恋は逃げれば追いかけたくなるっていうけれども、あまりにも酷いとその気もなくなるわよね
いつの頃からこんな関係になったのかしら。
マリーディア・ペンド公爵令嬢には、レイン・ファルト公爵令息というそれはもう、金髪碧眼の美しい婚約者がいた。
婚約した当初、互いに13歳の時はとても優しくて素敵な婚約者だったのだ。
それなのに、今は二人とも17歳。
口も利いてくれない程、仲は悪化している。
何が悪かったのかマリーディアには心当たりがない。
誕生日プレゼントも欠かしたことはない。
レインの好きそうな歴史の本や、高級な素材で出来たペン等、色々とこちらから贈った。
向こうからも、綺麗な首飾りや、腕輪等、贈ってくれて。
ときたま開催されるお茶会でも、とても仲良く話をした。
レインはおしゃべりな男性だった。
「私は、ファルト公爵領の為にも、このペデリー王国の為に、役に立ちたい人間になりたいんだ」
「素晴らしいですわ。わたくしも是非、協力したいものです」
「そう言ってくれて嬉しいよ」
彼の夢を聞く事が好きだった。
彼と話をするのが楽しかった。
未来はバラ色、そう思っていたのだ。
それなのに。
交流の場が減って行った。
たまにテラスでお茶をしても、彼は自分の話をしなくなった。
夢を語らなくなった。
仕方ないから、こちらから、最近あった事の話をした。
でも、彼は頷くだけで、心ここにあらずといった感じで。
他に好きな人が出来たの?
貴方の目の前にいるのはこのわたくしなのよ。
それなのに、話すらちゃんと聞いてくれないの?
悲しい、悔しい、寂しい。
だから、ある日、彼に聞いてみた。
「わたくしのどこが気に入りませんの。わたくしはレイン様と良い関係を築いていけたらと思っております。でも、レイン様はわたくしと話をすることさえ、乗り気でないご様子。訳をお話し願えないでしょうか。わたくしたちは将来、夫婦になるのですから、何事も相談をして乗り越えていきたいと思っております」
レインは笑って、
「何でもない。何でもないんだ。大丈夫だよ。私を信じてくれ」
としか言ってくれない。
どこが大丈夫なの?貴方は自分の話をしないじゃない?
そう叫びたかった。でも、叫べなかった。
ただただ、気まずい空気のまま、その日の交流の茶の席は終わってしまった。
そんなとある日、レインが王国のリーティリア王女と共に居るところを見てしまった。
リーティリア王女の歳は17歳。マリーディアや、レインと同い年だ。
マリーディアはレインに手紙を出して、夜会に出席したいからエスコートをしてほしいと頼んでいた。でも、レインは都合がつかないと断ってきたのだ。
だから、兄リセルに頼んで、エスコートをしてもらい夜会に出席した。
何故、この夜会に出席したかったのか?それは女性なら誰しも憧れるマルテの最新作の首飾りを王妃様が着けて出席するというからだ。
マルテの首飾り。最高の美しさを体現していると言われているバルセル・マルテ作の首飾りだ。マルテ商会は美しいアクセサリーを得意とする商会である。
王妃がマルテ商会を気に入っていて、貴族の令嬢達にも人気があった。
デザインが細かくて首飾りごとに、珍しい宝石が使われてとても綺麗で。
マリーディアは特に緑の石の首飾りが好きだった。でも、他の宝石の首飾りもとても綺麗て。
マリーディアもその最新作と言われている首飾りを見たかった。
レインに断られたので、兄のリセルに頼んで、夜会に出席したのだ。
レインが王女リーティリアをエスコートして会場に現れたのを見て、マリーディアは凍り付いた。
レインはわたくしの婚約者よ。それは最近は仲が悪かったかもしれない。
でも、何故、どうして?まだ婚約者のはずよ。
レインと仲を深めようとした。でも、レインの心はきっと、リーティリア王女様に?だからわたくしを相手に心が上の空だったの?どうしてなんで?
