↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

君とした約束 〜変わってしまった男と変わらない男〜

作者: 凪
掲載日:2026/11/06

初のボーイズラブで欠損表現有りの話です。苦手な人は回避してください。

 〜 君がもう一度、笑えるように 〜


 第一章 太陽の帰還


 ソールは、太陽のような男だった。金髪に緑の瞳で、小麦色の肌をしていた。

 誰に対しても朗らかで、よく笑い、困っている人間を見つければ放っておけない。晴れた日の陽だまりのような温かさを持った男だった。


 黒髪に、美しい空を映す湖面のような青い瞳の、人形師のカイが彼に恋をしたのも、そんなところだった。

 カイの作る人形は、帝国内でも評判だった。


 まるで生きているかのように繊細な表情を持ち、魔力を込めた人形は簡単な動作さえできた。人形師としての腕を買われ、王立魔導工芸院からも声がかかるほどだった。


 そんなカイに、ソールはいつも言っていた。



「お前の人形は綺麗だな。いつか子供の産めない男同士だし、俺たちの子供代わりの子も作ってくれよ。お互いの特徴を混ぜたような」

「ドールで、子供を?まだ犬か猫を飼う方が良くないか?」

「まあ、それもいいけど」


「とにかくとりあえずは結婚だな。この戦争が終わったら……俺と結婚してくれ」

「……ずいぶんとあっさり言うな、もっとこう、花畑とかで言うとかないのか?」



 何気ない朝の、パンと紅茶を飲んでるだけのシーン。

 しかしそれが、二人のプロポーズ記念日だった。



 ◆◆◆



 それから四年の時が流れ、戦争は終わり、ソールは帰ってきた。


 右腕を失い、左脚を骨折し、全身に傷を負った姿で。

 退役が決まり、国から支給されたのはわずかな年金と、郊外にある狭い部屋だった。

 かつての仲間たちは帰ってこなかった。


 彼が救えなかった者たちの顔だけが、夜になると瞼の裏に浮かんだ。

 病院に通うカイを、ソールは拒み続けた。



「何しに来たんだ。帰れ」



 以前なら、カイの姿を見つけるだけで笑顔になった男が、今では顔を背ける。

 それでもカイは通った。

 花を持って行き、食事を差し入れ、何度拒絶されても顔を見せた。

 ある日、とうとうカイは言った。



「ソール。戦争から戻ったら結婚しようと言ってくれていたじゃないか」

「……こんな体になって、どうしろっていうんだ」

「俺が人形師だったのは知ってるだろう?」

「ああ。お前の作る人形は綺麗で人気があったな」


「お前が戦場に行ってから、自分にも何かできることはないか考えていた。それで、義手や義足を作るようになったんだ」



 ソールが顔を上げた。



「……義手?」

「お前の腕は俺が作る」

「これ以上、俺を惨めにしないでくれ」

「俺の作る義手が、そんなに見窄らしいとでも?」


「そんな金はない」

「費用は心配するな。全部俺が出す」

「余計なことだ。もう俺のことなんか放っておけ」



 カイは小さく息を吐いた。



「みくびってもらっちゃ困る」

「俺は人殺しになったんだよ!」



 病室にソールの声が響いた。


「お前にはわからない! 戦場を見ていない、あの地獄を体験していないお前には!」



 カイは黙って彼を見つめた。悲しげだった。



「戦争とはそういうところだと、わかって行ったんじゃないのか?」

「……本当の意味では、わかっていなかったのかもしれない」



 ソールの顔が歪む。



「周りの奴らが、戦友たちが、どんどん死んでいくんだ。俺は誰も救えなかった。目の前で助けを求める奴がいても、どうにもできなかった。俺だけが……無様に生き残ってしまった」

