番外編:君を愛することはない
リクエストがあったので書き下ろし。
次女の夫の公爵閣下のお話。ドロドロしている。
─『ウォールリリーに三花あり。』かつて第一王女と婚約をするために若くして渡航してきた海向こうの王子と、彼と共にやってきた使者が我が国の王女達を見て大仰に褒めた言葉を思い出す。
女性を褒める言葉に花を使うのはどこもおなじか、なんて少し失望した記憶と共にそれを思い出したのは目の前にその三花の一人…華やかなりダァリアと褒め讃えられた第二王女、イザベラ姫が微笑んでいるからに違いない。
「ねぇ、あなた、私の夫になりませんこと?」
そんな、ふざけたことを抜かしながら、華やかに美しく、──毒のように笑って。
この国王家はどこかおかしい。それは、長らく国を支えてきた貴族の一人として薄ら寒く感じる、確かな違和感だった。
公爵家の人間として生まれ、育まれてきた自分には、平民達と自分達が違う生き物だと感じる。そして、それと同じように、王家の人間と貴族の自分は、違う生き物だと、そう。
なにも見た目がそこまで違うわけではない。でも、根本として少しずれているのだ。
かつて、この国は割れていた。先祖からすれば広大な大地だったのだろうこの国の支配権を争って──海向こうから運ばれた地図を見ると、あまりにも小さく見えるこの島の中で、小さな国をいくつも作って沢山殺し合っていた。
戦争は長く続き、結果勝利した派閥の長を王としてようやくまとまり、平和を得た。その派閥の長の一族が今の王家のはじまり。
平民向けに争い合う人々を救うために天から降りてきた神の一族…なんて伝えられてると聞いたときは思わず笑ってしまった。…国を治めるには都合のいい話だとも。
かつての王は優秀だった。自分達を支えてくれた家臣達には引き続き自身のことを守って貰うために、国の運営からは切り離し身の回りの世話や自身の補佐に専念させ、かつて敵対してきた家の者達は要職につけつつ、実際は王都から離れた場所を治めるように指示し、代官として側近の一族を派遣。海沿いの地域は家を継げぬ側近の子供たちに分け与え、敵対してきた家の監視をしつつ、どんな生まれでも学びを得られるように、なんていって学園なんてものを作って彼らの子供たちを人質にとるなんて、当時の資料を見るとあまりの手際の良さにまぁ、これなら負けるよな、なんて苦笑いしてしまうくらいだった。
そう、私の家も、かつて彼らに負けてしまった家の一つで、最後まで争いあった国の王家だった。
──『百合の怪物には気を付けろ』。先祖から代々受け継がれてきた言葉。王家の象徴でもある百合の花を指し示すそれは、自分が感じている違和感を先祖も感じたのであろうことを証明しているようだった。
そんな、王家の姫に求婚されたのならまずなにを企んでいるのかを疑うべきだ。でも、生憎私は生まれてこの方嘘が苦手で、絞り出た言葉は「なぜ?」という疑問がそのまま出たような、陳腐なもの。それにクスクスと微笑んで王女は鷹揚に頷いた。
「戸惑うのも無理はありませんね?ごめんなさい。…ご存じでしょうけれども、私は…愛妾の子供ですからいつまでも王宮にいるわけには参りませんの。幸い結婚相手は自由に選んでいいと言われておりますし…お友達のお兄様である貴方なら、安心して嫁げそうだと思って。それに、…できれば王宮とは距離を置きたいの。息苦しくって。」
歌うように紡がれる言葉、少し伏し目がちな姿勢。後れ毛を耳にかける姿。なるほど、学園に通う子供たちが夢中になるのも分かるほど、彼女は美しい。指先一つすら計算され尽されている。
「……そうですか。」
彼女の言葉に嘘はない。それは分かる。でも、きっと肝心なことは何一つ言っていない。勘のようなものだが、確信があった。
結局、様々なことを考えてその求婚に頷いたのは四日後のことだった。
「君を愛することはない。」