兄のリセルが不機嫌に、
「マリーディアの婚約者のはずだぞ。あの男。何を考えているんだ?」
リーティリア王女は美しい。マリーディアが茶の髪の平凡な顔立ちなのに比べて、輝く程の金髪のそれはもう美しい王女だ。
美しいレインにエスコートされるリーティリア王女。二人は絵になっていて。
マリーディアはリセルが止めるのも聞かずに、思わず二人の前に進み出て、
「レイン様。何故、王女様をエスコート?わたくしのエスコートは断って王女様を?」
レインはリーティリア王女の手の甲に口づけを落としながら、
「王女様に頼まれたので、そちらを優先した。誠に申し訳ない」
リーティリア王女はこれ見よがしにこちらを見て、
「貴方より、レインはわたくしがいいみたい。だってわたくしの方が美しいですもの」
レインとリーティリア王女は見つめ合っていて。
その時、マリーディアは悟った。
レインはリーティリア王女に恋している。
私を信じてくれって?信じられないわ。
マリーディアは父ペンド公爵を通じて、ファルト公爵家の意向を聞いて貰った。
ファルト公爵家はレインとマリーディアの婚約を続ける意向だとの事。
あまりにも頭に来たので、マリーディア自身が兄リセルと共に、直接、ファルト公爵家のレインを訪ねた。
客間でファルト公爵とレインが、マリーディアとリセルに応対した。
マリーディアがレインに、
「父から聞きました。わたくしとの婚約を継続するとの事」
レインは、
「婚約は契約だから。続けるのが当たり前だろう」
「でも、貴方はわたくしではなく、リーティリア王女様をこの間、エスコートしていましたわ」
「仕方ないじゃないか。王女様に頼まれたんだ。エスコートしてくれって。あのお美しい王女様にだ。断ることはできないだろう」
「貴方は、わたくしに信じてくれと言っておりました。何を信じたらよいのでしょうか?」
ファルト公爵が、
「君の父上に言った通り、婚約は継続する。リーティリア王女様とレインとはなんでもない」
レインも頷いて、
「何でもない。別にリーティリア王女様と、私は何でもない」
「信じられませんわ」
「そもそも、リーティリア王女様は来年、隣国へ嫁がれるだろう。そう決まっている。だから、私とはなんでもない」
「それなら、良いのですが」
何だかモヤっとする。
本当に何でもないの?貴方を信じていいの?
その日は兄と共にペンド公爵家に戻った。
でも、レインの態度は改まる事は無かった。
よく、リーティリア王女を伴って夜会に出席すると耳に入ってくるようになった。
二人はそれはもう親し気にダンスを踊って談笑していると。
マリーディアは疲れ果ててしまった。
何を信じていいのか解らない。
そんな中、ファルト公爵家から婚約を解消して欲しいと話があった。
なんでも、リーティリア王女の隣国へ嫁ぐ話が無くなったとかで、レインと婚約を結ぶ事になったとのこと。
レインとの不貞を隣国の王家から疑われたのであろう。レインは責任を取る形になったと言っていた。
その話を父から聞いたマリーディアは泣き崩れた。
レインの事がわたくし、好きだったんだわ。
彼が夢を語る姿が好き。
でも、それは遠い昔の事‥‥‥
マリーディアはレインから貰った首飾りや腕輪を全て、捨てた。
翌日、レインが面会に来たと聞いた。
会いたくない。婚約を解消された今頃、何の用なの?
父が追い払ってくれたようだ。
レインは門の外にまだいると、使用人が教えてくれた。
会いたい。会って話をしたい。
マリーディアは門の前まで行った。
レインはマリーディアを見て嬉しそうな顔をした。
「私はマリーディアの事を愛しているんだ。ただ、ただ、冷たくした方が、女性は追いかけてきてくれると、友達が。だから、わざと冷たくしたいんだ。関心のないふりをした。それなのに、リーティリア王女と結婚することになってしまった。リーティリア王女は贅沢好きで、私は贅沢好きな女は好きじゃないんだ。だって、公爵領の為に金を余計な事に使う訳にはいかないだろう。私は君が好きなんだ。君ならしっかりと私の夢を支えてくれるだろう?我がファルト公爵領の為に。それなのに、父が承諾してしまった。リーティリア王女が乗り気だと。王家の命令だから受けねばならないと。どうか、お願いだ。君から、私の父上に頼んでくれないか?父は私の言葉に耳を傾けてくれない。私の事を愛しているから、どうか私と婚約をしたいって。私だって君の事を愛しているんだ。きっと強く君からお願いすれば、父上だって王家に断ってくれるかもしれない。断ってくれるに違いない」
マリーディアは呆れ果てた。
あのお茶会の気まずい時間はなんだったの?
今までわたくしの事をないがしろにして、リーティリア王女様ばかりエスコートしてダンスをしていたのは???
