Chapter10 「実行犯を撃て 瑠美緯の涙」
ミントと樹里亜は稲城市のイタリアンファミリーレストラン『ラ・アンタアナルスキージャン』で待機していた。前日に強盗の犯行予定の連絡が入ったのだ。
「あと1時間ですね」
「うん、30分前になったら行こう。それにしても樹里亜ちゃんいっぱい食べたね。トマトハンバーグセットにカルボナーラにフライドチキンにチョコバナナパフェだよ」
「はい、経費で落とせるみたいなのでいっぱい食べちゃいました」
ミントの樹里亜は対象の一軒家のすぐ近のコンビニの前で待機していた。
《クジラより狼へ、潜入員と犯行グループは対象の家屋に侵入を開始する。これより潜入員の指示に従え。潜入員のコードネームは『フクロウ』》
作戦本部からの無線連絡が入った。ミント達のコードネームは狼だ。
《狼了解》
「いよいよだね」
ミントが低い声で言った。
「はい、緊張します」
「クジラに狼だって。なんか歯が浮きそうだね。私達はいつもどおりに呼び合おうよ」
「はい」
『フクロウより狼へ、犯行グループと一緒に家屋に侵入。犯行グループは4名、全員男。武器はバールと包丁。これよりフクロウは現場より離脱する。尚フクロウの着衣は青いシャツにアイボリーの綿パン、注意されたし』
『狼了解。これより侵入する』
「ジュピター、行くよ」
玄関のドアを開けると人の姿あった。至近距離だった。黒いシャツとグレーのズボンだった。
「おまえ誰
『プスッ プスッ プスッ』
技術部が開発した大型サイレンサーを付けたミントのSIG-P226が跳ね上がる。9mm弾が男の頭に命中して男が後ろに倒れる。男は見張りだった。銃声はほとんどしなかった。
「サイレンサーの消音効果凄いですね」
「うん、助かるよ」
ミントと樹里亜はカバンからセーラー戦士のお面を出して顔に着けた。ミントはセーラービーナス。樹里亜はセーラージュピターだった。セーラー戦士は90年代に流行した美少女戦士テレビアニメシリーズで、女の子達が夢中になった。海外でも放映された為、今でも世界中にファンがいる。2人は制服姿で廊下を進む。ミントの手にはSIG―P226。樹里亜の手にはベレッタ92F。両方ともペットボトルのような大型のサイレンサーを付けている。
「おい、死にたくなかったら金庫の番号を教えろ!」
実行犯の声が奥から聞こえた。
「言いますから乱暴は止めて下さい」
男性の声がした。ミントは奥の部屋を覗いた。リビングで男達3人が床に座った老人2人を囲んでいる。青いシャツはいない。フクロウは脱出したようだ。
「あなた、こんな人達に大切な財産を渡しちゃだめ!」
女性が大きな声で言った。
「うるせえ!」
『ゴツッ』
男が女性の頭にバールを振り下ろした。女性はその場に崩れた。呻き声は上げているが出血はしていない。
「何をする!」
男性が叫ぶ。
「そこまでだよ!」
ミントの声が響いた。ミントと樹里亜はリビングの入り口に立った。
「誰だ! くそっ お面なんか着けやがって。制服? ふざけてるのか!? おもちゃの銃なんか持ち
『プスッ』 『プスッ』
ミントの撃った2発の9mmソフトフォローポイント弾がバールを持った男の顔面に命中した。顔の真ん中に穴が空き、血が噴き出した。男は後ろに倒れた。他の2人の男は呆然として声が出せない。
『プスッ』 『プスッ』
『プスッ』 『プスッ』
ミントと樹里亜は2人の頭に2発ずつ弾を撃ち込んだ
「ジュピター、トドメよろしく」
『プスッ』
『プスッ』
樹里亜が部屋に入り、倒れた男達の頭に9mmソフトフォローポイント弾を1発ずつ撃ち込んだ。男達の顔は原型を留めていなかった。
「おじいさんごめんね。もう少し早く来ればおばあさんが怪我しなくてすんだよね」
