして、どこか追い詰められているような、緊迫した光。

「……杉浦さん?」

 ドキッとするほど大人びた瞳に浮かんでいるのは、激しい動揺と困惑だった。ふとした瞬間に見せるその表情は、彼が持つその幼い顔立ちからは切り離されたものだった。

「美雪ちゃん、今、一人?」

 少し息を弾ませて美雪に近寄り、ヘルメットを渡して杉浦はそう聞いた。

「いえ、奥に店長も恵梨さんもいますけど……」

「じゃ、奥に入っていいよね?」

 反射的に受け取ってしまってから、渡されたヘルメットの始末に困っている美雪を無視して、杉浦は言葉を重ねる。

 店内にいる奥様方の視線が、こっちに集まっているのを感じて、美雪はどうしたらいいかわからなかった。

 恵梨の知り合いなのだし、いつも来ているみたいだし、たぶん、ここは「はい」と言ってもいいのだろうけど。

 おばちゃんたちの視線が、妙に怖かった。

 きっと、それは。

 ルックスはとても「かっこいい」はずの杉浦に対する、奥さまたちの賞賛の視線なのだろうけど。

 杉浦にとっては、迷惑なものだったらしい。

 鬱陶しそうにそっちに目をやって、あからさまな溜め息をついて見せた。

 その上で美雪に向き直り、にっこり笑った。

「いい?」

 美雪は慌ててうなずいて、ドアを開けようとした。

 その、瞬間、ドアはいきなり内側から開いて、驚いた美雪はヘルメットを床に投げ出すところだった。

「え、恵梨さん~」 

「あ、ごめん、美雪ちゃん。驚いた?」

 はい、とっても。

 そう言う代わりにこくこくとうなずいて、美雪は奥の部屋にそそくさと入ると、テーブルの上にヘルメットを置いた。後ろで、恵梨が杉浦の胸元を掴み上げるような勢いで引きずって来ている。

「……晃、あんたね、何かトラブルがあるたびにうちに来るのはやめてくれない? こっちも、それにいちいち関わっていられるほど暇じゃないのよ。しかも、営業時間中に来るなんてバカなの? うちの店に何か恨みでもあるわけ? まさか、借金取りに追われているとか、そういうとんでもない類じゃないでしょうね? もしそうなら、今すぐ縁を切るわよ。さあ、とっとと帰りなさい。むしろ帰れ。二度と来るな。はい、回れ右」

「え、ちょ、違う違う! 俺は、至って堅実に仕事していますって! 金絡みじゃなくてさ、あいつだよ。あいつ、今日はスタジオで待ち伏せまでしてたんだよ! いい加減、しつこいんだよね。何とかして欲しいよ! お前は俺のストーカーなのかっつーの!」 

「要するに、あんたが自分で蒔いた種じゃない。ま、向こうも必死だってことでしょ。誠心誠意で、お断り申し上げるしかないんじゃないの?」

 ある意味冷たい恵梨の言葉に、杉浦は竦みあがったように身体を震わせ、それから噛み付くように怒鳴る。

「だから! この俺が、誠心誠意で真心込めて丁寧にお断り申し上げているのに、しつこいの! わざわざ正装して直にお断り申し上げに行ったのに通じねえし、俺がこんっっなに嫌がっているのに、全然諦めてくれないアホがいるの! 大体、お前のスケジュールはどうなってんだっつーの!」

「自分でやらかしたことの後始末もできないような、そこまで情けない息子に育てた覚えはないんだけど……」

「おい、いつ、俺があんたの息子になったんだ、恵梨さんよ。それで、かくまってくれるの、くれないの、どっち?」

「……協力しないと、後が怖そうねぇ。文句言いまくって、余計にうるさそうだわ。それに、一応、義理立てもしておこうかな」

 わかるようなわからないような理由をつけて、恵梨はうなずく。

「美雪ちゃん、すぐに戻るからね。何かあったら、フォローしといて」

 何かあったらって、何があるのだろう、そんな予定でもあるのだろうか、と、美雪には疑問を差し挟む余地すら与えられず、ドアは無情に閉まった。そして、あろうことか中から鍵まで掛けられてしまう。

 普段、そこに鍵なんか掛けたりしないのに、何を警戒しているのか、わけがわからない。

 美雪は唖然としたまま、一人で取り残された。だが、呆けている場合ではないと気を取り直し、いつになくてきぱきと客を捌き始める。

 美雪にしても、別に、一人で店番はできるのだ。一人にされたからって、特に困るようなことではない。今日、初めて一人になるわけでもない。けれど、もう少し、事情というものを説明してくれてもいいと思う。

 はあ、とお客さんの前で溜め息をついてしまいそうになり、慌ててにこにこして値段を読み上げる。

 正直なところ、美雪には何が何だかさっぱりわからないままだった。

 今のやり取りから考えられることは、杉浦は何かトラブルがあって、それから逃げて来たということ。そして、恵梨との会話の内容からして、そのトラブルの原因がこれから来るらしい。たぶん、そういうことだ。

(そんなの、私にどうしろって言うの?)

 ここに来て、杉浦はますます謎めいて来た。

 美雪の理解の範囲をとっくに超えているような、そんな気がする。

 けれど、本当に美雪の思考回路がショートしそうになったのは、その後だった。

 杉浦が来てどたばたとしてしまった後、とりあえずは、並んでいたお客さんの会計をした。その流れが過ぎ去って一息ついた、その時だった。

 お店のドアが開いて、誰かが入って来た。

 美雪は、ちょうどレジの下の棚から備品の紙袋を出そうとしていて、ドアの方は見ていなかった。けれど、一瞬にしてざわめきの広がった店内の空気に嫌な予感を感じて、立ち上がって正面を見た。

 さっきの、杉浦のことがあったから、免疫がついた気がしていた。きっと、何かがあるのだろうし、大抵のことでは驚かないぞ、とは思っていたのだけど。

「……嘘……」

 思わず、美雪は持っていた紙袋を取り落としていた。

 驚かない、とは言った。けれど。

 そんなの、無理だ。無理に決まっている。

 だって、そこにいたのは、水原慎、だったのだ。

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