「絶対に生きて帰るって約束を守ってくれたじゃないか」


「こんな体じゃ意味がない!」

「だから俺の作った義手をつけろと言っているんだ」



 カイは身を乗り出した。



「もう俺は決めた。国からの少ない手当てじゃ、ろくな介護人も雇えない。利き腕がないんじゃ着替えだって苦労する。意地を張るな」

「……」


「ちゃんと神経と繋げる。お前の意思で指も曲がる。飾りじゃないんだ。俺の作る腕は」

「お前……そんな大層なものをどうやって……」

「そこが天才と言われる由縁だよ」



 カイは少しだけ笑った。

 しかし、ソールはまだ首を縦に振らない。



「……でも」

「でもも、しかしもへったくれもない」

「カイ」

「俺と婚約破棄したいなら慰謝料を払え。この義手をつけて、開発した義手のサンプルになれ。それでいい」


「慰謝料……?」

「結婚詐欺で訴えられたくないなら、大人しく手術を受けろ」



 ソールは呆れたようにカイを見た。

 そして、ひどく疲れた顔で尋ねた。



「……そうまでして。お前になんの得がある?」



 カイは一瞬だけ目を伏せた。


「俺の努力を無駄にしたくないんだよ」



 愛しているから。

 そう言えば、今のソールには重すぎるのだろう。


 だから、それ以上は言わなかった。

 長い沈黙のあと、ソールが小さく呟いた。



「……勝手にしろ」


 それは、カイの勝利と言えた。内心では、泣きだしたいくらい、嬉しかった。




 第二章 人形師の腕


 手術は王立魔導工芸院の特別医療室で行われた。

 カイが開発した義手は、従来の魔導義肢とは根本的に違っていた。


 内部には細い魔導金属の繊維が幾重にも張り巡らされ、神経の残存部分と接続する魔力伝導回路が組み込まれている。

 外装は人間の腕に近い形状で、関節の動きも滑らかだった。

 そして、最大の特徴は、装着者の意思を読み取ることだった。


 指を動かそうと思えば動くし、物を握ろうと思えば握れる。


 まるで、本物の腕のように。

 もっとも、神経との接続には激しい痛みが伴った。



「ぐっ……ああっ!」

「ソール、もう少しだ! 魔力回路が安定すれば終わる!」

「ぐっくうっ……!」



 ソールは歯を食いしばった。


 かつて戦場で何度も耐えた痛みとは違う。

 自分の体に、新しいものが繋がっていく感覚。

 それは恐ろしくもあり、どこか懐かしくもあった。


 やがて、医師が声を上げた。



「接続完了! 魔力伝導、正常!」


 カイがソールの顔を覗き込む。



「ソール。右手の指を動かしてみてくれ」



 ソールはゆっくりと意識を集中した。

 動け。

 動いてくれ。カイは神に祈った。

 ぴくり。


 最初に動いたのは人差し指だった。

 続いて、中指、薬指、小指。

 最後に親指が動いた。


 ソールは呆然と自分の手を見つめた。



「……動いた」

「ああ」

「動いた……」



 拳を握る。開く。もう一度、握る。

 その手は確かに、自分の意思に応えていた。



「やったな、ソール」



 己の作った義手が、ソールと繋がった。カイの声が少し震えていた。


 ソールは何かを言おうとした。

 ありがとう。

 そう言えばよかった。


 けれど、その言葉は喉の奥に引っかかって出てこなかった。

 代わりに、彼は顔を背けた。



「……これで、気がすんだか」

「ああ」


 そんな態度でも、カイは嬉しそうに笑っていた。涙目で。

 その笑顔が、ソールには刺さった。胸が締め付けられるほど、綺麗で、眩しすぎた。


 ◆ ◆ ◆


 リハビリは順調だった。

 最初はコップを持つことさえ難しかったが、一週間もすると食器を扱えるようになった。

 二週間後には、簡単な着替えも一人でできた。

 義手の感覚はまだ完全ではないものの、指先に触れたものの硬さや形も、魔導回路を通してある程度認識できる。


 ソールは驚いていた。

 これは、ただの義手ではない。


 人間の体の仕組みを理解し、魔導工学と人形師の技術を融合させた、まったく新しい発明だった。


 それでも彼は、カイに感謝を告げることができなかった。

 自分は片腕を失い、戦友を失い、心まで壊れてしまった。


 こんな自分が、カイの隣に立っていいはずがない。

 そう思い込んでいた。


 そして、退院の日。

 カイは仕事の都合で迎えに来られなかった。

 ソールは一人で部屋に戻った。


 殺風景な部屋。


 小さなテーブルと、古びた椅子。


 窓辺には、カイが昔、誕生日に作ってくれた猫のドールが置いてある。ガラスの瞳が宝石のように煌めいていた。

 義手の右手で軽く撫でた。耳がポロリと経年劣化でもげた。

 嫌な予感がした。

 ポストを確認すると、一通の封書が入っていた。


 差出人はカイだった。


『ソールへ』


 短い手紙だった。


『戦場を知らない者にはわからないと言ったな。

 それなら、俺も紛争地域に行くことにした。

 今も義手や義足を必要としている人たちがいるはずだ。


 俺の作ったものが、誰かの役に立つのなら、そこで終わっても悪くない。


 カイ』


 ソールの手から、手紙が滑り落ちた。



「……馬鹿野郎」



 そこで終わっても悪くない?……だと?

