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世界が終わる直前<上>

 その日、僕は大掃除に追われていた。

 午前中に全部終わらせてまったりしようと思い惰眠を貪ることもせず掃除に取り掛かってるのだ。正月休みの両親も、やれなんて一言も言ってないのになぜか文句を言いながら手伝い始めたので、分担して掃除をこなしていく。

 日も照ってきた十時ごろ、僕がこびりついたコンロ周りの汚れを睨んでいるときだった。

 二階廊下の窓を担当していた母さんが声を放って来た。


「ちょっと~、ケータイ鳴ってるわよー?」

「? 何の用だろ」


 僕のケータイに電話を掛けてくるヤツなんて腐れ縁のアイツしかあり得ないので、誰からの着信かは見なくても分かる。

 僕は雑巾を調理台に置き捨てて階段をあがる。母さんがケータイを手にしており、手渡してもらう。僕は礼を言ってオープンザケータイ。通話ボタンを押して耳に押し当てた。


「もしもし、何か用?」


 電話の向こうから聞こえてきた声は予想通り彼だ。


『ああ、お前今日暇か?』

「少なくとも今は暇じゃないけど」

『何してんだ?』

「大掃除。今コンロ周りの魔物と激闘を繰り広げようってところ」


 電話の向こうから感心したような吐息。彼は掃除に対して大雑把なところがあるため、多分普段の掃除より一手間増やす程度のことしかやらないのだろう。

 これ以上大掃除ネタを引っ張るとそのことを引き合いに出されると悟ったのか、彼はそれ以上の雑談を望まず、代わりに質問をよこした。


『何時ごろに終わる?』

「さあ……多分昼過ぎには終わると思うけど」

『あ、じゃあ大丈夫だ。二時半ごろお前らの待ち合わせ場所のT字路に集合な。ほんじゃ』

「待て待ちなさい待てよボケナス。何だって言うんだ」


 急展開に付いていけず、制止の声で罵る。大掃除がどれだけかったるい仕事か、ろくにやらないやつには分からないのだ。


『来れば分かる。っつかまだ最終決定してねぇんだ。とりあえず芹沢も来るからいいだろ』


 プッ、という音とともに電話は切れてしまった。僕は憮然としたままケータイの画面を見る。そこには今の通話時間が表示されている。

 なんてヤツだ。芹沢さんを引き合いに出せば僕がホイホイと動くとでも思っているのか。

 不思議そうな母さんの視線をかわして、ケータイを自室に放り込み、僕はコンロ周りの掃除へと向かった。




 そしてくたびれた両腕をぶら下げてT字路に突っ立っている。もう芹沢さんを気にして服装を気にする時間の余裕も気力の余裕も無かったため、非常にラフな格好である。具体的には、思い切り部屋着用のくたびれたトレーナーにフリースとコートを着込み、下は皺もついたよれよれのジーパンである。

 やっぱり芹沢さんをチラつかされただけで行くんじゃないか等というのは適さない。芹沢さんが行くなら行かないわけにはいかないと『渋々』出てきたのだ。決してホイホイと出て来たわけではない。そんな言い訳をブチブチと呟いていると、不意に肩を叩かれた。


「おはよ」

「……あ、おはよ」


 芹沢さんだった。三日前に会ったばかりで、間の二日間もメールでやり取りしていたというのに妙に懐かしいような感じだ。


「おはようじゃナイでしょ。今昼の二時すぎよ?」


 やや釣りあがった目つきながらも柔和な表情を見せる、芹沢さんの隣の少女。一瞬誰か分からなかったけれど、よく見れば鹿島里佳さんだ。彼女の私服姿を見たのは初めてであることと、ばっちりメークを決めていることで認識が遅れたようだ。

 なんとなく意外に思って見ていると、鹿島さんが肘で芹沢さんを小突いた。


「ほら、ね? だからアンタも少しくらい化粧したほうがいいのよ」

「う、うるさいな。いいじゃない別に、嫌いなんだもん」


 と、こちらに走ってくる足音とともに声が放られた。


「何でみんな揃ってんだよ。早くないか?」


 腐れ縁の彼だ。

 鹿島さんが嬉しそうな笑みを浮かべながら一歩彼に近づく。


「最後に来たんだから、みんなを待たせた罰として今日のお金はアンタが持ってね」

「は? おい待てよ聞いてねえぞそんなの! ってか里佳だって今来たところだろさっきまで俺とメールしてたんだから!」

「はーいじゃあみんな行くわよー。今日は派手に行きましょー」

「こらこらこらー! 二人分ならともかく四人分も支払えるわけないだろ!? 無茶苦茶だ!」


 ツッコミを入れる彼に、鹿島さんは大げさにため息をついて首を振る。


「まったく、甲斐性ってものがないわね。それくらいポーンと払ったらどうなの」

「それ甲斐性じゃなくて金ヅルって言わないか?」


 ふたりのあまりに息のあった掛け合いに、僕は芹沢さんと目を合わせて、笑い出してしまった。

 突然笑い出した僕たちに、不思議そうな顔で目を向けるふたりに余計に笑いがこみ上げてくる。


「それで、じゃあどうするの?」


 僕と違って気を落ち着けた芹沢さんが、笑みを浮かべたまま誤魔化すように手を振って尋ねた。

 鹿島さんと腐れ縁は顔を見合わせてニヤリと笑う。


「人数いるんだから対決にしよう」

「人数いないと行きにくいような場所――ボウリングとか」


 ボウリングか。最近行ってないし、いいかもしれない。芹沢さんは少し考えるように視線を高く向けて、僕に着地させた。


「どう思う?」


「いいと思うよ。芹沢さんはどう?」


 僕が問い返すと、芹沢さんはニコリと弾むように笑った。


「私も賛成」

「決まりだな」


 彼がにやりと笑い、鹿島さんがにんまりと笑みを浮かべて頷く。


「じゃあ、早速行きましょうか」


 二人が意気揚々と息の合った動きで先導する。このふたりは本当に気が合うらしい。僕は芹沢さんと目を合わせて苦笑し、彼らのあとに続いていった。

 駅まで行き電車に揺られることしばし。

 繁華街までやって来て、駅に程近いボーリング場に入る。

 中はすごい音だった。ピンを跳ね飛ばす音や、ガンガンにかき鳴らす音楽でなんだか耳が悪くなりそうだ。人の入りも多く、満員寸前といった具合だ。幸運にもレーンはあっさり確保でき、シューズを借りてボールを選ぶ。鹿島さんの選んだボールと僕のボールが同じ重さだったことにへこんだ。