ミントが言った。老人男性は口をあんぐりと開けてミント達を見ていた。
『狼からクジラへ、任務終了。4人を排除。被害者は2人。1人がバールで殴打されて負傷。これより撤収する』
『クジラ了解、掃除屋と救急を向かわせる』
ミントと樹里亜はお面を外し、外に出ると速足で駅に向かって歩いた。
ミントと樹里亜と瑠美緯は、潜入員と連携して10日間連続で実行犯を排除した。その数は45人。
「お前達、よくやってるな。ウチの上層部も警察も感心してるぞ」
「相手は素人同然だよ。一方的な殺戮だよ」
ミントが言った。
「警察は運河や公園で発見された遺体の身元を闇バイト強盗の実行犯と断定して発表した。謎の暗殺集団による犯行らしいとの見解も発表した。記者会見では全力を挙げて暗殺集団を逮捕すると言っているが、もちろん嘘だ」
木崎が言った。
「ニュースで見たよ。白々しい会見だったね」
「マスコミは正義の鉄槌とか令和の義士による天誅とか騒いで大衆を煽ってる。ネットも盛り上がってるぞ。裏で広告代理店が動いてる。『プラネット戦士』とか『セーラー戦士』なんていう呼び名がついている。実はこれは俺の案なんだ。お前達がビーナスとかジュピターとか言ってるから、それを参考にして、惑星やアニメキャラにちなんだ名前にしたらどうかって企画会議で提案したんだ。そしたら採用されたんだよ。凄いだろ!? なあ、凄いだろ!? 広告代理店もノリノリだ、凄いだろ!? 」
木崎は猛烈に嬉しそうだ。
「それより何人排除すればいいの? イヤな仕事だよ」
「100人の大台に乗れば終了だな。ニコニコ企画の西日本支部のJKアサシンも23人を排除した」
「西にも私達と同じようなアサシンがいるんですか?」
樹里亜が訊いた。
「去年から活動を開始した。奈良の訓練所を卒業した少女達だ」
「へえ、奈良に訓練所があるのは知ってたけど、JKアサシンの育成を始めたんだね」
「優秀らしい」
「その娘達も孤児なんすか?」
瑠美緯が訊いた。
「そうだ。擁護施設に優秀な子供を推薦してもらって奈良の訓練所で鍛えてる。お前達と同じだ」
18:30、ミントと瑠美緯は東久留米市の一軒家のリビングにいた。待ち伏せだ。家人は非難している。
《クジラより狼へ、犯行グループは30分以内に家屋に侵入予定。現在車で移動中。人数は4人、今回潜入員はいない。引き続き待機せよ》
《狼了解》
「瑠美緯ちゃん、もう少しで来るよ。相手は4人だって」
「楽しみです。V10ウルトラコンパクトの実戦デビューです。今日から45口径のV10を使います」
「新しい愛銃だね。早く慣れるといいね」
部屋の隅に置いたランプが青く点滅した。玄関に仕掛けたセンサーが反応したのだ。庭から侵入した場合は赤く点滅する。
「来たよ、玄関からだよ」
ミントが言いながら、ソファーの影に伏せた。瑠美緯はカーテンと窓の間に身を隠した。
《こちらビーナス、私が撃ったら撃ってね》
ミントがインカムで言った。
《マーキュリー了解》
《終わったら『金だこ』のたこ焼き食べようね》
《いいっすね。今日、お昼食べてないんです》
リビングのドアが開き、3人の男達がゆっくり部屋に入って来た。先頭の男は赤いスカーフで目から下を隠している。その後ろの男は黒いマスク。3人目の男は野球帽を目深に被っていた。
「誰もいませんね」
黒マスクの男が言った。
「チョッパーさんの話では老夫婦がいるはずだ。相当金を貯めこんでいるらしい。他の部屋を探そう。いなかったら帰りを待つんだ。とりあえずチョッパーさんに連絡するわ」
スカーフの男がスマートフォンを取り出した。
ミントがバネ仕掛けの人形のように飛び起きた。
『プスッ』
先頭の男の頭を撃った。大型サイレンサーが銃声を消す。
『プスッ』