 全身から血の気が引いていく。

 カイはああ見えて頑固だ。

 やると決めたら、誰が何を言おうとやる。


 それに、あの男は自分の身を顧みないところがある。

 いじめられている人間がいたら代わりに殴られるような奴だ。

 危険な場所でも、必要とされれば平気で飛び込んでいく。


「冗談じゃない……!」


 ソールは松葉杖を手に取った。

 左脚の骨折はまだ完治していない。

 それでも、じっとしているわけにはいかなかった。

 タクシーを捕まえ、空港へ向かう。


 その途中だった。

 ラジオから緊急速報が流れた。


『臨時ニュースです。先ほど、帝都国際空港が武装テロリストによって占拠されました。現在、空港内には多数の民間人が取り残されている模様です――』


「……嘘だろ」


『警備隊による突入準備が進められていますが、犯人グループは魔導爆弾を所持している可能性があり――』


「運転手! 空港に急いでくれ!」


「しかし、お客さん、今のニュースを聞いたでしょう!?」

「頼む! あそこに、俺の大切な人がいるんだ!」


 ソールは、残された金をすべて差し出した。

 タクシーは速度を上げた。



 第三章 もう一度、君を守るために



 空港は混乱の渦にあった。

 軍用車両が道路を封鎖し、警備隊が銃を構えている。

 上空には帝国軍の飛行艇が旋回していた。


 ソールはタクシーを降り、松葉杖をついて走ろうとした。



「止まってください! ここから先は立ち入り禁止です!」

「中に知人がいるんだ!」

「全員避難対象です! 下がって!」

「カイという男がいる! 人形師だ! 義手の開発者で――」


 そのときだった。


 空港の建物の奥で、爆発音が響いた。


 人々の悲鳴。


 ガラスが砕け散る音。

 そして、建物の二階から煙が上がった。

 ソールの心臓が凍りつく。



「カイ……!」



 彼は警備隊の制止を振り切ろうとした。


 しかし、まだ足は完全には治っていない。

 松葉杖が地面に滑り、体勢を崩した。

 倒れそうになった瞬間、彼は右手を伸ばした。


 義手が、地面を掴む。

 金属の指がアスファルトを捉え、体を支えた。



「……そうか」



 ソールは自分の右手を見た。

 これは飾りではない。

 カイが自分のために作ってくれた腕だ。


 もう一度、立ち上がる。


「俺は……まだ動ける」



 警備隊の一人が彼を見た。



「あなた、負傷兵ですか!?」

「元軍人だ。戦闘経験がある。中にいる人間を助けたい」

「民間人を入れるわけには――」

「俺はもう、誰かが助けを求めているのを聞きながら、何もできないままでいるのは嫌なんだ!」


 その声に、警備隊員が一瞬だけ言葉を失った。


 やがて、隊長らしき男が彼のギプスの足を見た。



「……その足では無茶では?」

「硬いから大丈夫だ、ほぼ治ってる」

「本当に?」

「ああ」


 ソールは真っ直ぐに隊長を見た。


「せめて、人質の避難誘導くらいはさせてくれ」


 隊長は短く息を吐いた。


「無理はするな。第二部隊に同行しろ!」

「ありがとう」


 ソールは隊員たちとともに、裏口から建物へ入った。


 中は煙が充満していた。

 武装した男たちが、ロビーに人質を集めている。


 ソールは壁際を進みながら、かつての戦場を思い出していた。


 銃声。

 爆発。

 悲鳴。


 倒れていく仲間たち。


 胸が苦しくなる。足がすくむ。

 それでも、彼は前へ進んだ。


 もう、あの頃のように一人で全てを背負う必要はない。

 隣には警備隊員がいる。


 自分には、まだ動く右腕がある。

