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世界が終わる直前<下>

 ボウリングは、結局もう一ゲームやることになり、そのときは僕と芹沢さんでチームを組むことが出来た。ボールの行方に一喜一憂して、いいボールはみんなで喜び、芹沢さんは一気にうまくなって僕より上手になった。最終的なスコアは、当然僕と芹沢さんのほうが高かった。

 日が暮れても明るさが途絶えない不夜城のような繁華街を歩きながら、みんなで騒ぐ。


「里佳、お前ボウリングの才能ねぇよ!」

「ちょ、そういう悲しくなるようなこと言わないでよね!?」


 鹿島さんと彼が仲良く言い合っている。僕と芹沢さんはそれを笑いながら見ていた。少し早いかもしれないが夕飯を食べにファミレスに向かっているところだ。

 僕の隣を歩く芹沢さんが首をかしげて尋ねてきた。


「ねぇ、橋本くんはなにか食べたいものある?」

「うーん、特に思いつかないかな。芹沢さんは?」


 考えても心に引っかかりすらなく、すぐに聞き返した。芹沢さんは少し困ったように笑い、首を振る。


「なんでもいいかな。こういうのはみんなで騒ぎながら食べるのがいいんだよね」

「そうだね」


 僕が同意すると、前を歩いていたふたりが僕たちを振り返った。驚いて彼らの顔を見る僕の前で、ふたりはそれぞれ笑顔を浮かべて口を開く。


「ファミレスはやっぱり、騒げて安くて早いところだよな」

「それならいいところがあるのよ」


 ぴっ、と人差し指を立てて得意げに笑う鹿島さん。本当にこのふたりは息が合っている。それにどうもこの慣れた感じを見るに、ふたりでデートを重ねたのはきっと、この繁華街なのだろう。案内してやろうという気概が、さっきから見え隠れしている。今もほら、僕たちの前を歩いて、弾むよう。

 駅前の自動車が入れない大通りを歩いていて、たまにストリートミュージシャンがいるような広まった場所に来た。不意に無理矢理拡声器で拡大されたノイズだらけの大きな声が響く。

 思わず耳を塞ぐ僕たちの周りに、声が降ってきた。


「いよいよ、世界の終わりは来たる! 終末が訪れるのだ!」


 顔をしかめながら声の元を見る。冴えない印象のごく普通の眼鏡をかけた青年が、熱っぽい興奮した目で手に持った拡声器に声を張り上げていた。


「聖書に書かれた最後の審判が訪れる。神は人間を見限られた! 人は滅ぶ、魂までも! だが、最後に機会を残された! 自らの罪を知り、(そそ)ぐことで、魂の救済は約束される!」

「ああいうのは、好きじゃないな」


 眉間に皺を寄せた彼が僕たちに顔を寄せてぼやいた。鹿島さんはうなずいて、早く行くように促す。僕たちがそれに同意して通り抜けるだけだったここを早く去ってしまおうと再び歩き出した。


「世界の最期に救われるために、我々は――ぎゃッ!?」

「うるさいのよ!!」


 潰れた鈍い悲鳴と、ガツンという拡声器の落ちる硬い音。一瞬だけ飛び切り大きいハウリングが響き、途切れた。驚いて振り返ると、興奮した女性がヒステリックな声を上げて男を殴り飛ばしたのだと分かる。頬を押さえた青年が腰を抜かしたまま女性を見上げた。


「な、なにをするんだ! 俺は、ただみんなが救われてほしいと――」

「うるさいって言ってるでしょ!」

「ぎゃあっ」


 女性は言葉になりきらない金切り声を上げながら青年の顔を蹴り飛ばした。青年は涙を流しながら顔を抑える。その姿を、果たして本当に見ているのか、それともまったく別の何かに向かって言っているのか、女性はまくしたてた。


「世界が終わるなんてありえるわけないのよ! 終わるわけないじゃない! 狂ってるんじゃないの!?」


 髪を振り乱し、顔を真っ赤にして女性はわめき散らす。青年は震える肩で不意に拳を握り締めた。


「どうせ、世界が終わるなら……コイツくらい、殺したって……」

「こんなところでケンカしたら迷惑だろ」


 不意に、その対立の構図に割り込む人影があった。

 鹿島さんが声を漏らす。彼だった。彼は首を振ってふたりを見比べる。

 女性が怯えたように彼を見て、自分の体を抱くようにしながら後退りした。


「な、なによアンタ」

「通行人。見ろよ、みんな迷惑がってるぞ」


 手を広げて青年と女性に辺りを示す。思わぬ狂態に足を止めていた人々が気まずげに急に動き出した。そこで注目を集めていたことに気づき、青年も女性も憎々しげな顔をする。

 彼はため息をついて、まずは女性に顔を向けた。


「とりあえず、あんた。そんなに怒って叫んでると胎教に悪い。子供のためにもゆっくり落ち着いてろ」


 女性は顔を青くして自分のお腹に顔を下ろした。まだまったく大きさは目立たないが、ほんとうに、その(はら)には新しい命が宿っているのだろう。彼はそんな女性の背中を押して離れることを促した。


「おい、待てよ……どうせ世界は滅ぶんだ。いくら足掻いたって子供なんて産めないよ!」


 青年がその女性の背中に向かって呪詛のように叫ぶ。彼は、言葉を続けようとした青年に割り込み、首を振って告げた。


「どうせ最期なんだろ? なら、好きにゆっくり過ごさせてやったっていいじゃないか」

「……それは」


 青年が黙ってうつむいた。そこに何を見たのか、彼は僕たちのほうに戻ってきた。行こう、と促して歩き始める。

 交差点から離れようというとき、警察が駆けつけてきた。きっと、青年を追い払うために呼ばれたのだろう。僕たちはあまり気持ちいいとは言えない気分でその場を後にした。

 沈鬱な表情を浮かべるみんなを見て、鹿島さんはなんとか盛り上げようと話を持ちかける。彼は何事もなかったようにそれに乗り、芹沢さんも振られる話題に答えるうちに、なんとか今の出来事をこのみんなの雰囲気から押しやることが出来た。その渦中にいる僕も、あまり気にした素振りも見せず、その輪に入っていく。


 ファミレスに入るころにはすっかり元の雰囲気に戻り、鹿島さんが盛り上げ彼が乗っかり芹沢さんが突っ込んで僕がまとめる。そんなふざけ合える四人に戻っていた。

 バカみたいにファミレスの料理をべた褒めし、「宝石箱やー」を連呼してみたり。

 ドリンクバーで飲み溜めようとした彼が頻繁にトイレに行ったり。

 それを馬鹿にした鹿島さんのケーキを彼が一口奪って、本気で怒られたり。

 お詫びのためにもう一個頼まされて、明らかに帳尻が合わないとぼやいたり。

 ボウリングのネタをいまさら引っ張り出して突っ込んだり突っ込まれたり。

 鹿島さんと彼の夫婦漫才に声を出して笑ったり。

 芹沢さんと僕の関係を問い質されて告白したことを自白させられたり。

 そのことで締め上げられて、冷やかされたり。

 冷やかし返すと、あんなに慣れていたと思ったふたりが初々しく真っ赤になったり。

 微笑ましく見守っていたら逆上した彼に殴られたり。

 芹沢さんと笑い合って。

 とても、とても楽しい時間を過ごした。


 それでも僕は。

 楽しさの中で、心の片隅で、チラリと。

 青年と女性のことを思い出していた。

 別に何か感想を抱いたわけじゃない。


 ただ、

 ああ、世界の終わりなんだな、と。

 そう思った。


 それだけ。

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