それに、王家からの命令を断れないでしょう。不貞を疑われていたのよ。責任を取るのが当たり前でしょう。
「おめでとうございます。レイン様。どうかリーティリア王女様とお幸せに」
レインは驚いたような顔をした。
「何を言っているんだ。君は私の事を愛しているのではなかったのか?」
「好きでしたわ。でも、その心は無くなりました。どうか、リーティリア王女様とお幸せに」
背を向けた。
レインが泣き叫んだ。
「愛しているっ。君しかいないんだ。マリーディア」
「だったら、素直にわたくしを愛してくれたらよかったのに。さようなら。レイン様」
レインへの想いに別れを告げた。
一年後、マリーディアは婚約者の男性と共にお茶をしていた。
「何を考えていたんだ?マリーディア」
男性がマリーディアに聞いてくる。
「ちょっと昔の事よ。ハルド様」
ハルドは、エフェル公爵家の令息だ。マリーディアにあの後、婚約を申し込んで来た。
ハルドとの仲は良好だ。
マリーディアはお茶を飲みながら、
「恋は逃げれば追いかけたくなるっていうけれども、あまりにも酷いとその気もなくなるわよね」
「ああ、君の昔の婚約者の事か。君の事が好きすぎて無関心を装ったとか、リーティリア王女様と仲良くしていたとか。今は苦労しているらしいね。リーティリア王女様は贅沢好きだから」
「貴方は?わたくしの事を試したりしないわよね?」
「馬鹿馬鹿しい。そういう事は子供のすることだ。私はそんな事はしないよ」
マリーディアは18歳になった。ハルドは23歳だ。
ハルドはマリーディアに向かって微笑んで、
「さて、昔の話はともかく、もっと将来の話をしよう」
「ええ、そうしましょう」
ハルドと仲良くお茶を飲む。過去の男の事なんて忘れて、今はハルドとの未来に夢を乗せて、希望に胸を膨らますマリーディアであった。
レインは絶望に打ちひしがれていた。
恋は逃げれば追いかけたくなる。
そう、友達は言っていた。
初めてマリーディアに会った時に、なんて可憐で素敵な女の子だと思った。
華やかな美人という訳ではない。どちらかというと野に咲く花のようなそんな感じだ。
でも、レインにとってはまさに理想の女の子だった。
だから、マリーディアに向かって、
「わ、私はマリーディアと婚約を結べて嬉しいです」
と真っ赤になって言ったのだ。
マリーディアも赤くなりながら、
「わたくしも嬉しいですわ」
共に13歳。なんだか胸がドキドキした。
マリーディアに会うたびに好きになる。
将来の夢の話をした。
ファルト公爵領をもっと豊かにしたい。
公爵になったら、父以上に働いて、皆が笑顔になる公爵領にするんだ。
公爵領が豊かになったら、このペデリー王国も豊かになる。
そんな話を熱心にしたら、マリーディアが嬉しそうに聞いてくれた。
そんな日々が愛しくて。
マリーディアから誕生日に貰えた本や、ペンは宝物で。
アクセサリーを誕生日にこちらからも贈った。
彼女が好きな緑の石の入った首飾りや、凝った細工の腕輪、綺麗な耳飾りを自ら選んで贈った。
マリーディアは特にバルセル・マルテが作るマルテ商会の緑の石の首飾りが好きだった。
でも、マルテ商会の首飾りは高い。父から許可がおりなかった。
だから、似た感じの緑の石が入った首飾りを選んだ。
マリーディアはそれでも、嬉しそうに贈ったものをその都度、着けて見せてくれて。
「有難うございます。宝物にしますわ」
特に首飾りは喜んでくれて。
「まぁ、マルテ商会の首飾りに似ていますわ。わたくしの好みの首飾りを。有難うございます」
その微笑みがとても嬉しかったのだ。
だが、とある日、王宮で会った友達に言われた。
「女っていうものは追いかければ逃げていく。お前は逃げられたいのか?少しは冷たくしたり嫉妬をさせた方がいいぞ。愛されているって実感できて」
「そんなものか?」
マリーディアに愛されたい。興味を持たれたい。
だから、マリーディアに冷たくすることにした。
お茶会の頻度を減らして、会った時も、関心のないふりをした。
マリーディアから一生懸命、話題を振ってくるのが嬉しくて。愛されているんだって実感して。
もっともっと、話をしてくれよ。私は君の事なんて関心がないんだからさ。
王宮の夜会でマリーディアからエスコートを頼まれたが断った。