 そして何より、助けたい人がいる。


「こちらに負傷者がいます!」


 ソールは倒れていた警備員を見つけ、義手で瓦礫を持ち上げた。


 金属の指が軋む。

 だが、持ち上がった。


「大丈夫か!」

「ありがとうございます……!」

「立てるか? 肩を貸す!」


 その後も彼は人質の避難を手伝った。


 そして、二階へ続く階段に差し掛かったとき。


「きゃあああっ!!」


 女性の悲鳴が聞こえた。


「動くなと言ったろう! くそアマ!」


 ガッ!! 続いて打撃音。


「女性に乱暴するな!」


 二階のロビーで女性を庇ったカイが銃で殴られて、額から血を流していた。


「黙れ! イケメンだからってヒーローごっこをするな! 人質の立場をわきまえろ!」

「それと爆弾を解除しろ」

「うるせーな。政府に金を払ってもらうまでそれはできないんだよ!」


 ついにカイに向かって銃口が向けられた。

 ソールは駆け出した。



 机の上には、魔導爆弾の制御装置がある。

 カイの額は血に染まっていた。


「カイ!」


 カイが振り向く。


 その顔に、驚愕が浮かんだ。


「ソール……!?」

「何をしているんだ、お前は!」

「それはこっちの台詞だ! なんでここにいる!?」


「お前を迎えに来た!」

「馬鹿! 帰れ!」

「嫌だ!」


 武装した男が銃口をソールに向けた。


「動くな!」


 ソールは反射的にカイの前に立った。


 銃声が響く。

 咄嗟に手袋をしたままの右腕を掲げる。

 火花が散った。

 弾丸が義手の外装に弾かれ、床に転がる。


 男が目を見開いた。手袋が破れ、金属の腕が露出してる。


「なっ……!?」


 ソールは踏み込んだ。

 右手が男の銃を掴み、強引に捻り上げる。

 金属が悲鳴を上げた。


 銃が床に落ちる。

 続けて警備隊員が突入し、男を取り押さえた。


「確保!」


 別の隊員たちが部屋へ駆け込んでくる。


 カイは女性を庇ったままその場に座り込んでいた。

 ソールは彼の肩を掴んだ。


「怪我は!?」


「俺は大丈夫だ。お前こそ、その足で何をしているんだ!」


「そんなことはどうでもいい!」


「どうでもよくない!」


 カイの声が震えた。


「どうして来たんだ! お前はもう俺なんかどうでもいいんだろう!」


 ソールは彼を見つめた。


「……お前がいなくなるかもしれないと思ったら、怖くて」


「……」


「俺はもう、何も失いたくないんだ」


 カイの表情が変わった。


「ソール……」

「お前に言われて義手をつけた。動くようになった。自分で服も着られるし、食事だってできる。なのに俺は……お前にありがとうの一言も言えなかった」


 ソールの右手が、カイの頬に触れた。


「この腕は、お前が俺にくれたものだ」


 金属の指先は、驚くほど優しく彼の頬を撫でた。


「この右腕には温度がない、前と違って抱きしめても温かくはない。でも、お前が心を込めて作ってくれた腕だ」


 カイの目に涙が浮かぶ。


「悪かった、約束を破って、自分から結婚して欲しいって言ってたのに、俺は……情け無い男だ」


「……ソール」


「俺はこんな体になったからお前にはふさわしくないって思ってた。でも俺はもう、お前まで失いたくない。戦場には行くな、後方支援は今の工房からすればいいだろ?」


 カイはしばらくソールを黙って見つめ、それから首を振った。



「謝罪が全く足りない……」

「カイ……、何回言えば俺を許してくれる?」

「俺の側で一生好きだと言え」



 ノータイムで食い気味に言った。まるで前から用意していた言葉のように。



「……謝罪じゃなくて愛を語れと?」

