現実になった恐怖
【ステータス / クエスト】
目的: ヒロイン(真冬)を卒業式の日まで生存させる
現在の試行回数: 不明
前回の結果: 失敗(真冬、失血死)
残り時間: なし(無限)
警告: 世界はリセットされる。しかし記憶は引き継がれる。
その朝、私は病院の入り口に立っていた。いつものように。真冬が小走りで駆け寄ってくる。笑顔。いつもの笑顔。
「一路! 帰ろう!」
私はただうなずくだけ。あまり話さない。二人で病院を後にする。空は晴れている。風はそよそよと吹いている。鳥たちがさえずっている。すべてが同じ。でも、私は違う。
道の途中で、真冬が右側の公園を見つけた。顔がパッと明るくなる。
「一路、公園でお昼ご飯にしない? 作ったお弁当、結構多めなんだ。」
私はしばらくうつむいた。拳を握りしめる。ダメだ。ダメなんだ。もし公園で止まったら――何が起こるかわからない。リスクは取れない。
「悪い、真冬。でも、もっと早く帰れないか?」
真冬は目を見開いた。少し驚いたように。でも、なぜかは尋ねなかった。ただ小さく微笑んだ。
「わかったよ、一路くん。じゃあ、すぐ帰ろう。」
私はほっと息をついた。私たちは止まることなく歩き続けた。
時間は過ぎ、もう昼になった。私たちは家の前に着いた。
「一路くん、着いたよ。じゃあ、私そろそろ帰るね。」真冬は微笑んで、背を向けようとした。
心臓が脈打つ。ダメだ。行かせられない。もし今彼女が帰ったら――彼女は死ぬ。絶対に死ぬ。
私の手は勝手に動いていた。彼女の手首を掴んでいた。
真冬は驚いた。目を見開く。
「一路くん?」
「頼む。」私の声は掠れていた。震えそうだった。「一緒にいてくれ、真冬。夕方まで。頼むから。」
真冬は黙った。私の顔を見つめた。絶望に染まった顔。溺れている人間が、唯一の浮き輪にしがみついているような顔。
「……一路。本当に、大丈夫じゃないんだね。」
私は答えなかった。ただ彼女の瞳を見つめた。無邪気な瞳。何も知らない瞳。
真冬はそっと息をついた。そして、小さく微笑んだ。優しい笑顔。
「わかったよ。夕方まで一緒にいてあげる。でも、その後は帰らなきゃダメだよ。」
私はうなずいた。
「……ありがとう、真冬。」
「あーもう、お礼なんていいよ。大げさすぎ。」
二人で家の中に入り、真冬が作ってくれたお弁当を食べた。時間は過ぎた。太陽が西に傾き始める。オレンジ色の光が窓から差し込む。もう夕方だ。私が最も恐れる時間。今は午後4時。彼女をここに留めなければならない。彼女を帰してはいけない。行かせてはいけない。でも、ずっと暗い顔をしているわけにもいかない。ずっと暗い顔をしていたら、真冬はもっと心配する。ずっと質問してくる。助けようとしてくる。私は……普通のふりをしなければならない。
「真冬。先週公開された映画、知ってるか?」
真冬は目を見開いた。少し驚いたように。そして、笑った。明るい笑顔が戻ってくる。
「ああ、それ! まだ観てないんだけど、友達がすごく面白いって言ってた!」
彼女は興奮して話し始めた。聞いたあらすじについて。お気に入りの俳優について。今度一緒に観に行きたいと。私はただ聞いている。時々うなずく。時々小さく笑う。これでいい。彼女は心配していない。彼女は質問しない。彼女はただ……幸せそうだ。
しばらくして、20分ほど経っただろうか。突然、玄関のベルが鳴った。
ピンポーン。
私は扉の方を向いた。誰だ? すると外から声が聞こえた。
「一路、お母さんよ! ドアを開けてくれない? 手が荷物でいっぱいなの!」
真冬はそれを聞いて、反射的に扉の方へ向かった。
「はーい、ちょっと待ってね!」
彼女は早足で歩く。その手はもうドアノブに掛かっている。でもその瞬間、私は思い出した。なぜお母さんは私にドアを開けてほしいと言うんだ? 自分で鍵を持っているはずだろう? それに、お母さんは私がもう退院したって知っているのか? 一瞬で、私は気づき、そして同時に恐怖した。一方で、真冬はもう扉の前にいる。ドアノブを握っている。鍵を開けようとしている。
「真冬! 開けるな!」
私は叫んだ。できるだけ大声で。でも、もう遅かった。
カチッ。
すると扉が外からものすごい勢いで開いた。
バンッ!