 レーンに集まり、鹿島さんがなんだか熟練した手つきでボールを拭きながら笑う。


「それじゃ、どうチーム分けしようか」


 鹿島さんの提案に彼は不思議そうに問い返す。


「どうって、カップル同士じゃないのか?」

「いや、このふたり付き合ってないし」


 鹿島さんに顎で示され、芹沢さんは照れたように笑って僕を見る。そのはにかんだ笑顔はちょっと反則じゃないのだろうか。じゃなくて、鹿島さんの様子と芹沢さんの反応からすると、ひょっとして僕が告白したことはまだ告げてないのだろうか。

 ちょっと嬉しい。


「ま、グッパで分かれよっか」


 鹿島さんは僕たちの様子に気づかなかったのか気にしてないのか、あっさりとそう言った。いいぞ、と答えを返した彼は僕に顔を寄せて、


「よしお前グーだせよグー」

「はいそこ八百長しない! 決まってマッハでズル始めるってどうなのよ」

「ちぇ、ダメか」


 口先では冗談めかしているが、ちょっと本気で悔しそうだった。そんなに鹿島さんと組みたいのだろうか。


「さて、それじゃー行くわよ。チョキとパーね。出さなきゃ負けよ、分っかれ、ましょ!」

「え、ちょ、まっ」


 唐突に手を変えられた彼は驚いているが、へんな手が出ることもなく出された。僕たちも一斉に手を出す。芹沢さんと鹿島さんがチョキ、僕と彼がパーだった。


「よーし、決まったわね。頑張ろうね!」

「おーう。頼りにしてるよ、里佳!」


 仲がいい女子勢とは対照的に男子勢の空気は微妙だった。だからそう露骨に残念そうな顔をするな。僕だって芹沢さんと一緒のチームになりたかったさ。

 勝負の前から敗戦ムードの僕たちを振り返って、鹿島さんはいたずらっぽく笑った。


「負けたらジュースおごりね」


 そうしてゲームは始まった。

 試合は女子勢が可愛い成績に留まり、対する男子勢は手堅い成績を残していく。芹沢さんはあまり経験がないということで仕方ないと思うが、鹿島さんがすごかった。ガーターも少なくないが、一番ピンの一本倒しを決めるなどアクロバティックなプレーが映える。

 僕は何度目かの投球で、思いのほか綺麗に転がっていくボールの軌道に笑った。


「あ、やった」


 ガコガコン、と耳に小気味よい音が響き、ピンが全て倒れる。このゲーム初めてのストライクだ。僕が席に戻ってくると、芹沢さんが目を丸くして言う。


「すごーい、橋本くんってボウリングうまいんだ」

「あはは。まあね、と言いたいけど、今のはまぐれだよ」


 僕のアベレージは百いくらで、たぶん普通か、少し低いくらいだと思う。僕が席に戻ると、彼が文句を言う。


「お前がストライク出しちゃったら俺が投げられないだろー」

「後に投げてガーター出されるよりはましだよ」

「ぐっ」


 言い返すと彼は言葉に詰まった。さきほど僕が一投目を投げたとき、彼がクソボールを投げて半分も行かないうちにガーターに落ちたのだ。格好いいところを見せるために投げている彼は反論できないだろう。

 僕たちがそんなやり取りをしているのをよそに、芹沢さんが伸びをしながら言った。


「あーあ、こんなことなら橋本くんとチーム組めばよかったなあ」


 芹沢さんのその言葉はちょっとかなりとんでもなく嬉しい。妬んで彼が肘で突いてきても気にならないくらい嬉しい。台に隠して足を踏んでやる。


「ちょっと、そういうこと言わないでよ、チームワーク崩壊よ?」


 鹿島さんが芹沢さんにのしかかるようにじゃれつきながら言う。されるがままになりながら、芹沢さんは言い返した。


「里佳があんなボールを投げる時点で崩壊だってするよ! もう少し頑張ってよ!」

「しょうがないじゃん真面目にやってうまくいかないんだしさー。楽しめればいいじゃん?」

「だったら罰ゲームとか言い出さなければいいじゃーん」


 女子勢のなんとも平和な絡みとは対照的に男子勢の水面下の仁義なき激闘は激しさを増す一方だった。しかしこのままでは殴り合いに発展しそうだったので目を合わせて止め時を計る。僕が口火を切った。


「それより、今度は鹿島さんの番でしょ?」

「あ、そうね。ようし、このまま流れに乗ってストライク出しちゃうわよ~」


 鹿島さんがそう言って笑いながらボールを取ってレーンに向かう。愛しの彼女の勇姿を見るために彼は攻撃をパタリとやめ、僕もいい機会と休戦する。なまじ腐れ縁だけあってこのへんの間合いは無駄にお互い承知していた。


「ごっめーん、ガーター出しちゃった」

「ちょっと里佳ぁあああー!!」


 芹沢さんのわりあい本気の悲鳴が喧騒に呑まれて消える。

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