以前から、うっとおしいと思っていたリーティリア王女がエスコートを頼んで来たのだ。
あの女はそれはもう美人だけど、あんなこれみよがしな美人は好みじゃない。
大体、化粧が濃すぎる。マリーディアの薄化粧の方が余程、好みだ。
胸だって、これみよがしに、ドレスの胸元を開けて、
リーティリア王女をエスコートした。
リーティリア王女は、
「貴方にエスコートされたかったの。隣国へ嫁ぐなんて嫌なのよ。だから嫁ぐ前に貴方とダンスを踊りたかったの。嬉しいわ」
だなんて言って来た。
本当なら、マリーディアとダンスを踊りたい。
ああ、でも、マリーディアが文句を言って来た。
「レイン様。何故、王女様をエスコート?わたくしのエスコートは断って王女様を?」
レインはリーティリア王女の手の甲に口づけを落としながら、
「王女様に頼まれたので、そちらを優先した。誠に申し訳ない」
リーティリア王女はこれ見よがしにこちらを見て、
「貴方より、レインはわたくしがいいみたい。だってわたくしの方が美しいですもの」
マリーディアの方が余程、清楚で美しいじゃないか。
これみよがしな、化粧の濃いお前なんて毒花だ。
焼きもちを妬かれるなんてなんて心地よい。
もっともっともっと焼きもちを妬いてくれ。
あの後、何度もリーティリア王女を夜会に誘いエスコートした。ダンスを踊った。
そんな事を繰り返していたら、リーティリア王女が隣国へ嫁ぐ話が無くなった。
自分と淫らな関係だと隣国が疑って婚約を解消してきたのだ。
責任取ってリーティリア王女と結婚しろと、父であるファルト公爵に言われた。
「父上。私の婚約者はマリーディアですっ」
「ペンド公爵家には納得してもらった。婚約解消が成立している」
「父上っ。私はっ」
「お前だって、リーティリア王女様が好きなのだろう。よかったのではないのか?」
違う違う違う。私が好きなのはマリーディアだ。
だから、マリーディアの家に行った。
家に入れて貰えなかった。
でも、マリーディアが門の前に出てきたから、思いのたけを告白したのに、マリーディアは、
「おめでとうございます。レイン様。どうかリーティリア王女様とお幸せに」
と言われてしまって、家の中に入って行ってしまった。
嘘だろ。マリーディア。私の事をそんな簡単に諦めていいのか???
「マリーディアっ。お願いだ。もう一度、戻って来てくれーーーマリーディアっ」
そこへ、騎士の恰好をした男性達が通りかかった。一部始終の会話を聞いていたらしい。
一人の金髪の男性に声をかけられた。
「お前は美男の屑だな」
「美男の屑だって?私はただただ、マリーディアに追いかけられたかった。それだけだ」
「いくらなんでも、やりすぎたら女性の心は冷めるってものだ。それも解らなかったなんて。屑としか言いようがないだろう」
屑だったのか?私は‥‥‥
金髪の男性は、
「俺達は美男の屑をさらって教育するヴォルフレッド騎士団だ。だが、お前はさらわない。意図しない相手と結婚をして後悔し続ける人生を選ぶ方がいいと思ったからな」
そう言って男性達は去って行った。
意図しない相手と結婚をして後悔し続ける人生。
リーティリア王女は贅沢好きだ。
ファルト公爵家の金を湯水のごとく使うだろう。
かといって王家から来た王女を離縁する訳にはいかない。
涙を流すレインであった。
あれからわずか二月でマリーディアが婚約したという話を聞いた。
レインはリーティリア王女との付き合いにウンザリしている所だ。
結婚式は豪華にしなくてはならない。
金がかかって仕方が無い。
自分の夢はどうなった?
「ねぇ。ドレスは宝石をふんだんに使って飾りたいわ。わたくしは世界で一番豪華な結婚式を挙げたいの。ね?レイン。いいでしょう?」
うんざりする。ああ、ずっと、これが続くのか?
いや、公爵家がもたないかもしれないな。
マリーディア。愛している。私は一生、君の事を愛し続けるよ。
マリーディアはハルドと結婚し、三人の息子に恵まれ、幸せに暮らした。
一方、ファルト公爵家に嫁いだリーティリア王女は二年後、病死した。
レインは公爵家を出て、バルセル・マルテに弟子入りし、一生、綺麗な緑の石の首飾りを作って過ごしたと言われている。