そう、初夜に伝えた言葉に嘘はない。愛するつもりも、愛することもきっとない。だって、
「死んだ男を愛し続けるものを愛するのは滑稽だろう?」
そう、続けて紡いだ言葉に呆然と口を開ける彼女の顔は、初めて好ましいとは思った。
──かつて、百合の怪物とであったことがある。
初等学園の入学式。噎せ返るような百合の花の臭いがしたその場所で、誰よりも人に囲まれていた子供だった。
王家の色、満天の星空のような青の瞳を優しげに細めて、自然と口角をあげながら発される声はどこまでも穏やかで、あぁ、
人間じゃないな、と遠くでぼんやりと眺めていた。
王太子ウィルフレド。父が言うには、ああいうのは時折王家に生まれるらしい。遡ること二代前の国王の娘と、三代前の王弟の血を引く今の正妃が『そう』だったのだと。
『お前は、呑まれるなよ。』──冗談ではない。近づきすらしたくない。そう、思っていた。思っていたとも。
「…………あ。」
──学園に迷い込んだ兎を、こっそり隠して飼っているのを見つけてしまうまで。
……王族は嫌いだ。好き勝手で、傲慢で、残酷で、本当に、自分勝手で。以降、ここにいても処分されるだけだからと兎を持ち帰り飼うようになった私になにかと王太子は私に構うようになった。なぜ?そう零れる言葉にあの王太子はキョトンとその瞳を見開いて、まるで当然のように宣ったのだ。
「だって」
「君は世界がひっくり返ったって王になんかなりたくないし、僕のことが嫌いだろう?」
「だから、一緒にいると安心するんだ。」
なんて、そう。
馬鹿な、男だ。
馬鹿な一族だ。愛だの情だの、くだらない。そんなもの必要ない癖に、そんなものよく分からない癖に、それを宝物のように大事にして、国のために全てを捧げるだなんて、そんなのまるで生贄ではないか。正気じゃない。
『この手紙を読んでいるということは、私は病死ということになっているのだろうね。』
そんな言葉ではじまる手紙なんて、誰が読みたいと思うだろうか。本当に反吐が出る。
なんで逃げなかったんだ、なんで目をそらさなかったんだ。そんなもの、別にほっといたってよかったろうに。復讐なんて、そんな馬鹿馬鹿しいことに命を使うな。周囲のこともことごとく馬鹿にしている。どれだけ自分が愛されているか知ってた癖に、酷いことを。
お前がそんな風に死んだせいで、自殺したせいで皆もう滅茶苦茶だ。いい加減にしろ責任をとれ。
お前のせいでお前が一等大切にしていた第三王女と第二王女はいつも無理をして笑っている。第二王女にいたっては女性としての尊厳すら捨て去って私に嫁いだんだぞ。かわいそうに、初夜の夜、彼女は表情に恐れはなかったが、手をキツく握りしめて身を固めていた。私達より九つも幼い彼女が、どれ程の想いで。
第三王女とてそうだ。よりにもよって第一王女の恋人の妻だぞ?側妃の意地の悪さを知らないわけではないだろうに、正妃の正当なる娘を、貶めないわけないだろうに、貶めるためだけに国王陛下を言いくるめて自分の娘の恋人の妻にさせたんだ。どれ程その心が傷ついたのか、分からないんだろうな。お前は本当に人でなしだったから。
サイモン、あいつだって可哀想だ。全てを捨てて旅をして、帰ってきたと思ったら実の弟を手にかけることになって、ずっと目の下にクマをつけている。太陽のように笑っていたあいつがだ、見てられない。
お前が死んだせいで滅茶苦茶だ。側妃の実家の侯爵家が落ちぶれて、私はいつもその後処理に追われている。物流も、領地も、流れてくる領民達も、どうせ私がなんとかしてくれるだろうって死んで全部押しつけてきて、本当に腹が立つ。貴族だから、王家派ではない貴族の中では一番地位が高いからでなかったらこんなのとっくに投げ出している。
なんで復讐なんかした。なんで逃げなかった。お前さえ生きていればもう少しマシだっただろう?マシにできただろう??それとも、これが最善だったとでも?
