第01話 運命の夜会(1)
曇天。
未来を暗示するかのように、分厚い雲が星空に蓋をしていた。
冷たい風が枯葉を巻き上げ、小動物たちは怯えるように木陰に身を隠している。
世界は、深い闇の気配の中――
だが、そこには歌が在った。
世界を温かく融かすように。
彩り、輝きを放つように。
闇を打ち払う、空気よりも透き通った歌が広がってゆく。
風に乗り、響き、木霊する。
木々は歌い、木の葉は踊り、野リスは音に舞う。
ここ、帝都の中心――輝ける光華殿。その中庭を、一人の少女が歌で染め上げていた。
<幾千の時を越え、愛の為にぼくらは~>
煌びやかな宝飾に彩られたナイトドレスを纏い、美しい黄金色のウェーブを靡かせ、目を閉じ、両手を広げ、世界へ届けるように歌を紡ぐ少女。
彼女の歌は、どこか浮世離れしている響きを持ちながらも、まさしく世界と人の美しさを賛美し、光り輝かせていた。
しかし、そんな輝ける歌劇も唐突に終わりの時を迎える。
具足が石畳を叩き、鎧の鈑金が打ち合う音。けたたましく、戦を予感させるような音を響かせる衛士を引き連れ、武骨な影が少女へ近付く。
迫る異音にメロディーは微かに揺れ、尚も紡がれる歌を引き裂くように駆け寄った影の手が、無造作に少女の腕を取った。
「ソアラ!」
影――見事な体躯と高貴さを感じさせる気品を持ち合わせた青年。その口から発したのは、歌う少女の名前。その目を自分へと向けさせるため、強く腕を引く。
「――ッ!」
遠慮のかけらもない強引な振る舞いに、ソアラの口からは歌の代わりに声にならない悲鳴があがり、視線は自然と痛みをもたらした青年の方へと向かう。
「……殿、下?」
「こんなところで、何をしているッ!」
雰囲気を一瞬で支配する、雷鳴のごとき大音声の詰問。
歌は止み、周りで共に歌い踊っていた小動物も、虫も、風さえも、息を潜めてしまう。
時が止まったかのような静寂。交差する二人の視線。
伏し目がちになるソアラと、にわかに表情を尖らせる皇子。
「……またその目か」
あからさまに舌打ちをし、不機嫌さを隠そうともせず、むしろぶつけるような調子で言葉を続ける。
「今日の夜会には陛下も参加されるのだぞ。こんなところで訳の分からん歌などに現を抜かして、何のつもりだ!」
それは返答を期待しての言葉ではない。
皇子は掴んだ腕をそのままに、踵を返すと、まるでソアラを引き摺るかのような勢いで歩き出した。歩幅などを考慮する様子もなく、自身の中に渦巻く苛立ちを発散するように、乱暴に、ぞんざいに。
「もたもたするなッ!」
中庭を抜け、宮殿の回廊を進み、離れへ向かう扉をくぐり外部廊下に出る。
整然と敷き詰められた石畳。
丁寧に剪定された植樹。
その先に聳える、会場となる貴賓館へ。
そこは、煌々とした灯りと人々の熱気で宵闇を侵し、一種独特な雰囲気で存在感を醸していた。
夜会の開催時間は迫っている。
しかし、皇子はここまで引き摺ってきたソアラの姿を確認すると、再び舌打ちをし、その足を止めた。
「服と髪を整えろ」
誰がこのような姿にしたのだ。
そんな抗議の声を上げることもできず、ソアラは俯きながら謝罪と了承の意を示し、自らの手で
装いを整えてゆく。
手慣れた様子で……しかし、簡単に整うものでもない。
次第に周囲には、皇子を追い抜くこともできず、また、声をかけることもできずに遠巻きにすることしかできない、夜会の参加者が分厚い人垣を築いていた。
それがよりいっそう皇子の癇に障った。
落ち着きなく体を揺すり、舌打ちを繰り返す。
先程までは声を弾ませていたソアラは、いまや皇子から発せられる音の一つ一つに身体を小さく震わせながら、必死に手を動かしている。
やがて、装いを正したソアラは、涙の混じりそうな声で皇子に準備の完了と謝罪を報告する。
ただ、手を差し伸べるだけで応える皇子。
ソアラがその手を取り、二人が歩き出すと、皇子の苛立ちに合わせるように張り詰めていた空気が、僅かに弛緩した。
二人から僅かに間を置き、人垣は崩れ、人々は移動を開始する。
彼らの多くの者は、先ほどの緊張はどこへやら。穏やかな表情をしていた。
それは、この後の夜会で発表される内容を、既に聞き及んでいるが故。そして同時に、目の前を歩く少女を憐れみの視線を向けずにはいられなかった。
そして、そんな視線を背中に感じるソアラは、この場の中で唯一、その顔を絶望に染めている。
この夜会で自分に降りかかる運命。
聞かされていない。本来知り得るはずのない運命を正確に把握し、小さく呟いた。
「今日、だったの……? 私、間に合わなかった――」
久しぶりのWEB連載ものですが、亀更新(週一更新)です。
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