「……ああ。それが最も効率的な、謝罪の仕方だ。もう、どこにも行くな。それなら俺も、紛争地域には行かないから」


 カイはソールの服を握りしめた。


「もう、どこにも行かない。お前を一人にしない」


 ソールは、彼の背中に腕を回した。

 左腕と、カイが作った右腕。

 その両方で、愛しい人を抱きしめた。



 第四章 太陽の帰還



 空港事件から三か月が過ぎた。

 ソールの左脚から、ようやくギプスが外れた。


 リハビリは続いているが、杖なしでも短い距離なら歩けるようになっていた。


 一方、カイの義肢開発は帝国中の注目を集めることになった。

 空港事件での活躍もあり、王立魔導工芸院から正式な研究協力の申し出が届いた。


 さらに、戦争で手足を失った兵士たちから、義手や義足の製作を依頼されるようになった。


 カイは忙しくなった。


 しかし、今度はソールを置いて一人でどこかへ行くことはなかった。


 二人で小さな工房を構えた。


 ソールは義手の使用感を確かめる試験役となり、実際に生活する上での不便や改良点をカイに伝えた。

 人形師と元兵士。


 二人の技術と経験が合わさり、工房は少しずつ評判になっていった。


 そして、ある春の日。

 ソールはカイを花畑に呼び出した。

 そこには、青いネモフィラの花畑があった。

 その青い色は、カイの瞳の色に似ていた。


 花畑には白くて丸いガーデンテーブルとチェアーがある。

 そのテーブルの上には、二つの指輪が置かれている。


「カイ」

「なんだ?」

「今度こそ、約束を果たそうと思って」


 ソールが指輪を手に取った。


「戦争が終わったら結婚しようと言った」

「ああ」

「戦争は終わった。そして花畑の舞台も揃った」


 ソールはカイの前に跪いた。


「俺と結婚してください」


 カイは目を見開いた。


「……今度は嘘じゃないんだろうな?」

「痛いとこをつくな」

「昔からこういう男なんだ……」



 ソールは笑った。そう、カイは昔から正論で殴ってくる男だった。

 久しぶりに、心の底から笑った。

 かつての太陽のような笑顔だった。



「そんなお前が、狂おしいほど好きだよ、昔から」

「変な趣味だな」

「でも誰より真っ直ぐで綺麗な、俺の最愛の人だ」



 ソールはカイの左手に指輪をはめた。

 そして、もう一つの指輪を手に取ると、カイの手が重なった。


「ソールのは右手につけていいか?」


 ソールは少し驚いた。


「義手の右手の指に?」

「ああ、これが俺の愛の証だし」



 カイはソールの義手の手を握った。



「確かに」


 カイは、ソールの魔導金属の指に指輪を通した。


「入るか?」

「フリーサイズのだからいける」


 指輪のサイズが分からず、そもそも切れ目が入っているフリーサイズのものを選んだから、広げるのも簡単。

 ソールはその手を見つめた。

 戦場で失ったもの。

 自分にはもう戻らないと思っていたもの。


 それを、カイは新しい形で与えてくれた。


「カイ」

「なに?」

「ありがとう」


 今度は、ちゃんと言えた。


「俺を見捨てないでいてくれて、ありがとう」


 カイは笑った。


「見捨てるわけないだろ」

「ありがとう……」

「愛してるを一生言わせるからな」

「ははっ、愛してる」

「む、笑ったから、やり直し!」



 二人は顔を見合わせて笑った。

 ソールはカイを抱きしめて、それから抱え上げた。



「愛してる!!」

「……おい、今なんで抱えた?」

「お前のくれた腕がこんなに頼もしいって伝わるだろ?」

「それは……確かに」



 しばらくしてカイを地に下ろしてから、近くの教会に行った。



