Chapter12 「池袋 瞬殺の輝き」
樹里亜はカメラ付きインターホンのボタンを押した。ベージュと黄緑色のツートンカラーのユニフォームを着ていた。帽子を目深に被っている。
『はい』
男のぶっきらぼうな声の返答があった。
『お届けものです。カラス便で~す』
『今開ける』
マスクをした男がドアを開けた。樹里亜は内部にもう一つ鉄製のドアがあることを確認した。
「受け取りのサインか印鑑をいただけますか?」
樹里亜は箱を差し出しながら言った。箱の大きさは海苔やハムの詰め合わせのお歳暮サイズだった。
「どこからだ?」
マスクの男が訊いた。
「セーラー戦士って書いてありますね」
樹里亜は差出人欄を読んだ。
「何? セーラー戦士? いらないよ!」
「お受け取り拒否ですか?」
「なんでもいいから持って帰れ!」
マスクの男はドアを閉めるもう一つの鉄のドアを開けて事務室に駆け込んだ。
「宅配でしたが差出人が『セーラー戦士』だったんで持って帰らせました!」
マスクの男が報告した。
「えっ、まじか? 爆弾じゃないのか?」
「やばいな。脅迫状のあとは宅配かよ」
部屋の中の男達は焦った。
「やつらの目的は何なんだ? 俺達の仲間やいろんな組織の実行犯を殺してる。それを正義の味方みたいにマスコミが持ちあげてるしよ」
「寺西、浜口、木村達が殺られたんだぞ」
「草津や井上や杉山も殺られた、拳銃を使ってるらしいな」
「宮本さんに連絡しろ、それと事務所にもっと仲間を呼べ。マンションの入り口を見張らせるんだ」
「宅配便、ヤバかったなあ。でも見え透いた方法だぜ」
インターホンが鳴った。さっきのマスクの男が対応した。
『ハゲタカ運輸です。お荷物のお届けです』
『またかよ。どこからだ?』
マスクの男がインターホンのマイクに向かって言った。液晶画面にはオレンジ色のユニフォームを着て帽子を被った配達員が映っている。
『庄司様からです。手紙も預かってます』
スピーカーから流れる声は若い女性の声だった。
「おい、出ろ、庄司さんからだ。チャカを送ってもらう約束だ」
首筋に蛇のタトゥーを入れた男が言った。
「でも、やばいんじゃないですか。さっきはヤバかったですよ」
マスクの男が言った。
「偶然だ。さすがに続けてはないだろう」
スワロフスキーのライトストーンを散りばめたドクロ模様のTシャツを着た男が言った。マスクの男は2つのドアを開けて廊下に顔を出した。ユニフォームを着た瑠美緯がミカン箱くらいのダンボルーをマスクの男に見せた。
「サインを下さい。重いですよ」
「おたく、何て業者だっけ?」
マスクの男が言った。
「ハゲタカ運輸です」
瑠美緯が答えた。
「聞いたことねえな」
「安くて、速くて、丁寧、ハゲタカの『赤ハゲちゃん』マークでおなじみのハゲタカ運輸です。『若ハゲちゃん』マークのハゲタカメール便もよろしくお願います」
「わかったからハゲハゲ言うな。うっ、重いな。何丁入ってるんだ?」
マスクの男はサインをして箱と手紙を受け取り、部屋に入った。マスクの男は髪が薄かった。
「おお、届いたか。これで安心だな。チャカが届いた! 配るからみんな集まれ!」
首筋に蛇のタトゥーを入れた男が大きな声で言った。他の部屋にいた男達も事務室に集まって来た。全部で8人だった。
「庄司さんからの手紙があります」
マスクの男が言った。
「読め」
ドクロ模様の男が言う。
マスクの男は封筒を破いて便箋を取り出した。
ミントと樹里亜と瑠美緯はマンションのすぐ近くに停めた黒いハイエースの中にいた。
「受け取りを断られました。玄関は2重ドアでした」
樹里亜が報告した。
「予定通りだよ。瑠美緯ちゃん、お願い」
ミントが言った。瑠美緯が段ボールを持つとハイエースから飛び出した。