カーテンから出た瑠美緯も黒マスクの男の頭に45ACP弾を撃ち込んだ。男は頭がガクンと後ろに大きく動いて崩れ落ちた。
「ここに3人って事はきっと玄関に見張りがいるね。殺ってくるよ。マーキュリー、そいつをよろしく」
ミントは生き残った男を指さすと玄関に向かって小走りに走っていった。男は恐怖のあまり床に尻もちを着いていた。野球帽が床に落ちている。
玄関の見張りはドアを僅かに開けて外を見ていた。
「お友達は戻って来ないよ!」
ミントが大きな声で言った。
「うわっ! びっくりするなあ~、お前誰だ!?」
男が振り返りながら言った。
「セーラービーナスだよ」
「セーラー?」
『プスッ プスッ』
男の左胸に9mmソフトフォローポイント弾が当たって吹き飛ぶように後ろに倒れた。
『プスッ』
男の頭を撃ってトドメをさした。
ミントはリビングに戻った。瑠美緯が尻もちを着いた男にV10ウルトラコンパクトを向けている。何故か瑠美緯はセーラーマーキュリーのお面を外していた。お面が足元に落ちている。わざと外したようだ。男は瑠美緯の顔を凝視している。瑠美緯も男を見つめている。
「マーキュリー、何やってるの? そいつを早く排除して」
「瑠美緯ちゃんなのか?」
男の唇が微かに動き、漏らすような声で言った。
「タカさん・・・・・・」
瑠美緯も漏らすように言った。
「マーキュリーどうしたの!?」
ミントが不思議そうに訊いた。
「知ってる人です」
瑠美緯が言った。男はなおも瑠美緯を凝視している。
「知り合いなの?」
「お兄ちゃんの友達の高山さんです」
男が大きく目を見開いた。
『プスッ プスッ プスッ』
ミントは男にSIG-P226を向けると素早く胸に3発撃った。男は座った状態から後ろに倒れた。胸は抉れ、血が泉のように流れ出している。
「マーキュリー行くよ!」
ミントは呆然と立ち尽くす瑠美緯の腕を引っ張った。瑠美緯は右手にシルバーのV10ウルトラコンパクトを持ったままミントに引っ張られるようにフラフラと歩いた。。ミントが玄関のドアを少し開けて外の様子を窺った。
「マーキュリー、銃を仕舞って」
《狼からクジラへ、任務終了、生存者無し。これより撤収する》
《クジラ了解。待機中の掃除屋に連絡する》
《狼了解》
ミントと瑠美緯は暗くなった住宅街を西武池袋線の東久留米駅に向かって歩いた。瑠美緯はずっと下を向いている。ミントは右手を瑠美緯の左手に繋ぐと東口公園に入り、滑り台の前のベンチに座った。瑠美緯も隣に座る。
「瑠美緯ちゃん、さっきの男の人は誰なの? お兄さんの友達って」
「お兄ちゃんとは中学校の野球部で一緒で、仲が良かったんです。高山大樹って言います。お兄ちゃんと同じ歳だから5歳上です」
「そうなんだ。凄い偶然だね。そりゃあびっくりするよね」
「高山さんはピッチャーでエースでした。中学2年の時に都の大会で準優勝したんです。お兄ちゃんはショートでした」
「お兄さんも高山さんも野球が上手かったんだね」
「はい。ウチにもよく遊びに来てました。私は小学校の3年生くらいでした。いつもキャッチボールをしてもらいました。本当の妹みたいに可愛いがってもらいました。優しい人でした。私はタカさんって呼んで懐いてました。試合の応援にも行きました。声が枯れるまで応援しました。タカさんとお兄ちゃんは私のヒーローでした。それで私も野球を始めたんです。両親とお兄ちゃんが事故で死んだ時はお葬式にも来てくれて、ずっと泣きながら私を慰めたり元気づけてくれました」
「タカさんはいい人だったんだね」
ミントが言った。
「私が擁護施設に入ってからは会ってません。7年になります。タカさんは野球推薦で強豪校に行ったらしいです。でも肩を壊して野球と高校を辞めたって噂で聞きました。まさかこんな形で会うなんて・・・・・・しかもタカさんの最後に・・・・・・タカさん、何があったの? ううっ!」