扉が真冬の体を殴った。彼女の小さな体は後ろに飛ばされ、床を転がった。頭はテーブルの隅にぶつかりそうになった。
「あぁ…!」
うめき声。かすかに。苦しそうに。血がこめかみから流れ始める。私の目が見開かれる。
「ダメだ。ダメだ。ダメだ。」
扉の外に、影が立っていた。黒い服。防弾チョッキ。右手にナイフ。腰に光る何か――別のナイフか。それとも拳銃か。顔は覆われている。目だけが見える。冷たい目。無表情な目。まるでゴミを見るかのような目。言葉はない。脅しもない。交渉もない。彼はただ中へ歩み寄る。一歩。二歩。私は待っていられなかった。
私はじっとしていなかった。残っている力を振り絞って、私は立ち上がった。体は震えている。傷はまだ痛む。でも構わない。
「このクソ野郎…!」
私は叫びながらその影に向かって拳を振り抜いた。しかし彼は片手で軽々と払いのけた。まるでハエを払うように。私は諦めない。また拳を振るった。左。右。蹴りを入れる。無駄だった。彼は壁のようだ。私の攻撃はすべて容易に避けられる。彼はほとんど動きもしない。
「お前なんかに…!」
私は彼の袖を掴んだ。彼を倒そうとした。しかし彼は私を押し、私は後ろに飛ばされて壁にぶつかった。
「ぐっ…!」
背中が焼けるように痛い。しかし私は立ち上がる。ここで倒れるわけにはいかない。諦めるわけにはいかない。
「一路…」
後ろから真冬の声。かすかに。ほとんど聞こえない。彼女はまだ床に横たわっている。こめかみからまだ血が流れている。目は閉じかけている。ダメだ。ダメだ。今はやめてくれ。
私は彼女のもとへ走る。彼女を背負う。ここから連れ出す。しかし、その影の方が速かった。片腕が私の首に絡みつく。締め付ける。強い。解けない。
「離せ…!」
私は必死に逃れようとする。しかし私の体はあまりにも弱っていた。目の前で、彼のもう一方の腕がナイフに手を伸ばす。
「やめろ…やめろ!」
私は叫ぶ。私は戦う。やっとあの締め付けから逃れられそうになった――しかし、時間は私に味方しなかった。
ズブッ。
ナイフが肉を貫く音。一突き。速い。正確。そして――静寂。悲鳴もない。泣き声もない。何の音もしない。真冬――その目が見開かれる。口が開く。しかし音は出ない。血が唇から流れ始める。赤い。どす黒い。制服に垂れる。床に垂れる。すべてが静まり返る。私の耳が鳴る。視界がぼやける。私が見ているのは、真冬――ゆっくりと横に倒れていくその姿だけ。
ドサッ。
彼女の体が床に触れる。血が広がる。そして私は――ただ呆然と立ち尽くす。凍りつく。叫べない。泣けない。何もできない。
その影が私を解放した。私は床に崩れ落ちる。膝が立たない。手が震える。
「真冬…」
私は彼女のもとへ這っていく。彼女の手を握る。まだ温かい。でも、ゆっくりと――冷たくなっていく。
「真冬…真冬…行くな…置いて行くな…頼む…」
しかし答えはない。決して答えはない。私の背後で、その影はまだ立っている。無言で。私を見つめている。言葉はなく、反省もない。彼はただ……見ているだけだ。
【クエスト:ヒロインを卒業式の日まで生存させよ】
【状態:失敗】
【要因:胸部刺し傷による死亡】
【クエスト失敗のため、世界をリセットします――】
私はその先を読まなかった。どうでもよかった。私はただ、冷たくなっていく真冬の体を抱きしめた。
世界が回る。色が混ざり合う。音が消える。
朝。土曜日。空は晴れている。そよ風が体を撫でていく。着替えの入った小さなバッグが手にある。傷はまだ痛む。すべてがさっきと同じだった。何もなかったかのように。
「一路!」
遠くから聞き慣れた声。真冬が小走りで駆け寄ってくる。笑顔。いつもの笑顔。
「もう退院したんだ? まだ一週間くらい入院すると思ってたよ!」
私は答えない。ただ彼女を見つめる。優しい顔。無邪気な顔。彼女は知らない。彼女は数分前――私が冷たくなった彼女の体を抱きしめていたことを。彼女は知らない。私の家で――彼女の血が床に広がっていたことを。彼女は知らない。そして永遠に知ることはない。
「……一路? どうしたの? 顔色、すごく悪いよ。」
私はそっと首を振る。
「……何でもない、行こう。」
それは嘘だった。でも、私はもう彼女に嘘をつくことに慣れていた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
次回のエピソードをお楽しみに。