『おたく、何て業者だっけ?』
『ハゲタカ運輸です』
「聞いた事ねえな」
『安くて、速くて、丁寧、ハゲタカの『赤ハゲちゃん』マークでおなじみのハゲタカ運輸です。『若ハゲちゃん』マークのハゲタカメール便もよろしくお願いいます』
『わかったからハゲハゲ言うな。重いな。何丁入ってるんだ?』
段ボールに仕掛けた盗聴器の音声が車内のスピーカーから流れた。
「受け取ったな」
運転席のパトリックが言った
「1つ目は怪しい荷物を届けて断らせて、安心したところを上部組織の名前で次の荷物を届けたんだよ。警察の情報で、上部組織が拳銃を届けるのを掴んでたからね。米子の作戦だよ」
「さすが沢村さんですね。相手の心理も予測してます」
樹里亜が言った。
『おお、届いたか。これで安心だな。チャカが届いた! 配るからみんな集まれ!』
引き続き盗聴の音声が車内に流れる。
『庄司さんからの手紙があります』
『読め』
『はい、読みます。『おバカさん達へ、太陽に替わってお仕置きよ』 何だこりゃ?』
「引っ掛かりましたね」
樹里亜が言った。
「瑠美緯ちゃんの事前偵察の情報だと部屋の中は8人だよ。押すよ!」
ミントが起爆ボタンを押した。
『バシューーーーーーーーーバチバチバチ! バチバチバチ! バチバチバチバババババババババーーー ゴゴーーーーーー!!』
部屋の中が眩しい銀色の光に包まれた。カメラのフラッシュを幾つも焚いた様だった。部屋全体を覆う銀色の火球はしばらくの間輝き続けた。窓枠が外に吹き飛ぶと同時に、稲妻のような光が輝く。瑠美緯はその光景をマンションの下の道路から見上げていた。
「凄い! 眩しい!」
エレクトロン爆弾だった。アルミニウム粉末と金属酸化物を混合し、さらにマグネシウムを加えたものを気化燃料で点火し、燃焼爆発させるのだ。テルミット焼夷弾と燃料気化爆弾を合わせた特殊爆弾だ。その反応は激しい光を発生させ、温度は4000度にも達する。部屋の中は一瞬で焼き尽くされた。
瑠美緯が黒いハイエースに戻った。
「成功ですね。凄い光でした」
瑠美緯が言った。
「きっとみんな黒焦げだよ。部屋の中は酸欠状態だから生き残れないよ」
ミントが言った。
「凄いですね」
樹里亜が言った。
「米子の作戦だよ。米子の提案書を元に木崎さんが上層部に掛け合って米軍からテルミット焼夷弾の材料や気化爆弾を入手したんだよ。仕様は米子が考えて技術部が作ったんだよ。通常の爆弾だとマンションが崩壊して大事になるかもしれないからね」
「米子は相変わらずすげえなあ。よく思いつくぜ」
「樹里亜ちゃん、飛ばしのスマホで消防に連絡して。火事は早めに消さないとね」
「はい、119に掛けます」
「私が屋上から隣の部屋にロープで忍び込んで、コンクリートマイクで敵の人数や状況を把握したものも米子先輩のアイデアですか?」
瑠美緯が言った。
「そうだよ。瑠美緯ちゃんが潜入訓練を受けたのを活かした作戦だよ。米子の作戦は完璧だね」
「あの訓練が役にたったんですね!」
瑠美緯が嬉しそうに言った。
「パトちゃん、車出して。何か食べて帰ろうか?」
「がっつり食べたいですね」
樹里亜が言った。
「じゃあ焼肉の食べ放題だね。食べ放題なら安いから経費で落とせるよ」
「山手通り沿いに『焼肉コング』と『お気楽亭』と『スタミナ井之頭五郎ちゃん』があるぜ!」
パトリックがカーナビを見ながら言った。
「焼肉コングだね。昔、米子と行ったことがあるんだよ」
パトリックが皿にヘルメットのように山盛りになった肉を焼いている。
「パトちゃん、それじゃ動物園の猛獣のエサだよ」
「いちいち取りに行くのが面倒臭いぜ」
「食べ放題っていいっすよね。庶民の味方です」