瑠美緯の目から涙が溢れ、しゃくり上げるように泣き出した。ミントは何を言えばいいのか分からなかった。言葉が見つからない自分に腹が立ち、悔しかった。瑠美緯は7年前にヒーローだった兄を亡くし、もう一人のヒーローを今日失ったのだ。瑠美緯は声を上げてずっと泣いていた。夏の生ぬる風が吹き、気の早いコオロギが鳴いていた。30分もそうしていた。ミントのスマートフォンが震えた。通知は木崎だった。
『ミントです』
『木崎だ。どうした? 上手くいったのか?』
『はい、今は東久留米の駅の近くです』
『そうか。瑠美緯も一緒か?』
『一緒です、ちょっと待てて下さい』
ミントはベンチを離れ、公園の入り口まで走った。木崎に瑠美緯の件を手短に話した。
ミントは木崎との通話を終わらせるとベンチに戻った。
「瑠美緯ちゃん、帰ろうか? 明日の夕方、事務所で報告しよう。木崎さんも話があるみたいだよ」
ミントが言った。
「すみませんでした。私、まだ甘いですね。相手が銃を持ってたら、私もミント先輩も撃たれてたかもしれません。前に米子先輩に言われました。任務の時は相手を人だと思っちゃだめだって。物だと思えって」
「米子らしいね。でも気にしなくていいよ。こうして2人とも無事だし。私達はアサシンだけどロボットや機械じゃないんだよ」
「そうですね」
瑠美緯は鼻声だった。
「機械じゃないから涙も流すし、お腹も減るんだよ。たこ焼き食べて帰ろうよ。お昼ごはん食べてないんだよね? お腹が空いてなくても食べなきゃだめだよ。一緒に食べようよ」
ミントが優しい声で言った。
「はい」
瑠美緯が小さな声で答えた。
世間はお盆で夏も終わりに近づいている。瑠美緯はコオロギの鳴き声を優しく感じた。その鳴き声をきっと忘れないと思った。ミントの優しい声も。
翌日の夕方、ミントと瑠美緯は木崎に前日の報告をした。
「闇バイトの指示役は複数いる。海外から指示を出してるヤツらもいる。犯行の内容もオレオレ詐欺のような特殊詐欺からタタキ(強盗)のような単純で荒っぽくて頭を使わないものに変わってきている。ケツ持ちの半グレ組織も様々だ。だが一つ大きな元締めの組織の存在が明らかになった。警察とウチの諜報部門が突き止めたんだ。そいつらを殺って欲しい」
木崎が言った。
「半グレかぁ。場所は何処なの?」
「池袋のマンションだ。詳しい情報はフアィルを見てくれ」
ミント達は木崎が渡した資料をじっくりと読んだ。その半グレ集団は暴力団とパイプがあり、構成員は16人。闇バイトを使った特殊詐欺や強盗で稼ぎ、組織は大きくなりつつあった。
「16人か。いっぺんに殺るのは難しいね。前に半グレを米子と一緒に24人殺ったけど、集まってる所を襲撃したから成功したんだよ。米子の作戦も完璧だったし」
「事務所にいるのは2~3人だが一カ所に集めるつもりだ」
「どうやって?」
「『セーラー戦士』の名前で脅迫状を送る。『次はお前達の番だ、皆殺しにする』とな。防衛の為に事務所に半分は集まるだろう。実行犯が沢山殺られてるから焦るはずだ。やつらはヤクザと違ってアジトを頻繁に変えるから急がないとな」
「残り半分はどうするの?」
「ほぼ全員の名前と住所と行動パターンを掴んだ。まずは奴らを個別に暗殺する。そうすればビビって事務所に集まる。そこを襲って殲滅する」
「シナリオ通りに行けばいいけどね。米子ならもっと確実な作戦を立ててくれるよ」
「米子にばかり頼っていられないだろ。作戦は作戦指導部が立てる。細かい部分は俺達でカスタマイズするんだ」
「私、頑張ります。この世から闇バイトを無くしたいです!」
瑠美緯が決意を表明するような大きな声で言った。