 静かな教会に、音はなかった。ステンドグラスの光が二人を包んでいる。ひび割れた色ガラスを通して、赤と青と金の光が石の床に散らばっている。



 唇を重ねた。長いキスだった。



 ソールが目を閉じた。義手がカイの腰に回っている。金属の指が、シャツの布地を掴んでいる。力加減を間違えそうになって、少し緩めて、また掴んだ。



 四年ぶりのキスだった。

 いや。


 ソールが知っている最後のキスは、出発前のものだ。あれは軽かった。唇が触れただけ。行ってくる、と笑った。カイも笑った。



 今は違う。深いキスだった。



 教会の鐘が鳴った。誰も鳴らしていないのに。風が揺らしたのか。錆びた鐘が低い音を一つ、石造りの天井に反響させた。



 祝福のようで。

 弔いのようで。


 どちらでもあったのかもしれない。



 戦争が奪ったものと、戦争が繋いだもの。その両方を告げる鐘の音だった。



 その日、ソールは久しぶりに思った。


 自分は生きている。

 右腕を失っても。戦友を失っても。


 あの戦場で過ごした日々が消えることはなくても。

 それでも、自分には未来がある。

 愛する人と生きていく未来が。



 終章 人形師の最高傑作



 数年後。


 カイの工房は、帝国でも有数の魔導義肢工房となっていた。


 戦争で傷ついた兵士たちだけでなく、生まれつき手足に障害を持つ者たちも訪れるようになった。


 そして、工房の奥には、一体の女の子の人形が椅子に座った状態で飾られていた。

 ソールに似た金髪の髪に、カイに似た青い瞳。


 右腕には耳が修復された猫のドールを抱えて、エプロンドレスを着て、穏やかな笑みを浮かべている。

 人形のモデルは、二人だった。


「おい、カイ。これはいつ作ったんだ?」

「三日前に完成した」

「俺達の子の代わりか」

「ああ、この子、喋るんだよ」


「ほんとか? こんにちは、パパだよ!」

『パパ』

「本当に喋った!」


 ソールは目を丸くして驚いた。そして振り向いて問う。


「カイ、お前はママ?」

「パパが二人いるんだよ」

『パパ、二人……』


 ソールはその子を見つめた。

 そして両手で抱きしめた。


 義手の右手も指先で繊細な作業もできるし、カイの手を握ることもできる。

 そして、薬指には結婚指輪が光っていた。


「なあ、カイ、この子の名前は?」

「お前がつけていい」

「人間が生きていくのに、必要なのは、太陽と水と、それから……」

「風か?」

「風もいいが、愛かな」


「すると?」

「エイミーとか」

「意味は……愛された者?」

「ああ」

『私、エイミー』

「ああ、そうだよ」



 ソールはカイとエイミーを引き寄せた。


「二人とも、俺の大事な宝物だ」

「ああ」


 カイは目を細め、ソールの胸に顔を埋めた。


「そして俺が帰る場所でもある」

「ああ、そうだな」

『パパ……』



 かつて太陽のようだった男は、もう以前と同じではない。

 傷も、記憶も、失ったものも、すべて抱えて生きている。


 それでも彼は、再び笑えるようになった。

 太陽は、一度沈んだからといって消えてしまうわけではない。


 また朝が来れば、昇るのだから。


 そして今度は、彼の隣に、その光を受け止める人がいる。

 湖のように、静かで美しい青い瞳の人形師と、エイミー。


 二人の約束は、今度こそ永遠になり、教会の鐘の音が、もう一度遠くで響いた。


 高く青く澄んだ青空に、溶けていくように。



 完


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。