瑠美緯が焼いた肉を頬張る。
「味は松坂牛に遥かに劣るけどね」
ミントが言った。
「脳内で松坂牛に変換すればいいんですよ。美味しいです、松坂牛の味がします!」
樹里亜がニコニコしながら食べている。
「樹里亜ちゃん器用だね。マジでその能力凄いよ」
闇バイトの元締め組織の1つが謎の爆発で壊滅した事がマスコミの報道で世間に知れ渡った。マスコミはセーラー戦士の仕業である事も仄めかし、大衆は『セーラー戦士』を称賛した。
ミント達は新宿の事務所に集まっていた。
「みんな、よくやった! 警察によると闇バイトへの応募が減っているらしい。応募した者の多くも警察に保護を求めているようだ。作戦は大成功だ」
「じゃあ実行犯の暗殺はもう終わりだね」
「その通りだ。別の話だが、実は夜桜が休戦協定を申し入れて来ているらしい」
「そうなの? 夜桜との戦いはこれからが本番だと思ってたよ。罠なんじゃないの?」
「ウチの上層部もそう考えたが、どうやら夜桜は新たな敵との戦いで消耗しているよだ。バックの『新しい力』も余裕が無いみたいだな」
「新たな敵って何なんだ」
パトリックが訊いた。
「中国やロシア、北朝鮮等の旧共産及び社会主義国を横断する組織だ。いわゆるレッドチームだが今回の相手は新しい組織だ。2010年以降に台頭してきた組織らしい。公安では『赤いきつねとかレッドフォックス』と呼んでいる」
「カップ麺みたいな呼び名だけど強いの?」
ミントが訊く。
「ロシアの元KGBや中国の諜報機関MSSや朝鮮人民軍偵察総局の3つの諜報機関から作られた組織だ。情報収集能力や謀略に優れ、戦闘能力も高い。もちろん暗殺もだ。実働部隊は各国の特殊部隊出身者で構成されている」
「戦闘能力も高いんですね」
樹里亜が言った。
「噂だが勝つためには手段を選ばないそうだ。全員が高度な殺人術を身につけ、爆破工作、毒殺、毒ガスや細菌兵器まで使うらしい」
「凄いっすね、でも何が目的の組織なんですか」
瑠美緯が訊いた。
「アメリカを中心とした西側諸国に対抗するのがための組織だ、かつての帝国主義のように他国や他の経済圏を侵して自分達の陣営に取り込むのが目的らしい」
「ロシアのウクライナ侵攻もその手段だよね? 北欧への侵攻や中国の台湾侵攻も視野に入れてるんじゃないの?」
ミントが言った。
「ミントは政治や経済や国際情勢に詳しかったな。その読みは多分当たってる」
「でも共産主義や対社会主義に対抗するのも私達のバックの保守的な『古い力』の方針じゃないの? 新しい力は革新だよね? 何でレッドフォックスと戦うの?」
尚もミントが訊いた。
「確かに古い力はGHQや55年体制を背景に築かれた。新しい力は革新的ではあるが、共産主義や社会主義を信奉している訳では無い。むしろアメリカの一部の2000年以降のITバブルを始めとする新しい資本主義思想が背景になっている。資本主義を今以上に進化させようという勢力だ。ウーロンマスクなんかもその支持者だ」
「じゃあアメリカには戦後の日本を支配した古い力と新しい力の二つがあるって事?」
「そうだ。日本もその影響を受けている。警察の中にも古い力と新しい力が存在するんだ。夜桜は新しい力の実行部隊だ」
「自衛隊はどうなんですか?」
樹里亜が訊いた。
「自衛隊は今のところ古い力の配下だ。だが新しい力の勢力が芽生えているという噂もある」
「難しくて良く分からないっすよ。私達は古い力の側で、敵である新しい力はレッドフォックと敵対してるって事ですよね?」
「そうだ。新しい力は古い力との戦いは一旦休戦にして、レッドフォックスと戦うつもりなんだろう。もしかしたら休戦だけでなく共闘を提案してくるかもしれない」