確かに、国は荒れていない。表向きはなにもなく、暗黙の了解としてお前達の毒殺を黙認していた、王家簒奪を目論んでいた貴族派の高位貴族達は震え上がって大人しくなった。
第三王女が次期女王になることが決まったおかげで、一時期止まっていた鉱山の開発と海向こうの国以外との交流をするための航路の開拓の話も進んでいる。医師と薬師を育てるための専門学校の開設もだ。……憐れなことだ。次期女王はよほど毒が恐ろしいらしい。これもお前のせいだぞ。
第一王女は貴族派の傀儡だったから、彼らにとって都合のいいことしかしなかった。それに比べれば、国としてはいい方向に進んではいる。でも、それだけだ。……それだけだ。
誰一人幸福になっていないんだぞ。わかっているのか?第一王女とその恋人も、恋人の兄だったサイモンも、お前の大切な妹達も。誰一人。お前の周囲にいたやつは。どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。やっぱり王家に関わるなんてろくでもない。
──そんな、中だった。
妻が、第二王女が赤子を連れてきた。「私の娘よ。」なんて、そういって。どこからどう見ても王家の娘を。…第一王女の娘を。
麦穂のような豊かな金の髪。満天の星空のような青い瞳。すやすやとなにも知らぬ顔で眠りこけている、憐れな子供。
悩んだのは少しだけだった。どうせ、ここで養子にすることを断ったらこの赤子は殺される。それに、私と彼女の間に子供は産まれない。私は、どう頑張っても子供の作れない体だから、養子をとることにはかわらない。……血を大事にするつもりもない。どうしても気になるのなら分家に嫁入りした妹の子と妻合わせればいい。
幸い、私は赤髪に黒い目、親族に黒髪もいる。だからこの子の子が何色を持っていても違和感はないだろう。
この国の王家はおかしい。自分の幸福のことなんて、さほど考えていない。目的を達成できれば、国をとませることができればそれでいいなんて、到底人間の生き方とは思えない。そんなんだから、お前達はいつまでたっても皆に縋られて、押し潰されて死んでいくんだ。
私は違う。私は、幸せになりたい。国のために一生を尽くすなんてまっぴらごめんだ。死んでもやりたくない。
……幸い、今は幸せだ。なにを考えているか分からないが、こちらに深入りもしてこない妻と、愛らしい子供が出来た。趣味の乗馬と狩猟だって月に三度はできているし、年老いたかわいいペットの兎もまだ生きている。面白い本だって新刊が出るまで待つのも楽しいし、最近領内に作った珈琲豆畑も順調領内で好きなときに珈琲を飲めるなんてこの国ではここくらいだ。仕事だけは相も変わらずつまらないし面倒だがこの生活を続けていくためだ、やる気も出る。王家は、こんな些細な幸せすら国のためなら投げ捨てる。正気じゃない。
私は誓う。この子は、この娘は王家の姫ではない。公爵家の娘として精一杯幸せにしよう。人間として当たり前の幸福を、当たり前の生活を。泣いて、笑って、わがままだって、それを許される家なのだ。
王家の姫でないのだ。…王家から憎まれている子だ。私が愛したって、問題はない。
私は、ただ、周囲の人々に笑っていきててほしい。それだけだ。それだけなのに、それを許さなかった王家は大嫌いだ。愛せるはずもない。……幸せになろうとしないお前達なんて、大嫌いだ。だから、
──幸せになろうとしないお前達なんて、未来永劫愛するもんか。
公爵閣下「アンネマリーは公爵家の娘で私の娘ですがなにか????王家になんてやりませんし近づけさせませんが??妻………?王家に寄生するのをいい加減やめれば愛します。(イザベラ(第二王女)はいい加減王家の姫であることを忘れて幸せになれ……!!!嘘なんてつくな………!!)」
第二王女「ほほほ、ご冗談を。…………私は貴方のこと、それなりに愛しておりますよ。(理解ある夫君(紳士)に嫁ぎつつ妹の補佐に生きれてる今が現状一番幸せ。復讐もできてスッキリ爽快、娘(仇の子)を愛する余裕もある。のでできる限り誠実に嘘を夫にはつかないようにしている)」
故・王太子「公爵は相変わらずいいやつだなぁ。」