「私達はどうするの? 休戦をのむの? まさか組むの? 昨日の敵は今日の味方って事?」
「今まさに上層部で検討しているところだ。俺達にとってもレッドフォックスは新たな脅威になるだろう」
「闇バイトや半グレどころの騒ぎじゃないね」
ミントが言った。
「お前達は今まで通り指示に従って任務を遂行すればいい。余計な事は考えるな」
「やっぱ私達は駒だよね・・・・・・」
「それよりこのオフィスに新しく配属になった事務員を紹介する。事務員といっても情報担当で情報収集やハッキングが専門だ。以前いた北山さん後任だ」
「へえ、新しいハッカーか。そりゃ助かるね」
「山本、挨拶しろ!」
木崎が大きな声でいうと応接室のドアが開いて中から男性が出て来て木崎の横に立った。服装は微妙なヒップホップ系だった。
「皆さん初めまして~。私はジョージ山本といいます。年齢は28歳で父はアメリカ人で母は日本人でーす。アメリカ生まれで12歳までニューヨークに住んでました。専門はハッキングとサイバー攻撃です。工作員ではありあせませんが皆さんの力になれるよう頑張りますのでよろしくお願いしますね~。好きな食べ物は寿司とラーメン。ちなみに独身で~す。好きなタイプはモデルの天野七海。土曜の夜は六本木のクラブで踊ってま~す」
山本が挨拶した。山本の肌の色は日本人と同じで、顔立ちはいかにもハーフといったはっきりした顔だった。髪の毛の色は茶色がかった黒。日本語はネイティブと変わらないレベルだった。
「なんかハーフタレントみたいな顔だね。チャラいけどイケメンかもね」
ミントが言った。
「ですよね。昔のタレントの久賀研一みたいな感じですね」
樹里亜が言った。
「誰っすかそれ?」
瑠美緯が首を傾げる。
「あー、なんとか青年隊だった人で、最近詐欺で捕まった人だよね。似てるかもね」
ミンントが言った。
「お前ら失礼だぞ! とにかく仲良くしてやってくれ。好みは天野七海かぁ。話が合うかもしれないな」
木崎が言った。
ミント達はそれぞれ自己紹介をして山本と歓談した。
「いやー、みんなカワイイね~。まじカワウィっす。日本のJK最高だよ。
『JKサイコー、ヤツはサイコ、ヤツに絡むと殺される♪ だからおいらは君守る♪ ハッキングスキルで君守る♪ JKサイコー、ヤツはサイコ、ヤツに惚れると殺される♪ だからおいらは君守る♪ 俺の名前はジョージヤマモト、君守る俺もサイコー♪』」
山本は変な韻を踏んでラップ調に歌った。
「あのさー、どう反応していいか分からないけど山ちゃんって面白いね。チャラいけど」
ミントは早速山本の事を『山ちゃん』と呼んだ。
「ヤングなユー達を見てるとニューヨーカーボーイの血が騒ぐぜ。思わずシングしたくなるんだよ」
「ジョージはニューヨーク出身か。俺はテキサス出身だ。生まれはカンザス州だ。同じアメリカ人として仲良くやろうぜ」
パトリックが笑顔で言った。
「僕は二重国籍でしたが、20歳の時に日本国籍を選びました。だから日本人で~す。パトリックさんはテキサス出身ですかぁ? テキサス州は行った事はないですが、広いだけの田舎ですよね~。のんびりしていい所なんでしょうね~」
「おい、テキサスはダラス、ヒューストン、サンアントニオの人口100万人を超える都市が3つもあるんだぜ」
「でも田舎っすよね~。たしか日本と朝鮮半島を足したよりも広いんでしたっけ~。カンザス州なんか、言っちゃ悪いけどド田舎ですよね~。日本なら岩手県とか秋田県ですよ。海が無いから山形県かな~。それに人より牛の方が多いみたいな、みんたいなみたいな~あははは」
「パトちゃん、アメリア人の仲間が出来て良かったね」
ミントが言った。
「そうでもないぜ。都会者ぶりやがって、どうも癇に障るぜ」
パトリックは機嫌が悪かった。